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ユールの祭日

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●●● 幕間:ドクター

ここまでで参加者全員が一度は対戦を終えたので、一時休憩となった。

医務室には負傷した英霊が多々居たが、一方で医療で知られる英霊の姿もあった。
英霊の多くはいくさで知られる人物だが、技術者や医師、科学者、音楽家や文豪といった英霊も少なからずいる。

「多少派手に怪我人がでても問題ない」
と珠代が踏んだのは、医療で知られる英霊も呼んでおいたからである。


パートナーがこの大会に参加したと聞いて、林田 樹(はやしだ・いつき)は慌てて軍用バイクで駆けつけた。

「……アキラめ、私に内緒でこのような大会に出るなど…!!」

しかしアキラの姿はなく、しばらく探しまわった末に、ようやく医務室で緒方 章(おがた・あきら)の姿を見つけることができた。
章は怪我を負ったわけではなく、負傷者の治療に当たっていたのだ。

緒方洪庵、幕末期に活躍した蘭学者であり医師である。
天然痘治療に貢献したほか、塾を開き門下生として福澤諭吉らを育てた。

なお章というのは洪庵の諱である。

「心配したぞ、アキラ!」
「僕が荒事にでも関わると思ったんですか、樹ちゃん?」

樹は首を横に振った。


さてこの日の英霊は大多数が並外れた体力を持っていた。
そのため治療も一般人のものとはだいぶん変わったものとならざるを得ない。
英霊的治療の事例として有名なのは、関羽が腕に毒矢を受けたときの話であろう。

医師の華佗は「痛みで暴れるから」と関羽を縛り付けて手術をしようと提案したのだが、関羽はこれを拒否。
そのままもう片腕で酒を飲み、碁を打ちながら手術を受けたというものだ。

そういうわけで、章の治療もいろいろ大変なものであった。

章はトリアージを見ながら治療を行なっていた。
トリアージはもともと野戦病院で行われるもので、教導団でも使用されていた。

負傷者が多数出た場合、治療に優先順位をつける必要が出る場合がある。
軽傷なら治療は多少あとでもいいし、死者や救命の見込みがない者なら残念ながら治療しても仕方ない。
負傷の程度に応じて赤(重傷)、黄(負傷)、緑(軽傷)、黒(死亡)という風に色分けし、適宜必要な治療を行うわけだ。

今回トリアージによる識別が必要だったかというと疑問はある。
先に述べた通り英霊の多くは体力に恵まれており、また場所は野戦病院ではなく空京であるため、医療物資などは容易に調達できる。
いざとなれば、そこらの病院に放りこめばだいたい問題はないのだ。

珠代はこうした事情を知ってか知らずが、特に口は出さなかった。

「ええい、俺はまだ戦えるぞ! もう一度だ!」
スパルタクス・トラキウスのように、医務室に担ぎこまれてなおも血気盛んなものもいる。

「あっ、こら!
 君はトリアージが緑だからって会場に戻らないでよ!
 パラミタの緑は地球では赤なんだから!
 言うことを聞きませんと……力ずくで参りますよ?」

こういう場合、章は力づくで患者を大人しくさせた。

そんな章でも珠代のもってきた(元)エッツェルは扱いかねた。

これは怪我人とも言えない。
生きているのか死んでいるのかも判然としない。
なんだこれは。

エッツェルはどうにもならなさそうなので、とりあえず黒に分類された。
魯粛 子敬や大石 鍬次郎も助かる見込みはなさそうだ。
彼らも同じく黒判定である。

トマス・ファーニナルは凄惨な光景を間近で見たため(おそらくは祟りの影響もあったろう)ひどいショック状態にあった。
ハツネは先程からわんわんと泣きじゃくっている。

と、そこに蓬髪の男が入ってきた。

「この子らは私が引き受けよう」
「誰です、あなたは。見たところ医療関係者とも思えないのだが」
「洪庵よ、なぜうたがうのだ? わたしは愛と奇跡をもたらすために来た者だ」
章は疑いの目でみている。

「ならば証明してみせよう。
 あーあー、エッツェルに魯粛、それから大石、でてきなさい」

男がそういうと、原型すらとどめていなかったエッツェルと、もはや死体であった魯粛、大石が蘇った!

トマスやハツネも突如として正気を取り戻す。

「こ、これは奇跡だ!」
「信じる気になったかね」

章は首を横に振った。
「たしかに奇跡ですね。だけど医療ではない。
 今日の日が過ぎれば奇跡は続かない。だが医療は明日に残せる。
 そうは思いませんか」

男はそれを聞くと、医務室から去っていった。