シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

真赤なバラとチョコレート

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真赤なバラとチョコレート
真赤なバラとチョコレート 真赤なバラとチョコレート

リアクション

3.

「あの、喫茶室はこちらで良かったでしょうか」
 乳白金の髪の少女に話しかけられ、カールハインツは振り向いた。少しばかり休憩をとろうかと、喫茶室を出て、薔薇園を歩いていた時のことだ。
「すみません、道に迷ってしまったようです」
 そう口にするのは、教導団のテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)だった。今日は、デウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)ルミ・クリスタリア(るみ・くりすたりあ)、そしてユーリエ・ラタトスク(ゆーりえ・らたとすく)と連れだって、薔薇の学舎に訪問している。
 滅多にない機会だからと、見学してまわろうとしたのが良くなかったのかも知れない。校門から続く薔薇の道に、気づけばどちらへ行けばよいのか、目的地がわからなくなってしまっていたのだ。
「普段女子禁制ですから、見学していきたかったのですが……」
「そりゃ、申し訳ないな。校舎そのものは、開放してないんだ。この庭園と、喫茶室までっていうことになっててな」
「そうだったのですか」
 やや残念だが、決まりならば仕方がない。それに、庭園の散策だけにしても、校舎の外観は見てとれたし、この学校の雰囲気を感じ取るには充分だった。
「喫茶室へは、案内するぜ。…………」
 こっちだ、と道を示しつつ、カールハインツはふと少女たちをじっと見つめた。
「なにか?」
 不都合でもあったろうか。そう訝りながら尋ねると。
「いや。ここに女性がいるっていうのが、なんだか新鮮だなって思ってさ」
 そう口にして頭をかいたカールハインツに、テレジアは微笑む。
「そうですよね。……あの、失礼ですが、ドイツの方ですか?」
「そうだけど。よくわかったな」
「イントネーションに名残がありましたので……。私は、フィンランドから来ました。バルト・ドイツ系の家系ですが……」
「そうか。ただ、オレと違って、お嬢様って感じだな、あんたは」
「いえ、そんな」
 たしかにもともとの家は貴族だが、今となっては、テレジアはその再興を目指しているような状況だ。
 そんな他愛のない話をしているうちに、喫茶室へと辿り着く。
「どこに行ってたの? 探したんだよ」
 小声ながらレモにそう叱られ、カールハインツは肩をすくめて仕事へと戻ろうとする。だが、その足を止め、テレジアに微笑むと、言った。
「また他の場所でも、会えるといいな。今日はゆっくり、過ごしてくれよ、フロイライン(お嬢さん)」
「ありがとうございます」
「お席へどうぞ!」
 さっそく、マーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)が少女たちを席へと案内をした。……注文はもう、決まっている。道すがら、カールハインツにすすめられた、ザッハトルテにするつもりだった。


(さて、次のお客様……)
 テレジアたちを席に案内したあと、マーカスはまた喫茶室の入り口へと戻る。その一方で、出て行くお客様にも、丁寧な挨拶で見送った。
「ありがとうございました」
 またどうぞ、というのは、女性の場合は難しいが、できればまた来てほしいなと思う。みんなで協力して作り上げた喫茶室は、マーカスがこうして働いていても、なんだかとても愛着がわく空間だった。
(継続してお手伝いにきてもいいな。……まぁ、アーヴィンが大人しくしてるなら、だけど……)
 マーカスにとってのなによりの悩みの種、アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)は、今のところ何の問題もなく、給仕を務めている。だが、マーカスだからわかる。黙ってはいるが、あの口元の笑みは、相当よからぬことを考えているに違いないのだ、絶対。
(多分、ウェイターとお客で『ご注文は?』『君がいい』とかそういうのなんだろうな)
 超感覚がなくたってわかるが、あんまりわかりたくもない。というより。
(なんで僕までそういう想像ができるようになってるんだよーーー!!)
「お席、あるかしら?」
「……っ! し、失礼しました」
 声をかけられ、耳をぴんとたててマーカスは慌てて振り返る。すると。
「なーんて、びっくりした!?」
「あ……秋日子さん」
 ふふ、と悪戯っぽく笑う東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)と、仏頂面の奈月 真尋(なつき・まひろ)が、ちょうどやってきたところだった。
「薔薇学なんて男だらけの…魔の巣窟やねえですか! 秋日子さんに騙されてしもた」
 マーカスに案内されたテラス席に座ってからも、真尋は小声でぶつぶつと悪態をつき続けている。
「おしゃれな店っていうのは、嘘じゃなかったじゃない。それにほら、アーヴィンくんたち、民族衣装も似合ってるよ〜。ね、真尋ちゃんもそう思うでしょ?」
「けんど、アーヴィンさんのことや、真面目に働きもせんと、どうせ男×男の妙な妄想ばっかしちょったに違いねえです。三次元の男なんかで妄想してなんが楽しいんだか。二次元のほうがええに決まっとります!」
 偏った断言をしつつ、アーヴィンからこれみよがしに顔をそむけた真尋は、しかしその視線の先にレモを見つけ、内心でにやりと笑う。
(まぁせめて、レモさん総受けとか、総攻めならな。アリっちゃーアリやん?)
 三次元の男はおしなべて嫌悪の対象だが、魔道書は限りなく二次元に近い、という理由につき、真尋には許容範囲に入るらしい。
 一方、アーヴィンとしても、心穏やかではない。
「ぐっ…な、なぜ奴が来ているのだ……!」
「せっかく来てくれたんだから、良かったじゃない」
「…………」
 先日密かに、素敵な(色々な意味でだが)チョコレートをすでにアーヴィンは受け取っている。無視をするわけにもいかないが、かといって、どんな顔をすればいいのかも咄嗟にわからなかった。自分が絡まない妄想でなら大好物だが、自分のこととなると、ひたすらに当惑してしまう。
「……アーヴィンさん? どうかしたの? なんか、すごい冷や汗だけど……」
 あまりに動揺している姿を訝り、レモが声をかける。よくわからない理由で恍惚としている様は見慣れているが、こんな表情はかなり珍しいからだ。
「お、おお。レモ少年か。……そうだ、その、ひとつ頼まれてはくれないか?」
「??」
 事情が飲み込めないままのレモの耳元に顔をよせると、ぼそぼそとアーヴィンはとある依頼をしたのだった。

