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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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 第20章

「どんな花火かと思いましたが、思ったよりも見事ですねえ……」
「そうじゃのう……実に、見事じゃ」
 出店を回ってリンゴ飴を食べて。そして、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は今、アーデルハイトと同じシートの上で、花火を見ていた。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)も、口数少なめにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と夜空を見上げる。
「家族って、どういうことかなあ。アーデ」
 次々と上がる花火を見ながら、ルカルカ・ルーは家族という存在や友人について、想いを廻らせていた。道々で聞いたダリルの話は、彼女にとってそれだけ考えさせられるものだったらしい。
「家族、のう……」
 自然と口をついたルカルカの言葉に、アーデルハイトはのんびりとお茶を啜る。
「血の繋がりが濃い者。生まれたその時から、関係が決定付けられる者。生涯で最も長い時を過ごし、最も自分を曝け出していく相手、決して縁の切れない存在――この幾つかは、パートナー同士にも当て嵌まるのお。……家族というのもまた、人と人との関係であることには違いない」
 さて、と、アーデルハイトは時計を見て立ち上がる。
「そろそろお暇させてもらうとするかの。私も約束があるのでな」
「アーデルさん」
 歩きかけたところで名を呼ぶ声がして振り返る。ザカコは穏やかな笑顔を浮かべていた。
「今日は、こうして一緒にお祭りを楽しめて良かったです。校長も嬉しそうでしたしね」
「……ふむ。そうじゃな」
 アーデルハイトは少し間を置き、それから、彼に言った。
「火の粉が来た時、守ってくれていたじゃろう。感謝するぞ」
「……気付いてましたか」
 それには、ザカコも苦笑するしかなかった。
 ――彼女に告白して、答えが欲しいと思っていたけれど。
 アーデルハイトがザナドゥへ赴いていた長い間に、自分の気持ちを見直すことが出来た。好きだという感情に変わりはないが、自分はまだ、彼女の事を何も分かってはいない。
「……今はアーデルさんの笑っている姿を見れるだけで、自分は幸せです。戻ってきたばかりでまだ色々と大変でしょうが、頑張りましょう」
 ザカコはそうして、彼女に微笑んだ。
「自分もできる限り支えます」

              ◇◇◇◇◇◇

「あっ……、ここで花火を見ましょう」
 月夜達を連れ、刀真はビールを飲みながら花火が見られそうな場所を探していた。白花だった。彼女が示したのは幹の太い1本の木の前で、見晴らしも悪くない。他にも見物客はたくさん居たが、そこだけがぽっかりと空いていた。
 刀真は木にもたれ掛かり、足を伸ばす。月夜達も近付いてきて、月夜は彼の右側に、白花は左側に腰を下ろした。そして、玉藻 前(たまもの・まえ)は足の間に身体を割り込ませてきた。彼の胸に頭を預けるようにしてもたれ掛かってくる。
 ……動けない。
 しかも、浴衣が乱れて中が見えていた。
 刀真の視線に気付いたのか、玉藻はその姿勢のまま上目遣いに彼を見る。
「気になるのなら、合わせ目から手を入れて好きにして良いぞ?」
「! い、悪戯はしないよ!」
 クスクスと笑う玉藻に、刀真は慌てて弁解する。すると、両隣にいる月夜と白花が怒ったように玉藻に抗議した。
「玉ちゃんズルイ!」
「たっ玉藻さん! それはズルイです!」
「……何を言う。我はお前達が楽しんでいたときに大人しくしていただろう? だから花火が終わるまでこの席を頂くぞ」
 玉藻は2人に見せつけるように刀真の胸にしなだれかかる。
「……うっ、確かにさっきは大人しかった……」
「仕方ないですね……」
 月夜と白花は反論出来ずに引き下がるしかなく、座った側にある刀真の腕に抱きついて改めて座る。そうして眺めた花火は本当に綺麗で、彼女達はしばらく花火に見入った。もっとも、くっつかれていた刀真の意識は花火よりも他の部分に向いていたのだが。
(……月夜と白花の胸が肘に当たってるし、玉藻の柔らかい感触を感じるし、それぞれの甘いような良い匂いを感じるし……)
 しかし、そうした少しの緊張も、彼女達と花火を見ているうちに薄れてきた。ビールを飲んでいたせいもあるだろう。心地よい酩酊感と共に、刀真は――
「綺麗だね〜」
 花火を見て、月夜は3人に声を掛ける。刀真と2人だけの時も楽しくて居心地が良かったけど、今も楽しいし居心地が良い。だから。
「これからもずっと一緒に居ようね」
 穏やかな気持ちで、そう言った。
「ええ、これからも、ずっと……」
 白花も優しい気持ちで、月夜に応える。そうして刀真の方を見ると、彼は瞼を閉じて眠っていた。
(……剣士として常に警戒をして他人の気配に敏感なのに。それでも眠ってしまうくらい、刀真さんは私達に気を許しているんですね……)

