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最後の願い 後編

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最後の願い 後編

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 ずっと、死にたいと思っていた。
 自分が生きていることに、意味など無いと。
「俺達は、女王によって生かされているのだから」
 けれど、何故なのだろう。
 諌める言葉も、励ます言葉も、それらは光のように記憶の中で煌いている。
「ハルカを飛空艇で預かることを決めた時、あの場所が賑やかに人が集う場所になることを、少しでも喜ばなかったのかな?」
 記憶の奔流の中で、言葉が交錯している。
「ねえ、君は、君を生きたいと思わせるものに、まだ出会っていないのかい?」
 誰かが微笑んでいる。もう、忘れてしまった誰か。

 数千年の時間の中で、友は何処かに生まれ変わっただろうか。
 もしくは、多くの英霊達のように、その魂の欠片が、沢山の者の中に密かに息づいていたりするのだろうか。



 目を開けたオリヴィエの顔を、黒崎 天音(くろさき・あまね)が覗き込んだ。
「気がついた? 気分はどう」
 オリヴィエは、虚ろな瞳で天音を見上げる。
「……君、誰だっけ……」
「は?」
 天音はぽかんとした。
「……黒崎天音だけど」
 言って苦笑した。
「酷いな。忘れてしまったのかい?」
「?………………」
 オリヴィエは、ぼんやりと定まらない視線を、周囲に巡らす。
「ボクはファルだよ!」
 のし、とオリヴィエの腹の上にのしかかって、ファル・サラームが言った。
 ぐえっ、と呻き声が漏れたのは、きっと気のせいだ。
「あっちがコユキで、ヘルで、それから……」
「うん、分かった。悪かった。思い出したよ」
 苦笑するオリヴィエの腹の上から、早川呼雪がファルを持ち上げる。
「こら」
「だって忘れたみたいだから、思い出してもらおうと思って!」
「忘れていないよ、悪かった。
 走馬灯も五千年分だと、色々わけのわからないことになるよね」
 オリヴィエは肩を竦める。

 しかし。
 わなわなわな。
 と、我慢をしていた者は、もう一人いた。
「博士の……」
 彼が無事に目覚め、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の我慢は、ここで切れた。
「馬鹿――っ!」
 平手一発。
 べちゃ、と倒れたオリヴィエの胸倉を掴んで引き戻す。
「心配かけてばかばかばかばか!」
「ルカ、やめとけ……。博士が死ぬ」
 ぼこぼこと叩くルカルカを、ダリルが真顔で引き剥がし、オリヴィエの脈を見る。
「博士のバカバカバカ――!」
 がば、と、今度はルカルカはオリヴィエに抱き付いた。
 呆然としていたオリヴィエは、ふっ、と笑う。
「助けてくれてありがとう」
「必要だったか?」
 ダリルが苦笑した。
 彼が目覚めると同時、密かに、CCDカメラの付いたビデオのスイッチを入れている。
「死なない体のようだが?」
「……まあ、そうだけど。
 特別な治癒能力なんかがあるわけじゃないから、致命傷なんて受けたら、1年くらいのたうち回るはめになるしね」


「感動の再会は、そこまでにして」
 冷静な口調で、リネンがそう割って入った。
「治ったばかりのところを悪いけど……話の続きよ」
 かち、と、リネン・エルフトは剣の柄に手をかける。
「話して、全部。あなたの正体、企み……知っている全てを」
 ユーベル・キャリバーンもまた、それに静かに頷く。
「恩に着せるつもりはありませんけれど……。
 助けた代金は支払っていただきたいと思いますわ。例えば、今回の事件の真相とか」
 オリヴィエは、苦笑しつつ、肩を竦めた。
「ふざけないで。
 ……あなたが私達と相容れない存在なら、私は、躊躇わずに剣を抜く!」
「ああ、違うよ、悪かった」
 強く見据えるリネンの視線を受けて、オリヴィエはもう一度苦笑する。
「何処から何を言えばいいのか、さっぱり解らなくてね……。何を話せばいいのかな」
 あれは、観念した笑みだったのだ、と気付いて、リネンは剣の柄を握り締めていた力を緩めた。

