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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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9.無謀な作戦

 見た目だけで相手を威圧できるというのは重要だ。
 実際の実力の話しになれば、小柄には小柄の利点もあるし、巨体がそのまま大きなポイントになるとは限らない。しかし、相手の顔を見上げなければ確認できないというのは、それだけで相手に一歩リードできる。
 であるのならば、巨体という言葉で収まりきらない第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)はそこに立っているだけでも大きな意味を持つ。なにせ足元から顔を見上げても見えないのだ、その威圧感はもはや言葉にならない。そのシュバルツヴァルドがイレイザーを見上げなければならないのだから、もはや戦うというそものを諦めたくなる人が出るのは、無理も無い話しである。その為、教導団による編成ではなく、希望者を募って編成された救出部隊は正解だろう。
「……そろそろ限界ですね」
 東 朱鷺(あずま・とき)は確認するように言う。
 巣と思われる場所に、部隊が近づこうとしたのをイレイザーが発見してから、自分たちはイレイザーに敵と認識されたようだ。少しでも攻撃の手を緩めると、巣へと戻ろうとするイレイザーを押し留めるために、シュバルツヴァルドは相当無理をし続けている。
 シュバルツヴァルドでさえ、単純な力比べでは勝負にならない。他の仲間と連携しつつ、なんとか足を留めているものの、これ以上無理をさせればシュバルツヴァルドの命が危ない。
 もう手元には仙人の豆も無く、ルビー・フェルニアス(るびー・ふぇるにあす)のコピー人形もシュバルツヴァルドの盾となって失ってしまった。手札は減っていくが、状況は全くもって改善してくれない。
 せめて、巣に突入した少佐の隊が、メルヴィア大尉を救出して撤退してくれれば、この無茶な足止めの必要が無くなって少しはマシになるのだが、何かあったのか突入してからは連絡が途絶えている。
「……どうしました?」
 重症人を運ぶために、危険な戦場を走り回っていたメイドロボが誰も背負わずに戻ってきたのは今回が初めてだった。伝令は、メカ娘に任せてあるはずだが、緊急の要件があるという。
「……!」
 その情報は、素直に驚くべきものだった。第二班が、イレイザーを倒したというのだ。そして、二班の全員ではないが、主要戦力をこちらに援軍として送るという。すっかり手札を使い尽くしてしまった気になっていた朱鷺には、またとない朗報だった。
 どうやって、あの化け物を退治してみせたのか詳細までは、メイドロボは伝えられていなかったようだ。とにかく、イレイザーを倒せるという情報と、援軍が来るという事実を広めておきたかったのだろう。その情報があれば、まだまだ粘れる。
「しかしどうやって、イレイザーを倒したのでしょうね」

「回復が追いついてはおらぬようだな……」
 シュバルツヴァルドは玉藻 前(たまもの・まえ)のリジェネレーションをかけてもらっているが、その回復速度よりも削られる速度の方が圧倒的に早いのは誰の目にも明らかだった。
 イレイザーが巣に戻るのを止めるため、正面にたって相手をしているのだ。シュバルツヴァルド自身が高い技術を持って、攻撃を受けているため倒れてはいないものの、そうしていられるのもあとどれぐらいかわからない。だがあまり長くはないのは間違いなかった。
 なんとか少しでも敵の攻撃を抑えておきたいところなのだが、触手の相手をするのにほとんどが手一杯だ。とはいえ、触手を野放しにすれば、結局シュバルツヴァルドへの攻撃が苛烈になる。
 誰かが手を抜いていたり、あからさまに問題があるのではなく、諸々が持てる力をもってこれなのだ。
「玉ちゃん、どう?」
 ビデオカメラを片手に持った、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に声をかけられた。彼女はイレイザーの記録を取りながら、触手の囮も兼ねている。
「ご覧の有様よ。何か見つけられたのであれば、教えてもらえれば助かるのだがな」
「うん。ちょっと前に、玉ちゃんが陰府の毒杯をぶつけた触手あったでしょ。それがね、さっき突然倒れたわ。たぶん、毒にやられたんだと思う」
「ほう、毒は入るのだな」
「そうだね、けど倒れたのは触手一本で他のには変化なし。一本一本が独立してて、本体とも隔離されてるかもしれないわね。それに」
「それに?」
「毒に頼るには、時間がかかりすぎるうえに、確率も悪いのよ。玉ちゃんは陰府の毒杯を何回使ったか覚えてる」
「馬鹿にしないで欲しいものだな。三回だろう」
「うん、正解。で毒で倒れたのは一本。食らった相手に重複は無い。試行回数が少なすぎて参考にならないけど、絶対毒になると限らないのは確か。そんなに連発できるものでもないし、ちょっと頼りないわね」
「打つ手は無し、か」
「そうでもないわよ。効いてない攻撃ってのも、今のところほとんど見当たらないわ。そう見えるのは、防がれてるだけなの。少なくとも、触手に関しては甲殻部分を避ければ大抵の攻撃は通るわ。問題は、甲殻を抜けた先での耐久力も高いから、根気が必要になってくるってことね。けど、じわじわ触手は減ってきてる」
「つまり、頑張れということなのだな」
「まとめるとそうなっちゃうのよね。あ、それと朗報が一つあるわ」
「朗報?」
「援軍が今こっちに向かってる、最初に発見した方のイレイザーは、倒したそうよ」

