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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

リアクション


●パーティへようこそ!

 ここはイルミンスール魔法学校。
 よほど気合いを入れたのか、学校の門をくぐれば、いや、門からしてすでに、クリスマスらしく飾られていた。
 見上げる首が痛いほどに大きなクリスマスツリーの横を過ぎ、講堂のメイン会場に向かうと、だんだんと賑わいが聞こえてくるだろう。
 パーティへようこそ。イルミンスールのクリスマスイブへようこそ。

 思った以上に……、風羽 斐(かざはね・あやる)は会場を見回していった。
「大規模なパーティだな。それなりの正装をしてきて正解だったようだ」
 実際、フォーマルなスーツを着こなす今夜の斐は、普段の無頓着な姿とはかけはなれたものがあった。上品な柄のネクタイに、高級ブランドの腕時計。胸元にはハンカチーフ、伸ばした髭も整っており、ダンディズムすら感じさせよう。
「そういえば、イヴは恋人同士、クリスマスは家族で過ごすものと言うな……」
「言わねぇよ。何だそれ」
 浮いたテニスボールをラケットで叩き落とすような容赦ない口調だ。翠門 静玖(みかな・しずひさ)である。
 静玖もセミフォーマルといっていい。抑えた色調のコーデュロイジャケットに、タートルネックの組み合わせ、細身のパンツなので長い脚が映える。タートルネックは彼の髪色を基調とした青だ。
「そうか? 何かで読んだことがある。今、ふと思い出したな。うん、やはりイヴは恋人同士、クリスマスは家族が……」
 あくまでこだわる斐に、静玖は多少不服げに返す。
「何でそんなこと今思い出すんだよ。今日はイヴなんだから、せめて明日思い出せよな。これだからオッサンは……」
「だとしても私は楽しいです」
 と笑みを浮かべたのは朱桜 雨泉(すおう・めい)、彼女は眼を細めた。
「こうしてお父様、お兄様とご一緒できたのですから」
 今夜の雨泉は目の覚めるような美しさだ。静玖と同じく青基調のパーティドレス、やや幼げな印象もあるリボンの装飾だがよく似合う。髪はアップにして束ねていた。
「そうだな。考えてみれば雨泉の言う通りだ。楽しめればそれでいい。豪華な料理を食べて、クリスマスプレゼントを用意して……」
 という斐の言葉が、何やら雨泉の心を乱したようだ。これを聞くや無言で、雨泉は視線を落としたのである。
「プレゼント……」
「雨泉? プレゼントがどうかしたのか?」
「ん? プレゼント……?」
 父と長男、ほぼ同時に雨泉に注目した。いくらか気まずそうに彼女は言った。
「今年はお兄様と一緒に選べなかったなって思って……」
「ああ、それはだな……。雨泉にクリスマスプレゼントを渡そうと思ってな、俺が静玖に何が良いか相談したからだと思う、ぞ……?」
 えっ、と雨泉は顔を上げた。その眼に星のような輝きが宿っている。
 これに気をよくしたか、斐はみずからの顎に手を当てニヤリとした。
「あの時の静玖の顔は、忘れられそうにないねぇ。あらぬものを見たような顔だったな」
「そんな酷い顔した覚えはねぇけどな」
 じろりと静玖は視線を流すわけだが斐は気にしない。
「いいや、あれはこれまでにない驚き顔だった。びっくり仰天、といったところだったぞ。うん」
「大げさなんだよいちいち。あのなぁ……いつかのクリスマスに『何かほしい物が目に入ったら言ってくれ』って言ってたオッサンが、自分から選ぼうとしたんだぞ。あの催事に疎いオッサンが、だぞ! そりゃ、俺だって驚くっつーの」
「静玖、お前さんは俺がどれだけ催事に興味がないと思ってるんだ……。しかし、否定できないな」
 そんな二人のやりとりを見て、嬉しくて堪らないとでもいうような雨泉だ。
「それはお兄様、とても驚いたと思います。お父様は研究熱心ですから」
 彼女は手を叩かんばかりにしている。
「まあ、何だ。俺と静玖から、雨泉にクリスマスプレゼントだ」
 斐に促されると、ちぇ、というように後頭部に左手をやってから、静玖は鞄を脇に挟んで何か取り出した。
 小さな箱だ。赤いラッピング、これに緑のリボンが巻かれている。
「相談を受けたからな、今年はオッサンと渡すつもりだったんだ。これだよ。……メイ、黙ってて悪かった」
「お兄様! 謝らないで下さい。私、とても嬉しいです……!」
 雨泉は両手でこれを受け取る。
「開けても良いですか?」
 うん、と斐は頷いて見せた。
「ああ、開けてみて御覧」
「……わぁ…! ロケットですね! デザインも一緒ですね……ありがとうございます!」
「それ、随分と使い込んでいるだろう? 新しいものだ」
「同じデザインを見つけるのに苦労したけど、メイが喜んでくれてくれるならな」
 本日も雨泉が身につけているのと、寸分変わらぬデザインのロケットだ。くすんだ色をしている現在のものと違って、新品なのでつややかな光を放っていた。
「私からもプレゼントがあるんです、受け取ってもらえますか?」
 言うなり雨泉は、ほんの少しだけ、大胆な行動にでた。
 けれどそれは、とても大きなサプライズ。
 彼女はまず斐に、そして静玖に、頬へのキスをしたのだった。
「メリークリスマス! お父様。お兄様」
 はにかむ雨泉はまるで、六歳のようにあどけなく、愛おしい。
「メリークリスマス。雨泉、静玖。……何というか、照れくさいな」
 斐は思わず相好を崩した。
「……メリークリスマス。メイ……ついでに、オッサン」
 なんだか頬に熱を感じつつ、静玖も言った。

