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リアクション
「ラズィーヤさんお帰りなさい」
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、ラズィーヤと静香が歓談しているところに話しかけた。
隣に立つパートナーシャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)も深々と完璧な一礼をする。
「ラズィーヤ様、お帰りなさいませ。わたくしもとても嬉しいですわ」
「クッキー焼いてきました、どうぞ召し上がってください」
…………。
笑顔で応えようとしたラズィーヤは、続くロザリンドの言葉に、にっこりとした顔のまま、固まった、ようにも見えた。
「……それは……本当に帰還を祝って頂けてるのかしら?」
ひどい誤解だ。ロザリンドは慌てて説明する。
「し、静香さんやパートナー達監修で作りましたから、いつもより美味しい、はず、だと、思いますが」
ロザリンドの声はけれどだんだん小さくなっていく。
今までの数々の失敗料理のことを考えたら、確かにそう思われても仕方ないし、料理は苦手だし、味覚はそんなにおかしくないと思うけれど……。ラズィーヤは美食を食べなれている立場だし。
「……大丈夫だよラズィーヤさん。ちゃんと味見したから。普通に美味しいよ」
自信をなくしかけたロザリンドを慌ててフォローする静香。ラズィーヤも意地悪しなくていいのにとも思ったが、ラズィーヤはほっとしたように頷く。案外本当に味を怖がったのかもしれない。
「後でゆっくり頂きますわね。……本当ですわよ」
ラズィーヤの微笑に、ロザリンドはほっと胸を撫で下ろす。
……でも、用事はこれでは終わらない。
シャロンが生真面目さ故か勉強に行ってしまってから(ラズィーヤに挨拶をした後はパーティの運営方法や、布張りの椅子の座面の織り方や、お菓子の種類などが気になるらしかった)、彼女は少しソワソワしながら近況の報告を続けた。こっちの方がむしろ本番かもしれない。
「……今は、女官になるための勉強をしています。採用試験を受けようと思っています」
「試験なんて受けなくても、ロイヤルガードまで務めたロザリンドさんなら、問題ないかと思いますけれど? でも、それもロザリンドさんの決めたこと。宮殿で活躍されるのを楽しみにしてますわ」
「できればヴァイシャリーでの仕事かをやってはみたいですが、まだ今の自分には足手まといでしょうし……。
今後卒業して女官となる後輩のためにも、先に入ってある程度状況とかアドバイスできるようになれたらと。『こうならないように』と失敗例とならないよう頑張らないといけませんが」
「ロザリンドさんは謙虚過ぎますわね」
ロザリンドの言葉に、ラズィーヤは少し息を吐いた。
「……ご自分の力をもう少し正しく見積もった方が、きっと楽になりますわよ。わたくしも静香さんも、ロザリンドさんには助けられていますもの。
これからもヴァイシャリーのために働いて頂けるなら、嬉しいですわ」
「……微力ですが頑張ります」
そしてロザリンドは意を決して息を吸い。
「ラズィーヤさん、私は静香さんと結婚をしたいと思います。今すぐではないですし、両親に報告とか色々ありますが、その時はよろしくお願いします」
そう切り出して反応を伺った。
既に一度、ラズィーヤの前では話している。だがあの時は、世界滅亡の危機の最中であり、ラズィーヤもまた意識が創造主の手の中に長くあり、そして救われて正気を取り戻したばかりのことだった。そんなことでラズィーヤが忘れたりするとは思っていないが、こうして落ち着いた場所で話しておきたかった。
ラズィーヤは意を汲み、改めて二人に向き直るとお祝いの言葉を口にする。
「おめでとうございますわ、静香さん、ロザリンドさん。
パートナーとして、お二人を見て来た一人としてとても嬉しく思いますわ。そして静香さんのパートナーとしても、こちらこそ、今後もよろしくお願いいたしますわ」
認めて貰えてほっとしたロザリンドであったが、思いついたようにラズィーヤは含み笑いを浮かべる。
「でも……あら、じゃあロザリンドさんも静香さんと一緒に私の……」
くすり。笑う。
「……いえ、なんでもないですわ」
ロザリンドは気付いた。……絶対反応を面白がっている。もしかして自分も静香と一緒にオモチャになるのだろうか?
