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あの頃の君の物語

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理想と正論〜高崎 悠司〜


「あの、どうぞ」
 混んだ電車の中で、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)はおばあさんに席を譲った。
「あら、ありがとう」
 おばあさんはゆっくりと譲ってもらった席に座った。
 家に帰ってその話をすると悠司の母は悠司を撫でてくれた。
「そう、えらかったわね」
 息子を褒めた後、母は続けてこう言った。
「神様もあなたの行いをきっと褒めてくださるわよ。日曜の会でそのことを報告しなさい」
「はい」
 母の言葉に息子は素直に頷いた。


「おーい、悠司。日曜に野球やらね?」
 クラスの子に誘われた悠司だったが、その誘いを即座に断った。
「ごめん、日曜日は行かないといけないところがあるから」
 またねーと悠司が帰っていく。
「なんだ、悠司ってどこか遠い塾にでも行ってるのか?」
「そうじゃないみたいだよ。うちのお母さんが悠司の家は宗教の会みたいなのに行ってるらしいって言ってた」
「宗教の会? 日曜礼拝みたいなもん?」
「いや、そういうんじゃなくて……」


 日曜日、会に行った悠司の報告に周囲が拍手した。
「えらいわ、悠司君」
「うんうん、そういう行いを行動に移せるのは素晴らしいぞ」
 拍手されて大人たちに褒められて、悠司はとてもうれしかった。
 大人たちは悠司の日頃の行いについても褒めた。
「悠司くんは学校の成績もいいそうね。えらいわ〜」
「運動会も活躍したそうじゃないか、すごいぞ」
 大人たちの言葉通り、悠司は模範的な小学生だった。
 学級崩壊などが叫ばれる小学校で、悠司は先生のいうことを良く聞き、勉強にも運動にも真面目に取り組み、両親もそんな悠司を褒めてくれた。
 両親自身も父母会などに積極的に関わり、運動会の準備やバザーの協力など、人が嫌がる仕事も率先してやった。
 そんな両親を悠司は尊敬していたし、悠司も妹もこの両親を信じてついていけば間違いないと信じ切っていた。
「これは将来有望ね、悠司君」
「うんうん、本当だ」
 悠司をひとしきり褒めた後、大人は最後にこう言った。
「これもお祈りのおかげね」
「そうよ、毎日唱えてる効果よ」
「悠司君、これからもお祈りを忘れないようにしてね」
 大人の言葉に、悠司は素直に頷いた。
「はい、これからも毎日お祈りします」


 小さい頃は疑問を感じなかった悠司だったが、10歳過ぎると、少し気になることがあった。
 悠司がどれほどがんばっても
「お祈りのおかげ」
 と言われるのだ。
「自分が頑張っているのに」
 という気持ちを抱えた悠司はそれを親に言ったが、親は厳しい顔をした。
「そういう驕った心はいけないぞ」
 父にそう諭され、悠司はそれ以上、何も言えなくなった。


 だが、中学になると、悠司は色々と分かるようになり、違和感を覚えることが多くなった。
 悠司には日曜にいつも会う友人がいた。
 それは親同士が同じ宗教をやっている縁で出来た友達だった。
 悠司の行っている宗教には子供部のような所があり、小学生の頃からそこで一緒にバーベキューなどのイベントをして遊んでいた。
 ところが、中学生になって、その子の親が宗教を抜けて会えなくなってしまった。
 悠司はそのこの親が宗教を抜けたことを知らず、その子が来ないことを疑問に思い、周囲の大人に聞いてしまった。
「あいつどうしたの? 最近見ないけど」
 すると、大人の1人が低い声で言った。
「あの家は……裏切り者じゃ」
 その言葉は地下から這い出たようで悠司はゾクッとした。
 それから悠司はこの会にいる大人たちに強い違和感を抱くようになった。


「高崎さ〜、あいつ知ってる?」
「あいつって誰だよ」
 クラスメイトの言葉にぶっきらぼうに悠司が答えると、それは宗教を抜けた友達の名前だった。
「塾であいつと仲いい奴がいて、お前とも仲がいいってそいつが話してるの聞いたらしいんだけどよ。なんかあいつの家、嫌がらせ受けてるらしくてさ。家のドアに『裏切り者』って書かれた紙とか貼られてて、それが嫌で転校するらしいぜ」
「転校?」
 悠司は最近会っていない友人を心配した。
 しかし、彼にはさらなる事態が待っていた。
 数ヶ月後。
 塾に行ってる友人がこう悠司に告げた。
「あいつの親父さん死んだってさ」


 友達のお父さんのお葬式とあって、悠司は行こうか迷ったが、相談すると、父は即座に「行くな」と言った。
 母も友達が宗教を抜けたとき、「あそこの子と遊んじゃいけません」と冷たい顔で言った。
 そして、日曜日の会の日。
「ほら、ここを抜けるようなことをするからあんな目に遭うんですわ」
「天罰じゃな」
「神はきちんと見てるんですよ。悪に走った者に鉄槌を! と」
 1人の男が勢い込んで言うと、周りの大人たちは笑った。
 その様子に悠司の心が冷たくなった。
 毎回、ボランティア活動をしたとか、ごみ拾いをしたとか、そんな報告をしてニコニコしてる大人が……虫も殺さないような顔した大人が、人の死を鬼の首でも取ったかのように楽しそうに話して笑っている。
 普段はいい人たちだ。
 すぐに祈りだなんだ言うのは面倒だけど、まず、善人だと思うのに。
「…………すみません、ちょっと頭痛がするんで、帰ります」
 その場を離れたかった悠司はそう嘘をついて、帰った。


 それから、悠司は日曜になる度に、頭が痛いだの眠いだの言って、サボるようになった。
 親は悪い影響を誰かから受けたのではと心配したが、周りは年頃の時は良くあること、妹さんは来てるんだから大丈夫と慰めた。
「……めんどくせ」
 自分がそこには行かないものの、親まで止める気はなかった。
 ただ、理想や正論を吐く奴が胡散臭く見えてきて、世の中をまともに見れなくなっていた。
「……ホントめんどくせー世の中だな」
 学校でも親切な人間とかに会っても、いつ豹変するのかと信じられなくなった。
 悠司は中学を卒業すると、何かから逃げるようにパラミタの学校へ向かった。