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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
女王危篤──シャンバラの決断 女王危篤──シャンバラの決断 女王危篤──シャンバラの決断

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シャンバラの苦境

 しかし刀真のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はそれでも、アムリアナ女王の枕元で訴える。
「理子は嫌っていた自分の立場を受け入れて、シャンバラに住む人の幸せの為、いなくなった貴女の想いの為にって頑張ってる。
 ただ、自分ではシャンバラの未来を幸せなものにする為に具体的にどうすれば良いのかわからないって言ってた。
 そして、理子の周りにいる人達の中で純粋にシャンバラの事を考えているのか?と問われたら微妙な人達もいる……その人達がシャンバラの為に頑張る理子の負担になっているかもって思う時もある。
 アイシャもそうだけど建国はゴールじゃない、スタートなの……それを理解してより良いシャンバラを作る為に理子を導けるのは女王である貴女だけで、理子が独り辛く寂しい時に助けてあげられるのはパートナーである貴女だけなの!」
 アムリアナ女王は月夜に穏やかな笑みを向ける。
「リコの事を考えてくれて、ありがとう。私もそうできたら、と思います。
 けれど……私が中途半端な形で生き残れば、逆にシャンバラの未来を閉ざしてしまいます。リコの為にも……それはできない」
 月夜は唇をかみ、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を呼んだ。
 封印の巫女は、心配に身を震わせながら、女王に語りかけた。
「アムリアナ様お久しぶりです、影龍を封印していました『御柱』です」
「まぁ! 解放されたのですね。よかったわ」
 アムリアナは嬉しそうに、ほほ笑んだ。しかし白花は身を縮こまらせる。

「私は本来ならすぐに浄化しなければならなかった影龍を、妹を救いたいという我が儘で浄化せず、その為沢山の民を傷付けていまいました。
 皆さんのお力を借りる事で影龍を浄化し妹を救い出す事ができましたが、傷付いた民が帰ってくる事はありません。
 私は、パートナーであり『白花』という名をくれたこの人と仲間と共にこれからのシャンバラの為に全力を尽くします。それが私にできる償いだと思いますから。
 皆さんは命をもって事を成そうとする事を良しとせず、その原因に全力で挑んでくれます。
 アムリアナ様、必ずお救いいたします……ですから私達を置いていなくならないで!」
 白花は泣き出してしまった。女王は深くため息をついた。
「……『白花』、そうした経験のあるあなたなら、分かるでしょう?
 私は身近な人間を悲しませなくないというだけで、シャンバラの民を……それも弱い立場の人々を何千何万何十万と犠牲にし、さらに多くの人々の生活を苦しめてまで、生き延びるつもりはありません」
 そこで砕音が割って入った。
「アムリアナ様のご負担になりますから、それについては私から話させていただきましょう」


 現在、シャンバラは貧困にあえいでいる。
 空京やツァンダ、ヴァイシャリーなどの大都市とその周辺と観光地には、元々の財力に加えて、地球やエリュシオンから資本が入って、豊かな先進国と変わらない生活を送れている。
 だが大都市を離れれば、そこは中世さながらに電気、水道、ガス、放送やそれに代わるライフラインも存在しない。
 満足な医療機関もなく、地球におけるペストやコレラのような伝染病で、毎年多数が犠牲になっている。また風邪や切傷のような、先進国であればまず死ぬ事のない病気や怪我も、ロクな治療もないまま悪化させて多くの人間が命を失っていた。
 冬ともなれば、凍死者や餓死者は普通に出る。飢えた野獣に食い殺される者も珍しくない。
 それでもシャンバラの民が大騒ぎしないのは、地球資本が入ったここ数年は、以前に比べればだいぶ緩和されているからだ。それまで数十万人が死亡していたものが、十数万人しか死者が出ていなければ、マシなのだ。もっとも同じ理由の死者は、たとえばフロンティアバブルに沸く現在の日本であれば数十人もいないのだが。

