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【創世の絆】冒険の依頼あります

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【創世の絆】冒険の依頼あります
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◆第一章「大瀑布への道のり」◆

 良い意味でも悪い意味でも平常運転の中継基地。
 からやや離れた場所では、大瀑布を目指していたフリューネ一行が足を止めていた。
「しょっぱなからこれって、どうなってるのよ!」
 どこか苛立たしげな声を上げたフリューネ。しかしその姿をうかがうことはできない。いや叫んだ声ですら、意識を集中させなければ聞きとれなくなる。
 視界は茶色一色で己の姿すらかすむ。ゴオゴオと風の音が絶え間なく響き。砂が体中に当たり、目を開けることさえ困難な状態――激しすぎる砂嵐だ。
 口を開けてしまえば砂が入ってしまうが、声を発して互いの位置を確認するしかなく、全員声を張り上げていた。
 つい先ほどまで晴天の元を進んでいたというのに、突如襲いかかった自然の猛威は方向感覚を狂わせる。
 大瀑布、という大きすぎる目印が隠れてしまった今、とにかく仲間同士ではぐれないようにするのが精いっぱいであった。
「わしの声が聞こえるかっ? わしについてくるのじゃ」
 そんな中、声を張り上げたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は、手に握りしめた【魔界コンパス】へと目を落とす。コンパスも砂の影響で見にくいが、必死に方向を確認し、声を張り上げる。今はこのコンパスがたよりだった。
 声を掛け合いながらもなんとか砂嵐を抜け切ったころには、全員砂だらけの泥だらけの、ガラガラ声になっていた。
「……無理せず、今日のところは休んだ方が良いな」
 探索隊の面々を見たレン・オズワルド(れん・おずわるど)が冷静にそう言うと、フリューネは「でもまだ全然」と不満げな顔をした。
「先は長い。焦りは禁物だ」
 サングラスをかけたレンの表情は分からない。だが落ち着いた彼の声は、聞いたものに安堵をもたらすものだった。フリューネは少し余裕を取り戻し、「そうね」と頷く。
 野営をする旨をレンが全員に告げると、みなどこかホッとした顔になった。やはり先ほどの砂嵐が堪えていたのだろう。
「野営か。セレスティア、一端切り話すぞ」
「はい、了解しました」
 少し遅れてやってきたのは、バーバ・ヤーガの小屋を牽引していたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だ。アキラは同じく小屋を引っ張っていたセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)に声をかけ、鎖を切り離す。
 多少速度が落ちようと、荷物をしっかりと詰める小屋は大きかった。そして何よりも――
 小屋の中から野営のための荷物をアキラが運び出し、セレスティアは風呂を沸かし始めた。砂だらけの身体を見下ろしていた女性陣たちが歓声を上げた。
 そう。小さいがお風呂がついているのも大きい。

 お風呂……ごくり……。

「覗こうとは思わぬことじゃな」
「ですね」
 小屋の上に乗ったルシェイメアと、笑顔で風呂の用意をしていたセレスティアが、どこに向かって警告を発した。

 そ、そうだぞ! 覗きなんてサイテーだぞ! べっ別に、サービスシーンがなくて残念とか、思ってないんだからね!