 手が届く距離にまで近づかなければ、相手を切ることはできない。自分の身を案じて行動すれば、敵に傷を負わせることなどできない。当然、殺すことだってできない。
「せやぁっ!」
 向かってくる火炎弾に対し、絶零斬によって切って道を開く。樹月 刀真(きづき・とうま)はそうやって、相手との間合いを開かぬようにイレイザーへと立ち向かっていた。炎と氷、正反対の性質を持つ互いの技は、ぶつかれば互いの性質を殺し合う。とはいえ、イレイザーの触手が放つ火炎弾の威力は大きく、威力を削ぐ程度の効果にしかならなかった。威力が落ちた火炎弾なら、刀真であれば耐えられる。身動きとれなくなったり、くたばってしまうようなものでなければ十分な意味がある。
 爆風の中を貫いて、触手の先端に飛び出した刀真は火炎弾を放ってきた触手に切りかかった。強固な鎧も、決して完全に全てを覆っているわけではなく、隙間が存在する。そこに電撃を纏わせた切っ先を一息に押し込む。
 大きく体を振って刀真を振り払おうとするのに応えて、レーザーマインゴーシュを引き抜いて飛ぶ。だが、落ちたりはしない。月夜にかけてもらった空飛ぶ魔法↑↑がある、電撃の余波で痙攣を起こしている触手の内側、人間でいうのなら喉にあたる部分に潜り込む。
 火炎弾の砲台として、触手の先は前後左右に柔軟に動く必要がある。そのため、この喉の部分は他の部分に比べて非常に柔らかい。一息で切り落とすのは非常に難しい触手ではあるが、この部分なら一撃で触手を破壊することができる。一つ難点があるとすれば、そこから噴出す大量の返り血を全身で浴びる事になることだろうか。
「……これで、道は開いたな」
 真っ赤を通り越し、刀真は真っ黒になっていた。気力もほぼ使い果たした。間合いを取りなおして慎重に戦っていたら、このでかぶつだってこちらの意図を察するかもしれない。それは避けたかった。
 そうして、射線を塞ぐ邪魔な触手四本は全て切り捨てた。

