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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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10.魑魅魍魎が住まう場所

 イレイザーの食道は、人が難なく通り抜けるには十分な広さがあった。難点と言えば、猛烈な臭気で、何の心構えもなくこの匂いを鼻元に近づけられたら、意識が遠のいてしまうかもしれない。
「丸呑みしてくれて助かりましたね」
「飛び込む瞬間は生きた心地がしませんでしたよ」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)はするすると胃に向かって降りていく。片手には、外の仲間が命綱として繋いでくれている戦乱の絆がある。それを、途中で握り締めて落下を唯斗は落下を止めた。
「気付きましたか?」
「……はい」
 見下ろした先に、空間が広がっている部分があるのがわかる。ただの通路から、食物を消化する器官への入り口だ。
「空気が歪んでますね……ガスか何かでしょうか」
「それにしては少し禍々しすぎるように思えます、それに、何か居ますね」
 何かが、蠢いている。胃の壁が食物を押し流す為に運動することはあるが、それとは違う。何か生き物が、胃の中を動き回っている。
「消化を助ける為に微生物を体内で飼うというのは知っていますが、あれはもう立派な動物ですね」
 胃の入り口から先は、違う気体が詰まっているせいか奥が歪んでしか見えない。その中には、ぼんやりとだが甲羅のようなものを持った生き物が徘徊している。気配を手繰るに、一匹や二匹ではない。
 イレイザーを体内から攻撃しようと、天津 麻衣が式神の術を利用した。それは効果を発揮しなかった理由が、この胃の中に住まう寄生体である。この生物は、常時毒を撒き散らし、胃の中を毒ガスで満たして落ちてくる生きのいい獲物を待ち構えている。この寄生体に名前は無い、彼らを目撃したものに生還者が一人として居ないからだ。
「様子を見て考える時間はありませんね、飛び込みますよ」
 戦乱の絆は切れることがないというが、その先を持っている仲間がいる。自分と同じぐらい、向こうも危険を背負っているのだ。
 毒を防ぐ守護狐の面を被り、毒の中へと飛び込んでいく。飛び込んだ瞬間から、肌にちりちりとした熱を感じる。吸い込まなくても、あまり長くはここに居座れないようだ。
 侵入者に気付いた寄生体が、一斉に飛び掛る。数は六、首と尻尾が長いトカゲのようで、やたらゴツゴツした甲羅を背負っている。鋭い牙が覗く口で噛み付こうとしてくるのを、避けていなして叩き落し切って捨てる。
「マスター、大丈夫ですか?」
「ここはやりにくいですね」
 プラチナムは普段よりも唯斗の動きが鈍いことを感じ取っていた。なんと言うべきだろうか、空気が粘つくのだ。ただ毒が充満しているというわけではないらしい。
 最初に飛び掛ってきた六匹は倒したが、見渡せるほどに広い胃の中には無数の敵が床にも壁にも天井にも張り付いている。どこかで見たような事があるな、なんて考えてみたらすぐに思い出した。養蜂家の蜂の巣箱の中だ、埋め尽くす程に数がありながら、じっと留まらずに動き回っているあたりそっくりだ。
 無意識に、唯斗は何匹まで相手できるか数えてみてしまう。十ならなんとかなるか、十五もいけるかもしれない、二十を超えると流石にまとめて面倒を見切れない。問題は、数える気すら起きないほどの数で埋め尽くされていることだろう。
 最初に飛び掛った六匹が倒されたからか、少しは警戒しているらしくすぐには飛び掛ってこない。
「ここは引きましょう、マスター」
 自分たちが倒すべきは、イレイザーであってその中に住んでいる小物ではない。プラチナムの言葉に、唯斗も同じ考えだった。
「ええ。でも、お土産は残していきましょう」
 合図を送ると、少しして戦乱の絆が強い力で引っ張られた。外の仲間は無事だという事実でもある。心配はしていなかったが、安心した。
 外に脱出する最中、胃の方に視線を向けると、先ほど唯斗が倒した寄生体の死骸に他の寄生体が群がっているのが見えた。