「博士は、本当は、何がしたいの?」
 訊ねたのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だった。
「本当に、女王を殺したいと思ってるの?」
 理由はどうあれ、殺そうとして行動に出たのは事実。
 その事実を覆すことは出来ず、罪は絶対に免れない。けれど聞きたかった。
「女王を殺せるはずがないでしょ」
 だがあっさりと、そう返答が返って、レキはぽかんとした。周囲の者達も唖然としている。
「でも、私を殺せるのは、女王だけだと思うから」
 自嘲気味に、そう付け加える。
「……博士。お主一体誰なのじゃ?」
 レキのパートナーの魔女、ミア・マハ(みあ・まは)が訊ねた。
「……シャンバラ人だよ。ただの」
 オリヴィエは答える。
「ただ、五千年前から生きているだけの」
 オリヴィエは、呼雪を見上げた。
「……私を生かしているものは、“女王の加護”だよ」

 五千年前の、あの日。
 女王は、死のその瞬間、シャンバラに、最後の力を放った。
 以降五千年間、シャンバラの民をひっそりと護り続けた、“女王の加護”である。
 最もその時女王は死んだのではなく封印されたのだが、その事実をオリヴィエが知ったのは、つい数年前のことだ。
 オリヴィエは、崩壊する王宮の中、最も近いところでその力を受けた。
 影響したのは位置なのか、それとも傷ついた護符が何らかの作用をもたらしたのか、それは分からない。

 だが、その日から、オリヴィエの成長は止まり、死を受け付けなくなったのだ。



「誰?」
 突然声を上げたヘル・ラージャに、周りの者も彼の視線の先を見た。
「鏖殺寺院幹部。グランディエ・セリグマンという者だ」
 とん、とん、と、男は岩場を降りて来る。
「面白い見世物があるようなので、見物しに来た」
 驚いたな。本当に生きていた、と、グランディエは笑った。
「……というか、誰? 知らないんだけど」
 グランディエは、歯牙にもかけない口調のヘルに、ぴくりと眉を寄せた。
「ま、寺院も今はあちこちに広まっちゃったからなあ。末端の方まで、僕は知らないし」
 かつて、ヘルは鏖殺寺院の幹部だった。
 エリュシオンのスパイとして活動していたが、様々なことがあって、今はここに立っている。
「俺は、お前を良く知ってるぜ、ヘル・ラージャ。
 随分派手にやらかしてたようだが、何だ、今は人間共の軍門に降りたのか? 情けないな」
「別に、現状に満足してるからね。情けなくもないよ」
 ヘルは肩を竦める。
 けっ、とグランディエは唾を吐いた。
「……確かに、俺が幹部にのし上がったのは、ウーリアと組んだここ数年の話だし、お前等の計画には俺は参加しなかったがな。
 派手にやればいいってもんじゃないぜ。現にお前等は失敗したろう」
「よかったよ」
「抜かせ!」
 グランディエは、嘲笑ってオリヴィエを見る。

「ラウル・オリヴィエだそうだな。
 女王殺害を企むということは、貴様も相当なんだろう。つもりがあるなら俺達の仲間に迎えるが?」
「知り合いなのか?」
 天音のパートナー、ドラゴニュートのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が訊ねた。
 オリヴィエを攻撃した時、あの男は彼を知っている様子だった、と思い出す。
「……知らない、と、思うんだけどな……。忘れてるのかな」
 オリヴィエは首を傾げる。
「フン。貴様は俺を知るまいが。貴様のゴーレムには世話になったことがある」
「……へえ?」
「ジュディッカの書だ。貴様のガーディアンゴーレムに阻まれて、結局奪えなかった。
 その後あの魔道書が、イルミンスール大図書館に移されたと知った時の俺の悔しさは、一度貴様を縊り殺してやりたいくらいだったぜ」
 くくく、とグランディエは笑う。
「ああ、そういえば……」
 昔そんな仕事もしたっけ、とオリヴィエは呟いた。
「だが、俺は根に持つタイプじゃない。
 どうだ? まあ、何ならお前のゴーレムだけでもいいがな」
 ぱっ、とグランディエは飛び退いた。
「カンがいいね」
と、レキが銃を構える。
 不意打ちで、ヒプノシスで眠らせようとしたのだが、グランディエは素早く距離を置き、銃を抜いた。
「交渉決裂か?」
「貴様なぞに博士は渡さぬわ!」
 ミアがブリザードを放つ。
 グランディエは大きく距離を置くと、銃を撃ってきた。
「周りが邪魔だな。殺して連れて行くことにしよう。お前等は不死じゃないんだろ?」
「だからって、あんたなんかに殺されないわよっ!」
 ルカルカが立ち上がる。
「博士をお願いねっ!」
 コハクや美羽が、オリヴィエの盾になるように立つ。
 ルカルカや天音達は、グランディエに応戦した。
「くらえ、無限の銃弾」
 グランディエは、両手に構えた銃から、狙いも定めずに次々発砲する。
 発砲の数の数倍の銃弾が、雨のように撃たれた。
「こっちだって!」
 死角を取ったレキが、サイドワインダーでニ撃同時に撃つ。
 しかしグランディエは、フラリと動いてそれを躱した。
「面妖な動きをしおって……!」
 ミアが舌打ちする。
 そこへ素早く次の銃撃が来て、ミアの体が炎に包まれた。
「ミア!」
「何の、これしき……!」