 とにもかくにも、そうして彼女たちが風呂に入っている間、男衆はというと、
「俺も手伝おう」
「悪い。じゃあ天幕張るの手伝ってくれ」
 レンもアキラを手伝い、野営の準備をする。荷を下ろし、天幕を張って行く。その様子を見ていたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が2人に声をかける。
「じゃあ、俺は周辺を見回ってこよう」
「頼んだ」
「了解ー」
 2人が頷いたのを見てからヴァルは、パートナーを振り返る。
「シグノー、見回りにい……シグノー?」
 振り返った先には、何もない。ヴァルがシグノー、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)の姿を探すと、すぐに見つかった。
「はいはいはーい! 荷物の確認っすよー。
 冒険のしおりー! 酔い止め雨具、おやつはバッチリっス! あ、おやつは300ゴルダまで、バナナはおやつに入らないッスよ!
 ちなみに自分はうまし棒を30本買ってきたッス! 全部チーズ味ッス!」
 自分の荷物を広げ、今まさにうまし棒(チーズ味)を食べようとしている。完全に遠足気分だ。
 ヴァルはそんなシグノーの首根っこを掴んで引き上げる。
「荷物の確認は後でしろ。周囲の見回りをするぞ」
「えー、腹減ったっスー」
 シグノーが不満げな声を上げると、くすくすと笑い声。セレスティアが口もとに手を当てていた。
「あ、すみません。ご飯は今から腕によりをかけて作りますので、見回りお願いしてもいいですか?」
「ホントっすか? じゃあがんばるっす」
「そうか。じゃあ悪いが、食事は頼んだ」
 立った一言でやる気になったシグノーに呆れつつ、ヴァルは見回りへと向かって行った。
 セレスティアは2人を見送った後、「よし」と小さく気合いを入れる。旅の途中なので限りはあるが、少しでも皆が元気になれるような料理を、と献立を考えていく。

「ふぅ。良いお湯だった。お風呂、ありがとう……あら、料理?」
 そこへさっぱりした表情をした朝野 未沙(あさの・みさ)がやって来る。どうやら風呂に入っていたらしい。
「それは良かったです。はい。今から夕食を作ろうかと」
「大変でしょ? 私も手伝うわ」
「いいんですか? ありがとうございます」
 にこやかに話しながら、2人はすぐに献立を決め、てきぱきと身体を動かしていく。野菜が綺麗に切りそろえられ、出汁の中へと放り込まれる。
 良い香りが漂うのは、そう先の話ではなかった。

 みんなでわいわいと夕食中。
「フリューネさん、どうかな?」
 おずおずと未沙がフリューネへと料理の出来について尋ねる。フリューネは手にしたスープを一口ふた口と飲み、微笑む。
「ええ、とっても美味しいわ。昼間のお弁当もそうだったけど、ほんとに料理が得意なのね」
 ただ「美味しい」と言って笑っただけだが、恋する乙女にとってはそれだけでも天に登れるような気持ちになれるものだ。
 未沙は頬を染めてそれは嬉しそうに、はにかむ。
「まだまだあるから、たっくさんおかわりしてね!」
「ふふ。じゃあ、もらおうかしら」
 かいがいしくフリューネの椀にスープをつぐ未沙は、とてもうれしそうな顔をしていた。


* * * * * * * * * *



 また別の日。
 一行は乾いた大地を進んでいた。周囲には背の高い岩壁が現れ、道はとても狭い。また崖にもなっており、下の地面は真っ暗でうかがい知ることができない。落ちたら終わりだろう。
 空から越えられれば楽なのだが、突風がランダムに吹き――上空になればなるほど強い風が吹いているようで――道を進むよりも危険であった。仕方なく、空飛ぶ小屋以外の乗り物を降り、歩くことに。
 しかし歩くのもまた中々危険だった。道は1人が通るのがやっとの細さで、しかも崩れやすい。

「押すなよ、絶っ対に押すなよ」
 と、お決まりのセリフを言ったのは瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だ。大瀑布について誰かがそんなセリフを言ったら背中を押してやろう、と思っていた彼。その彼の背中を、お望みのままに押したのは、パートナーの鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)だった。
「はぁ……分かったから早く行け。後ろがつっかえている」
「うぉあぁっ? 押すな言うたやろうが、あぁ? やんのかコラ?」
「悪いな。押してほしいのかと思ってな」
 睨みあう2人。
 アレ? なんだか仲が悪そう? えーっと、あ、きっとアレですね。新種のコミュニケ―ショ……。
「やってやろうか? そろそろ白刃を朱で染めたくなったところだ」
「おーおーおー、ホンマにしばいたるわ」
 狭い道で得物を抜き始めたりし始めたが、これはコミュニケーションなのだ。間違いない。
 2人はけん……コミュニケーションを続けていく。