 戦乱の絆を頼りに、人間を吊り上げる。その人間は、イレイザーのお腹の中に自ら好んで飛び込んでいる変わり者だ。九十九 昴(つくも・すばる)はこのあまりにも無謀で無茶苦茶な方法にあまり乗り気ではなかった。おいしく頂かれてしまってもおかしくないのだ。
「合図だ」
 唯斗が飛び込んでから、ずっと難しい顔をしていたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の声は、若干いつもより高くなっていた気がする。昴もまた、合図が届いてくれた事に安堵と、同じぐらいの怒りを感じた。
 こんなに心配させて。
 信じるという気持ちはいつだって不安定だ。その気持ちにはいつだって、信じたいという願望が混じる。絶対の信頼なんて素晴らしい言葉は、人生でそうそう何度も経験できるものではなく、この時もそうだった。
「紫月さん……今、助けます!」
「一気にゆくぞ!」
 思いっきりの力を込めて戦乱の絆を引っ張る。エクスのサイコキネシスもあって、物凄い勢いで引っ張られた戦乱の絆によって、イレイザーの口から唯斗を釣り上げた。見た目に関して言えば、釣り上げたというよりは針が外れてバレた時にしか見えなかった。
 さらに、唯斗が飛び出してから少ししてイレイザーは悲鳴のような声をあげて空を仰いだ。唯斗のお土産、機晶爆弾が爆発したのだ。
 一度大きく体を反ったイレイザーはたたらを踏ふんで、数歩後ろにさがった。そのまま倒れるかと思いきや、なんとか踏ん張って今度は頭を下げる。口から血液と胃液と、恐らく今までに食べてきたものだろうか、それらが混ざった何かを吐き出した。
「相当苦しそうだけど、死ぬ程ではないようですね」
 脱出に成功した唯斗の顔を見た時、昴の目頭に熱いものがこみ上げてきた。ちゃんと生きて戻ってきた。
「紫月さんの、馬鹿者! こんな、むぐっ……」
 駆け寄ろうとした足が、止まる。エクスもまた、同じように二の足を踏んで、怪訝な目で唯斗を見つめていた。
 二人の様子があまりにも不自然なので、何かあったのかと近づく唯斗を、エクスは両手を前に出して制止した。
「近づくなっ、鼻が、鼻が曲がる。なんだこの、とても言葉では形容できぬこの匂いは……」
 そう、臭いのだ。それも尋常じゃなく、とてつもなく、人すらも殺せそうな程に、臭い。
 その匂いの原因は、元を辿ればイレイザーなのだろうが、この場の原因は唯斗だ。本人はもう慣れてしまったのか、平気な顔をしているのがまた心憎い。
「……ぶ、無事で何よりです」
 感情と共にあふれ出そうになった言葉は、一度飲み込んでしまうと口にするのは難しい。
 昴の精一杯の笑顔は、誰がみてもひきつったものだった。



 イレイザーの巣と思われる場所に、メルヴィア大尉の姿があった。ただその体は、ガラスか水晶か、透明な結晶と成り果ててしまっていた。
 その腕には、未だ確認が取れていない女性生徒が抱えられていた。
 大尉の以前を知るレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)には、その姿に驚いた。兵を駒として扱っていた彼女が、仲間を助けようとしている。何があって、彼女がこのような姿にされてしまったかはわからないが、そうそう不覚を取る人とも思えない。この腕の生徒を見捨てていれば、彼女は健在であった可能性は高い。
「どうしたのだ?」
「いえ……」
 レイチェルの顔をちらりと見た讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、そうか、とだけ言ってすぐに視線を大尉に戻した。
 自分の中にひっかかる感情を、レイチェルが憤りだと理解するのに少しかかった。この姿はただの偶然だろうが、しかし狙ったかのように仲間を助けようとしている姿では、彼女の変化が愚かな行為であるように見えてしまう。この憤りがイレイザーに対してなのか、それとも自分に対してなのか、わからない。
 小隊を全て救出するために、第二班で動いていたローザマリア・クライツァールとは密に連絡を取り合っている。既に、最初に発見されたイレイザーを倒し、こちらに援軍が向かっているという。
 彼女との連絡のおかげで、この結晶がほぼ大尉で間違いないと判断するに至った。大尉だけではなく、抱えられた女生徒も確認が取れてない人物と一致したからだ。
「しかし、これでは運び出すのも難しいだろうな」
 顕仁は触れない程度に手をかざす。抱き上げられている女生徒は、蒼空学園の新入生とのことらしい。彼女は大尉と違い生身のままで、目だった外傷は無い。ただ、大尉は彼女を相当強く抱いているために、ちょっとやそっとでは外せそうにない。
 彼女を守るためか、水晶になる以前に受けたであろう傷が目立つ。ほんのちょっとした衝撃でも崩れ落ちてしまいそうだ。この状況でその生徒が目を覚ましてパニックになれば、取り返しのつかない事になるかもしれない。
 せめて状況が落ち着いてくれれば、やりようもあるのだろう。
「あかんっ! 大尉を守るんや!」
 突然飛び込んできた、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が叫ぶ。
「何があった?」
 長曽禰少佐が、尋常ではない様子の泰輔に対して勤めて冷静に尋ねた。
「イレイザーは、この辺り一体をまとめて吹き飛ばす気や」

