シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

はっぴーめりーくりすます。

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。
はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。

リアクション



5.お願いリンスえもん!


 これは戦争だ。
 桐生 円(きりゅう・まどか)は、キッと目の前のドアを見据えた。
 そして助走をつけドアに向けて走る。走る勢いを殺さないまま器用にドアを開けると、そのまま走り抜けるのではなくごろごろと前転。横転。また前転。と転がる。
「…………」
 ドアの向こう、店の主であるリンスは沈黙している。
 ――ふふふ……ペースはボクのものだね!
 確信した瞬間、壁に頭をぶつけた。
 勢いが良すぎた、らしい。
「〜〜ッ……」
 涙目でその場に蹲ると、「……大丈夫?」控えめに、リンスが問うてきた。
 その瞬間を、円は見逃さない。
 ガシィッとエプロンを掴んだ。
 ふふふ今更後ずさっても遅い。
「リンスえもーん! たすけてよぉ!」
「……リンスえもん……?」
 相手が疑問符を浮かべようとも気にしない。勢いはこっちにあるのだ。
「パッフェルちゃんにクリスマスプレゼントとして贈ろうと作った人形が思ったよりへたくそな出来だったんだよ! もっとね、自分では上手く作れるとボクは思ってたわけさ! なのにあれじゃボクはショックすぎてメリークリスマスをメリー苦しみますでうんうん唸る羽目になっちゃうよ! だから人形の作り方教えてよリンスえもん!」
 勢いは、殺さない。
 そのためマシンガントークで追い立てる。
 まだまだ疑問符を浮かべているリンスの肩を掴んで(幸い店主の背は高くなかった上に椅子に座っていたから円でも余裕で掴めた)、がくがくがく。
「おせーておせーて!!」
「ちょ、きりゅ、」
「おせーてよー!」
「おし、え゛……った噛んだ……」
 先程頭を抱えて円が悶絶していたが、今度はリンスが口を抑えてぷるぷるしている。がくがくやられている時に口を開いたせいで舌を噛んだらしい。
「円ちゃん、円ちゃん。リンスさん舌噛んじゃったみたいよ?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の言葉に、ぴたり、円は動きを止める。
「死ぬなー! リンスえもーん、死んじゃだめだ!」
「…………誰のせいだ」
「がくがく中に口を開いたリンスえもんのせい!」
 ずばり断言すると、リンスからため息が漏れた。
「……で、人形だっけ?」
「教えてくれるの?」
「がくがくはもう嫌だしね」
 理由がどうあれ、師事してもらえることになった。完全勝利である。
 わあいと諸手を挙げてから椅子を引いてくる。
 自分の分と、ルカルカの分。それから、
「はい、クロエくん」
「わたしも?」
 クロエの分だ。
「いいかいクロエくん。今の時代は手に職を持っていないと辛い時代だ。こんな機会には参加しておいて、やる気ですという姿勢を見せることが大事なんだよ!
 というわけで一緒に正座だね!」
 みっつの椅子全てにちょちょいとクッションを敷き、まずは自分がとその上に正座。円を真似してクロエもちょこんと正座。
「ルカも正座した方がいいのかな?」
「もちろんさ」
 促されて、ルカルカも椅子の上に正座。
 一人普通に座っているリンスが微妙に居心地の悪そうな目でこっちを見ているが、気にしない。
「せんせー、人形作った時に形が整わないんです! どうすればいいですか!?」
「型紙をきちんと書いてその通りに切り取って縫って、それから綿をきちんと詰めればいいんじゃない?」
「型紙? 難しいよ」
「そこをやれてなきゃ形が良くなるわけないでしょ」
「むぅ」
 というわけで、型紙作成タイム。
「せんせーこういう人形を作りたいですー」
 円はお手本にしていたパッフェル人形を取り出す。
 取り出す際、鞄の中に一緒に入れた自作人形が見えたが見ないふり。
「型紙が難しいっていうならやってあげる。そこからは自分で頑張ってみて」
「えーもっと具体的におせーてよせんせー」
「おせーるからがくがくはやめて」
 噛んだ舌が、よほど痛かったらしい。
 ともあれ。
 こうして、人形作りはスタートした。