これから、こんな風にからかわれるのかもしれない。
「あの、ラズィーヤさんの方も恋人とか結婚式とかは」
反撃というわけではないが話のついでに言いかけたロザリンドは、ラズィーヤの顔が怖くなったような気がして――実際にはそれほど変わっていなかったが――いえ何でも無いです、とすぐさま取り消した。
ラズィーヤはそんなロザリンドの様子を楽しげに眺めつつ、
「これからゆっくり相手を探すつもりですの」
と、答えるのだった。
(帰ってきたんだよな、みんな。あ、いや……オレも、か。オレ、ここにいていいんだよな……?)
ラズィーヤの、静香の、元白百合団、白百合会の。良く知った顔、話したことのある顔、見かけたことがあるだけの顔もあるが……その皆の笑顔。
上品な笑顔と言葉のさざめきの中で、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は少々場違いのような戸惑いを感じていた。
勿論シリウスは百合園女学院の一員だ。執行部だって白百合会の一部だし、そもそも彼女は百合園の教師だ。進んで出席したのは彼女自身である。
ラズィーヤと静香と、百合園の生徒たちがいる、これが日常。日常に戻って来ようと思っているのに皆と違ってどこか戻り切れないのは、世界の危機での出来事がまだ尾を引いているからだろうか。
(……約束だし……オレもなんか実感が欲しいんだ、帰ってこれたって)
シリウスは柄になく神妙で落ち付いた様子で、ラズィーヤに近付いた。
一歩ずつ近づく。例の、いつもの微笑を浮かべているラズィーヤ。
女の子のように可愛らしい笑顔の静香が時々弄られて困った顔をするのも。
いつも通りだ。
(ラズィーヤには、いつも通り毒舌で叩かれるかもしれないけど、それでもいいんだ。『いつものこと』なんだから。
いつもの日常って、こんなに素晴らしくて、大事なものだったんだな……)
「……おかえりなさい、ラズィーヤ」
ラズィーヤの前まで来てそう言えば、彼女はキッと、厳しい視線を向けてきた。
「シリウス・バイナリスタ“先生”。生徒の前ですのよ、敬称くらいお付けなさい?」
「……はは、参ったな」
シリウスが頭をかけば、ラズィーヤは突然視線を解いてふっと笑う。
そう、「いつもの」苦手なラズィーヤだ。
何も変わっていない。百合園の中心でいつも咲き誇っている白百合。
シリウスはラズィーヤから視線を逸らすと周囲の一人一人を見ていった。
「オレからプレゼント……じゃないけど、ちょっと提案。みんなで写真、とらないか? このみんなが揃ったところをさ、形にして残しておけたら……って思うんだ。
カメラはオレがやるよ。ケーキの前で……どうかな?」
苦手でも、敬称は付けなくても。シリウスなりにラズィーヤに敬意を持っていたし、生死不明の話を聞いた時は本当に心配したのは確かだ。
……シリウスも、いつも通りになろうとしている。
「いいアイデアだね! みんなで写真撮ろうよ!」
静香が賛成して、離れている生徒たちを呼びに行く。
巨大な白いケーキはまだ幸い切り分けられていなかった。
生クリームにベビーピンクやペールブルー、グリーンの葉やアイシング、アラザンで飾られた可愛らしくて美味しそうなケーキ。色もデザインもどことなく百合園らしいのは特注品だからだろうか。
皆が集まって揃って三列に並ぶと、シリウスはカメラ片手に手を上げる。
「じゃ、撮るぞー。3、2、1……」
シャッターを切る。いつもの日常が画面に閉じ込められる。
シリウスが「じゃあもう一枚――」と言いかけた時だった。
「シリウスさんも百合園女学院の一員でしょう? さ、こちらにいらして」
ラズィーヤは、シリウスが返事をする間もなく使用人に写真を撮るように命じて、手招きした。
「……ん、じゃあオレも入らせて貰います」
皆の横に並ぶ。
パシャリ。
写真はシリウスの日常に、思い出に、なっていく。
その後、撮影された写真はそれぞれの手元に行き……そのうちの一枚は、百合園女学院校長室の写真立てに収まることになった。
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