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一会→十会 —鍛錬の儀—

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【潜むものたち・4】


「本当に山小屋しかないのね」
 歩みをすすめる契約者の中で、ミリアは後ろを振り返る。
 ケーブルカーの折り返し地点になっているその場所は、手作り感満載の掘建て小屋がぽつんと建っているだけで、それ以外何も無い、“飾り気が無い”を越えるような場所だった。
「取り敢えず、ココから合流地点までは歩き」
 トゥリンの説明を聞きながら、ベルナデットと共に歩く彼女を先頭に契約者たちは、予め打ち合せていた合流地点を目指して歩き出した。
 身体に吹き付ける風が、やけに冷たく感じられる。
「ふぇ〜……やっぱり山ですねぇ〜」
 スノゥが腕をさすっているのを横目に、トゥリンは首を横に振り、ベルナデットは鋭い視線を向こう側へと投げた。
「普通の風じゃない。
 ……覗き見とか悪趣味! 隠れてないで出てきなよ!」
「アハハ! 見つかっちゃった?」
 笑い混じりに出て来た三人組、その姿から彼等がこちらの者では無い事は明らかである。
「契約者ってのも頭悪いんだなあ。何でわざわざ二手に別れるわけ?」
 可愛らしい、だがどこか毒を含んだ声に、契約者たちの背筋が凍りつく。見た目は幼いが少年だが、目には残酷な光が宿っている。
 そう、見た目が少年というだけで、彼は魔法世界でも有数の力を持つ君臨する者の一人、ピオ・サピーコだった。
「どっちかを囮にしたつもり? そういやあっちには、随分のろそうなのがいたもんな」
 それが平太のことであるのは、明らかだった。――残念ながら。
「そっかそっか、あいつを囮にしたんだ? アッシュもあいつを見殺しにして自分だけ助かろうって魂胆だ? 結構、やるじゃん、契約者も」
 ヒュッ、と音がして、ピオの喉元に剣が突き付けられる。
「それ以上、戯言を口にするなら、喉を切り裂きます」
「へえ」
 ピオの口元がにんまり弧を描く。
「なかなか素早いねえ……でもさ」
 ピオの言葉が終わるや否や、ベルナデットはその場を飛び退いた。イシドールの拳が空を切る。ベルナデットはくるりと回転したその勢いで、イシドールに斬りかかった。が、甲高い音を立て、ベルナデットの剣にヒビが入る。
「な――!?」
 愕然となるベルナデットの脇腹に、イシドールの拳が叩き込まれる――と思った瞬間、唯斗が『妖刀白檀』を手に飛びかかってきた。
「おっと!」
 巨体に似つかわしくない身軽さで、イシドールは地面を蹴った。ひらり、と二人から間を取り、手をひらひらと揺らめかせる。
「おいおい、そんな顔するなよ兄ちゃん。
 俺ぁ何も今直ぐやり合おうって気はねぇんだからよ!」
「そうそう、今のはちょっとした悪戯? みたいな?」
 殺気で人を殺せるなら、今頃ピオはベルナデットの目で射殺されているだろう――その視線を受け、ピオは肩を竦めた。
「そんなに怒んないでよ。こっちは本当にそっちとやり合う気ないんだからさ」
 そこでピオの前に女がすっと歩み出る。その仕草にピオの眉がぴくりと動いた。
「アンタもだよ糞女!」
 唐突にピオが声を荒げた事と、小さな少年に怒鳴られただけで女の方が萎縮した様子で頭を垂れたのに、契約者達は目を丸くするしかない。これもあの『粛正』と同じく、魔法世界の身分が深く関わっているのだろうか。
「ったく本当イライラすんな……」
 悪態をつくピオの肩をその辺でやめておけというようにバシンと叩いて、巨体が妙にフレンドリーな様子で話し掛けてきた。
「確かによ、俺達ぁ事を荒立てるつもりは無ぇんだって。
 今回は様子見ってヤツだ。つまんねぇけど、こればっかりはヴァルデマール様のご命令だからな」
 言って、巨体はザッと身体を引き、隙の無い姿で契約者達の前に身体を晒す。
「俺ぁ『君臨する者』が一人、イシドール・ラドゥカン!」
「同じく、ピオ・サピーコ」
 続いた少年の後ろに居る女は――今度は彼女の番だと誰もが思っていたのに――何時迄も黙り続けている。その事に業を煮やしたピオは、舌打ちをして
「そのデクノボウはファラ・ダエイ
 と、わざわざ彼女の紹介をしてくれた。彼等から一定の間合いをとり、武器を手に戦いの姿勢を崩さない契約者を見て、イシドールは驚いているようだ。
「……おっと、だんまりか」
「こっちの世界では名乗られたら名乗るのが普通じゃねえの? 
 契約者っていうのは、下品で礼儀知らずばっかなんだな」
「別に。アンタらに名乗る名前が無いってだけだよ――!」
 瞬間。
 間合いまで踏み込んだトゥリンによって首へ突きつけられた穂先に、ピオは両手を上にあげくつくつと笑い出した。
「そうだよな!? オレもそれのほうがいい!」
 ピオがローブの懐に手を伸ばす。杖を取り出そうという仕草に気付いて、ファラが彼の腕に縋るようにしながら首を横に振った。
 ヴァルデマールの命令は出ていない。従わなければあのインニェイェルド・ビョルケンヘイムのように殺されてしまう。
「……此処に居ると嫌な予感しかしねぇな。そろそろ引き上げっか!」
 イシドールがそう言った時、契約者達の視界に透明の壁が現れた。それはアブソリュートゼロで作り出された壁のような滑らかさはない、歪な――プリズムのようなものだ。
 トゥリンがそれに構わず槍を前に扱くが、先程ベルナデットの剣と同じように、武器が壁の硬度に負けてけら首がバキンと音をたて、穂が折れ地面に落ちる。
 それを信じられないという目で契約者達見ている間に、壁の向こうで三人の君臨する者達は背中を向けて歩き出している。
 透明の壁が行動を阻み、追い掛ける事はかなわない。
「戦いの日を楽しみにしてるぜ!」
 イシドールの軽い挑発のような声を聞きながら、契約者達は唇を噛み締めるのだった。



