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 第7章 裏切らないという誓いを

「ここが噂の……。本場アメリカと比べても遜色ない……というより、時々もっとハードな物もあるのね」
「ああ、あっちは契約者用の調整なの。普通のもたくさんあるよ」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、地球の大学生に通うセーラ・ホワイトとパラミタ大陸で1番広い遊園地、デスティニーランドを訪れていた。年上ではあるが彼女は気のおけない相手で、朝から一日、思い切り堪能する心積もりだ。もう、絶叫系を全部回る勢いである。そして、セーラがハードだと評したのはその絶叫系だった。
「そっちに乗る?」
「私がしり込みすると思うの? あっちに乗るわよ。さあ、行きましょう!」
 勝気な笑みと共に、セーラはルカルカを引っ張っていく。

「……なかなかにクレイジーだったわね」
「全然変わってないね、セーラ。前向きで、迷いとかなさそう」
 幾つかのアトラクションを周り、期間限定のチョコレート味のポップコーンを摘みながら2人で歩く。ルカルカが言うと、汗をぬぐっていた彼女の碧い瞳が、少し曇った。
「そう? ……これでも色々あるのよ」
「何かあったの?」
「何もないから不満なの! 例の婚約者候補だけどね……」
 セーラはそれから、心の内にある悩みをちらりと吐露した。彼女は軍人家系の上流階級の娘だ。観光で何度かパラミタにも来ていて、明日は仕事の同行を兼ねて父とニルヴァーナに行く予定になっている。当然の如く、婚約者候補も一緒だ。だがセーラは、一日だけ自由行動の時間を貰って2人とは別行動をしている。
「家柄は申し分ないんだけど……上昇志向が無いのよね」
「今で満足しちゃってるんだ」
「そう。それじゃあダメよ。男はもっと野望とか大望を持たなきゃ。小さく纏まった男なんてつまらないわ。……何だか頼りないし。ほら、彼なんだけどね」
 携帯を出し、セーラは若い男性の写った画像を出した。
「……頭良さそうじゃん」
 見たままの感想として、ルカルカは言う。ただし体力は無さそうだ。典型的な文系、という風体であり、雰囲気である。
「苛酷な環境に放り込んだら化けるかもだよ。いっそニルヴァーナに送り込んじゃえ!」
「それは、契約者じゃないからキツイかな」
「だよねぇ……」
 苦笑を返され、ルカルカも同じように笑う。
「セーラは、どんな男の人が好みなの?」
「そうねぇ、例えば……」
 そうして、セーラは理想の男性像を幾つか並べていく。ルカルカはそれを思い浮かべ、総合し、1つの結論に至った。また、苦笑する。
「真一郎さんと金団長を足して割らないとそんな感じかも。……ちょっち贅沢ない?」
「だよねぇ……」
 それは、本人も分かっているようだ。
「真一郎さんは安らげる感じかな。団長は、充実できる感じ」
「今度紹介しなさいよ」
「どっちを?」
「どっちもよ」
 小さくウィンクして、じゃれるように腕を組む。近くの売店に入ると、マッキーの耳がついたふわふわの帽子を手に取った。
「これ、かわいいわね」
「買う? お揃いで」
「そうね、記念っていうことで」
 彼女達はそれを被り、お互いに沢山の写真を撮り、保存した。

