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真赤なバラとチョコレート

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真赤なバラとチョコレート
真赤なバラとチョコレート 真赤なバラとチョコレート

リアクション

2.


「これ、お手製なのか?」
「ええ。ファビエンヌさんに、幸い教えていただけて。どうぞ」
 可憐な笑みを浮かべて、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)瀬島 壮太(せじま・そうた)に記念品のチョコレートを手渡した。控えめな色遣いのラッピングに、小さな薔薇の造花が添えられている。このデザインは、リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)が担当している。
「ごめんなさい。なかなか出てこられなくて、帰り際になってしまいましたね」
「いいよ。今日は忙しいだろうなって思ってたしさ」
 壮太は明るく答え、チョコレートを大切そうに荷物にしまった。実際、エメは今日もぎりぎりまで厨房で作業をしていて、終わったのはつい先ほどのことなのだ。
「初めて来たけど、どれも美味かったぜ」
「それなら、よかったです」
 親友の褒め言葉に、エメはほっとする。
「そういえば、理事長には渡さないのか?」
 ラドゥとともにお茶を楽しんでいるジェイダスのほうを示し、壮太が尋ねた。エメがジェイダスになにも用意していないとは思えないと、壮太にもわかっている。
「ジェイダス様たちには、もう少し落ち着いてから……。今はまだ、皆さんがご挨拶をしてますし」
 今も、黒髪の少女が、緊張した面持ちでジェイダスと話している。薔薇の学舎に限らず、やはり、ジェイダスと挨拶をかわそうという生徒は多いのだ。
 控えめな親友の言葉に、らしいなと思いつつ壮太は頷くと。
「そっか。じゃ、まぁ、オレは今日は帰るな。バイトの時間あっから。また遊ぼうぜ!」
「はい、是非」
 明るく手を振り、壮太は喫茶室を後にする。帰ればまた、バイト三昧の日々だ。とはいえ、ちょっとした優雅な時間と、お土産のチョコレートに、壮太は充分に満足げだった。


「よかったわぁ、ちゃんと渡せて〜」
 ジェイダスにチョコレートを手渡して、師王 アスカ(しおう・あすか)は満面の笑みを浮かべて、蒼灯 鴉(そうひ・からす)の待つテーブルへと戻ってきた。
 渡したのは、アスカ手製の、抹茶風味の和風チョコトリュフだ。
「まぁ、よかったな」
 鴉は頬杖をついたまま、視線をそらしている。ただの敬愛とわかっていても、やはり自分の目の前で、他の男にチョコレートを渡されるのはおもしろくない。
「ホントにね〜。ここも、一度来てみたかったし。本当に良かったわ〜。ね、一緒に来てくれて、どうもありがとう」
 とはいえ、ここまで素直に感謝されると、拗ねているのも男らしくない気もしてしまう。嫉妬をどうにか喉の奥に飲み込むと、鴉は顔をあげた。すると。
「だから、……はい! どうぞ〜」
 目の前に、可愛らしくラッピングされた箱が差し出されていた。はにかんだ顔のアスカに、鴉は瞬きをして、それから、それを受け取る。
「正直、手作りって苦手だけど、頑張ったのよ〜?」
 本当に正直な告白に、鴉は苦笑しつつ、早速ラッピングを解いた。出てきたのは、不揃いながらも丸い形のチョコトリュフだ。
 アスカのことだから、もしかしてバレンタインを忘れているかもしれないと懸念していたから、これほどマトモ(?)にちゃんと用意していてくれたことが嬉しいと同時に、意外だ。そう思いながら、ついしげしげと鴉はトリュフを見る。
「今年はマトモそうだな」
「ふふ。ね、食べてみて〜?」
「ああ」
 さっそく一口、食べてみる。……甘いミルクチョコだ。絶品というほどでもないが、普通に、美味しい。
「どうかしら〜?」
「……美味いぞ。なんだ、出来るんじゃないか」
 そう褒めつつ、二個目を口にした途端、うっと鴉は顔をしかめた。
「あらぁ?」
「おい。なんだこれは」
「なにって、チョコトリュフだけどぉ……。あ、もしかして……失敗してる?」
「大失敗だな。どうやったらチョコレートがこんな苦くなるんだ。ほら、おまえも食べてみろ」
「え?」
 直裁な言葉を吐きつつ、鴉は食べかけの失敗トリュフをアスカの口元に放り込んだ。
「に、っが……っ」
 思わず口元を押さえ、アスカはそう呟く。
「どうだ。味は」
「……ごめんなさいね〜」
 さすがにちょっと、凹む。それに、ということはおそらく、ジェイダスに渡したチョコトリュフにも当たり外れがあるだろう。もっともそちらに関しては、ジェイダスはきっとハズレを避けて食べるだろうと確信があった。
 それに。
「なんだ?」
「ううん〜」
 文句を言っても、結局ちゃんとアスカの手作りチョコトリュフをたいらげてくれる恋人の優しさに、アスカは目を細める。
(そうだ、溶かして固めたから失敗したのかもしれないし……来年はチョコの塊を彫刻刀で彫って像を作ってみようかな〜)
 きっとびっくりするだろう。そんな鴉の反応も想像し、アスカはまた、ふふっと笑った。


