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最後の願い 後編

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最後の願い 後編

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第10章 最後の願い

「メガネ発見〜。
 例の、オリヴィエ、ってヤツのモンかいな」
 確かメガネかけてるって聞いたで、と呟きながら、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は、川辺リに引っ掛かって光っているものを見付けて拾い上げ、折れ曲がったメガネを目の前にかざした。
 片方のレンズはなくなり、もう片方は割れている。
「何や、殆ど度が入ってへんやんけ」
 そのまま顔にかけて、下流の方を見た。
「既にぎょうさん向かっとるようやなあ。もう見つかってんかな。
 つーか、オレ知らんねんけどな。そのオリヴィエっちゅー奴」
 谷底に落ちた者を捜索する、ということで、人手が多い方がええんちゃうの、くらいの感覚だったのだが。
 捜索に加わる前に、連携を取れるよう、色々と確認はとったが、結局単独行動をしているのは、性格か。
「一応、届けたろか」
 歩き出し、はっ、と立ち止まって祐輝は周囲を見渡した。
「…………? 何や?」
 気のせいか? と首を傾げる。気配を感じたような気がしたのだが。
「……一応、他の連中に連絡しておいた方かええかな?」
 警戒しておくにこしたことはないだろうが。
「ま、何か出てきても大体何とかするやろけどな」
 独り言を呟きつつ、祐輝は下流へと向かった。


◇ ◇ ◇


「博士!」
 オリヴィエの体が光を帯びた矢に貫かれ、足を踏み外して谷底へ落ちて行くのを見て、躊躇いもなく、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がそれを追った。
 持っていた荷物を全て放り出し、後を追って飛び降りる。
「ぎゃーっ!」
 やりやがった! と、パートナーの吸血鬼、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は頭を抱えた。
「やると思ったらやっぱりやった!!」
「コユキー!」
 崖から身を乗り出して、ドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が叫ぶ。

「とにかく、後を追いましょう!」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が上空に合図した。
 剣の花嫁、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)の操縦する大型飛空艇から、パートナーのヴァルキリー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、操縦をもう一人のパートナーに任せたユーベルと共に、ナハトグランツに乗って現れる。
「オレの出番か、リネン? 待機してた甲斐があったってもんだな」
「一刻を争うわ! 残る人は、あとのことをよろしく!」


 ざば、と、呼雪は流れの速い川から這い上がった。
「くそ、見失った……」
 谷底を流れる川は、深く広い、急流だった。
 川に落下したオリヴィエは、闇の流れに呑まれて行き、懸命に追ったものの、呼雪は見失ってしまったのだ。
 一旦上を見上げ、それから下流を見る。
 崖の上は月光に青く照らされているが、谷底までは、その光も届かない。
 闇の中、呼雪はオリヴィエの後を追った。



「死体は、無いわね……」
 まさかという気持ちはあったが、崖の真下に降りてみて、リネンはほっと息をつく。
 足場となる場所は狭い。
 オリヴィエは直接川へ落ちたのだろう。
「この川岸、人が歩いて行けるところもありますが、無理なところもあるようですわね」
 ユーベルが下流を見て行った。
 川岸があるところもあるが、直接崖が聳えているところもある。
「血痕があったぜ。三ヶ所」
 上空から、崖面を調べていたフェイミィが降りて来る。
「途中には引っ掛かってなかった」
「三回崖に激突してから、川に落ちた、ということですか……」
 リネンの横で、ユーベルが表情を曇らせる。
「大丈夫でしょうか……?」
「とにかく、下の方へ向かってみる」
 行くぞ、グランツ、とペガサスに指示をしようとしたフェイミィに続き、リネンとユーベルもワイルドベガサスに騎乗する。
「じゃあ、手分けしましょう」
 ユーベルの言葉に、ん? とフェイミィは首を傾げた。リネンが続ける。
「私達はこっちのルートを行くから。フェイミィは上からの視線を確保して」
「あっ、ずりぃ! 戦闘がなけりゃ、グランツに二人乗りくらいできるぜ!」
「この非常時に、リネンの貞操まで心配していられませんわ。よろしくお願いしますわね」
「そんな心配いらねーよ!」
 フェイミィの反論は無視して、リネン達は先行して行く。
「急ぎましょう。事件解決の為にも、オリヴィエ博士の為にも……」
 ユーベルの言葉に、リネンは頷いた。


 アラン・ブラック(あらん・ぶらっく)のパートナー、英霊のアーサー ペンドラゴン(あーさー・ぺんどらごん)は、アランから預かって持っていた、ランプの火を消した。
「夜が明けてしまいましたね……」
 昼尚暗い谷底だが、ランプが必要なほどではなさそうだ。
 闇の中だった谷底は、静謐な明るさを漂わせている。
 直接太陽の光が射しこんでいないからだろうか。
「こんな谷底に落ちて、無事なのかな……」
 守護天使のセス・ヘルムズ(せす・へるむず)が、心配そうに呟いた。
「生きてたらいいって思うけど、本当に生きてたらすごいよね……」
「此処から先には行けないようである」
 アーサーが言った。川岸が途絶えている。
「川に直接入って行くしかないようだが」
 アランとアーサーは、じっとセスを見た。
「えっ、ちょっと、まさか僕一人で行けとか……?」
 ぎょっとしたセスに、冗談ですよ、とアランは言った。
「それにしても、どうしましょう。流れは早そうですし……」
「何か困りごとでも?」
 声が降ってきて、アラン達は振り返った。
 そこに立っている、四十代ほどの男を見て、素早く身構える。
 その容姿は、オリヴィエを攻撃した者だと聞いていた者と一致していたからだ。
 男は、そんな様子を見てくくくと笑う。
「随分大勢捜索に駆り出されているんだな?
 確実に心臓を狙った手応えはあったがな。無駄なことはやめとけよ」
「可能性は捨て切れません。助けられるのであれば、助けなくては」
 アランはきっぱりと言い返し、ふむ、とグランディエは考え込む。
「成程……。確認しておいた方がいいのか。生きているのなら、それはそれで……」
 ひとつ頷き、立ち去ろうとするグランディエを、アーサーが呼び止めた。
「何処へ行く気だ」
「俺も捜索を手伝ってやる」
「だ、だめだよ!」
 セスが叫ぶのを笑い飛ばし、グランディエは身を翻す。
 ふわ、とその体が浮いて、川面を去って行き、アラン達は成す術もなくそれを見送った。
「大変! 皆に報せないと……!」
「他のルートを探そう」
 慌てるセスに、アーサーが周囲を見渡した。