 ――その数日後。
「この待ち受け、この前地球から友人が訪ねてきてくれた時に撮ったんですよ」
 ルカルカは、金 鋭峰(じん・るいふぉん)とヒラニプラの商店街を歩いていた。それは偶然だった。とある任務を終えて教導団の表で解散後、彼女は買い物をしようと街に足を向けた。気配に気付いたのはそのすぐ後。振り向いた先にいたのは鋭峰で、商店街に視察に行くというので護衛を買って出たのだ。元々予定していたのと同じ場所であり、ルカルカは驚いて姿勢を正した。
『団長! 私に何かご用命でしょうか』
『……いや、ただの視察だ。物価の上下動と景気の確認に商店街に行く』
『お1人で、ですか?』
 内心で首を傾げ、ルカルカは聞く。1人で視察――もしかして、個人の用も兼ねているのだろうか。
『護衛としてお供してもよろしいでしょうか。私も丁度、用事があったので』
『ああ、構わない』
 無表情のままに鋭峰は言い、歩みを再開する。彼に随行し、今は、商店街。賑わう人々の中で、ルカルカはスマートフォンの画面を鋭峰に見せていた。待受に設定されているのは、丸みのある動物耳の防止を被っている2人の写真が設定されている。
「彼女とは、上海万博で団長と出会ったあの後、アメリカに“仕事”で行った時に知り合ったんです」
 筐体を仕舞い、鋭峰を見上げる。上海万博と聞いて、彼の瞼が一瞬動いた。
「万博、楽しかったですね。……あ、あの日の事は、誰にも話してません。勿論、パートナーにも」
 変わらぬ笑顔で言った彼女は、思い出したように付け加える。あの日、まだ子供だった鋭峰は、名も知らぬ彼女に自身の友人――いつも隣に立つ彼――について話をした。極めて個人的なエピソードであり、ルカルカはそれを、軽々しく人に話すべきではないと考えていた。
 沈黙を貫いていた鋭峰が、やや目を開いてルカルカを見る。
「君は……」
 その時、街中にハ長調の明るい曲が流れてきた。クリスマスの定番曲だ。ヒラニプラには元々クリスマスという文化は無かったが、地球人が流入するようになって扱うようになったのだろう。商店街はもう、クリスマス商戦に入っている。
「1年って、早いですねぇ」
 去年もこの時期、この華やかな雰囲気の中、鋭峰と散策する機会があった。ルカルカは、それを思い出し、また、今年1年を振り返る。
「毎日任務任務だけど、充実した1年でした。団長にとっては、今年はどんな1年でした?」
「今年はまだ終わっていない。総括するには尚早だろう」
「あ……、それもそうですね」
 2023年まで後、残り僅か。しかし、だからといってその残りを平穏に過ごせる保証は無い。国防を担うというのは、そういう事だ。
「じゃあ、来年になったら是非、聞かせてください」
 ルカルカはシャンバラ教導団団長に、強い忠誠を捧げる。
 金鋭峰と共に歩き、同じ未来を目指す。
 金鋭峰の理解者でありたい。彼の国防の実現が彼女の願いだ。
 参謀長の人生が鋭峰にあるように、男女を越えた、強い信頼で結ばれた関係でありたい。
 それは恋人への愛とは別の、金鋭峰との絆の形。
 ――私はジンを裏切らない。
 ――私はジンを孤独にしない。
 一瞬、隣を歩く鋭峰に少年の姿が見えた気がした。当時と変わらぬ三白眼が、ルカルカに向けられている。
「どうしました?」
「……それは、団員を集めて皆に語る事になるだろう。出席した時に聞くといい」
 一瞬、ルカルカに少女の面影を見た。だがそうは言わず、鋭峰は前を向いて商店街の視察を始めた。これは散歩ではない。あくまでも、視察なのだ。
 幾つもの店を回りながら、ルカルカが言う。
「クリスマスって、何だかそれだけでわくわくしませんか? さっきの話の親友にも、何か買って送ろうかな」
 去年は個人的なお土産物は変えなかったが、今年はどうかなと思いながら通りを歩く。そして、ちらりと鋭峰に提案した。スノーボールを手に持って。
「あ! 参謀長の分も買っていきます?」
「男に渡して喜ぶとは思えんが」
「何でもいいんです! 気持ちですよ気持ち!」
「だとしても、実用的な物の方が良いだろう」
 頑として、鋭峰はそのキラキラと光る小物を手に取ろうとはしなかった。
「親友って、良いものですよね……」
 透明の袋でラッピングされたスノーボールを眺めるルカルカを、視界の端に捉えながら。