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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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どうしてボクはここにいるの?〜皆川 陽〜

「……はぁ、またやっちゃったぁ……」
 外から帰ってきた皆川 陽(みなかわ・よう)はそう呟いて軽い自己嫌悪に陥った。
 今日も外で事件に遭遇したのだが、敵に遭遇した途端、陽は慌ててしまった。
 周囲の協力もあり、なんとか力を発揮して、敵を倒すのに少しは役に立てたのだが、周囲の冷静さや行動力と比べると……。
「はぁ……」
 陽はもう一度ため息をつく。
「どうしてボクなんかがここにいるんだろう……」
 薔薇の学舎には眉目秀麗、才色兼備、八面玲瓏、博学多才……とにかく素晴らしい才能と見目麗しい容姿を持った生徒達が揃っている。
 そんな中になんで自分なんているんだろうと思ってしまう。
「特別な家柄でもないし、実はすごい才能が! ……あるわけないよなぁ。あったらとっくにその才能が開花してるよ……」
 パラミタに来て、もう月日が経っている。
 後輩たちも入学してきて、陽も先輩と呼ばれる状態だ。
 一緒に入学した同級生たちは、どんどん華やかな活躍をしていて……。
 考えかけて、陽は膝を抱えた。
 なんだか考えれば考えるほど落ち込んでいく気がしたからだ。
「……そもそもなんでボクはパラミタに来たんだっけな……」
 陽は13歳の頃の自分を思い出した。


 陽の家は日本の一般家庭だった。
 父は普通のサラリーマン。裏で日本を動かしてもいなければ、特殊任務の係長でも、実は社長繋がっていたりもしない。
 年相応より少し遅れるくらいの出世だが、がんばって働いている。
 母は日中だけスーパーのレジ打ちのパートをしている主婦。
 裏で賞金稼ぎしていたりも、某国のスパイだったりもしない、ちょっと料理が得意な普通の主婦だ。
 小学生の妹もちょっとのんびり屋だけど、そこそこ友達もいて、クラブで楽しく手芸をやっている。
 いろいろ書いたが、1行で書くならば
 『普通の日本の一般庶民の家庭』
 これだけで通じる家族だった。
 東京郊外の一軒家は35年ローンで父が買った一軒家で、父はこの家のローンと陽たちの教育費のためにがんばらないとなあといつも言っている。
 教育費と言っても、陽たちは普通の公立小学校に行って、公立中学に進学したので、それほどお金はかかっていない。
「保育園は私立だったからお金がかかったわ〜」
 と母は言っていたが、生まれた時も普通の出産だったので、それほどお金がかかったこともなく、すごい才能があったりもしないから塾やお稽古事に多額のお金がかかったなんてこともなかった。
 そして、中学生になった陽は、朝起きて、学校に行き、帰ってきたら家の中でマンガを読んで、宿題しなきゃと慌てて宿題をして、夕飯を食べて、ゲームをして、お風呂に入って寝るという平凡な生活を送っていた。
 大人しい方だったが、学校でいじめられてもいないし、妹同様、そこそこ友達もいる。
 今日やっているゲームも、友達から借りてきたRPGだ。
 ゲームを始めて30分後。
 妹が陽の部屋を訪ねてきた。
「おにいちゃーん、チビちゃんとミーちゃん知らない?」
「え、またいなくなっちゃったの?」
 チビちゃんとミーちゃんとは、皆川家で飼われている猫だ。
 二匹とも雑種で、目も開いてないような仔猫の時期に、ビニール袋に入れられてコンビニのゴミ箱に捨てられていたのを小学生時の皆川少年が発見し、拾ってきたのだ。
 きっと親にダメって言われる、と思って一旦は見て見ぬフリをしてしまった陽だったが、家に帰って猫の末路を想像し、良心の呵責に耐えかねて、走って拾いに行った。
 両親は陽の話を聞き、飼うのを認めてくれた。
 「小さいからチビ」「ミーミー言ってるからミー」と名付けたが、今ではチビは太ったデカ猫になり、ミーの鳴き声は「ぶみょー」となり、あの頃のかわいさはどこへやらになっていた。
 それでも二匹は家族として可愛がられている。
「う〜ん、困ったね。探してくるよ」
「おにいちゃん、わたしも……」
「猫二匹だけじゃくて、妹まで行方不明になったらボク探しきれないよ。お家にいて」
 妹に留守番を言い渡して、陽はさらにこう続けた。
「ちゃんと鍵閉めておくんだよ」
「はい」
 そう応じた妹は、兄が家を出ると、すぐに鍵を閉めた。
 背後で鍵が閉まる音を確認して、陽は猫を探しに行った。


