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リアクション
【3章】最下層:最後の説得を
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー・御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、【ダウジング】で緑の機晶石の在り処を探りつつ、一行と行動を共にしていた。古代遺跡に足を踏み入れたばかりの時には対象物が移動しているような感覚を覚えたが、現在はぶれることなく階下を示しているようだった。
リトが、間もなく最下層だと告げる。
階段を降り切ると、そこは急に開けた空間が広がっていた。これまで辿って来た暗い通路と比べると、様々な電子機器から発せられる光はかなり明るく見える。
「……見つかってしまいましたか。随分早かったですね」
奥の壁に設置された大がかりな装置を前に作業をしていた銀髪の青年が振り返って、一行の姿をその目に捉えた。
「僕を殺しに来たのですか?」
酷くくたびれたような顔で、ソーンはそう言った。彼のすぐ傍には、胸の前で両手を握り合わせたH−1が控えている。
「待て。リト」
直ぐにでもソーンに跳びかかって行きそうな剣幕のリトを制して、カイは鋭い視線をソーンに向けた。その様子を見た舞花は、カイに「少しだけ待てないか」と言って、リトの説得を頼む。これまでに得た情報から、舞花はどちらかと言うとレナンディ姉弟に同情的であった。無論、無条件でソーンの肩を持つことは難しい。とは言え彼の身上を考えると、全てが水泡に帰すのは忍びない気もするのだ。そのため舞花は出来るだけ穏便な解決を図れるよう、少し様子を見てみたいと思った。
カイとしても、リトが無鉄砲に飛び出していくのは阻止するつもりであった。いつの間にか姿を現したアルミナが【咆哮】でリトを護り、後方の少し距離を取った場所で吹雪とイブがそれぞれに銃を構えている現状であってもだ。
「緑の機晶石……いや、ヴィズさんは無事だろうな?」
「君の声を聞くのも久しぶりですね、カイ君。わざわざリトさんを連れてくる無神経さには辟易しますが……それを聞くためだけに、皆さんお揃いで僕に会いに来たわけじゃないでしょう?」
ソーンから殺気は感じられない。しかし相手を苛立たせるには十分な嫌味っぽさが、その口調には表れている。
「君の捕縛、及び緑の機晶石を奪還しに来たんだ」
宵一がそう言って、ソーンに降伏を促す。
「誰かを救いたいと言うのはよく分かる。だが、そのために多くの人を犠牲にしていいわけじゃあない。そうだろう」
「そうよ。ソーンのやり方じゃ犠牲者が出てしまう。それはハガルも望まないことよ。時間がないのも分かるけど、違う方法でハガルを助けるのを試させて欲しいの。それがダメだった時にソーンのやり方をするのでも損はないでしょう?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)も宵一に同調して、ソーンの説得を試みる。
彼女のパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、ソーンの背後にある装置に注目して、その仕組みを理解しようとしていた。人間が一人優に入れる大きさの黒い筐体と、左右に配置された繭型のポッド。向かって左側のポッドには既に人が入っていることが、上部にある小窓から窺える。細部が見えないため判断しづらいが、中にいるのが本物のハガルであろうことは推測出来た。ダリルは、自身が連れてきた二種類の機晶ボディと上質な機晶石を、代替として使用できないかと思案を巡らせる。H−1の替わりに機晶ボディを用いることはともかく、ヴィズのことがある以上、緑の機晶石は上質な機晶石と交換という形で奪還する必要があるだろう。そのためにも、一度【電子変化】でポッドの中に入り、原理を解明しなくてはならないとダリルは考えていた。
「偽善とは言いませんが、貴方がたの価値観を押し付けるのは止めて欲しいですね。僕にとって大切なのは他の誰でもなく、ハガルだけです。彼女がこんな目に合わされる理由なんて、何一つ無かった。村を救おうと全身全霊をかけて使命を全うした、その彼女が死んでいくのに、これ以上犠牲を出すなと? ハガルが犠牲者でなく、他の何が犠牲者だと言うのですか」