[えっと、ピンチだよ! 救援が求む、だよ!]
 ノーンから着た連絡に、後ろを振り返った舞花達は敵の姿を見つけ、瞬間固まってしまう。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 ククク、ヴァルデマール様に逆らうとは、愚かな!
 この俺が、契約者どもを撃退してくれよう!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)が進むべからずと掌を前に出し、契約者へ敵対の意思を露にしていた。
「あいつ……何やってやがる…………」
 陣が嘆息混じりに呟いている間に、ハデスの15人の特戦隊と1人の腹心がフォーメーションを組むようにして動いていた契約者達を、あっという間に取り囲む。
 後ろには高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が控えており、一旦引く事は出来ない。
「ククク……何だか分からないが、スキルを封じているようでは、この人数相手に手も足も出まい!
 今日の俺がいつもの俺だと思ったら大間違いだ。今日こそ、真の力を見せてやろう!
 さあ行くのだ、我が部下および戦闘員たちよ!」
 ノーンが伝えたピンチとはこの事だったのだと、舞花は息を吸い込む。登山の成功が第一目標なのだ、サポートして貰えるなら積極的に救援を頼むべきだ。今の場合なら、この人数の戦闘員を倒せる実力者を。
「アレクサンダル大佐、救援をお願いします!」
[あっ、舞花ちゃん。
 『助けてお兄ちゃん』って言わないと、アレクお兄ちゃん助けに来てくれないかも知れないよ?]
 この場に合わないノーンのアドヴァイスに、舞花は「え?」と動揺を声に出す。それはどうしても必要な台詞なのだろうか。重要性が理解出来ないし、第一アレクはこの隊列の何処かにいるのだから、先程の声で聞こえていた筈だ。
「あ、あの……」
 まあ聞こえているのに来ないというのは、何かが足りていないと言う事だろう。
(矢張り先程の『合い言葉』が必要なんですよね……?) 
 言い慣れない言葉を吐き出すのに頬は赤くなり一気に熱が上がるが、舞花は意を決して叫ぶ。
「アレクお兄様、どうか私たちをお助けください!」
 と、次の瞬間に契約者達の視界は分厚い氷で覆われ、囲んでいた敵の姿ごと周囲がボヤボヤとしか見えなくなってしまった。
「アブソリュート・ゼロですわね」
「はい、大佐が――」舞花がエリシアに皆迄説明する数秒の間、氷壁の向こうでは特戦隊達が全方位魔法によって散って行く。
 次いで「(機晶)変身!」という声で、咲耶の変身とペルセポネのリミッター解除が行われたのだろうと、お決まりのパターンを知る何人かに推察させたのだが、こちらも推察中に型がついた。
 咲耶が何らかの攻撃を受けた事が、ペルセポネが纏ったパワードスーツがセオリー通りの『三分でパージ』どころか0.3秒でバラバラに斬られてしまったらしい事が、彼女達の悲鳴で分かったのだ。
 そう、どれだけお色気シーンが展開されようと、面白い事が起ころうと、氷の壁の中に居る契約者達には“大体しか見えない”のである。
 そんな訳で壁の向こうではハデスが第二形態となり眼鏡がサングラスに変化したり、更に第三形態へ進化しようとしたりしていたのだが、それらは何一つ見えないまま、正味一分も無いうちに全ては終わった。
 氷壁が取り去られた後に契約者達が目にしたのは、ちょっとした地獄と血振りをするアレクの姿である。
「お兄様か……ふふ、初めて呼ばれた。ふふふふふふ」
 金の眼光鋭く怪しい笑いを漏らしているアレクと、彼の足下に転がるハデスと彼の部下達。風景だけを切り取ると、どちらが悪役だったか分かったものではないが……
「アレクさん、笑ってます。嬉しそうですね」
 きっとアレクは新たな妹に頼りにされた事ではしゃいでいるのだと、豊美ちゃんは笑顔で納得する事にしたのだった。