「接近戦を仕掛ける気はないようだな」
「まあ、正しいね」
 ブルーズの言葉に、天音は答える。
「向こうがそうでも、無理矢理にでも、接近戦に持ち込むまでだよ」
 ルカルカと天音が、別方向から同時に仕掛ける。
 一方ではレキが、銃を構えて伺い、ミアも魔法を撃つ準備を終えている。
「囮のつもりか!?」
 飛び込んで来る二人に、グランディエは笑ってそれぞれ銃を向けた。
「開け、地獄の門!」
「――違うね」
 天音とルカルカが、黒い炎に包まれる。
 しかし、それをくぐり抜けて、グランディエの懐へ飛び込んだ。
 ルカルカの一撃が、グランディエを吹き飛ばす。
「ちっ……」
 それを追って、天音が更に踏み込んだ。
 グランディエは素早く銃口を向ける。
 銃声と殆ど同時、天音はグランディエの急所を狙って撃ち込んだ。


「二人共、治療をするから来い」
 ミアは自分で回復しているようだと見て、ブルーズが天音とルカルカに声をかける。
「頼むよ」
と肩の傷を押さえながら天音は笑い、オリヴィエの方を見やった。



「ね、博士」
 戦闘が終わり、天音達が戻ってくる。
 ほっとした様子のオリヴィエに、美羽が言った。
「ハルカ、鏖殺寺院の奈落人に憑依されて、今大変なことになってるんだよ」
 美羽の言葉に、オリヴィエは目を見張った。
「皆が助けに向かってるけど! 絶対に大丈夫だけど。
 でも、巻き込んで迷惑かけて、心配させて……ちゃんと謝らないと駄目だよ」
 約束して、と、美羽はオリヴィエに迫る。
「もう二度と、ハルカを悲しませるようなことしちゃ駄目だよ」
 オリヴィエは、困ったように笑った。
「……女王襲撃の方はどうなったのかな」
「話逸らさないでっ」
「連絡を取ってみないと、顛末は解らないが。成功したはずはないと思うぞ」
 ダリルが答える。
「あれは、ゴーレムの売り込みだったのか?」
「まあ、そんなところかなあ」
「ゴーイングマイウェイすぎるわよ!」
 ルカルカが怒って言った。
「博士は平気なのかもしれないけど、こんなことして、ヨシュアもハルカも悲しむのよ。
 なんでこんな簡単なことが分からないの!
 家族に心配かけたら駄目ですよ、って、当り前のことじゃない……」
 ぐす、と、ルカルカは涙ぐむ。
「貴方にも、思うところはあるのだろうが」
 ダリルが言った。
「貴方やハルカを気にかけている人々の気持ちを裏切るのは如何なものか」
 そうだね、と、オリヴィエは力無く笑った。
「……不死の種族とは違う。
 百年かそこらの寿命しか持たないシャンバラ人の魂は、何千年も生きて行くには向いていないんだと思うよ。
 私の魂は、もうとっくに、歪んでしまっている……」
「問題は、そこじゃない。歪んだものなら正せばいいよ」
 天音が言った。
 以前、ナラカの底で言われた言葉を思い出す。
 死とは、決してやり直すことの出来ない永遠の離別だと。
 残された者の心に、抜けることなく刺さり続ける杭だと。
「長く永く生きて、僕よりずっと色々なことを見たり訊いたり知ったりできる……そんな命だったとしても、命の価値なんて変わらない。
 ただ、僕にとってそれに守りたい理由があるかどうかだよ」
「……そうか」
 オリヴィエは目を伏せる。
「あなたに、あの子を悲しませるようなことはさせないし……それに」
 天音は、そこで言葉を切った。
 ちら、とブルーズが天音を見る。
 天音の飲み込んだ言葉が、彼には解った。
 それに、博士は大切な友人だから。
 複雑な気持ちなのは、ほんの少しのヤキモチだ。
「帰ろうよ、博士。ハルカが待ってる」