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白百合革命(第2回/全4回)

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白百合革命(第2回/全4回)

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第1章 白百合団の任務

 2023年10月。
 タシガン空峡に出現した赤黒い渦――ダークレッドホールを抑えるために、契約者達は動き始めた。
 百合園女学院の生徒会執行部、通称『白百合団』は、団長の風見瑠奈(かざみ・るな)が、講師のゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)と共に行方不明になったことをきっかけに、ダークレッドホールの調査や、周辺住民への避難の呼びかけに動いていた。
 行方不明となっていた者のうち、ごく一部がツァンダ東の森で発見されていたが、発見された者達は全ての記憶を失っており、言葉さえも満足に話せない状態であった。
 発見された人々には外傷はなかった。付近の病院で保護し、数日間の療養の後、改善がみられないまま彼らは家族の元へと帰されていった。
 ある者は学園へ、ある者は地球へ――。

「わたくしは、あの赤黒い渦の中に行きますわ」
 白百合団班長、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)は、使命感に燃え、正義感に駆られて突入を一人決意し、仲間達に宣言した。
 しかし、ダークレッドホールには近づかず、付近の人々に避難を呼びかけるよう、団からは命じられている。
「まだ戻ってきていない人達を助けに行きます! わたくしはどんな力にも屈しませんわ。切り抜けて、皆と共に帰還してみせますわ」
 彼女は強さを求め、己の力を試すことに喜びを感じる女子高生だ。
「わかりました。私も行きます」
 イングリットの決意を聞き、団員の橘 美咲(たちばな・みさき)が協力を申し出た。
「あ……っ、班長としての命令ではありませんわ。皆様には突入のサポートをお願いします!」
「決意は立派だと思いますけれど、1人では無理です。イングリットさん、ろくに準備してないですし……。でも皆で協力すれば、何とかなりますよ!」
 美咲は笑顔で言い、すぐに準備に取り掛かる。
「あたしも乗りかかった船には、沈没するま乗るわ!」
 白百合団員ではないが、任務についてきていたレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)もイングリットとの突入の意思を示す。
「わ、わたくしは……白百合団の班長として、百合園生の危険な行為を認めるわけにはいきません。レオーナさんは団員でもないです、し」
 白百合団員にとって、百合園生は守るべき対象だ。レオーナがたとえ百合園生としてどうか? と思える娘? であったとしても! 危険な目に遭わせることは出来ないのだ。
「うーん、確かにイングリットちゃんは班長としての責務とかあるから、皆で突入しづらいよね……」
 レオーナは少し考えた後、手をぽんと打った。
「それじゃ、イングリットちゃん。『たまたま』あたしの幼き神獣の子に乗りあわせてて、『ついうっかり手が滑ってダークレッドホールに突入してしまうあたしを見捨てられずに』一緒に突入してみない?」
「え?」
「……つまり、イングリットちゃんが指示を無視して突入するわけではなく、たまたまあたしと一緒に幼き神獣の子に乗ってて。
 あたしのミスに巻き込まれて、不本意ながら突入してしまうことにできたらなって。
 もちろん、突入せず残る班員さんに、本来の任務の遂行を伝えておくことはオススメしとくけれどねっ」
「そ、それは……」
 少し心が揺れるイングリットだが、レオーナは魔法耐性があまりなさそうだ。
 あの炎の渦を生きてくぐれるのだろうかという心配もあって。首を縦に振ることは出来ない。
「私は残りますよぉ。ダークレッドホールの拡大によって人的被害が出るなんてことはあってはならないえすからぁ」
 白百合団員の佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)は、自分は付近の人々への避難の呼びかけの為に残ると言う。
 今日、この場に任務で訪れている白百合団員は、イングリット、美咲、ルーシェリアの3人だけだった。
「ここに来るまでに集めた情報によると」
 美咲がまとめた情報を皆に話していく。
「まずホールの成り立ちについて。
 これは2冊の魔道書の力が混ざり合っている可能性が高いそうです。
 ただ魔道書の力を十二分に引き出すのは通常難しいとのこと。
 恐らくこれにはヴァイシャリーで起きた盗難事件が関与していると思われます。
 盗まれた品に魔力を増幅させる杖がありました。
 それが使われていると予想しています。
 ですのでこのホールを消滅させるのであれば、その魔力増幅の杖の破壊を目指すべきでしょう」
 美咲は得た情報から導き出した、自らの考えを述べていく。
「美咲さん……。わたくしは団から聞いてはいませんが、その情報はどこから仕入れてきたのですか?」
「匿名希望さんです。すみません」
 美咲は考えながら話を進めていく。
「魔道書やその使い手との戦闘は避けたいですね。
 相手は古代の魔道書が読めるような相手です。
 私達では手に負えない可能性の方が高いです」
「古代の?? 仰っていることがわたくしにはさっぱり理解できません……。この渦の中に魔道師がいるとでも? すみませんが、美咲さんの解釈が合っているのかどうかも、わからないです。その情報が確かなもので、重要な情報なようでしたら、美咲さんは一度百合園に戻って話し合うべきではないでしょうか?」
 力で皆を助け出し、帰還するつもりだったイングリットは美咲の言葉に混乱していく。
「シリウスさんもご存知ですから、大丈夫です。イングリットさんを放っておけませんから。サポートしますよ!」