 大きく蛇行している部分に出来た砂浜のような場所に、オリヴィエは打ち上げられるようにして倒れていた。
「……何で、生きているんだ?」
 容体を看た、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、思わず、そう呟かずにはいられなかった。
 崖を落下したときのものだろう、あちこちを骨折しているし打撲も酷い。
 何より、グランディエによって受けた矢は、確実に心臓を貫いていた。致命傷にしか見えなかった。
 瀕死の状態で意識を失い、横たわるオリヴィエはだが、今にも息絶えそうに弱々しくも、息がある。

「考えるのは後! 生きてるなら、治療しなきゃ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の言葉に、パートナーのヴァルキリー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、傍らに寄る。
「まずは、僕が!」
 蘇生術とグレーターヒールを併用して、オリヴィエの治療を始めた。
 見守る美羽の手には、彼のミスリル製の財布が握られている。
 捜索の途中に、川底に引っ掛かっているのを見つけたものだ。

 何しろ、死者を蘇生するようなものだった。
「後は引き受けよう」
 コハクは、とりあえずは心配ないだろう、というところまで治療して、ユーベルやダリルに後を引き継ぐ。


「もーっ」
 呼雪と合流したヘルは、ぷう、と膨れて文句をひとつ。
 呼雪は微かに、バツが悪い顔をする。
「呼雪さ……そのビョーキ、そろそろなんとかしてよね。命を懸けないと死んでしまう病」
「……」
「ま、お陰で僕が今、こうしていられるんだけどさ……」


「美羽。その財布を貸して」
「どうするの?」
 美羽はコハクにミスリルの財布を渡す。
「サイコメトリしてみる。勝手に記憶を覗くのは、気が引けるけど……」
「博士は、話してくれなそうな気がするもんね」
 しょうがないね、と、美羽は苦笑した。
 でも、目が醒めたら言ってやらなくては。
 せめて、ハルカに謝りなさい、と。


◇ ◇ ◇


「悪巧みなら、僕の聞こえないところでやってくださいね!
 訊かれたら答えますからね、僕は。嘘がつけないの、知っているでしょう」
 オリヴィエの家に訪れた巨人を迎えて、ヨシュアが文句を言っている。
「大丈夫。悪巧みはもう、終わっているから。
 ここで話し合うことは何もないよ」
「もう充分、色々聞いているんです!」
 ヨシュアは怒ったように言い返す。
「全くもう、止められないでしょう……ハルカちゃんも」
 ヨシュアは、深い溜め息を吐く。
「もう、行くのか」
「そうだね」
 巨人の言葉に頷いて、オリヴィエはヨシュアを見た。
「さよなら」
「………………」
 ヨシュアは困ったように言い淀み、それには答えず、見送る。

 バチッ、と光景が変わった。
 
「サロゲート・エイコーンと同様の大きさのゴーレム?
 それはゴーレムとしては使い勝手が悪いのではないのか」
 巨人のサイズにあつらえたような天井の高い部屋で、そう訊ねたアルゴスは、今よりも歳若かった。
 そうだね、と答えるオリヴィエは、今よりも髪が長い。
「戦う機能は全く持たない、防御専用のゴーレムで、搭乗して動かすようにしようかと思って」
「解らんな。どういう目的の研究なんだ、それは?」
「まあ、色々とね」
 オリヴィエは苦笑した。自嘲とも取れる苦笑だ。
「……色々と、考える時間だけはあって。
 シャンバラは何故、滅びたのだろう、とかね。
 女王は素晴らしい方で、その周囲にいた騎士や側近達も、皆立派な方だった。
 シャンバラは、豊かな、いい国だったと思う。
 それでも、滅びてしまった……」
 もしも本当に、自分がこの国の復活を見届ける日が来るのなら、その時の為に、自分ができることはあるのだろうか。
 その時、自分が望むことは?
「それで、ゴーレムなのか?」
「うん。ゴーレムは、守護する為に存在するものだと思うから。
 ただ絶対的に、女王を護ってくれる盾があるといいな、と思って」
 でも、実現するかどうかは、解らないけれどね。
 オリヴィエは肩を竦めた。
「とんだ夢物語だ。
 けれどその時には、女王に死を賜れるかな……」
「ふん。死にたがりめ」
 アルゴスはそう吐き捨てるも、ややあって溜め息を吐いた。
「……もしもその時が本当に来たら、俺も、それに付き合おう」
「いいのかい。盛大な自殺になるけど?」
「一人は飽いた。
 もしもその時、仲間に会えず、未だ一人であったなら、俺も付き合うことにする。
 誓いの証に、この剣を置いて行こう」