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第一章:スパリゾートアトラス

 ここはキマク自治領とシャンバラの荒野の国境地帯。
 イルミンスールの森からも程近いこの荒野には、アトラスの傷痕の近くのためか、多くの天然温泉、さらには一見温泉に見えるマグマ噴出地帯が噴出していた。
 そこに『アトラスの傷痕の源泉100%の温泉から、エリュシオンの霊峰オリンポス山の湯などパラミタ各地の温泉・薬湯が全100種類!』等と大々的なPRと共にオープンしたのは、噴出した温泉を利用した大規模スパ施設、『スパリゾートアトラス』であった。
 オープンからさほど月日の経っていないこの施設は、友人同士、恋人同士、家族、勿論一人でも楽しめることもあってか、連日多くの客が訪れていた。温泉を求めて……。
 温泉……つまり入浴。
 春夏秋冬、灼熱の日も雨の日も吹雪の日も、全ての状況において入浴はつかの間の幸福と安らぎを与えてくれる文化であることは古来から誰もが知っている。時には歴史上の偉人も難病を治すため湯を求めた事もあるそうだ。そして、そのような湯を求めることは人間だけではない事も時にはあった……。

 
 そんなスパリゾートアトラスから程近いインスミールの森。
 森の上空をピーキーなチューニングをされたと思われる駆動音を立てて飛ぶ一体のイコンソルティミラージュ
 木々の動きをレーダー・カメラによる目視で確認していたのは、スパリゾートアトラスの警備員の村雲 庚(むらくも・かのえ)である。
「……何も起こらないか……起こらないんだったらそれに越したことはないけどな……」
「あーあ、アタシも皆と一緒に温泉入りたかったなー……」
【精神感応】で庚に温泉に対する未練をこぼしたのは、同乗する壬 ハル(みずのえ・はる)であった。
「風呂くらいなら後で入ればいい。警備員やスタッフは当番の後に無料で入れてくれると言ってなかったか?」
「カノエくん。それはみ・ん・なと一緒じゃないでしょ?」
「……待っていて貰えばいい」
 ぶっきらぼうに庚が呟くと、倍返しの勢いでハルの口撃が始まる。
「待つ? あのね、カノエくん! お風呂、しかもアトラスの傷痕の源泉100%の温泉よ!? そんな一時間も二時間も入ってたらノボセてフヤケてよくわかんない事になるよ? 酒場じゃないんだからね! あー、でもあそこにはマッサージもお肌にいいお湯もあるって聞いたし、巡ってたら時間も経つのかなー」
「……」
 【精神感応】でダイレクトに響くハルの声、庚が視線を再びモニターに向ける。
「たかが風呂だろ……昨日入ってないのか?」
「はぁ!? 毎日入るに決まってるじゃない!? カノエくん。乙女を何だと思ってるの!? ご飯抜いても風呂抜かずよ! 大体……」
 まだ何か言い足りないハルを制するように庚が言う。
「俺が悪かった……警戒を怠るなよ……ん?」
 森の奥で木々が揺れ、煙が上がる。
 これを見逃さなかった庚が、機体を急旋回させる。
「爆発!? 何で!?」
「……確認に向かうぞ」
 ハルがコンソールを操作し、イコンに搭載の光学ズームを最大望遠にする。木々の間を行く、何か黒っぽくて、尻尾に生えたもの……。
「あ、お猿さんだ」
「……やっと仕事が出来るな」
 庚がコクピットの中で操縦桿を握り直す。と、一枚の紙切れが手に当たる。
 無言でそちらに視線をやる庚。先程警戒していた時に、木に引っかかっていたものだ。
「この紙切れ……何か作戦のものらしいな……」
「なんて書いてあるの?」
 ハルの言葉に、庚が紙切れの文面を読み上げる。
「諸君、私は温泉が好きだ。諸君、私は温泉が好きだ 諸君、私は温泉が大好きだ。草津温泉が好きだ。伊香保温泉が好きだ。水上温泉が好きだ。四万温泉が好きだ。老神温泉が好きだ。地球で、パラミタで、第三世界で、マグ・メルで、ニルヴァーナで この地上に存在するありとあらゆる温泉が大好きだ……」
「何それ……」
「まだ、続きがある。椅子をならべた親子のシャワーが水流と共にシャボンの泡を吹き飛ばすのが好きだ、頭から落ちたシャンプーがハットを抜け、目に入った痛みを訴えた時など心がおどる。勢い良く走ってきた客が銭湯のタイル上に倒れるのが好きだ、嬌声を上げて飛び出してきた輩が石鹸で滑らせた時など胸がすくような気持ちだった。洗面器に愛用のセットをそろえた父と娘が男湯を蹂躙するのが好きだ、興奮状態の幼女が前も隠さず何度も何度も目の前を走りまわる様など感動すら覚える……」
「……もういいわ。お腹一杯よ」
「……同感だが最後の一文が気になる……自室のユニットバスで足を折って湯船に浸かることに耐え続けて来た我々には ただの温泉ではもはや足りない!! 大温泉を!! 一心不乱の大温泉を!! (中略) 指揮官より全同志諸君へ 目標スパリゾートアトラス! 状況を開始せよ 入るぞ 諸君!」
「……阻止しなきゃね」
「全くだ……」
 庚は紙切れを投げ、イルミンスールの森からスパリゾートアトラスを目指す猿の一団の巨猿に目星を付ける。その巨猿は大きさはイコン級である。
「他の小さいのは放っておく。グラディウスに仕事をして貰えばいい。こちらの位置情報送っておいてくれ」
「了解」
「それと、可能な限り射撃武器は使用しない。憩いの場にビームも火薬も弾丸も、無粋だ」
「わかってるってー。……あ、美羽さん。あたし達お猿さん発見したよー。……うん、それより温泉で何かいいのあったら教えてー?」
「……」
 「それより」扱いされた本来の仕事。庚は溜息と共にソルティミラージュは森へと降下させていく。