「ジェイダス様」
 コーヒーを飲み終え、挨拶も一段落したところを見計らい、エメとリュミエールはジェイダスたちの席へと歩み寄った。
「よろしければ、受け取っていただけますか?」
 膝をつき、椅子に腰掛けたジェイダスを見上げるようにして、エメはそっとチョコレートを差し出す。記念品として作成したものの一つではあるが、ビターとホワイトの二種類をセットにして、特に上出来と思われたものを選んでいる。
「どうか、これからもお傍に……」
 ……ジェイダスが、薔薇の学舎の全てに等しく愛を注いでいることは、エメとて充分に理解している。けれどもできれば、少しでも自分の存在を心に留めておいてほしいと願うのもまた、真実だった。
「これは、美しいな」
 ジェイダスは最大の賛辞を口にすると、エメに手をさしのべ、立つように促す。
「ファビエンヌから聞いている。筋が良いと、珍しく褒めていた」
「あ……ありがとう、ございます」
 さらに手で、同じテーブルに着くように薦められ、エメは遠慮しつつも素直にジェイダスに従った。リュミエールも同様だ。
 ラドゥは少しばかりフクザツそうだが、すかさずリュミエールは彼に微笑みかけ、「ラドゥ様には、こっちね」とエメと同じく丁寧な意匠の施された箱を差し出した。
 リュミエールが用意したのは、ラズベリーフレーバーを仕様した紅薔薇と、ビターチョコの黒薔薇のセットだ。
「ラドゥ様、僕の【愛】受け取ってね。この間行けなかったし、今度一緒に旅行しようよ」
「愛、か」
 たわごとを、と言わんばかりの口調ではあるが、ラドゥの口元は綻んでいる。
「それはさておき、先ほどひどい味のチョコレートを食べる羽目になったからな……口直しさせてもらうとするか」
「どうぞ」
 さっそく紅薔薇を口にしてくれるラドゥを、リュミエールは満足げに見つめた。予想通り、甘い言葉を返してはくれないものの、その態度だけでも十分だ。
 ジェイダスもまた、ラッピングを解くと、二つの薔薇をじっと見比べた。白薔薇と黒薔薇が寄り添う様は、どこかエメとジェイダス自身の肌の色の対比のようでもある。
「ジェイダス様?」
「……いや? ありがとう」
 思わせぶりにジェイダスは微笑むと、白い薔薇を手に取り、ゆっくりと唇に挟むと、愛撫するかのように舌をはわせて口にする。
「…………」
 二色の薔薇にしたのは無意識のことだったが、思わせぶりなジェイダスの仕草に、エメは思わず真っ赤に頬を染めてしまった。
「美味だ」
「よ、よかったです……! お茶会、また開きます。お二人が楽しんで下されば嬉しいです」
 はにかんだ笑みを浮かべるエメに、「そうだな」とジェイダスは楽しげに答える。それから、ゆっくりと喫茶店を見回した。
「美しい空間だ」
 その言葉を耳にしたレモが、なによりもほっと胸をなで下ろしたことは、言うまでもない。


2.


