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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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リアクション

 
 第17章

「理子さん、手を繋いで行きましょう」
「え?」
「はぐれてしまいますから」
 それに、俺が手を繋ぎたいから。
「は……はい、そうですね」
 普段、公的な場で着ている和服とは違う浴衣を着た高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が、はにかんだ表情でそっと酒杜 陽一(さかもり・よういち)の手に触れる。陽一は、今日は理子の影武者としての格好ではなく、何の偽りも無い男の姿で祭に来ていた。
 だからだろうか、理子は、いつもよりも少し緊張して彼の手を握った。
 お互いの手の温もりを感じあうと、陽一は理子と歩き出した。立場上、彼女は長く会場には居られないだろう。だが何れにしろ、限られた時間内で出来るだけ理子を楽しませてあげたい。
 祭は今、一番の盛り上がりを見せているように感じた。盆踊りの会場では、ポップな音楽と共に皆が輪になって踊っている。それに負けじと太鼓も大きな音を奏でていて、見ているだけでも自然と楽しい気持ちになった。
「うわーっ、こういうお祭は久しぶりね!」
 理子は目を輝かせて2つのイベントを見物していた。ともすれば、今にも飛び入りで参加しそうな雰囲気だったが、太鼓は止めた方がいいだろう。
 ――理子さんが太鼓を叩くのは無理だろうな……。注目されるから)
 でも、盆踊りなら大丈夫そうだ。
「理子さん、2人で盆踊りをしてみませんか。気軽に楽しめそうですし」
「えっ……見るだけじゃなくって? 踊っちゃってもいいの!?」
 そう提案してみると、理子は殊の他うれしそうに陽一を見た。頷くと、彼女はやった! と彼の手を引いて盆踊りの輪の中に入っていく。
「ほら、先生も!」
 弾けるような笑顔を向けられ、陽一も彼女と一緒に踊りだした。

 そして、盆踊りもとうとう最後の曲に入る。
 演奏している最中、の目に山車の姿が見えた。作成途中だった昼に見た時にはよく分からなかったが、大きく派手で鮮やかで、その上でどこか迫力がある。だが、何よりも彼の目を引いたのは――
(寒気がするというか……何かいるねタクサンナニカガ)
 山車周りに溢れるゴースト達を見て、今日はこっちには憑かないでな! と割と切実に思う。でも、彼等も――
 この祭で楽しい思いを抱いてくれるのなら。どんなにか良いだろう。

