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一会→十会 —鍛錬の儀—

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一会→十会 —鍛錬の儀—

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【潜むものたち・1】


「あれは……なんでしょうか…………?」
 後ろにいる皆に分かり易いようになのか、身体ごと横に捻りながら首を傾げるスヴェトラーナの合図のようなものに気付いて、舞花は足を止め、彼女の視線の先を向いた。
 疲労が見えて来た契約者に軽く休憩がとれるようキャンディを配っていた真や、真ん中でアッシュらを気遣っていたエリシアらも、徐々に気付き始める。
 今、彼等が昇っている場所は、岩壁言っても差し支えのないような場所だったのだが、そこへ上からばらばらと落ちてくるものがあった。
「妖怪ですよ、気をつけて!」
 スヴェトラーナの声に殆ど続くように、落ちてくるものの姿が明らかになる。
 それは丁度テニスボール大の黄金に輝く美しい玉――金玉(カナダマ)だった。
 落下する速度と大きさを考えれば、殺傷能力も充分だと思われる。それが一つくらいならまだしも、幾つも、幾つもだ。
「皆さん何かに捕まって下さい!」
 舞花に言われ、皆は岩の迫り出した部分や、僅かに生えている草や木の枝に掴まりそれらを凌ごうとしている。……が、ここに猛然と金玉に突っ込んでいく者の姿があった。

(力の一部を封じられた状態で登る山道は険しく、厳しいかもしれません。
 ですが、豊美ちゃんに讃良ちゃんや他の皆さん。そして何より、姫子さんの全力サポートがあれば何も怖くありません!)
 険しい道程を前に、しかし次百 姫星(つぐもも・きらら)の表情に悲観めいたものは一切なかった。自分の体力に自信はあったし、なにより彼女が慕う高天原 姫子がサポートしてくれるとあらば、不安を感じるわけもなかった。
「さあ、ズンズカズンズカ行きましょう!」

 ……そうして、ここまで姫星は意気揚々と登ってきた。既に豊美ちゃんたちののサポート魔法は効果を発揮しなくなっていたが、姫星は気付いていない。「いつもより身体が軽いです、やっぱり姫子さんの魔法は凄いです!」という思い込みが、彼女に実際の力となって反映されていた。
 そこに現れた、金の玉。触れれば金運がアップすると噂の玉。……そしてこれは言うまでもないことだが、姫星は金目の物に目がない。
「バッチコーイ!!」
 案の定、目にゴルダを浮かべながら姫星は、飛んでくる金玉をキャッチしにいく……が金玉はただの金の玉ではない。軌道を変え姫星の手をすり抜けると彼女の顔や腹にめり込み、強烈な一撃を与えた。
「……は、ははは……そうですか、そういうことでしたら!」
 すると謎のスイッチが入ったのか、姫星が愛用の槍をまるでバットのように構え、再び飛んできた金玉を迎え撃つ。複雑な軌道を描いて飛ぶ金玉、そして姫星の目がキラン、と光る――。
「プリンセッセスターホームラン!!」
 カキーン、というスカッとする音が響いて、金玉が空へと撃ち出されていった。推定150mオーバーの大ホームランだ。
「……ああっ!? せ、せっかくの一攫千金の種を打ってしまいましたぁ!?」
 はたと自分のしでかした事に気付いて、姫星が頭を抱えた。しかしその間にも金玉は仇討ちとばかりに姫星を襲う。
「ええぃ、こうなったら!!」
 開き直った姫星はその後もホームランを量産し、契約者が金玉で怪我をするのを防ぐ形となったのであった。