 ジェイダスとラドゥが帰る頃には、外はもう薄暗くなってきていた。テラス席にはランプの灯りを灯し、薄闇に薔薇たちが浮かび上がっている。
「さすがに、肌寒くなってきた、な……」
 三井 静(みつい・せい)が、テラス席を調えながら呟いた。メイド服からむきだしの手足が、冷気に震える。
 人出もそろそろ落ち着き、てんやわんやの初日も、そろそろ終わりが近づいてきていた。
「まだ大丈夫かな?」
「ルドルフ校長! は、はい。どうぞ!」
 夕闇のなかやってきたのは、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の二人だった。
「すまないね。仕事を済ませてから来たものだから」
「いえ。どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい。こちらへ」
 案内をしつつ、静はつい目を伏せる。先日の旅行の際、優しく相談にのってもらったことを、静は今も感謝している。かといって、面と向かってお礼を言っても、もしかしたらルドルフは忘れているかもしれないと思うと、それも気が引けた。
 それに、なにより。
「可愛らしい姿だね」
「あ、……ありがとう、ございます」
 メイド姿を指摘され、静はますます身を縮こまらせながら、そっとメニューを二人に差し出した。
「…………」
 そんな静の姿を見守っていた三井 藍(みつい・あお)の表情が、ふと曇る。
 先日もそうだったが、どうも、ルドルフの前で恥じらう静の姿を見ると、胸の奥がちりちりと焦げ付くような感じがする。
 人見知りで引っ込み思案な静が、頑張って給仕を務めていること自体は、喜ばしいとことだというのに。
「なんなんだろうな、これは」
「…………」
 藍は思わず、同席している三井 白(みつい・しろ)にこぼした。といっても、それほど返事は期待はしていない。そもそも、日頃滅多に外出しないひきこもり性質の白が、喫茶室に来ただけでも珍しいことだ。白にいわせれば、静が女装して給仕をするというのならば、見守る他にないだろう、ということのようだが。
「静がもっと、色々な人と親しくなれればいいと願っているのにな。実際目の当たりにすると、……なんだか、妙な感覚になるんだ。喉が塞がれるみたいな、腹の底が、ぎりぎりするみたいな……」
「それは、嫉妬でしょう」
「え?」
 さらりと白に口にされ、藍は自問自答する。たしかに、いわゆるこれは、嫉妬という感情が一番あてはまっているのかもしれない。けれど、何故? 守る対象であるはずの静に対して、そんなふうに思うなんて。
「…………」
 考え込んだ藍に、白はただ、「私はそんな厄介な感情を持ちたくはないですね」とだけ呟いた。


「ルドルフさんは、コーヒーかな」
「ああ、そうするよ」
「紅茶は……ダージリンはあるかな?」
「もちろんだ」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の問いかけに、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が優雅に答える。
「じゃあ、それね。ケーキは、ザッハトルテを。ルドルフさんは、どうする?」
「そうだな。せっかくだから、君のおすすめのものを」
 ルドルフは霧神にそう頼んだ。甘いものは苦手だろうに、薔薇の学舎の生徒たちがアイディアをだしあって作ったものならば、食べようというのだろう。そんなルドルフらしい誠実さに、ヴィナは薄く微笑む。まぁ、どうやっても口にあわなそうならば、自分が手助けしてあげればいいだろう。そのために、ここにいるのだから。
「本当に、見違えたね」
 生徒達の努力を褒め称え、ルドルフは目を細めて喫茶室をぐるりと見やっている。
「テーマは、四季か。なるほど、それで、薔薇以外の花も増えたのか」
「そうみたいだね。ルドルフさん、薔薇以外で好きな花は?」
「美しい花は、みんな好きだよ」
 それもまた、ルドルフらしい答えだ。ふふっと笑って、ヴィナは口を開いた。
「空木、卯の花って知ってる?初夏に咲く白い花。あれね、俺好きなんだよ。桜のような豪奢な印象はないけど、清楚で可憐で品のある、綺麗な花だよ」
「空木、か」
 ルドルフには、どうやらあまり馴染みがない名前だったようだ。
「古くは和歌にも詠まれている花なんだよ。そうだ、空京に御用達にしてる花の専門店があるから、今度息抜きにどう?」
「ああ、それもいいな。空京には、近々出向く予定もあるからね」
 すぐに仕事に絡めてしまうルドルフに、ヴィナは多少呆れたように息をつく。たしかに多忙なのはわかるが、息抜きをしてほしいというヴィナの気持ちもわかってもらいたいものだ。
 とはいえ、そんな人だから、ほうっておけないのだろう。
「楽しみだ」
 ルドルフが微笑む。それだけでも、今は充分かもしれない。
 空木の花言葉。それが、『秘めた恋』ということも。まだ、貴方はなにも知らなくて良い。
 運ばれてきた紅茶とコーヒーが、テーブルに並ぶ。その芳香を楽しみながら、ヴィナは穏やかに微笑んだ。