「……ん?」
 どれだけ時間が経っただろうか。次々に上がる花火をただ眺め、玉藻が刀真達を振り返った時には3人共、すっかり夢の中だった。

              ◇◇◇◇◇◇

 望が機晶妖精2体に場所取りを頼んでいたのは、公園近くの川原だった。大人数でも花火が見られるように、それなりの広さが確保されている。
 沢山の屋台が出ているしお弁当を摘む事も無いだろう、と、用意していたのは飲み物や軽いおつまみだった。20歳以上もいるから、とアルコール類も用意してある。
 機晶妖精達は、それらを全てきっちり守り抜いていた。
「待たせてすまなかったのう」
 そこで、アーデルハイトが合流してきた。彼女の姿を見て、望はぱっ、と立ち上がった。
「アーデルハイト様! いえいえ、私達も今さっき来たところですから。さあさこちらへ。お飲み物は何になさいますか?」
「ふむ……そうじゃのう……久しぶりに酔ってみるのも良いかもしれんな」
 アーデルハイトは、用意された飲み物類を見て、少し迷ってから缶入りのワインを選ぶ。それから、集まっている皆をざっと見回した。
「あの、アクアという生徒もいないのかの?」
「ああ、アクア様なら……」
「私なら、此処に居ますよ」
「アクア様!」
 望達が振り返ると、彼女達のシートにアクアを始めとした、カリンの屋台を手伝っていた面々が歩いてくる。花琳とピノ、ブリジット達を含めた全員が、食べ物のパックやビールが入ったビニール袋を持っていた。
「ほら! 食べ物やお酒も持ってきたわよ。ありがたく食べなさい!」
「ブリジット、またそんな言い方……残ってしまっても勿体ないので、遠慮なく食べてくださいね。……といっても、材料費は私達持ちではないですけど」
 舞はそう言って、朔達の方に苦笑を向ける。
 彼女達の持ってきた焼きそばやザンギも並べられ、その場の全員に飲み物が行き渡ったところで朔が言った。
「じゃあ、宴会を始めようか」
 乾杯と共に、花火がまた1つ上がった。

「大地さん、これからもよろしくお願いしますね〜」
「もちろんですよ、ティエルさん」
「う、うわき? ですか〜? したらだめですよ〜」
「……するわけないじゃないですか。そんないかがわしい言葉、使っちゃだめですよ」
「はい〜。大地さん、大好きですよ〜」
 続々と上がる花火を見上げながらぴったりと寄り添う大地ティエリーティアを、スヴェンはつまらなさそうに眺めていた。
「なーんかもう、嫌がらせするのにも飽きてきましたねー」
 それを聞いて、大地はおや、とスヴェンに顔を向ける。そして彼は、何かの勝利を彷彿とさせる笑顔を浮かべた。非常に嬉しそうだ。
「そうですか。それは張り合いがなくて残念ですね」
「残念? 何がですか?」
「……嫌がらせをやめるのでは?」
「やめる? そんなわけないじゃないですか。当然続けますし? ……あ、シーラさん、さっきの写真、あとでデータください」
「いいですよ〜。送っておきますね〜」
「…………。シーラさん……? 何を撮ったんですかシーラさん!?」
 何気に続いたスヴェンとシーラの会話に、大地は慌てる。そんな彼等の隣で、メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)はアクアに話しかけていた。感じていたシンパシーを解放させるかのように、うずうずとしていた気持ちのままにまずはお礼を言う。
 話すのはほぼ初めてで、ちょっとだけ、緊張した。
「バレンタインのときは、お店を手伝ってくれてありがとうございました」
「いえ……あれは、成り行きのようなものでしたし……」
 ファーシーに言われたら、断るなんて出来ないし。
 口には出さなかったがそれが伝わったのか、青い鳥は少しリラックスできたようだ。
「ゴス系の服、お好きなんですか? 空京にお店があるんですけど、今度、一緒に行ってみませんか?」
「それは、構いませんが……」
 意外そうに、アクアは青い鳥を見遣って答えた。これまでにワンピースだったり制服だったり、色々な服装を見てきたはずだが。
 何故か、彼女には今の浴衣がしっくりくる。と思ってしまうのだ。
 ……まあ、でも。
「貴女も可愛らしい洋服、似合うかもしれませんね」