 さらにシャンバラの人々は子供でも、一日のほぼすべてを労働に費やさなければ生活する事ができない。エリュシオンや地球先進国の民のように、余暇を楽しむ余裕など無いのだ。
 その為、多くの民は空京や地球、帝都ユグドラシルに出稼ぎに出ている。出稼ぎによる入金がなければ、シャンバラの農村は立ち行かない。
 これら出稼ぎによりシャンバラの民の生活はかろうじて支えられているのだが、労働人口が空京や地球に流出している為、地方の行政や伝統は崩壊が進んでいた。

 一方、学校や首長家は、慢性的な人手不足の中で建国を進めている為、これら地方の現状を把握していない。地球であればジャーナリズムが動く所だが、開発に不要と判断されたのか、シャンバラのマスコミは報道に重きを置いていない。
 大勢のシャンバラ人が、エリュシオンに出稼ぎに行っている事すら、「中央」では、これまで知られていなかったのだ。

 闇龍封印で力を弱めたアムリアナ女王に代わり、アイシャが女王として完全な力を持てば、シャンバラの窮状は一気に改善される。
 女王の加護により、病気は遠ざけられ、風邪や軽い怪我で死ぬ者も大いに減るだろう。豊かになった土地は農作物を実らせるようになり、出稼ぎに行っていた人々も戻ってきて、バラバラになった家族や地域社会も再生するはずだ。
 一方で、女王の力の受け渡し途中で、『眼』埋め込みなどの異変が生じれば、シャンバラにも異変が生じ、疫病などにより数十万数百万の死者が出たとしてもおかしくないだろう。
 パラミタでは国家神は、民であり国土でもあるのだ。

 しかし契約者の中には、学校や首領家が事態を把握しておらず、当然、広報もできていない事から、「アイシャを女王として受け入れるシャンバラ人は冷酷だ」とか「シャンバラ人はみずから努力もせず、神に頼っている」といった、シャンバラ人蔑視に繋がる考えを持っていまう者も出てきている。

「契約者には、せめてシャンバラの民の事を信じてほしいんだがなー」
 砕音がそうこぼしつつ、説明を締めくくる。

「やはり貴様は危険だな」
 教導団の灰大尉がぼそりと言う。砕音は肩をすくめた。
「陛下の代弁をしただけなのに、どうしてそうなる?」
「民衆を扇動しかねない、という事だ」
 不穏な方向に話が向かいそうなので、砕音の監視兼護衛の源 鉄心(みなもと・てっしん)が聞いた。
「砕音さん、たしか陛下に施術について意思確認をするんじゃなかったかな?」
「そうだった。……陛下、ひとつお知らせがあります」
 アムリアナ女王に砕音は告げる。
「陛下の魂に、キリトリ線を発見しました」
 女王も周囲の者も、聞き間違えたかと耳を疑った。キリトリ線?
 砕音はさっと女王の手を取る。彼女はハッとした。
「……そういう事ですか」
「どうなさいますか?」
 アムリアナ女王は目を伏せた。
「……考えさせてください」


 女王に疲れが見える為、いったん面会者は下がる事になった。
 場が荒れてタイミングを失っていたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が、一行の間から女王の前に飛びだしてくる。
「パートナーと会えなくて寂しくないか?
 代わりと言っちゃなんだが、コレ! 作ってきたんだ」
 ミューレリアが出したのは、手作りの人形だった。それもリコやセレスティアーナ、ネフェルティティを象った人形だ。
「まぁ! かわいい……!」
 アムリアナ女王も自然と笑顔になった。ミューレリアに渡された人形を、慈しむようになでる。
「裁縫はあんまり得意じゃ無いし、時間も少なかったから……少し不出来になっちまったけど、気持ちは十分に込めて作ったぜ」
「とても嬉しいわ。ありがとうございます。……あら?」
 女王は、ミューレリアの指にまかれた、たくさんの絆創膏に目を止める。
「えっ、あ、これはー、不器用なもので。えへへ」
 あせって誤魔化そうとするミューレリアの手を、アムリアナ女王がそっととる。
「今の私の力では魔法はかけられないけれど……早く治りますように」
 女王に優しく指をなでられて、ミューレリアはくすぐったい気持ちになる。
 そして、彼女がこのまま死んでしまうなんて、やっぱり認められない、と思った。
(ジークリンデ、なんとか良くなるといいな……)