 さて、時間は少し遡り。
 円が工房に乱入した際、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)も工房に入っていた。
 ぐるぅり、内部を観察した後。
「ここが、日夜契約者のたまり場になっていると聞く人形工房……つまり店主はいわゆるリア充ねぇー」
 ぽそりと呟いてみたが、丁度リンスはがくがくの最中だったので聞こえなかったようだ。
 先んじて椅子に座り、ぱたんと机に突っ伏す。
「私は303歳まで生きてきたのにぃー」
 いじいじ、のの字なんか書いてみて。
「でも一切そういう色恋がなかったのにぃー」
 ――……そういえば、今日だって円とルカルカさんに囲まれて……リア充……!!
「……なんなのぉー?」
 思わずジト目でリンスを見てしまう。
「私だって充実した日々を送ってみたいわぁー……」


 そんなオリヴィアを警戒していた夏侯 淵(かこう・えん)は、あれ? と首を傾げた。
 気配が只者ではなかった。だから、警戒していた。
 のに、いま聞こえた言葉は。
 ――なんだか可愛かった、ぞ?
 見た目は妖艶なお姉さん。
 放つ気配は尋常ならざるもの。
 だけど中身は、楽しい日々に憧れる女性。
 気配に気圧されてしまったけれど、そうか。それは見た目よりも遥かに豊富な経験がなせる業か。
 ――俺が年相応に見られなかったり、性別を間違われるようなものか。
 そう思うと、急に親近感が湧いて来た。
 何かしら彼女の力になれればな、と、勝手に彼女の近くに座り。
 気配に気付いたオリヴィアが、顔を上げ淵の姿を見て
「あれぇ? ここでいいのぉ?」
 問う。
「何か、手伝えたら手伝う」
 そう返すと、にこ、と笑われた。
「リア充一歩前進かしらぁー?」
 なんてことを言いつつも、それからまた突っ伏して――唐突にがばりと身体を起こした。
「今のトレンドは人形作りなのね!?」
 ――……?
 淵はハテナを浮かべる。
 どうしてその結論に達したのだろう。
 その疑問に答えるように、オリヴィアは拳を握りしめて椅子から立ち上がり、
「ここ最近、男性の女性化は顕著と聞くわ……」
 力説開始。
「とすれば、生半可なことでは女性認定されない!? 人形を作り上げるスキルを見せることによって、初めて魅力がアピールされる……!
 そして年下の子をゲット!? 人が集まりリア充に!?
 まさか、そんな流れがあっただなんて……侮れない、侮れないわ人形作り!!」
 中々に突っ走った答えである。
 どう返事しよう、と淵が悩む間もなく――オリヴィアは、座っていた椅子を持って円の後ろに移動。淵もついていく。
「どうするんだ?」
「私も人形作りを覚えるのよぉー。それでリア充になってやるわ……!」
「へえ、オリヴィアも人形を作るんだ?」
 振り向いて円に尋ねられると、
「いやぁねぇ円、覚えておきなさい? 大人のレディは遊びひとつにだって手を抜かないものよ」
 大人の女性らしい落ち着きはらった態度で、そう言ってのけた。
 本心だなんだを(聞くつもりではなかったにせよ)聞いてしまった淵としては、なんとなく応援したくなってしまうのであった。