「お客様、お待たせいたしました」
「わー! 美味しそう!」
 レモが運んできたコーヒーとケーキに、秋日子は嬉しげに手を叩く。真尋も、まぁ、運び手がレモならば大丈夫だ。
「どうぞ、お客様」
 真尋の前にもコーヒーをセットすると、さりげなくレモは、真尋の前に赤い薔薇を一輪添える。そこには、小さなカードがついていた。
「? ウチに?」
 真尋は不思議がるが、レモはただ微笑み、席を離れる。
「よかったね、サービスかな!」
 秋日子は笑うが、本当のところ、彼女にも事情は察せている。そして、真尋も、また。
 なぜならそのカードには、小さく『ありがとう』と書かれていたからだ。
「……わかりにくかろーが。まぁ、アホやけん、仕方がねのです」
 悪態をつきつも、真尋はまんざらでもなさそうに、カードを懐にしまったのだった。



「コーヒー、美味しいね」
「そうですわね。……少々、残念ですけれども」
 水神 樹(みなかみ・いつき)にむかって、カテリーナ・スフォルツァ(かてりーな・すふぉるつぁ)は小さく肩をすくめた。
「え、どうして?」
「この姿になったら味覚までお子さまになってしまいましたの。だから、お砂糖やミルクを入れないと飲めないのが少し残念ですわね。ちゃんとブラックで飲んでみたかったですわ……」
 嘆くカテリーナに、ふふっと樹は微笑んで、「でも、カフェオレもとっても美味しそう」とフォローをする。
「たしかに、悪くはありませんわね。ショコラも美味ですし」
 ファビエンヌの特製チョコレートを、カテリーナの細い指がつまみ上げる。樹も同じように口にはしているものの、どこか気もそぞろなことに、カテリーナはちゃんと気づいていた。
「ケーキ、ご用意できました」
「緑のほうが減ってきてます。追加をお願いできますか?」
 そんな会話が、喫茶室の奥でかわされるたびに、樹はついちらちらとそちらに視線をむけてしまう。彼女の婚約者である佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、その姿を見せはしないかと、つい期待してしまっているのだ。
(会えたらいいけど……でも、こんなに忙しそうだし、無理かも)
 困らせてしまうのは、本意ではない。だけど、少しでもいい。バレンタインに、彼と会いたい。薔薇学で出会って、薔薇学で恋人になった、愛しいあの人。
(……弥十郎さん)
 心の中で彼の名を呼び、贈られた指輪を見つめる。樹の口元には、甘やかな笑みが浮かんでいた。
「可愛らしいこと」
 ぽつり、とカテリーナが呟き、樹は「え?」と顔を上げる。しかし、カテリーナもまた目を細めるばかりだ。
(微笑ましいですわね。あたくしにも昔、こういう時期が…………あまりなかったですわね。三度結婚したのに)
 すると、そんな願いが通じたのだろうか。しばらくして、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、喫茶室の奥からその姿を現した。そして、樹の姿を見つけると、迷い無くまっすぐに歩み寄ってくる。
「樹さん」
 そう声をかけ、そのまま、彼女の座る椅子の背に片手をかけ、そのままもう片方の腕を、抱きしめるように伸ばした。
「え……?」
「……え!」
 ふらり、と一瞬だけ身体が揺れ、そのまま弥十郎は彼女を椅子ごと抱きしめる格好になる。だが、驚きの声をあげたのはお互いにだった。
「弥十郎さん、あの、……」
 嬉しいけれども、あたりの注目が一気に集まり、樹は恥ずかしそうに身を縮こまらせる。
 弥十郎はどうにか体勢をたてなおすと、そっと腕を解き、樹に微笑んだ。
「ごめんね、驚かせて」
 ……さすがに咄嗟に驚いたけれども、弥十郎はすぐに事情を察する。
 事情とは、こうだ。
 作品を完成させ、疲労困憊で弥十郎は眠り込んでいた。が、そんな彼の身体の内側で、かわりに伊勢 敦(いせ・あつし)が目覚めていたのだ。
(恋しい女が来るというのに…不甲斐ない。が、捨て置くのも忍びない。さてどうしたものか)
 そう苦笑し、結局、敦は弥十郎を彼女の元まで連れてくると、そこで意識を交代させ、自分は眠ってしまったのだ。
(さて、この後はどうなるのか分からないけれど、こっそり覗くのもあれだからね)
 そう、ひっそりと呟いて。
 でも、まぁ。せっかく樹が来てくれたのに、会えないままでは残念すぎる。そういう意味では、心から感謝、といったところだろう。
「ご注文は? 我らがシェフ」
 カールハインツがウインクをして、弥十郎に席を勧める。邪魔をするほど、野暮ではない。
 注文はもう決まっている。力作を、樹にも食べて欲しかった。