 機晶ロケットランチャーは、というかロケット弾と呼ばれる弾丸は、撃ちだされたのちに自身が持つ推進力を持って目標に向かっていく。そうする事で、単純な発射装置よりも威力の高い炸裂弾をより遠くに向かって放つ事ができる。その威力は、機晶ロケットランチャーが対イコン用の個人兵装とされていることから折り紙付きだ。
 その為、イレイザーとの戦いにおいてもこの武器は重用された。ロケットランチャーが直撃した触手は、堅い甲殻で受けてなお多大なダメージを受けていた。一撃で仕留めるとまではいかないが、二か三発も当てれば触手は地面に落ちて動かなくなる。
 これさえあればなんとかなるかもしれない。そういった考えは、しかしすぐにかき消された。触手はこれが危険な攻撃だと理解し、迎撃してくるようになったのだ。ロケット弾は自身の推進力を用いて飛ぶが、そのため発射された瞬間が最高速度の弾丸と違い、初速は遅い。触手は音か気配かで目ざとくこちらの攻撃に気付くと、火炎弾によってロケット弾を撃ち落してくるようになった。
「威力は申し分ないですが、これではむしろ使う方が危険ですね」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)は苦虫を噛み潰したような顔でイレイザーを見上げた。
 弾速は火炎弾の方がはるかに早い。そのうえ、イレイザーの触手の反応は素早く的確で、発射して間もない射手を狙う形になる迎撃は、こちらの方が損害が大きい。実力のある射手なら火炎弾を避けることもできるが、結局は攻撃が届かない。
 一つの可能性が潰れかけた時に、刀真から提案があった。
「触手の迎撃範囲、ですか」
 刀真曰く、触手はそれぞれが自分の担当する範囲を持っているという。ただ、戦いながら減っていくたびに、触手はすぐにその担当を振り分けなおすため、漫然と観察していると防御圏に変化が無いように見えてしまう。その振り分けには、ほんの数秒だが時間を要するため、防御圏には穴が空く瞬間がある―――刀真はそう説明してから、無茶苦茶な作戦を提示した。
「本気ですか?」
「俺は最初から、アレを殺すつもりで戦ってる」
 作戦は単純なものだ。触手の防御圏について把握できている刀真が突っ込み、その触手を悉く倒して機晶ロケットランチャーが通る道を作るというものだ。そうして開けた道を通って、イレイザーの頭部にロケット弾をぶち当てるのだ。
 触手は決して組みやすい相手ではない。刀真一人に任せるのははっきり言って無謀だと白竜は思ったが、かといって言って止まるようには見えなかった。もしも白竜が危険だからと言って降りても、彼は一人で突っ込んでロケット弾の代わりにイレイザーの頭部に向かっていくだろう。
 もはやこれは提案ではなく脅迫だ。
「……いいでしょう」
 白竜は頷きながら、無意識のうちにタバコの入っているポケットに手を伸ばしている事に気付いて、手をぐっと強く握った。

「よーし、行くわよヴォルケエエェェェイノ!!」
「も一つおまけにミサイルどーーん!」
 吉木 朋美(よしき・ともみ)の景気のいい声と共に、次々と攻撃が繰り出されていく。今まで、ちまちました戦闘を続けていた鬱憤もあるのだろうが、中々に派手だ。
 ただ派手さに対して一撃一撃の威力はそう高くはない。だが、けん制になっていれば役割としては十分だ。
「まさか本当にできるなんて……」
 驚きつつも、九十九 刃夜(つくも・じんや)はわたげうさぎ型HCを使って仲間に指示を飛ばす。開いた道は狭く小さく、そして時間も無い。チャンスは恐らくこの一回が、最初で最後だ。
「……吉木さん、下がって」
「えー、まだまだ全然暴れたり無いよ!」
「無理しちゃだめだよ。全員無事に戻らないと意味がないんだから、わかるよね?」
「ぶー、わかったわよ。離脱するわ」
 朋美の役割は、イレイザーの触手の再配置作業を邪魔することだ。イレイザーに必殺の一撃を加えるために、部隊が動くほんの少しの時間が稼げれば十分だ。それ以上、彼女を危険にさらすわけにはいかない。
「しかし、凄いな……」
 白竜から協力を要請された時、刀夜はその無謀な話に驚いたが、実際に目の前で起こってみるとその時の数倍は驚いた。一人で触手の中に突っ込んで、次々と切り捨てていく様は、現実ではない別世界の出来事にすら見えた。
 これだけやっても、まだイレイザーに触れることができるようになっただけだ。自分たちがどれだけとんでもない化け物とやりあっているのか、否応にも理解せざるを得ない。
「昴、頑張れよ」