 機晶妖精の守っていたものの中には、ドライアイスを入れて良く冷やしていたクーラーボックスもあった。望はそれを開け、アーデルハイトに見せる。
「アーデルハイト様、アイスなどご用意しておりますがいかがですか? アクア様とファーシー様もぜひどうぞ」
「おお、シャンバラ山羊のミルクアイスか。エリザベートも好きなやつじゃの」
「ありがとう、望さん!」
「ありがとうございます」
「ピノ様とラス……様もどうぞ。まだありますから」
「わあい、ありがとう! おいしそうだね!」
「……何か今、俺にだけ間がなかったか? 名前と様の間に」
「あ、一応付けておこうかと思いまして」
「……いちおう?」
 いかにもおまけ的な返しにつっこみ半分、やさぐれ半分な顔でラスはアイスを受け取る。その間に、ピノは陣とリーズ、真奈達の所へ遊びに行っていた。「リーズちゃん、一緒に花火見よっ!」と隣に座る。千尋や未来、真菜華とケイラも呼んで、彼女達の周りはやにわに賑やかになる。
「お嬢様もいかがですか?」
「……え、ええ。頂きますわ」
 ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)はアイスを受け取りつつ、何となく所在なさを感じていた。昼間に祭会場に来てからもありとあらゆるイベントを見て回ったのだがどうも印象深い思い出が――目立った出番が――無かったように思う。
(アクアやファーシーと特に親しい訳でもありませんし……)
 ――まあ、こうして近くに座っているのは良い機会だ。ノートは、アクアに話しかけた。
「お久しぶりですわね。そちらはお変わりありません事?」
「……そうですね。大きな変化はありません」
 アイスを食べながら、アクアは淡々と彼女に答えた。ノートとはこれまで、花見で一方的にカラオケで騒いだり何気に墓参りについてきたり、ビーチバレーをしたりしている筈なのだが、何故かあまり印象に残っていない。例えるなら、写真の端に写っている1人、という感じがするのは何故だろう。
「望、ザナドゥに行くと言い出して、その日の内に旅立ちましたからねぇ。そちらにも説明等しておりませんでしたでしょう?」
「……ザナドゥに行っていたんですか」
 そもそも、それ自体知らなかった。バレンタインには友チョコが届いたが、確かに、会うのは随分と久しぶりだ。ちらりと望の方を見ると、彼女はアーデルハイトと本当に嬉しそうに話していて。そこで、ノートはアーデルハイトを追っていったのだと説明した。
「全く、周りの事も考えて欲しいですわ」
 唇を尖らせて怒ったように言う。だが、ふとその表情は和らいだ。
「それでも……あの子が自分で考えて出した結論ですものね。……ま、こんな早くに戻るとは予想外ですけど」
 それから、ノートはアクアに笑顔を向けた。
「貴女も、本当に進みたい道があれば、気にせず進みなさいな」
「…………」
 気楽に、けれどどこか大人びた笑顔で。アクアはその表情と何より、その言葉に驚いた。
「私の……本当に進みたい道……、ですか……?」
 それは、思いもかけなかった言葉で。
 何故か彼女は、自分の心の奥底を突かれたような、そんな気がした。
 その時、これまでに見た中でも特に大きな花火が夜空に上がる。あまりの大きさに、アクアは空を見つめ、その名残が消えるまで瞬きを忘れた。
 花火。
 実際に見るのは、彼女も今日が初めてで――
「たーまやー」
 望が空に向けて声を投げる。楽しそうに、間延びした明るい声で。
「たーまやー、かーぎやー」
 新たな花火がまた上がり、リーズも、ピノ達と一緒に元気にそう叫んでいる。それが、ふときょとんとした顔に変わった。
「……でも、どんな意味があってこんな事言うんだろうね?」
「え? リーズちゃん、知らないの?」
「うん、ピノちゃんは?」
「知らないよ!」
 ぶんぶんっ、と、ピノは首を振る。2人共、知らないらしい。そして、聞き耳を立てていたアクアも知らない。
「“たまや”と“かぎや”というのは、江戸時代の花火師の屋号なんですよ」
 そこで、陣とリーズの真ん中で2人に寄り添うようにしていた真奈が彼女達の疑問に解を示した。柔らかな口調で、その語源について説明する。
「元々は“鍵屋”一軒だけで、“玉屋”はその分家なんです。やがて、その二軒はお互いを競争相手として認め、技術を磨きあうようになりました。この二軒は江戸で人気を二分し、人々は彼らの花火を見ては『たまや』『かぎや』と掛け声を出すようになりました。“玉屋”はその後、火事で失くなってしまうのですが……。掛け声は、今でも残っているということですね」
「ほー、真奈、よく知ってるなあ」
「たまたま何かの本で読んだことがあったので……。お恥ずかしいです」
「へー、花火を作る人の名前だったんだねえ」
「ひとつ勉強になったね!」
 感心する陣達に、真奈は微かに頬を染めた。それから、連続して上がる花火を眺め、心から思う。
 ――願わくばこの1日が……私達の中に潜むやるせなさを埋め、明日に繋がる活力になりますように。

「そろそろ時間じゃの。お……? これは……」
 望がこの時間までには来てほしいと言っていた時間。
“アーデルハイト様、おかえりなさいませ”
 夜闇に弾け、光ったのは文字入りの花火だった。望が花火師に頼み、用意しておいた祝福の花火。
「ああ……やっと、帰ってこれたのう」
 ただいま、という意味を込めて、アーデルハイトは言った。