 感覚というものはとても大事だと、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は理解している。
 ある一定以上の実力を持つ奏者なら、譜面に記されている音階を正しく演奏することは難しい事ではないだろう。だが、それから先の部分は譜面には記されていない。例えば、その日の湿度であったり、温度であったり、演奏する場所であったり、音に影響を与える要素というのは、人が考えるよりもずっと多くある。
 それら一つ一つは明文化され、学ぶ事で理解することができる。しかし実際に、その場面の演奏にフィードバックできるかどうかは、奏者の感覚次第だ。
 フランツの研ぎ澄まされた感覚は、もっぱら音楽に対してのものである。だが、何かに秀でた能力とは時として様々な場面で、その片鱗を見せる。もっとも、これはあまりにも暴力的であり、この場に居た誰もが同じ感覚を共有している可能性は十分にあった。
「冗談じゃないですよ」
 突然血を吐いたイレイザーは、間もなく翼をはためかせて上昇した。
 その重厚な見た目とは裏腹に、区も無く空にあがっていくのは翼が大気を押すだけではなく、何かしら別の力が働いているのだろう。
 イレイザーが空を飛んだのは、逃げるためだ。あれほどの血を吐いたのだ、見た目にはさほど変化はないが、その内は大変なことになっているに違いない。ここで逃がしてしまうのは、前線で戦っていた仲間には無念だろうが、空に逃げたイレイザーを追う手段も、そこで仕留める方法も今は無い。
 それに、イレイザーが逃走をしてくれれば、大尉を運び出すことができる。結晶となってしまった大尉をフランツも見たが、彼女がどのような状態なのかを推察することもできなかった。
 ほっと息を吐いたのもつかの間だった。空にあがったイレイザーは、ただ尻尾を巻いて逃げるのをよしとはしなかったのだ。空気が張り詰めたのを肌が感じ取ってびりびりとした信号を送る。
 一つ一つは、馴染み深い基礎的なものだ。氷術・雷術・闇術、フランツの位置から確認できるだけでこの三つ、それぞれ別の触手がそのスキルを発動しようとしていた。どれも、この戦いの中でイレイザーが受けた攻撃である。ただ、契約者それぞれが扱うものと同種であっても、イレイザーが使うとなるとその出力は段違いだ。あの火炎弾はもしかしたら、火術だったのかもしれない。
 さらに、それらとは別にイレイザーの頭部に物凄い力が集まっていた。幾度と無く放たれた衝撃波の本来の形が、今になって披露することになったようだ。
 泰輔はこの状況を伝えるために巣穴へと走った。残ったフランツは外の仲間に、触手の向きとイレイザーの顔から判断して、比較的被害の少なそうな場所を見つけて移動を指示する。仲間を守る術がある者は防御を、そうでなくてもできる限りの準備を、時間があまりにも足りない。だが、時間を計る時間そのものですら今は惜しかった。



 第二班が到着した頃には、既にイレイザーの姿は無かった。
 残されたのは多くの負傷者と、一見しただけではそれが爆発のあとであるとも判断できない大きな窪みだけだった。援軍としてやってきた第二班は、すぐさま負傷者の治療と撤退作業に入った。
 特に難問となったのは、大尉の姿をした結晶だ。これをどうやって傷をつけずに橋頭堡まで運ぶかだった。結局、応援を呼んで慎重に運搬することになり、無事これは橋頭堡に届けられることになった。
 こうしてこの作戦は、目標である小隊の救出を達成し、イレイザーの討伐を半分成功させて終了となった。