「俺の腕を信用してないのかよ」
 愚痴っぽく言ってみせた世 羅儀(せい・らぎ)に、白竜は「そういうわけではないですよ」と返した。その言葉に、知ってる、と返事を返す。
 かく言う羅儀とて、自分の放つ一発のロケット弾に全てを賭けるなど無謀にも程があると理解していた。癖を理解して扱える銃器と違って、ロケット弾はその弾の精度はものによってまちまちだ。刀真の話しでは、道を開いてからまたふさがれるまであまり時間は無いという。再装填して二発目を放つ時間はないと考えた方がいい。
 そのために、この決死の活路を最大限に有効利用しようと白竜が考えたのは、むしろ当然と言えた。そうして見つけたのは、刀真と同じかそれ以上に無謀なことをやってやろうとしていた連中だ。
「イレイザーと戦うのには、それぐらいに無謀でないと無理なのかもしれないのですね」
「もともと、イコン数十機分とか言う相手だろ。戦おうって判断が最初から無謀だぜ」
 軽口を言って別れて、羅儀は配置についた。ロケットが通る道は決まっている、あとはそこが開けるまで、気配と息を殺して待っているだけだ。
 近くに火炎弾が着弾してもひたすらに待った。
 刀真が躍り出て、戦い舞うのをじっと見つめ、四本目の触手が切り裂かれた際に合図が届く。道は開けた。
「……そのキャンキャン煩いお口を閉じさせてもらうよ」
 機晶ロケットランチャーから放たれたロケット弾は、予想した通りの動きで飛んでいった。ラッキーなことに、当たりを引いたようだ。
「ビンゴ!」
 イレイザーの横頬に、着弾。爆発と煙にイレイザーの頭はすっぽりと飲み込まれた。
「流石に、これ一発じゃ無理か」
 煙はすぐに吹き飛び、イレイザーの頭が姿を現す。閉じられた片目と、歪んだ口元がこの攻撃が確かにイレイザーの虚を突き、打撃となったことを示していた。しかしやはり、これでもっても火力が足りない。
「あとは頼むぜ」
 いくつかの触手が、この不意打ちを行ってきた愚か者にターゲットを絞って火炎弾を吐き出してきた。逃げ場がなくなる前に、急いで羅儀はその場を離れる。

「さすがに立て直すのが早いですわね」
 開けた道は、今にも閉じようとしていた。一発のロケット弾ならまだしも、人間がこの細い道をただですり抜けるのは無理があった。無理があるのなら、力を持って押し通るしかない。
 九十九 天地(つくも・あまつち)は向かってくる触手に向かい、魔刃『魂喰』【蝕】を構えた。青い炎が触手に取り付き、その身を焦がす。
「魂を蝕む炎、如何で御座いますか?」
 静かに不敵に笑ってみせて、畳み掛けるように攻撃の手を加える。戦い方は、先ほどの刀真の動きを見て理解しているつもりだが、さすがにあれほど無茶な動きは不可能だろう。ただほんの少し、相手にしている触手に不安を与えられればいい。
 対峙している触手が、突然その身をくねらせた。新しい攻撃ではなく、飛んできた矢を受けて驚いたのだった。
「援護します」
 弓を放ったのは、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だ。淀みの無い動きで、継がれた矢が次々と触手を襲う。何本もの矢を受けて、イレイザーはその矛先を睡蓮に向けなおした。
「あらあら、そっぽ向いてよろしいの?」
 天地の一撃を受けて、触手は大きく後退した。
 こちらに向かって火炎弾を放ってくる兆候を読み取り、二人は一旦距離を取る。爆風に肌をほんの少し焼かれたが、許容範囲だ。
「ちゃんと見ていられませんでしたが、うまくいったので御座いましょうか?」
「はい、兄さんとプラチナさんはイレイザーの口の中に飛び込んでいきました」
「うまくいったのでしたら、何故そのように不満そうな顔をしているのです?」
「兄さんは無茶をし過ぎです。帰ったらお説教です」
「あらあら」