「ええか。
 強いは弱い、弱いは強い一概に誰が強いとか言えるもんやないで? どれもこれも同じや。
 それに、そこに大義があっても、信念があっても、数奇な崇拝も神聖なる信仰も名誉ある名分も至高なる志向も酔狂に興じても……他の何もかもの素晴らしい理由があっても、──結局は、どれもおんなじ暴力でしかないんや」

 何やら話合いは佳境に入ったようで、裕輝が静かに語り始めた。コロコロと話の内容やテンションが変わる裕輝に皆が戸惑っていると、偲が面倒くさそうな顔をして一歩踏み込んだ。
「強さなんぞ、ある一定値を超えたらどれも同じもんや。百度でも一億度でも、水が沸騰する事には変わりあらへ、ぐふぉっ」
 見事にみぞおちへと吸い込まれた偲の肘。気絶した裕輝を荷物のように担ぎ上げ、彼女は言った。
「アイツの言ってることは、十二割無視していいからな」

 十二割って、つまりぜん……とにもかくにも、一行の旅は順調に進んでいた。


* * * * * * * * * *



「ふぅー。ようやく抜けたわね」
 身体を解すようなしぐさをしたフリューネに、リネン・エルフト(りねん・えるふと)がくすくすと笑いながら「お疲れ」と声をかけた。
 彼女たちの頭上には青い空が見えている。崖地帯を抜けたのだ。
 リネンは手にカメラとノートを持っていた。これで旅の日誌をつけているのだ。撮った写真の中には、砂嵐の様子や、先ほどの崖地帯。そしてなぜか砂まみれのフリューネや、ご飯を食べているフリューネなどがあったが、あまり触れないでおこう。
「リネン……本当に旅についてきて大丈夫だったの?」
「うん、シャンバラの方は大丈夫。みんな頑張ってくれているし、最近は大きな事件も起きてないから」
「そう? ならいいんだけど」
 そこで話が言ったん途切れて沈黙が落ちた。だがまだ、後続のみんなは崖地帯から抜けられていない。2人はその場に待機して皆を待つ。
「ねぇ、フリューネにはニルヴァーナの空はどんなふうに見える?」
 ふいにリネンが口を開いた。青い、どこまでも青く澄み切った空を見上げているリネンの横顔は、どこか寂しそうで、フリューネが「空?」そう首をかしげた。

「私には……なんだか、寂しそうにみえるの。あるべき人か動物か、何かが欠けてるみたいで」

 同じようにフリューネが空を見上げる。言われれば、たしかにそのようにも見えた。
 
「あ〜、やっと出られた。ごめんなさい、時間かかってしまって」
「全然大丈夫よ。気にしないで」
 遅れてやって来た未沙へ首を振ったフリューネは、全員の無事を確認して再び大瀑布を目指して進んでいく。
 そんなフリューネの背を見ていたレンは、サングラスの奥にある瞳を密かに揺らせていた。
(フリューネ……お前の背中は、俺が守る)
 色々な思いを込めて軽くこぶしを握ったレンの肩を、ヴァルが軽く叩く。
「もう少し気楽にいけ。
 なに。大自然だろうと、俺の歩みを止められる筈が無いのさ!」
 豪快に自然の猛威を笑い飛ばすヴァルに、レンは苦笑いを浮かべた。大きな笑い声の裏で、彼が探索隊メンバーたちの様子を窺って健康状態を確かめつつ、周辺への警戒も怠っていないことを、よく知っているからだ。
 お前もな。
 そんな意味を込めて肩をたたき返していると、
「やったー、晴れっスよー。というか、喉かわいたっス。無計画にうまし棒食い過ぎたっス」
 不意に聞こえた元気なシグノーの声。どこか苦しそうなのは、崖を通っている際ずっとうまし棒を食い続けたせいだろう。
 それでも狭苦しい場所を抜けられた解放感からか。嬉しげに走り回っていた。

