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リアクション
濃いピンクと白のストライプが可愛らしい庇の下、小さなお菓子屋さんが開かれている。
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)とマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が開く、「プチお菓子屋さん(withぬいぐるみ店)」だ。
硝子のショーケースの中に、小さな可愛らしいお菓子が並んでいる。小さなお皿に小分けにされたクッキーや、指でつまめそうな大きさのプチシュークリーム。同じ大きさのプチケーキと、カップに入ったミニプリン。
クッキーはノーマルとチョコ味。プチケーキはいちごショートにチョコ、レアチーズ。プチシュークリームはカスタードとチョコクリーム。ミニプリンはノーマル・チョコ・黒ゴマと味も色もとりどりだ。
これに簡単なドリンク──ジュース・紅茶・コーヒー・日本茶等──をお出しする。
ショーケースの横や上にはカゴに入ったぬいぐるみたちがお客様をお出迎え。
これらはのお菓子やぬいぐるみはどれも全部、瑠樹とマティエの手作りだ。
「いらっしゃいませ。プチお菓子屋さんへようこそー」
緑のエプロンを締めお揃いの三角巾を被った、ゆるい笑顔の(これは生まれつきだ)瑠樹が、連れ立ってきた女生徒たちに声を掛ける。
「りゅーき、アイスティーとチョコとレアチーズのプチケーキですよー」
ミニキッチンで彼と色違いの薄いピンクのエプロンと三角巾姿のマティエがドリンクを作り、ショーケースの中のケーキを可愛らしいペーパーレースを敷いたお皿に盛りつけると、瑠樹はそれを受け取ってテラス席まで配膳する。
「すみませーん、この可愛いわんちゃんおいくらですか?」
「それはねぇ……」
瑠樹は安全ピンを付けた、ラブラドールのぬいぐるみキーホルダーをお客さんが持ってきたので、慌ててレジに戻る。
これらは種類の殆どが犬や猫などの動物で、ふわふわもこもこで手触り柔らか。ゆる族を模したぬいぐるみもある。
「持ち帰り、プチシュー三十個ずつお願いします」
「かしこまりましたー。ご移動の時間はどれくらいかなぁ?」
「すぐそこなんで保冷材はいいよ」
瑠樹が接客の間、マティエは裏でしゃこしゃこお皿洗いを再会する。
ある程度時間が経ったら瑠樹とは交代。
「お待たせいたしました。黒ゴマプリンになります」
空いた時間にこまめにテーブルを拭き、椅子やお掃除も拭き上げて、お店が終わる頃にはお店はピカピカになっていた。マティエの趣味は掃除や洗濯、これくらいお手のものだ。
額の汗をぬぐいながら、マティエは作りのぬいぐるみたちが幸せそうに貰われていくのを見て。
「そういえばりゅーき、お店が閉まる前に、こーたいで『ゆる着屋』さんを見てきませんかー? ぬいぐるみも売ってるんだそうですよー」
「へぇえ、どんなのがあるのかねぇ?」
「行きにちらっと見たんですけど、白いねこさんがいたんですよー。毛並みが本物そっくりだったんです!」
マティエは嬉しそうにしっぽをぱたぱたさせると、テラスから校門を眺めた。
百合園女学院の校門脇に、ひとつのお店が建っている。
お城然とした背景に、不似合なプレハブ小屋。どうやらお店のようだ──上部に『ゆる着屋』の看板が出されている。
中にはまぁるい球体上のシルエット。ろくりんくん──のゆる族・キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)だ。
いつものようにパートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は寮の中にいる。せっかくの学園祭を楽しんでも良さそうなものだが、断固としてキャンディスに会いたくないようだ。校門側まで来ているのを知れば叫んでしまうかもしれない。
いや、もしキャンディスの願い「百合園女学院の校門の通行許可」を知ったら卒倒してしまうかも。
そんな清音の心情も知ってか知らずか、キャンディスはいそいそと接客をしていた。
「ごめんネ、『空京たいむちゃん』は貸し出し中ネ。お客様にはこちらの気品アル、『豪華なろくりんくん』がお似合いネ」
ゆる着屋とは、“原色の海(プライマリー・シー)”にある交易都市ヴォルロスでヌイ族がで始めた、観光客向けの「着ぐるみ体験」(舞妓さん体験のようなもの)の──出張版だ
始めるにあたっては、ヴォルロスのヌイ族協賛で、族長のドン・カバチョの助力を得た。
「学園祭のゆる着屋が成功スレバ、ヴォルロスの『着ぐるみ体験』にもお客が増えテ繁盛間違いなしネ!」
そう提案して、元々用意していた着ぐるみは、「ろくりんくん(通常バージョン)」、「豪華なろくりんくん」、「ろくりんピック正装バージョン」、「冬季ろくりんピック用冬毛バージョン」に「笹飾りくん」というメジャーどころ。
これに加えて、ヌイ族から、カバやウサギやキリンやクジャクやダチョウや、テディベアや柴犬、熊などなどの動物系着ぐるみを狩りだした。何だか野性味たっぷりだ。
それにドン・カバチョは予想通り来なかったが、そのかわりにお使いさせられたた(以前誘拐されたこともある)姪のユルルが来てキャンディスを手伝ってくれている。
彼女はしばらくカバで過ごすものだと思っていたが、今日はカバ以外の着ぐるみだ。真夜中の遊園地に立ってそうな、二足歩行に目と前歯が目立つピンクうさぎ着ぐるみで、明るく接客してくれる。うん、明るく。
でも……。
(他人の褌で相撲をトル? そんな事無いワヨ。共に繁栄、持ちつ持たれつネ〜)
そんなキャンディスの意向とは裏腹に、商売人のドン・カバチョの意向で、キャンディスは無理やり委託販売とチラシ配りに協力させられてもいた。
「何でミーがこんな目に遭ってるのネ」
「キャンディスさん、ファイトですよー」
不気味な着ぐるみの頭がゆらゆら揺れて落っこちそうになるのを、ユルルは慌てて抑えた。
「ゆる族が頭落ちるトカ、聞いたことないノネ」
「これは遊園地潜入用の試作品なんだそうです。試験運転中です」
……しかも、委託させられたヌイ族作成のぬいぐるみも多数お店に並んでいたが、キャンディスが目を話している隙に視界の端で、時々、一部のぬいぐるみの両眼がぴかーんと光った、気がした。
「……はっ?」
振り向けばそんなことはなく、ユルルも無反応だ。
「何ですかキャンディスさん?」
「……見間違いカシラ?」
そういえば、ヌイ族製のぬいぐるみにはホンモノのゆる族が混じっているとかいないとか、聞いたような聞かなかったような、そんなような気がしないでもないような。
「キャンディスさーん、帰って来た『ろくりんくん』に染みアリですー」
「大変大変、早速染み抜きネ! ちょっとそこドイテ!」
そんな疑問はちょっとしたトラブルで吹っ飛んでしまって、特製縫ぐるみ用洗剤のスプレーを手に、キャンディスは慌ただしく動き回るのだった。