 ヴィナとルドルフの席からほど近くには、ヴィナの契約者であるウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)が、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)をエスコートしてきていた。
 互いに、かつての縁をもつ二人だ。グロリアーナはローズヒップティーを頼み、ウィリアムはセイロンティーを頼む。それと、新メニューであるケーキが、それぞれの前に置かれた。
「ウィルよ。思えば、其方と再会したのも此処であったな」
「そうですね、ライザ様」
「贅沢な、ものだ……生前は決して味わえなかった、其方とこうして過ごす時間が、此処にはある。それだけでも、妾には贅を尽くした何物にも勝る贅沢だよ」
 グロリアーナは微笑むと、静かに紅茶を口にした。
 かつてのこと、今現在のこと、話すことは尽きないが、それ以上に穏やかにこうして向かい合う時そのものが、喜ばしく思う。
「あの頃とは違う平穏な時間、大切にしたいですね」
「まさしく、な」

「二人で居ると、本当に絵になるわね、あの二人って。こう、傍から見ても時を越えた絆を感じるわ」
「陛下と旦那がティータイムたぁ俺様も混じりてぇな」
「あら、だめよ。フランシス」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に窘められ、フランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)
は「わかってまさぁ」と肩をすくめた。
 邪魔にならないよう、離れた席で二人はグロリアーナたちを見守っている。遠く離れたパラミタで、遠く離れた時間が蘇っている。その光景は、不思議な感動を二人に感じさせた。
「昔から、あんな感じだったの?」
「いやぁ。生前は顔を付き合わせれば国の事ばかりを喧々囂々、意見を戦わせていたんだ」
 眼帯を両目にはめているわりに、器用に紅茶を飲みながら、フランシスが答える。
「俺様は、ずっと船で海に出てスペインの奴等をとっちめてたからなぁ……政治とか、そういう難しい事ぁ解らんよ。だが、それを差し引いても旦那は一目置いていたし、陛下に至っては言うまでもねぇ。ああやって、穏やかに過ごせるようになってな、よかったよ」
「そうね……」
 そう語るフランシス自身、かつての時を懐かしんでいるようでもある。ローザマリアもまた、想像という翼でもって、古き時代を感じていた。

「ところで……ウィルよ、本日の嗜好からは聊か外れておるが、学外よりチョコレートを持ち込んではならぬ、という注意書きは無かったのでな」
「これは……?」
 グロリアーナがさしだしたのは、手製のチョコレートケーキだった。手製なのだろう。美しい指にはさりげなく絆創膏が巻かれている。
「これは正真正銘ウィルの、ウィルによる、ウィルの為の物だ。受け取っては、貰えぬか?」
 ただし、これは二人だけの秘密に。……それを示すように、ローザマリアは指先を唇にそっとおしあてた。
 ウィリアムはややあって、ケーキの箱を丁重に受け取ると、胸に手をあてて、恭しく頭をさげる。
「有り難き幸せです。ライザ様」
「…………」
 仕える騎士としての姿勢を崩さずに答えるウィリアムに、微かな胸の痛みを感じつつも、それを微塵も感じさせない表情で、ローザマリアはただ、頷いた。
 義理か、あるいは……。その真意を、告げることを彼女はできない。
「此の世は舞台、人は皆役者――Ci facciamo il teatrino」
 ただ。そう、小さく呟いた。