「痛ッ!」
 声を上げたのはアッシュだ。
 見えない何か――後になってスヴェトラーナに聞いたところによると『足まがり』という妖怪らしい――が、彼等の足を掴んで離さないのだ。文字通り足止めを喰らっている間にも、金玉は上から落ちてくる。
「ヤバイよヤバイよヤバイよヤバイよ!!!」
 その迫力に、アッシュは思わず隣に居たフィッツに抱きついた。
「アッシュ君!? ちょ、重っていうか僕も巻き添えに――!」
「わたくしに御任せを!」
 そう言ってエリシアはアッシュの壁になるように前に出ると、魔剣『青龍』を抜いた。彼女の力に反応し、周囲の植物が異常なスピードで成長すると、金玉の動きを阻み、落下速度を抑えていく。
「ふふっ、刀を抜いただけですわ」
 スキルを使用したのではと慌てて振り返った舞花に、エリシアが微笑んで返した時だった。
 恐ろしい突風が、契約者達に吹き付けて来たのだ。
 悲鳴やうめき声を背中の後ろに聞いて、スヴェトラーナは風の中なんとか振り返る。
 舞花が受けているノーンの連絡を聞いていると、契約者たちは崖から落ちてこそいないようだが、風によって四方へばらけてしまっているらしい。
 この中では陣形を取る事よりも、安全が優先される。致し方ない事だった。
「――でもこの風、異常です!」
 スヴェトラーナの言葉は、独り言や何かではなく、断定だ。それを理解している真は懐に忍ばせていた暗器『霜橋』を、風の上流へ向かって投げつける。
 立っている事も難しい突風の中で、重さの無い武器は敵へ届きはしなかった。
 だがそんな事は想定済みである。
 真がしたかったのは、敵の注意をひくことだ。
「そこだッ!」
 武器が飛んで来た事に一瞬動いた影に、真は逸足で飛びついた!
「避けて下さい――!」
 背中へスヴェトラーナが跳んでくる。真はそれを横に避けるが、スヴェトラーナが斬り込んだ場所は、千切れた草と砕けた岩しかなかった。そこに合った筈の影は、既に足跡も残さず消えている。
「…………逃げられちゃったみたいだ。
 シルエットからすると小さい子供みたいに見えたけど、それ以上は……」
「そうですね。
 ……でも、敵が隠れて皆さんを狙っているって事は分かりました」


 妖怪の攻撃を避けた後、医療班サポートとして参加した結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)は、先頭まで急ぐとスヴェトラーナに声をかけた。
「あの、もう少しペースを落として、ちょっと休憩入れませんか?」
 スヴェトラーナは歩みを止めずに振り返った。
「速すぎますか?」
「定期的に休んで水分とエネルギー補給をした方がいいと思うんです……。契約者は体力があるから、そうそう倒れたりはしないと思いますけど」
 そう言う結和の息も上がっている。結和は知らない事だが、スヴェトラーナが道案内として考えて居たのは、彼女の上官である“父と伯父のスピードよりも、少し遅くしよう”というものである。伯父ならばこうしている間にも頂上から手を振ってくるだろうし、父も然程変わらぬスピードを出すだろう。あの二人が規格外だという事は分かっているから、あれより遅くすれば、契約者の平均的な歩速に違いないとスヴェトラーナは思ったのだ。
 つまり二人より劣る、自分に合わせればいいのだ。
 しかし彼女は、やはり自身も規格外であったため、登山のスピードも並ではなかった。
「少し、緩めますか――」
 言いかけたスヴェトラーナの言葉が切れた。不審に思った結和が、何気なく彼女の視線を追って振り返る。そこには誰もいなかった。――否、誰の姿も見えなかったのである。


「霧が出てきた……?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、周囲を見渡して呟いた。気が付けば、一行の周囲は真っ白な空間に包まれている。
「時々、出るんですよ。山ですから。それもあって、僕はケーブルカーがいいと思うんですけど」
 平太は嘆息するが、それほど問題とは思っていないようだ。ただし、面倒だな、というように口をへの字にした。
「……ルカ、お神酒を落とすなよ」
 ルカルカとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、荷物持ちを買って出ていた。お神酒はルカルカが担当し、いざとなれば、ダリルは平太を背負う気でいた。……平太自身は最初からお願いしたいところであったが、これは豊美ちゃんから厳しく注意されたので諦めた。
「……こっちですよ」
 スヴェトラーナの声がした。一行は目を細めたが、彼女の姿は見えない。
「こっちだって」
 アッシュが指差し、平太も頷く。
「ちょっと待ってください。スヴェータさん、ヒノと言えば?」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が二人を遮り、前方に声をかける。
「……」
「答えがないぞ!」
 ダリルがアッシュたちを庇うよう、前に飛び出す。とたん、平太がすっ転んだ。
「え?」
「危ない!!」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)がさっと手を伸ばして、支えた。
「す、すみません」
「大丈夫か? 何かに引っかかったように見えたが」
「何だろ……足に何か絡みついたみたいです」
 平太は首を傾げ、自分の足元を見たが何もない。
「……何だか、嫌な感じがしないか?」
 羽純の呟きに、ダリルがああと頷く。
「どうやら、分断化されたらしいぞ」
 まるでミルクのような霧がねっとりと絡みつき、アッシュと平太のすぐ傍にいた者以外は全員、姿が見えなくなっていた。

 本物のスヴェトラーナの傍には先頭組である真や舞花が居たのだが、彼等はその違和感に気付けなかった。
 そして何時の間にか、偽物のスヴェトラーナ――妖怪・天邪鬼に騙され、誘導されてしまっていたのだ。