              ◇◇◇◇◇◇

「あっ、来た来た! 来たよ、皆!」
 公園内を周回する山車が見えてきて、琳 鳳明(りん・ほうめい)が嬉しそうに前方を指した。盆踊りが終わり、アクアは彼女と藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)の誘いを受けて祭会場を歩いていた。といっても3人だけではなく、皆も一緒だ。太鼓という楽器に初めて触れたファーシーは、盆踊りを見に向かったアクアも近くに居るのではと考え、そして探しあてた。
 結果として、これまでに合流したほぼ全員が一緒になったという訳である。
 鳳明は皆に『山車を見に行こうよ!』と誘い、まだ夜の山車を見ていなかったアクア達は、こうして揃って沿道で山車を待っていた。
「あれがこのお祭の山車かー、大きいわね」
 徐々に迫ってくる山車にも立ち止まり、パビェーダと2人でわあ、と声を上げる。山車は人々の身長よりも遥かに大きく、まだ遠くのこの時点でその威容を見ることが出来た。目に鮮やかな電飾はだが人々に悪い印象を与えるものではなく、『魂』と筆文字が書かれた白い提灯がそれを縁取るように連なり下がっている。高く長く尖る屋根は、まるで天を突くようだった。屋根の下には、和服を着た男性が1人立っていた。
「綺麗ねー……あそこに神様が降りてくるっていわれているのね」
「? ファーシー様、山車について詳しいでありますか?」
 電動車椅子に座ったファーシーの隣で、スカサハが聞く。彼女も事前に色々と調べていたのだが、ファーシーの言った事も、文献の1つに書いてあったことだ。
「詳しいってほどじゃないけど……ちょっとだけ調べたわ」
 そして、これからはもう少し色んなことを知っていかなきゃね、と、ファーシーは笑う。その穏やかな笑顔に、「お勉強ならつきあうでありますよ!」とスカサハは言った。まだ無理をするのは心配だけど、使うのが頭なら安全だ。
「ひきたいなー、ひけるかなー。こういうのは皆でやる方が楽しいけど……」
 鳳明はわくわくとした様子で山車が前を通るのを待っている。お祭に来たからには何かイベントに参加したい! と思っていて、皆で牽けばもっと楽しい! とも思っていて。
 ――でももう満員そうかなー、天樹ちゃんとアクアさんが牽くくらいは空いてるかなー。
 いつもは自分から意見を出さない天樹が、珍しくアクアを誘おう、と言ってきた。
 こうして会えたのだし、折角だから何か思い出を残せればいい、と鳳明は思う。
「……って、いや、えっと、待って!」
 そこで、彼女は突然慌て始めた。山車の周りに、沢山のゴーストやアンデッドが纏わりついていた。それは、下手をしたら見物客より数が多く、出店の方にまで溢れるほどだ。
「な、なにこれっ!」
「インドの方には、ある神の山車に轢かれると天国に行けるという説があったそうだ。ゴースト達も、山車に肖り共にいることで天国に行けると感じたのかもしれんな」
 鳳明の声を聞いた小次郎が言う。死んでも天国にいけないのは、この世界の常。もう死んでいるだけに轢かれたからどうなる、というものでもなさそうだが――
 もっとも、どこかでそれを解っているのか、無闇に山車前に出るゴースト達は皆無だった。まあ、幽霊であれば前に出ても透過するだけだろうがアンデッドだとちょっとした事故になる。
「ええーっ! か、怪談と幽霊は勘弁なのにっ!」
 話を聞いた鳳明は途端にパニックになった。ゾンビはまだ実体があるから大丈夫だが、ゴーストはダメだ。常世の存在だからダメとか苦手とかそういうんじゃない。うん、そういうんじゃない。でも、幽霊は。
「身体がないのっていうか何ていうか……幽霊さんとかありえないよね!? 幽霊さんって透けてるし触れない訳わかんないよ!?」
 その正当性を主張するように早口で言って、一度、近付くゴースト達を改めて見てみる。
「……いや、ないないない」
 やっぱりない。ありえない。
 ――はっ、そうだ! ポーカーフェイスでクールなアクアさんはこういうの大丈夫そう! っていうか大丈夫だよねっ!?
「助けて、アクアさんっ!!」