「どうぞ、お待たせしました」
 ミニ大福のセットを手にしたレモは、少しばかり頬をひきつらせていた。
「おや、レモではないか」
「お久しぶりです」
 テーブルにミニ大福をサーブすると、空になった皿を片付ける。……リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、先ほどすでに全種類のケーキを制覇し、今から二週目に入ろうとしているのだ。さすがに、レモも驚く。
(僕とあんまり体格も変わらないのに、どこに入ってるんだろう……?)
 そんなレモの困惑をよそに、リリが尋ねた。
「この間リリが出したアイデアが使われていないのだが、一体どうしたのだ?」
「あ、そ、それは……ええと。ちょっと、難しかったんです。すみません」
 リリのアイデアは、『エネルギー装置の有り余る力を使って、ビカっと光ってバカっと開いてグルグル回る』という何だかよく分からないものだった。さすがに抽象的すぎて、レモも頭を悩ませたのだが、結局没にさせてもらったのだ。
「ふむ、仕方がないな」
「あの、ところで……ララさんは」
「ああ」
 リリはちらりと、正面に座るララ・サーズデイ(らら・さーずでい)を見やる。と、いっても、彼女は今はテーブルに突っ伏すようにして眠りこんでいた。美しい黄金の巻き毛が、花のようにテーブルに広がっている。脇に置いてあるコーヒーも、すっかり冷め切ってしまっていた。
「朝から気を張っていたから、疲れたのだな」
 そう言いながら、ララは二杯目のホットミルクに口をつける。残念ながら、味覚はお子様なので、コーヒーも紅茶も苦手なのだ。
「そうみたいですね」
 ララの待ち人は、ルドルフだった。そのことについては、レモも知っている。何度か、「ルドルフは来る予定なのか? いや、待っているわけではないぞ!? ただ、聞いてみただけだ」と、ララに尋ねられていたからだ。そして本当に、会いたいと思っていることも。
「…………」
 ルドルフは気づいていない。そろそろお茶を終え、帰ってしまうだろう。それは、とても気の毒にレモには思えた。
「すみません、失礼しますね」
 まだリリはなにごとか尋ねたい様子だったが、レモはそう詫びると、二人の席を離れた。
 ……そして、暫くして。
「ご機嫌麗しゅう、お嬢様方」
 ルドルフが席を立ち、リリにそう挨拶をしてきた。
「薔薇の学舎の喫茶室は、楽しんでいただけているかな?」
「ああ。この菓子はなかなか美味なのだ。……ああ、そうだ」
 リリの懐から、飾り気のない茶色の小袋があらわれる。それを、怪訝な顔をするルドルフに、リリは手渡した。
「ララが作った薔薇の砂糖漬けなのだ。少しガメてきたのだよ。形は悪いが味は中々なのだ」
 率直なリリの評価に、ルドルフは微苦笑を浮かべると、ララのあどけない寝顔を見つめる。
「ル…ド…」
 ララの薄赤い唇が動き、待ち人の名を呼ぶ。
「ありがとう。……せっかくだ。薔薇園を散歩しながら、いただくとするよ」
 思わせぶりにそう告げて、ルドルフはその場を立ち去った。

 それからすぐに、ララは目を覚ました。
「な……っ! ルドルフが、私の寝顔を……?」
 なんたる失態! とララは真っ赤になって大あわてだ。
「非礼を詫びるならば、早いほうが良いのではないか? そうそう、ルドルフは、薔薇園を散策するとか言っていたのだよ」
「薔薇園か……。そ、そうだな。きちんと、恥はそそがねば」
 言い訳を手に入れ、ララはいそいそと喫茶室を後にする。
「会えるといいですね」
 レモはそんな彼女の後ろ姿を微笑ましく見送り、かつ、本当に二週目もきれいに平らげたララに、ひたすら感嘆するのだった。