 さて、10分ほど時間が過ぎると、リンスからの説明は終わった。型紙も手に入れた。
 ルカルカは、工房の入口で偶然出会い、いま一緒に人形作りをしている円のことをちらりと見遣る。
 昔は戦ったこともある相手、である。だけど、こうして仲良くなれそうなきっかけもあることも確か。
 特に、仕事とプライベートをしっかり分けているルカルカである。円に対して悪い感情は持っていないし、だからこういうきっかけを手にしたことが嬉しい。
「どうしたんだいルカルカくん」
 視線に気付いて円が問う。
「ううん! 円ちゃんとお友達になれそうでよかったなって☆
 そういえば、いまはどこに住んでるの?」
「ボクは百合園の寮住まいだよ」
「寮かぁ……寮って大変じゃない?」
「そうでもないよ、いろいろと楽しいこともあるからね」
 いろいろ、の部分に含みを感じたので追及は避けて。
「休みの日は何してるの?」
「テレビゲームとか、漫画読みながらゴロゴロしてるかなー。なんたってお嬢様だしね」
 えへん、とない胸を張って円がお嬢様を強調する。
 お嬢様が、椅子の上に正座して人形作り、というのも面白い光景だなぁとは思っても口に出さず。
「ルカルカくんはどこでなにをしてるのさ」
「ルカ? ルカはヒラニプラ郊外の家にパートナー達と住んでるよ。寮にも部屋があって、遅くなった時はそっちに泊まるの。
 休みの日はね、ハイキングとかピクニックとかアウトドア」
「ボクとは逆だね」
「テレビゲームもたまにするよ」
「じゃあ対戦でもするかい?」
「なら円さんも一緒にピクニックに行ったりしようね♪」
 約束を取り決めたあたりで、淵とオリヴィアが一緒にちくちくやっていることに気付いた。
 いつの間にか仲良くなっていたことに驚き、それからオリヴィアの美貌に見惚れてしまう。
 綺麗な、人である。
 ウェーブのかかった、長い銀色の髪。
 ぱっちりとした切れ長の瞳を縁取る睫毛も長く、人形作りに真剣な金色の眼は月のよう。
 ぽ〜っと見惚れていたら、オリヴィアが視線を上げた。目が合う。
 にこり、微笑まれた。
「!」
「ルカルカさん、お手手がお留守だねぇー?」
「あわわ。ごめんなさい!」
 そして言われて、自分の作業が進んでいないことに慌てた。
 ルカルカは可愛いものが大好きだから、お人形を作りたい。
 それともう一つ、ダリルがオリビエ博士のゴーレムを改造して助手に使っているから、何か役に立てるのではないかと思って。
 ――まあ、手先の不器用さは折り紙付きなんだけどね……!
 何度か指に針を刺して、「うぅ」と唸っていたら。
「はい」
 絆創膏を、渡された。
「あ。リンスさん」
「血が出てるから。人形に血がついたら嫌でしょ」
 ルカに対する心配じゃなくて、そっち? と思いつつも、確かにと頷けたのでありがたくいただく。
「迷惑じゃ、ないですか?」
 突然押し掛けてきて。
「別に?」
 返す店主の言葉は素っ気なく、感情も読みづらい。
 なので言葉通りに受け取って、
「これお土産のお菓子です。……お土産って言っても、ルカが食べたかっただけなんだけど」
 市販のチョコバーやウエハース、クッキーを差し出すと、
「ボクも今回は持ってきたよ! お嬢様が手土産もなしに突撃だなんて、ちょっとアレだったかもしれないしね!」
 それに円も便乗して来た。
 リンスの手に置かれたお菓子は、お煎餅。
「やっぱりせんべいはサラダ味だと思うんだ」
「……お嬢様?」
「失礼だな、お嬢様だよ!
 あとねボクはキミにどうしても言いたいことがあるんだ」
 ぐるり、円が向き直り。
 びしっと指差した先は、
「俺?」
 淵だった。
「その程度でちみっ子って! その程度でちみっ子って……!!」
 何か思うところがあるのだろう、円はぷるぷる小さく震えている。
「ボクを見ろよ! 見ろよ! 16でこれだぞ! 135センチだぞ! そんなんでちみっ子だなんて笑わせるよ!」
「えっ、いや。……ええ!?」
 淵が困ったようにルカルカを見て来たが、頑張れ☆とウインク一つで手助けはしない。
「まだノビシロあるはずだろー、ずるいやずるいや」
 ノビシロ、と聞いて淵が黙った。ノビシロとはイコール成長期のことであり。
 成長期とは、思春期を迎えた後の3年から4年で訪れる。男性ならば、17歳から18歳。そして淵は、
「……それより桐生殿。俺は得物の話がしたい」
「……うん、そうだね、身長や成長の話題はボクにとっても地雷だったよ」
 どうにか丸く収まって。
 みんなで寄り添って、どちらかといえばお喋りメインにお人形作り。
 完成した人形は、誰かへのプレゼントになったとか、自分の部屋に飾られる事になったとか。