「とりあえず、今何をしようとしているのか教えて欲しいでふ。ハガルさんを救う方法は、本当にそれしか残されていないのでふか?」
ソーンの実験内容が詳しく分かれば、円満に解決出来る方法を見つけられるかもしれないと思い、リイムはそう尋ねた。
するとソーンは一度口を閉ざし、出方を探るようにリトの方を見やった。
「……記憶も取り戻しているようですし、リトさんには分かっていますよね? この転生ポッドに入った貴女たち姉弟がどうなったのか。僕が今、何をしようとしているのか」
リトはただ、怒りを堪えてソーンを見据えている。
代わりに、それまで沈黙を守っていた鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が口を開いた。
「見当違いかもしれませんが、あなたはその装置を使ってH−1にハガルさんの意識、記憶を送り込もうとしているのではないでしょうか? まぁ、一見それだとハガルさんそのもののように思えますが、ハガルさんの偽物でしかない、H−1ではないかと俺は思いますよ。限りなく似てるけど、本人ではない感じがします」
貴仁の言葉を聞いたソーンは、口元に歪な笑みを浮かべる。
「それをリトさんの前で言うのですか。彼女だって、そうして今の姿に生まれ変わったというのに?」
「そんなことは、どうだって良いのよ!」
嘲笑うようなソーンの表情を見て、遂に我慢の限界と言わんばかりにリトが声を荒げた。
「あんたこそ、ちゃんと分かってるの? あんたがわざわざパソコンに残したように、『ヴィズは私が殺した』のよ!?」
「1足す1は2。ええ、勿論分かっていますよ。1を2にするためには、1を足してやらなければならないんです。ヴィズ君は、貴女に永遠の生命を授けるため、自らゼロになることを選んだ。ここへ来て欲しくなかったのでああいう書き方をしましたが、僕は貴女が弟を殺したとは思っていませんよ。ヴィズ君が自らそれを望んだであろうことは、僕にはよく分かります」
――もしも僕が植物だったとして、間引かれることでリトを生かしていけるなら、僕はその道を選ぶよ。
――樹は、土に還った後も養分となってその地の動植物を生かし続ける。これはとても尊いことだって僕は思うんだ。
そう語ったヴィズの言葉が、リトの脳裏をよぎる。
「誰でも良いわけじゃないんです。僕だって、色々試してみようとしたんですよ。被験者との関係が知人だったり、友人だったりした場合にはどうか、とかね。でも、それじゃやっぱりダメみたいなんですよ。もっと根本的に近しい存在でなければ、成功しないように出来てるんです。それを知ったとき、僕はハガルの弟で良かったと心底思いました」
ほんの一瞬、ソーンの顔に張り付いていた笑みが柔らかいものへと変わる。
「一つだけ……リトさん、貴女に謝らなくてはならないことは、僕に技量が足りなかったことです。転生ポッドをどのように扱えばいいのか理解出来ても、これを一から作れるほど、仕組みについては解明出来ませんでした。同様に、僕の技術では魂の器として機能する機晶石を、自ら生み出すことが出来ません。普通の機晶石にどのような処置を行えば『器』として相応しいものになるのか、はたまた最初から全く別の工程で器としての機晶石を造りだすのか、それすら分らないのです。だから……僕は過去の遺産である緑の機晶石を、手放すわけにはいきません。現状で使える魂の容れ物がこれしかない以上、譲るつもりはないんです。これだけは貴女とヴィズ君に申し訳ないと思っています」
そう言い終わらない内に、ソーンはダリルが少しづつ右側のポッドへ近づいて来ていることに気付いた。
「止めなさい……! そこに入るのは僕だ!」
ソーンの態度が急変したその瞬間。
「自分お仕事はきっちり果たすであります」という吹雪、それに逆側から様子を窺っていたイブの構える銃口が、威嚇のため同時に火を噴いた。
「H−1、石を持ったまま中へ! 早く!」
この状況は不味いと悟ったのか、ソーンがH−1を急き立てて筐体の中へ向かわせる。
ソーン自身は右のポッドへ走り、中に入ろうと手を伸ばした。
次の瞬間、
「――あたしがブッ潰してやるわ!」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の言葉と共に閃光が走り、周囲は轟音と爆風に包まれた。