 特に襲っては来なさそうだったが、鳳明はアクアの背にぴゃっ、と隠れた。背中の機械翼が丁度良く視界を遮る。何も見えなくても、今にもゴースト達の賛歌が聞こえてきそうで怖かった。ガクブル震えながら山車が――ゴースト達が過ぎ去るのを待つ。
(……あれ?)
 そこで鳳明は気付いた。アクアの背中が、何だか小刻みに震えている。
(……も、もしかして、アクアさんも幽霊ダメなの!?)
「……そ、それは……」
 ――幽霊が居る。ゴースト達が沢山居る。
 昼に、子供達の山車の後に続いていた時は割と大丈夫だったのだ。あの頃からアンデッドの姿もあったし、他に漂うモノがある、というのも察せられた。
 けれど、ここまで近くは無かった。それに、太陽光の強さで“良く見えなかった”。しかし、夜は彼等の時間だ。目に映ったそれらは、確かに彼女を戦慄させた。
 ――どうして……だからどうして、リアルなんですか!!
 もっと可愛いゴーストなら大丈夫なのに、彼等の中には写実的なゴーストが多かった。何か割れていたり何か出していたり何か流していたり、寒気がしてくる。
 そして、それは嫌でも“彼”の事を思い出させた。あの花見の夜まで、散々に自分を脅かし続けた死者の“彼”を。菫の傍のチェリーは、別段動揺した様子は無い。彼女は当時“彼”の来訪を受けなかったのか――
「……ひっ!」
 ゴーストがニッと笑って、彼女の体を通過した。後ろで震えていた鳳明が「きゃああっ!」と悲鳴を上げる。生者を怖がらせるのは幽霊の本分。怖がっている2人を見つけて、悪戯でもしたくなったのだろう。
「……あ、アクアさん!?」
 我慢出来なくなって、アクアは電動車椅子の後ろにしゃがんで隠れた。ファーシーと車椅子とアクアと鳳明が縦1列になる。
 そして、山車は2人の前を通過していった。気配の消失を感じて胸を撫で下ろす。
「あーびっくりした……。そうだアクアさん、カステラ食べる?」
「い……いただきます」
 屋台で買って袋に入れていたベビーカステラ。その甘さは安らぎを与えてくれて。
 皆と一緒に、彼女達は再び通りを歩き出した。ハンバーガー等美味しそうなものを見つけては口いっぱいに頬張る。……否、アクアの一口は小さかったが。
「……この前は、ありがとう……」
 天樹がぽそりと、アクアに言う。ゴースト達の大行進を見ても眉1つ動かさなかった彼だが、今は少し違う顔をしている。良く見なければ判らない程の変化ではあるが、そこには確かに表情があった。
「ありがとう……ですか?」
「……僕の拙い問いに応えてくれてありがとう」
 心当たりがなく怪訝な顔をするアクアに、天樹はどこか辿々しい口調で話し始める。
 智恵の実を食べて声を得て、その時に彼はとある質問をした。それに真摯に応えてくれた彼女に感謝の言葉を伝えたい。自分から鳳明に誘おうと提案したのは、今日の祭がそのいい機会だと考えたからだ。
「……正直、僕は自分が変えられてしまったと……自分が自分で無くなったと思ってた。けど、本当は環境の変化に不安になって……喪失感を失望とすり替える事で今の自分を見る事から逃げてたのかも知れない……」
「……あの時、ですか」
 アクアは思い出した。大廃都の遺跡に行った時、その帰りに何を聞かれ、何を話したか。
 ――『私は失望を捨てて、今、此処に立っているのだと思います』――
「それに……気づかせてくれたから。前の僕が無くしたモノがあって……でもだからこそ、今の僕が手に入れたモノがあるって事に気づかせてくれたから……。
 ……感謝の言葉を口にするのは慣れてないから……何となく気恥ずかしい……かも」
 僅かに俯く。その彼を暫し見つめ、アクアは言った。あの時と同じように、淡々と。
「……私は、私が思った事を話しただけですよ。私は……誰かに何かを言える程、出来た機晶姫ではありません」
 全ての存在を否定していた以前には、こんな事を言うなど考えられなかったけれど。
「こちらこそ、ありがとうございます」
 話さなければ自覚出来ない事もある。話をすることで初めて、それについて思考する事が出来る。だから、天樹の問いは、この会話は、彼女にとっても必要なものだったのだ。

