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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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治療

 ついにアムリアナ女王の「治療」の時がやってきた。
 ルカルカとダリルがナラカ城との交信を行い、砕音は魔導空間に行ってしまう。ハタ目にはイスで寝ているようにしか見えないが。
 白輝精は女王の容態の確認を行い、ヒダカは少し離れた場所で待機している。
 有栖は驚きの歌と清浄化で、砕音や白輝精のサポートを行なっていた。そして祈るように、目の前の女王に呼びかける。
「女王陛下……私は、陛下や、シャンバラを護りたくてロイヤルガードになりました……どうか、生きて……生きてシャンバラにお越し下さい、私達に陛下を護らせて下さい……私達みんな、陛下を待っていますから……!」
 呼雪は、白輝精の隣で女王の容態確認を手伝う。
 シャンバラに来た当時は遠い存在だった女王が、目の前にいる。十二星華から聞いて、どんな人物か興味を持っていた存在だ。
(俺がロイヤルガードを引き受けたのも、シャンバラの人々と生きていくと決めたからだ。アイシャの戴冠式に協力する事にしたのも、一日も早くあの時果たせなかった彼らの悲願を達成させる為。
 東西に分かれる事によって、シャンバラを侵食する地球勢力の姿もより浮き彫りになった。このままでは、例えきちんとした国となってもシャンバラは害虫に食い潰されてしまうのではないかと。それでは結局、古王国の二の舞だ……)

「ええと……」
 幻時 想(げんじ・そう)は治療現場の雰囲気に戸惑っていた。何か自分も手伝いたいと思うのだが、何をすればいいか分からない。自身のスキルやアイテムを確認しても、この場に役に立ちそうな物はなかった。
 その様子に気付いた長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が、想の腕を引いた。
「できる事がないならば、治療の妨げにならないよう下がった方がいいですよ」
「僕も何か力になりたくて……」
「時には、自身の力を振るうタイミングを待ち、じっと待つ事も必要でしょう」
 淳二は想をそっと、邪魔にならない壁ぎわに連れていった。
 想はきゅっと唇をかんで、うつむく。
「ちゃんと治療の様子を見た方がいい」
「え?」
 淳二の言葉に、想は彼の顔を見る。淳二は治療現場に真剣な視線を注いだまま、静かに説明する。
「ここで何が起きているのか、行なわれているのか、母校に報告するのでしょう? 当事者が今やってている事に集中していて、後に他者の動きまで覚えていない事も多々あります。それを観察し、しかるべき者に伝える役目も必要なのでは?」
「……そうですね」
 想はうなずき、女王を治療する人々に目を向けた。

 白輝精が(ここはもういいわ)とテレパシーを送った。
 呼雪は女王から離れ、砕音の様子を見た。彼の腕にはラルクが持ちこんできた医療用の計測器がつながっている。見た目には分からないが、魔導空間で作業に励んでいるようだ。その額から汗が流れ落ちる。
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)が「頑張ってくれ……」と彼にSPリチャージをかけている。
 呼雪は、ブリーフィング時のティーの言葉が気になった。
(この前まで寝たきりだったのに……)
 砕音がまた無茶をしようとしているのだろうか、と心配になる。呼雪は彼がなるべく楽になるよう、ナーシングを施した。

「陛下?!」
 有栖が悲鳴まじりの声をあげた。
 女王の呼吸が止まっている。白輝精が泣き崩れそうになる有栖に「待ちなさい」と声をかける。
「で、でも陛下が……?!」
 ベッドに横たわっていた女王の姿が、まばゆい光と代わり、光は粒子となって消えていく。その中からアムリアナの霊体が現れた。
 彼女はその場にいる人々に、暖かい笑みを浮かべ……そして消えた。その瞬間、ある街のイメージが、皆の頭の中に浮かぶ。
「あそこは……東京?」
 ティーがつぶやく。東京タワーに高層ビル街、海、そしてビルに囲まれた森……。たしかに東京のようだった。
 ヒダカが告げる。
「彼女の魂は、もと眠っていた場所に戻っていった」
「転生成功ね」
 白輝精が言い、呪いを可視化する魔法を使った。呪縛の蔦が形作る檻の中に、もうアムリアナはいない。
 使節団に、安堵と喜びがあふれる。

 しかし、そこにキュリオが現れた。その羽根は黒く染まっている。
 キュリオの手には、大帝の『眼』があった。
 神裂 刹那(かんざき・せつな)が彼をにらみすえる。その身にまとう魔鎧ノエル・ノワール(のえる・のわーる)が、彼を守っている。志は刹那と同じだ。
「ジークリンデさんは、こちらに返してもらいました。今さら『眼』など、どうしようと言うのです?!」
 キュリオは、イスにぐったりと寄りかかったままの砕音に目を向けた。
「まさか女王の魂を切断するとはね……。やっぱり君を自由にさせておくのは危険だね」
 キュリオは突然『眼』を手に、砕音に飛びかかる。
 しかし警戒にあたっていたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が飛びつき、砕音をイスごと引き倒す。ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)がヴァーチャーシールドをかざして、砕音とクレアの前に立ち、自身を盾と貸す。
 呼応して源 鉄心(みなもと・てっしん)がキュリオに魔道銃を打ち込む。
「邪魔をするな!」
 キュリオが怒声をあげる。そこにコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が忘却の槍で乱撃ソニックブレードを放つ。
「効くか!」
 キュリオは物ともしない。が、コハクに注意を向けてできた死角から、刹那が『眼』に剣を叩きつけた。魔力を秘めてはいても防御力を持たないそれは、ほとんど手ごたえもなく、べしゃりと潰れた。
「この……!」
 砕音に『眼』を埋め込もうとした目論見が外され、キュリオは歯噛みする。
 灰 玄豺がキュリオを睨みながら、隠し持っていた書類を出す。と、その手から書類が消えた。ずっと彼を見張っていた鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、目にも止まらぬ速さで、書類を奪ったのだ。
「何をする?!」
「あんたこそ、この怪しい書類は何だ?!」
 尋人が目をやると、それはとある女性の経歴書だった。顔写真は若い女性だが「死亡除籍」のスタンプが押されている。書類は中国語で書かれており、少々古いものだ。
 書類を持つ尋人の腕が、急に冷たい力でつかまれた。キュリオだ。
「何を企んでいるんだい?」
 灰大尉と尋人の間のやりとりが、逆にキュリオの注意を引きつけたのだ。書類を見たキュリオの形相が変わる。
「これは……あいつら……クソッ……」
 キュリオは尋人を突き放した。そして書類の主に怒りを向けようとするが、その当事者がここにいないと気付くと、灰大尉に襲いかかる。が、その迷った一瞬が分かれ目だった。
 突然、キュリオのまわりの空間がグニャリと歪んだ。
 そして、その空間もろとも彼は消える。
「ナラカ城への転送システムの座標をずらし、ナラカに放り込んだ」
 装置のオペレートをしていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、事もなげに言う。ルカルカは憤慨した様子だ。
「砕音とラルクさんを引き裂こうとする奴なんか、ナラカの亡霊に蹴られてくればいいよ! 砕音は無事?」
 呼雪は急いで、砕音の状態を確認する。
「……大丈夫だ。疲れはひどいが、命に別状はない」
 ようやく皆は落ち着き、安堵した。
 その間に、尋人は大尉に書類を取り返された。
「その人、誰なんだ?」
「貴様に話す必要はない」
 それでも尋人は、書類にあった事を記憶にとどめておこうと思った。