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リアクション
――早朝。タシガンは相変わらずの、深い霧に包まれていた。
「こんな天気でも、大丈夫なのかな」
「いつものことだからな、心配ないだろ」
きょろきょろとあたりを見回すレモ・タシガン(れも・たしがん)の横で、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)は手にした鞄を肩に担ぐ。ごく小さいそれは、ぽすんとカールの背中で軽く音を立てて跳ねた。
「荷物、それだけなの?」
「足りなきゃ現地で調達すりゃいいさ。お前こそ、荷物は少なくしろって言ったはずだぜ」
「う、うん」
カールハインツがじろりとレモの足下の荷物を見る。そこには、ぱんぱんにつまった旅行鞄が二つ。どう見ても、そこそこの重さがありそうだ。
「だって、お土産とか、もって行きたいし」
「まぁいいけどな、ほら、貸せ」
レモより大きそうな荷物を、カールハインツが手に取る。
「あ、ごめんなさい」
「別にいいけどさ。ほら、見えてきたぜ」
立ちこめた霧をかきわけるようにして、徐々に、飛空挺がその姿をあらわにする。全体に丸い船体フォルムと、突き出た長い翼。これが、タシガンとキマクを結ぶ飛空挺である。
基本的には貨物輸送用のため、華美な装飾はない。どちらかといえば、冒険心をくすぐるような勇壮なその姿に、レモは瞳を輝かせた。
「これに、乗るんだね」
「ああ。いよいよ、旅のはじまりだ」
カールハインツが、口の端に笑みを浮かべ、レモと同じように飛空挺を見上げた。
「来たか。準備は大丈夫か?」
マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)が、乗り込み口で二人を出迎える。今回、キマクまでは同行を申し出てくれていた。
「はい! マリウス先生は、いかがですか?」
「問題ない。さぁ、乗り込もうか」
「先生が一緒で、心強いです」
マリウスは、その言葉に微笑で返した。場所柄仕方が無いが、一番カオスな地域が最初ということで、レモも緊張しているのだろう。
「キマクについて、勉強はしてきたのか?」
「はい。シャンバラ大荒野最大のオアシス地帯……ですよね?」
「ああ。でも、それだけではない。観光地としてはいささか危険だが、そうした面もまぎれもなくシャンバラの一部だ。いい刺激になると良いな」
「はい!」
「おい、レモ。おしゃべりもいいが、荷物を置きに行かせてくれよ」
カールハインツにせかされ、レモは「あ!」と慌ててその場を退く。乗客用の席に荷物を置いてしばらくすると、離陸の案内が放送された。
窓の外の景色は、今はまだ、霧の中だ。
けれども、この先、色々な景色を映してくれることだろう。
――初めて、タシガンを離れる。
「どうした?」
「先生。不思議ですね。怖くてドキドキするけど……なんだか、楽しいです」
「それが、好奇心というものだ」
マリウスは、そう微笑んで頷いた。
やがて、飛空挺は、ゆっくりと大空へと飛びだった。
レモの期待と、不安を乗せて。
目的地は、タシガン空峡を越えた地……キマク。
「……キマクには、バザーがあるんですよね」
「ああ、そうだ。調べたのかい?」
マリウスに尋ねられ、レモは自分が口にしたにも関わらず、きょとんと瞬きをした。
「あれ? あ、ええと、……誰かに教えてもらったんですけど。誰、だっけ? ジェイダス様かな……」
不思議だった。何故か、自分はそれを知っていた。
キマクでは、行商人たちが集まるバザーがある。色々な文化や人に出会えるから、行ってみると良い……と。
「たぶん、事前にいっぱい調べたから、記憶がごっちゃになっちゃったみたい」
レモは、気恥ずかしそうにそう笑った。
「そうか」
本当に、それだけならいいが。
マリウスは、一抹の不安を覚えていた。
レモの存在は、本人の無力さと明るさとは裏腹に、危険な因子をはらんでいる。
ウゲン・タシガンという、レモの創造主。その強大すぎる力と邪悪すぎる意志に魅せられた人間は、未だ多い。そして彼らにとって、レモの存在は、あまりに有用すぎた。
先日のオペラハウスの件もある。レモが、そのバランスを崩さぬよう、悪用されることのないよう、マリウスは改めて心を引き締めるのだった。
そして、その一方で。
その飛空挺を見守るようにして、背後からそっと追う視線があることを、今はまだ、レモたちは知らない。
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