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森の聖霊と姉弟の絆【後編】

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森の聖霊と姉弟の絆【後編】

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【4章】深淵:器と魂


 何もかも気に入らないと思った。やらかした悪事がどうこうという以前に、そこにソーンの増長が透けて見えることが、セレンにはどうしても許せなかった。
 彼は「姉を救うために」と称してはいるものの、むしろそこには姉を想う気持ちなど欠片もないように思える。そこにあるのはただの自己憐憫と自己陶酔が混じり合った自己愛のみ。姉を失いつつある自分はかわいそう、しかし姉の命を救う自分の行為は素晴らしいというただのナルシズムだ。少なくとも、セレンにはそうとしか見えなかった。自分自身が「おもちゃ」にされた過去を持つからこそ、セレンにはソーンが他人の命どころか、姉の存在すらもおもちゃにしているように思えてならないのだ。暴力の犠牲者であるセレンにとっては、ソーンも自分を凌辱した連中と同類の獣でしかなかった。
 彼女がそう考えていることは、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)にもよく分かっている。彼女の置かれていた境遇を知る身としてはセレンの気持ちが痛いほど理解できるし、セレアナ自身もソーンの行為には歪んだ自己愛を感じずにはいられなかった。結局自己満足のために姉をダシに使っているのだとしたら、セレアナには自らの愛する人がポッドの破壊に乗り出すのを止める理由などあるはずもなかった。むしろ邪魔が入らないよう、セレンを援護することが自らのやるべきことだと信じ、手に力を込める。
「……気に入らないわ。あんたのやってることはクソガキの自己陶酔……あたしがブッ潰してやるわ!」
 【破壊工作】で転生ポッドの脆い部分を即座に割り出したセレンは、そこに機晶爆弾を投げつける。ポッドを修復不可能とするべく爆破した。
 その直前、一行がこの最下層に辿り着いた時即座に左側ポッドの後ろを取っていた刹那が、間一髪のところでそれを壁から切り離すことに成功していた。ほぼ同時に、ダイヤシールドを構えた舞花が【キャスリング】で自身と切り離されたポッドとの位置を入れ替え、爆風から護る。
 駆け寄った貴仁も中に入っているハガルを救出するため、刹那と共にその繭型ポッドを破壊した。そこでふと【死滅の呪い】からの【カタストロフィ】という生死逆転方法が貴仁の頭に浮かぶ。しかしすぐにこれらのスキルはどちらも相手を即死させるためのものであり、【カタストロフィ】による生死進行反転による回復はよほど特別な状況でないと功を為さないということに気付き、止めておくことにした。
 破壊したポッドから助け出されたハガルはぐったりと動かず、呼吸もしているのか分からない状態だった。ルカルカは咄嗟に彼女へ走り寄り、神宝『布留御魂』で癒そうとする。
「想いを束ねて力にする! 奇跡を起こすのは人の意志よ!」
 【インフィニティ・レリーズ】によって強められた癒しの力は、本来なら絶大な力を発揮したことだろう。そして冥府の川を渡ろうとしていたハガルの場合でも、彼女にそこから引き返そうという意志を持たせる程度には効力があった――そう、信じたい。少なくとも、彼女は完全に死んでいるようには見えなかった。まだ、ハガルは死に抗おうとしている。そう感じたルカルカは、彼女に【封印呪縛】を施すことにした。ハガルを魔石の中に封じれば、その間彼女の時間は止まることになる。そうすれば、何はなくともハガルがこれ以上「死」に近づくことはなくなるはずだ。
「H−1!?」
 唐突に、ソーンが愕然とした声を上げる。
 爆発地点から一番近いところで倒れていた彼の上から、焼け焦げた姿の女機晶兵がずり落ちて、音を立てた。爆風で吹っ飛んだ右半身
を下にして、H−1は壊れたおもちゃのように小刻みに身体を震わせながら、リトを視界の端に捉えようとする。
 それに気付いたリトが近づくのを躊躇っていると、H−1は残されていた左手を彼女の方に伸ばす。その手には、緑色に輝く小さな機晶石が握られたままだった。
「……!」
 リトは思わず走り寄って膝をつき、両手でH−1の手を包む。何か声をかけようとしたが、言葉が出てこない。
 リトに緑の機晶石を手渡した瞬間、機械の手はガクンと重くなり、身体ごと動かなくなる。

