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47


 今日は死んでしまった人に会える日。
 なので、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)真田 幸村(さなだ・ゆきむら)と連れ立って祭りに来たのだけれども。
「ん……親父、お袋……元気にしてんのかな……」
 いつも以上にぼんやりと、時折あくびを混ぜながら氷藍は言う。
「いっぱい……話したいこと、が、……ふぁ、ある、……」
 歩く足もよたよたと。
「パラミタの友達や……神社のことや……女の子になったり、幸村との……むにゃ……」
 あ、だめだ、と。
 思った頃には遅かった。
 瞼がすとーんと落ちてきて、そのまま意識がブラックアウト。


「おうバカ息子ー! 親父様が会いに来て……って何ぞコレ!?」
 すっかり熟睡していることにか、それとも女の姿になっていることにか、氷藍の父である清華が驚きの声を上げた。
「ちょっ……氷藍殿! 起きて下され!」
 必死で幸村は氷藍に呼びかけ、身体を揺さぶるが氷藍は「むにゃ……」としか返さない。完全に熟睡モードに入っている。
「まぁ、氷藍のことじゃしのう。こういうこともあるじゃろ」
 のほほんとした物言いで笑うのは、氷藍の母であり真田昌幸の英霊――つまりは幸村の父でもある――である。
「しかしまあ可愛い娘になったのう」
「いやいや。何ぞコレ以外に言葉が浮かばねえよ。何ぞコレ」
「清華は何度同じことを言うのじゃ。可愛い寝顔じゃろ? ほれほれ」
「……いやうん、可愛いけどな? 可愛いけど」
 清華と昌が、仲良く並んで氷藍の寝顔を見た。頬をつついたり、引っ張ったりしている。もちろん起きる兆しは微塵もない。
「……はあ」
 思わず幸村はため息を吐いた。それから氷藍を背負う。
「こんな状態でござるが……とりあえず、祭りを楽しむとしようか?」
 一緒に回る相手が、父親と、そして昔殺してしまった恩人という面々で内心はかなり複雑なのだけれど。
 祭りを見て回りたいと、氷藍が願っていたから。
 屋台が並ぶ通りに出、色々と見て回りながら。
「清華、父上……」
 幸村は、静かに話しを切り出した。
「俺は、この方と共にあることを望む」
 どこか言葉が尻すぼみになっていってしまうのは、罪悪感からだろうか。
 幸村は、氷藍から全てを奪ってしまった。
 なのに、これ以上踏み込もうとしているだなんて。
「……許されることではないかもしれぬ……」
 と、言った瞬間、「阿呆」と鋭い声が飛んできた。清華のものだ。
「俺が本当にお前を恨んでいたら、今この場で昌と二人掛かりでボコっとるわい、このたわけ!」
 ぺしん、と平手で頭を叩かれた。痛くはない。
「清華……」
 名前を呼んだが、清華はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
 くすくす、昌の笑い声が聞こえて今度はそちらに視線をやった。
「幸村よ。後悔なぞナラカに落ちた後でも十分に出来る。今お前がやることは何か……よう考えい」
 そうじゃそうじゃ、と清華の野次に後押しされ。
 幸村は、しっかりと頷いた。
 と、唐突に清華が足を止めた。じっと見ているのは露店の商品。
 昌も立ち止まり、清華と並んでそれを見た。必然、幸村もそうなる。
 視線のさきにあったのは、ガラスの髪飾りだった。
「おう。これひとつくれ」
「まいど」
 その中からひとつを選び、清華が購入する。
 何を、と思って幸村が見つめていると、
「折角女の子になったんだ。……これぐらいはな」
 照れくさそうに、清華が言った。
 幸村がおんぶしたままの氷藍の髪に、昌と二人で着けてやり。
「お、似合ってる似合ってる」
「そうじゃのう。さすが我が子じゃ」
 楽しそうに、笑う。
 おぶっている幸村からは見えないけれど、二人の顔を見る限り相当よく似合っているのだろう。
 ――氷藍殿。貴殿は立派に愛されておいでですよ。


 ふ、っと。
 なんの前触れもなく、目が覚めた。
「お、起きたか」
 ぼんやりとした頭で聞いたのは、懐かしい父の声?
「ふふ。もう時間がないのが寂しいことじゃがの」
 もうひとつの声は、母のもの?
 目をこすり、段々と覚醒してきた頭で前を見る。
 そこには確かに両親の姿があった。去り行く後姿だったけれど。人混みにまぎれる、ほんの数秒しか見れなかったけれど。
 だけど、それでもわかったんだ。
「親父とお袋……笑ってた」
 優しく、愛しむように、柔らかな表情で。
「俺たちのこと……ちゃんと見てくれてるんだ……」
 そのことがどうしようもなく嬉しくて、胸が温かくて。
 同時に、忘れていたことを全て思い出した。
「そのようでござる」
 優しい声で同意する幸村に、
「……にぃ」
 昔のように呼びかける。
「……っ?」
 驚いたように幸村が氷藍のことを見てきた。その目を真っ直ぐに見返し、
「思い出したよ。全部」
 きっぱりと、告げた。
 なんともいえぬ複雑そうな顔で、幸村が顔を伏せた。自分のことを責めているのだと瞬時に感じて、氷藍は幸村の手を握り締める。
「お前が自分のことを責めていても……俺は何度でもお前を許す」
「氷藍殿……」
「だから……一緒に生きよう。皆が待ってる家で、昔よりも幸せに生きよう。……な?」
 笑顔を見せると、ようやく幸村の表情も和らいだ。
「……わかりました。この幸村、不肖の輩ながら貴殿と共に在ると……誓いましょう」
 誓いの言葉に、氷藍は再び笑う。
 ――見ていてくれているか、親父、お袋。
 ――俺は、……いや、俺達は、幸せな夫婦になるぞ。