 美咲はこういう事態も想定して、情報を集めて回っていた。
 イングリットが考えなしに1人で突入したのなら、二次災害に合うことは間違いないから。情報面では自分が動かなければいけないと美咲は一生懸命考えていく。
 付近で調査に当たっていた陰陽師のエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)からも話を聞き、その際に迷彩塗装が施された『戦闘用イコプラ』を預かってきた。
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)にテレパシーを送り、ツァンダの病院で保護されている瑠奈とゼスタの様子を聞くが、症状に変わりはないという。
 ダークレッドホールに入った人々の数は、数十人か数百人かはわからない。
 白百合団員の自分達が最優先で救出しなければならないのは、百合園生で行方不明になっている者。
 そして、美咲は瑠奈とゼスタもまだ、ダークレッドホールの先にいるのではないかと思っていた。
「……魔力増幅の杖は、離宮の再封印に使われた杖だろう。使い手は限定されるし、常に使い続けているとは考えづらい」
 共に訪れていた樹月 刀真(きづき・とうま)が口を挟む。
 彼もまた別のルートから情報を得ていた。
「イングリット、君はここに残らなければならない」
「!?」
 静かに、強い目で刀真はまっすぐイングリットを見て話す。
「こういった状況下で、一般の人達に呼びかけたり、護衛ができるのは俺達契約者しかいない」
「契約者の救助に動けるのも、契約者だけですわ! 自らの危険を顧みず向かわれた、特殊班員の冬山小夜子さんをわたくしは尊敬いたします」
 イングリットは真剣な目で思いを語る。
「交通事故に遭った方や、駅のホームから線路に落ちた人を見ておきながら、緊急停止ボタンの場所を確認したり、駅員に連絡に行ったりしていたのでは、その方の『命』を助けることはできません! すぐに救助に動く者が必要なのですわ!」
「だが、全員で線路に下りて、身体を張っても列車は止められない。無駄に『命』が失われるだけだ」
 刀真も真剣な目でイングリットに話していく。
「こういった状況のために瑠奈の言う警察組織やその下部組織が必要になる。
 イングリット、ここで君が任務を果たして瑠奈の言葉を体現するんだ」
 その実績が団長の瑠奈の思いを守り、百合園に残り、議会頑張っている副団長達を助ける事になる、と。
「今、ここで団員達をまとめ指示を出しながら動けるのは白百合団の班長である君だけだ」
 それに、と。刀真は美咲が抱えているイコプラを見る。
「付近で調査を行っている人がいるのなら、情報交換することも重要な仕事だ」
 陰陽師が遠隔操作でダークレッドホールの中を見たとしても、情報は陰陽師の脳内にしか入らないのだ。全員突入してしまったら、白百合団はまた外部の情報を得ることが出来ない。
「人手がいくらあっても足りないこの状況で君はできるか?」
 刀真の言葉に、イングリットは悔しげな表情を浮かべる。
「わたくしには、意思に賛同しダークレッドホールに向かうと仰られている方をお守りする責務もあります。それに、わたくしは警察組織や団長の思いよりも、目前の危機に瀕している命をまず優先すべきだと思いますわ」
「君が守れるのは瑠奈の命ではない。パラミタの人々の命を守るために、君は残らなければならない」
 刀真がそう言うと、イングリットは拳を握りしめとても悔しそうな顔をする。
「古代の魔道書や技術が関わっている可能性がある。となれば、その先には離宮で交えた機械系、意思能力のない光条兵器使いといった人造人間が存在する可能性がある。……ここは任せた」
 刀真は、アルティマレガースで飛び、ダークレッドホールへと向かった。
「ずるいですわ、自分だけ……ッ。戻ってきたら、わたくしと勝負していただきますわよ!!」
 イングリットは刀真に向かって叫んだ。
 刀真は振り向かずに、急ぐ。
「ダークレッドホールの情報を得る為に行く人も必要ですよね。どうします?」
 美咲がイングリットに問う。
 彼女は携帯電話でシリウスにダークレッドホールに突入する旨の報告も終えていた。
 止められたが決意は変わらない。
「……ルーシェリアさんは、タシガンの港から、避難の呼びかけをお願いします」
 そう言い、イングリットはルーシェリアを送りだす。
 それから申し訳なさそうに、美咲を見た。
「ダークレッドホールに突入したら、班長としての責務を果たせなくなります。その点に関して、わたくしは間違っていましたわ」
「わかりました。イングリットさんは残るのですね」
 美咲がこくりと頷いた。
 確かに、預かった式神を通して見えた情報を、伝える役目の人がいなければ白百合団に情報が入ることはなく、そうなるとこれからもイングリットと同じように、意気込みだけでダークレッドホールに突入する人が増えるだろうから。
「あたしは……行くわ。本当にこんなことして良いのか悩ましいけど……さ」
 レオーナは悩みつつ言う。
「もし、現在もダークレッドホールに残されている女の子たちに何かあったら、あたしたち一生後悔すると思うんだ。
 そんなに賢くないあたしには、「何が正しいか」は、正直分からないの。
 だから、「何が正しいか」を考えるんじゃなくて、「いま何を本当にやりたいのか」を基準に考えてみたの」
 真剣な表情でレオーナはイングリットに言う。
「そしたら……色々問題や批判はあると思うけど、残された子たちを助けにいきたいと思った。
 二次災害にならないよう……みんなで無事帰ってくる覚悟でね」
「わかりました。ダークレッド内部に関しましては、お2人に調査をお願いしますわ。あ、でも出来れば……」
 イングリットが申し訳なさそうにレオーナを見る。
「うん、わかったわ。ちゃんとうっかりを装うから! 美咲ちゃんしっかり掴まっててね。むしろ離さないから!」
 そうしてレオーナは、『美咲を乗せて幼き神獣の子を操り調査をしていたところ、ついうっかり手が滑ってダークレッドホールに突入』してしまったのだった。