 どうせ近所の空き地にいるだろう。
 脱走癖がある猫探しに慣れている陽はそう思い、そこに行った。
 予想通り、チビもミーも空き地にいたのだが……。
「この2匹はおまえの猫か?」
 チビとミーは見知らぬ男性に抱かれていた。
 流れるような紫の髪と、引き込まれそうな赤い瞳。
 そして何よりもこの世のものとは思えないようなその美貌に、陽は混乱した。
(この人は……何?)
 陽はその美貌に言葉が出なかったが、その男性は陽にもう一度問いかけた。
「この2匹はおまえの猫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
 お礼を言って受け取ろうとした陽だったが、その腕を掴まれた。
「あ、あの……」
「礼を言うならば、少し付き合ってもらおう」
「え、え……」
 困惑する陽に構わず、男性は陽と猫二匹を連れて行った。


「…………」
 陽の前に豪華な料理が並ぶ。
「食べるといい」
 そう言われてもどうしていいのか分からない。
 チビとミーは与えられたご飯を美味しそうに食べている。
(ああ、チビたちよりボクの方がチキンハートかも)
 そんなことを思っていると、男性は陽に聞いた。
「食べないのか?」
「あ、は、はい」
 慌てた陽は適当にフォークを取って、食べようとした。
「一応、フォークは一番外側から取ることになっている」
「そ、そうなんですか。すみません!」
 言われて顔を真っ赤にしながら陽がフォークを取り直す。
「慣れていないのか」
「は、はい。こんな豪華な料理は初めてで……」
「初めてか」
 男性は赤い瞳でジッと陽を見つめる。
 陽は雰囲気に呑まれながら、なんとか男性に聞いた。
「あ、あの……おな……あ、い、いえ、ええと、ボクは皆川陽と言います。猫を保護してくれてありがとうございました。あの、お名前は?」
ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)だ」
 そこまでが陽のできる精一杯だった。
 名前を聞くだけで全体力と全精神力を使った気がして、それ以上何も話せなかった。
 ジェイダスは陽の様子を眺めていた。
 ただ、ずっと眺めていた。


 数日後、薔薇の学舎の使いと言う人物が皆川家を訪れた。
 陽の進学先に薔薇の学舎をと勧めに来たのだ。
「あの、なんでうちの陽みたいな普通の子が? 学校の成績も中の下で普通ですし、まあ、普通にまじめな子ですが、運動も得意ではない普通の子ですし」
 どれだけ普通を並べるんだと思うほど、親は普通を連呼した。
 しかし、親の言うとおりなので、何も言えない。
 すると、薔薇の学舎の人はこう言った。
「その『普通』を欲しているのです」
 王侯貴族が治めるのは、その『普通』の人であり。
 企業が物を売る相手は、その『普通』の人であり。
 政治家やエリートが導くのは、その『普通』の人である。
「『普通』というものに接しなくてはいけない」
 ジェイダスはそう考えたのだという。
「…………」
 それは評価されたのかなんなのか陽にはわからなかった。
 つまり支配階級の人が、被支配階級の者の感覚を分かっておいたほうがいいということだろうか。
「もし、他に何かやりたいことがあるなら、それに進むが良い、ともおっしゃってました」
 勧誘はするが無理強いはしないということらしい。
 しかし、陽には将来のビジョンは特になかった。
『自分の身の丈に合った高校に入って、出来れば大学に行って、どっかの会社に就職してふつうに暮らしてくんじゃないかなぁ』とぼんやり考えている程度だった。
 結局は大きく拒否するほどの理由もなく、陽はパラミタに行くことになるのである。