 ――ありがとう、ソーンを守ってくれて。
 ――ありがとう、リトの下へ帰してくれて。

 H−1は暗闇が襲ってくる直前に、そんな声を聞いたような気がした。そして、それっきり完全に機能を停止した。
「姉さん……H−1……」
 ソーンは茫然自失となって、呟くことしか出来なくなっていた。契約者たちに取り囲まれたハガルは魔石に封印され、H−1は自分を庇ったことでバラバラに壊れてしまった。その事実が受け止められないのだ。
 ふいに顔を殴られても、ソーンはかわすことなくそのまま少し後ろに吹っ飛んだ。
「お、おい、リトっ……! さすがにグーパンは寄せ!」
 カイの制止など意に介さず、リトはソーンの胸倉を掴んで無理やり上体を起こさせる。
「こっち向きなさい! あんた、自分を見失ってる場合じゃないでしょ!?」
 遠慮など無用と言わんばかりに、リトは声を張り上げて叱り飛ばした。
「私の目を見なさいって言ってるの! 今更後悔なんてしたって遅いでしょ! 良い? あんたは今、生きてるのよ。そして、これからも生き続けるのよ。ヨボヨボになって老衰で死ぬまで、あんたはずっと生きていかなきゃならないの! 弟は姉より先に死んじゃいけないって決まってるのよ! こんなことも分からないなんて、本当に馬鹿なんじゃないの!?」
「……っ」
「分かったら、もっとしゃんとして周りを見なさい。迷惑かけたんだってことを自覚出来たら、ちゃんと態度で示すのよ。それで、皆にごめんなさいって謝ったら、フラワーリングに戻るの! ハーヴィが基礎を築いて、皆で作り上げてきた『よそ者だらけの』集落にね。あんたのところのチンピラでさえ発展の手伝いしてるんだから、あんたにだって出来ることがあるでしょ。誰もいない島に残って勝手に野垂死なれるくらいなら、雑用でも何でもさせてやるんだから!」
 リトのあまりの剣幕に口を挟もうとする者はおらず、しばらくの間沈黙が続いた。
 やがてソーンは胸倉を解放されると、おもむろに頭を下げて口を開いた。
「ありがとう。……それと、すみませんでした」
「皆に言うんでしょ?」
「はい……皆さんにも、本当にご迷惑をおかけしました」
 言わされている風だったらもう一度殴ってやろうと思っていたが、ソーンの素直な様子に満足して、リトは自らの拳を収めた。そしてそこに集った者全員の顔を見回して、にこりと微笑む。

「じゃあ皆で帰ろう、フラワーリングに!」


担当マスターより

▼担当マスター

黒留 翔

▼マスターコメント

 黒留 翔です。
 『森の聖霊と姉弟の絆・後編』に参加して頂いた皆様、お疲れさまでした。ネタバレにあたる部分も後述していますので、まだリアクションを読んでいない方はマスターコメントよりも先にそちらをお読みいただくと良いと思います。
 また、この結末をハッピーエンドと見るかバッドエンドと見るかは皆様それぞれの尺度にお任せ致します。ただし私個人が初め企図していたもの(敢えて言うならトゥルーorノーマルエンド?)より遥かに犠牲が少なく済んだことだけは確かです。……いやぁ、宮沢賢治氏の『銀河鉄道の夜』でもジョバンニ君が言っていましたが、「本当のさいわい」って何なんでしょう。難しい問題ですね。

 一応、ネタばらしとして死ぬ(=魂の消滅的な意味合いも含む)可能性が高かった順番も示しておきます。不要な方は読み飛ばしてください。
 【高】 ソーン≧ハガル=ヴィズ>>>カイ>>>>リト 【低】
 理由としては、ソーンが自分の悲願を達成させるためには死ぬ必要があり、彼自身端からそのつもりであったこと。転生ポッドのシステム上、上手く動作した場合でもハガルとヴィズはどちらか一方しか蘇らせることが出来なかったこと。リトはカイを含む契約者たちに護られている可能性が高かったことから、それぞれ上記のような順になっています。
 ですが各キャラクターそれぞれに助けたいと言って下さった方がいたため、実際の結果はこれと異なる方向へ進みました。

 さて、次回作ですが、心の中でやろうかどうしようか迷っていた後日談についてご要望を頂いたこともあり、もう一話だけ務めさせていただこうかなと考えているところです。内容としては、フラワーリングでのおまけ要素の強いシナリオになるかと思います。先に今回が最終話と言っておきながら誠に恐縮ではありますが、もしご興味を持っていただけた場合には是非そちらにもご参加ください。
 また、今回これまで謎にしていた部分などは可能な限り全て回収するよう努めたつもりではありますが、説明不足やGM本人が忘れている伏線等あるかもしれません。それに対する疑問点やツッコミなどありましたら、シナリオ参加者用の掲示板か次回作のアクション投稿欄にてお尋ねいただければと思います。私の方から掲示板に直接書き込みをすることはありませんが、次回リアクション本文にて回答となるような描写を入れさせていただくつもりです。
今回は本当にありがとうございました。