 どこからか、ごごご、という音が響く。
「ん? なんの音っス……かぁぁぁぁあっ?」
「シグノー!」
 まるで大砲を腹にくらったような激しい衝撃と共に、シグノーの身体が上空へとさらわれていった。シグノーの立っていた地面にはわずかな穴……そこから風が噴き出たらしい。
 すぐさまヴァルとレンが助けるために動く。
 その時、空が突然陰った。かと思えば、今度はバサリ、と羽を動かす音が全員の耳を打つ。

「え――?」

 空を見上げた全員が動きを止めた。止めざるを得なかった。
 ソレは、美しい輝きを帯びていた。
 とても優しく温かい光を全身にまとい、大きな羽を優雅に動かして飛んでいる。とても巨大で、とても美しい――鳥。
 光の鳥は、宙を舞うシグノーをその身体で受け止め、地面へと降り立った。長い首を身体の方へと回してシグノーの首根っこをくわえて、そっと降ろす。
「あ、ありがとう……ッス」
 再び羽を動かして鳥はその身を空へと浮かび上がらせた。そして頭上で何度か旋回した後、どこかへと飛び去っていく。

 誰も、何もしゃべることはできなかった。それだけ先ほどの鳥が持つ空気は、どこか違った。

「よおし! 今晩は焼き鳥や!」
「お前は黙っていろ」

 裕輝のボケと、のツッコミで全員我に返ったのは、良かったのか悪かったのか。


* * * * * * * * * *



 その後、雹や雷が降り注ぐ危険地帯を迂回したり、魔物の群れに襲われたりしつつも、一行は大瀑布へとたどり着いた。
「お〜、すっげぇ」
 目の前に壁のように立ちはだかる大瀑布に、アキラが口を開けた。最初に見たときから、一体ニルヴァーナの端がどうなっているのか、疑問だった。その答えが今、目の前にある。
 上を見上げれば、首が痛くなるほどになってもまだ頂上が見えず。横を見れば延々と続く。それは彼の予想を超えたスケールで、滝のてっぺんに登ることはおろか、裏に回るのも不可能であることが分かった。
 アキラの目が輝く。これはぜひとも上まで行ってみなくては。
「ほれ、いつまで呆けておるんじゃ。手伝わんか」
「いてっ」
 そんなアキラの頭を小突いたルシェイメアは、水質を調べていた。植物が周囲に見当たらないのが気になったらしい。
 キラキラと輝く水は、とても透き通っていて綺麗に見えるのだが……。
「ルシェイメアさん、採ってきましたよ」
 水を小さな瓶に入れて戻って来るセレスティア。その水を調べた結果、塩分濃度が高いことが判明した。つまりは海水だ。
「水の補給はできそうか?」
「うむ。ろ過すればいけそうじゃな。塩もとれて一石二鳥じゃの」
 ベースキャンプの設営を終えたレンの問いに、ルシェイメアは頷いた。水のあるなしで滞在期間が決まるからだ。
「すごいわね、これは」
 リネンは大瀑布の写真をカメラに収め、しっかりと日誌に記載。その写真にフリューネの姿も写っているのは、やはり深くつっこむべきではないだろう。
 そんな彼女の横で、フリューネが感慨深い顔で大瀑布を見上げていた。
「見て、フリューネさん。凄いね」
「予想以上、ね」
 未沙がフリューネへ感動を伝えると、彼女もまた同意した。
「なんや。これやったら『押すなよ、絶っ対に押すなよ』がでけへんやないか」
「しなくていい!」
 裕輝が悔しそうにつぶやけば、が冷静に突っ込みを入れる。
(ふむ。あとでレポートにでもまとめてラクシュミ校長に渡すとするか)
 目で耳で、肌で大瀑布を感じ取り記憶しながらヴァルが情報を脳内でまとめていく。分かりやすく簡潔に。

 そうしてヴァルは、レポートを提出する際、ラクシュミにこう語った。

「来た、見た、勝った」

 例えニルヴァーナの地であろうと、人はここまで来れた。だから、どこまでも行ける。大丈夫、きっと全て上手く行く。
 そんな気持ちを込めて。