              ◇◇◇◇◇◇

 お祭に行こうと決まった時に気がついた。
 ――そういえば、親子3人でお祭というのは、初めてだ。
 とりあえず、花火がよく見える所を確保しておかないといけないだろう。こういった花火大会だと人出も多いから、良い場所はすぐになくなってしまう。
 ――そんな事を考えていたのだが。
 いざ祭会場を訪れてみたら、場所取りの事はどうでも良くなってしまった。事前に色々と計画を立てて祭を楽しむのも良いが、花火は既に始まっていたし、こうして歩いているだけで、人々の熱気が涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の心を和ませる。
「お父様、お母様、あそこに焼きそばの屋台がありますわ」
 前方の屋台を見てミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)が言う。風に乗って流れてくるソースの匂いに、涼介も食欲をそそられた。ちょうど、小腹が空いていたところだ。
「買っていきましょうか〜」
「うん。花火を見ながら食べようか」
 ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)もそう提案し、3人は屋台に近付く。すると、そこはカリンの店だった。知った顔に、涼介は挨拶する。
「こんにちは、精が出るね」
「ああ、来たのか。こうして店員をするのも楽しいよ」
「おう、久しぶりだな」
 朔と共に挨拶を返してから、カリンはん? という顔になる。
「……まさか、挨拶しに来ただけじゃねぇだろうな……このクソ忙しい今、客と手伝い以外ならぶん殴るぜ……」
「あはは、いや、ちゃんと買うよ。焼きそばを3パックください」
 カリンの言葉につい苦笑し、料金を払う。その隣では、ミリアが朔からイチゴ味のかき氷を受け取っていた。
「かき氷ですか〜。去年の夏を思い出しますね〜」
「去年の夏、ですか?」
「涼介さんと海の家で食べたんですよ〜。ほら、こんなふうに」
 ミリアはかき氷を掬って、ミリィの口に持っていく。反射的にそれを食べ、ミリィは「ん、美味しいです」と微笑んだ。そこで、カリンが焼きそばの袋を差し出してくる。
「ほら、焼きそば3パック。味は保証するぜ」
「ありがとう。ザンギも売ってるんだね」
 涼介はデザートとして、ザンギを1袋買ってみる。3人で1個ずつ食べればちょうどいいだろう。折角の夏祭り、家族サービスというわけでもないけれどこういうささやかなプレゼントもいいだろう。
 ――さあ、みんなで楽しい思い出を作りましょう。

 涼介達が離れて暫く。アクア達は再び朔とカリンの屋台前を通りかかった。1度目と反対方向からの邂逅は、公園を一周したのだと彼女達に伝えている。皆を見て、カリンはおっ、と目を見張った。外に出てアクアの腕を取り、「おらァ!」と屋台内に強引に引き込む。
「! 何ですか!?」
「アクア先輩、ちょっと手伝えよ。猫の手も借りてぇ忙しさだ」
「手伝う、ですか? 私が?」
「これも立派な思い出作り……と思ってよ。お前らも暇なら手伝ってくんねぇか? バイト代は出すからよ」
 皆は顔を見合わせた。屋台には常に数人が並んでいて忙しそうなのは事実のようだが、どちらにしろ全員では手伝えない。逆に邪魔だ。今も若干邪魔なので、脇に寄った。カリンは客を着実に捌きながら、皆に言う。
「もう大体は見て回ったんだろ? 終わったら、残りもんで宴会しようぜ」
「分かった、宴会だね!」
 そこで、口火を切ったのはピノだった。
「閉店までとはいかないけど、少しお手伝いするよ! 望ちゃん、花火用に場所を取ってあるって言ってたよね、皆で先に行っててよ。んーと、お手伝いはねー……」
 ピノは割り箸1本にソースをつけて一度拭き取り、その部分が見えないように他の箸と一緒に新聞でくるんだ。
「くじで決めよっ! うらみっこなしだよ! あ、契約者が代表で引いてね!」
 そして、結果は――
「お手伝いですね……頑張ります」
「ちょっ……! 舞! くじ運無さすぎ!」
 橘 舞(たちばな・まい)がソース割り箸を持って微笑み、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は愕然と声を上げる。その間にもピノは、「アクアちゃんは決定ね。ファーシーちゃんとおにいちゃんは先に行っててね! おにいちゃんははい、携帯交換」とか言っている。GPSを利用するつもりらしい。
「はー……しょうがないわねアクア、ほら、手伝うわよ」
「……少しだけですよ」
 問答無用で携帯を強奪したピノを見ながら、ブリジットとアクアは溜息を吐いた。
 これを終えた頃には、花火大会も終盤に入っているだろう。