 いささか月谷 八斗(つきたに・やと)は緊張気味だ。心臓が高鳴っているのを気取られないように、精一杯落ち着いた風を装う。
 本日の八斗は、そのままメンズカタログに載せたいくらいの二枚目ぶりだ。普段からよく着ているパーカーではなく、今宵の八斗は黒のタキシード、ネクタイも締めていっぱしの紳士である。カシミアのコートはクロークに預けた。
 受付に招待状を出し、
「はい、招待状。二人ね」
 といったその声、少し震えていなかっただろうか。
 そう、二人なのである。
 月谷 要(つきたに・かなめ)はいない。彼がエスコートしているのは、
「わー!パーティー素敵だね! みくるパーティー来たの初めて!」
 なんて言ってはしゃいでいる若松 みくる(わかまつ・みくる)なのだ。みくるの契約主若松 未散(わかまつ・みちる)も本日はお留守番である(といっても自宅でそれなりに楽しくやているだろうけど)。
 服装が慣れないから……これを緊張している理由にしたいところだけど、本当は、違う。
 ――デート、だからなあ。
 それも、びっくりするくらいの美女連れでだ。
 みくるはぐっと大人っぽい。いや、『愛と夢のコンパクト』を使って大人に変身しているので、本当に二十歳前後の妙齢だ。
 青みがかった緑色のロングヘアなびかせ、流線型のスレンダーな体型、これを白いワンピースにボレロで飾り、不慣れなヒールを頑張って履いている。世の女性の多くがうらやむほどに豊かな、しかも形のいいバストをしている。
 まあそういうこともあってエスコートされる側のみくるのほうが現在、八斗より身長があったりするのだが、それでも似合いの入場姿
 ――うん。デートだ。『デートは緊張する』。その思考なら自分でも納得できる。
 などと八斗が自身と対話している矢先、
「みんなキラキラしてて楽しそうで幸せそう……ねえねえ、あれお菓子じゃない? わあ、ケーキにアイスにクッキーに……八斗、食べに行っていい?」
 みくるに話しかけられ、彼は我に返った。
「え? ああ、いいけど……お菓子ばっかり取っちゃだめだよ。ご飯も取らないと」
 実年齢を考えれば仕方がないことだいうことで、お菓子ばかり欲しがることには目をつぶろう……いつか治したいとは思うけれど。
 ところがみくるは、八斗の発言の後半は聞いていないようで、
「わー! お菓子! お菓子! いっぱーい!」
 と大はしゃぎして彼に抱きついたのである。
「わわわっ!!」
 考えてくれ、『今の見た目』を! 思わず叫びそうになる八斗だった。
 胸が当たってる、とかそういうフィジカルな問題ではなくて。
 それは、その……。
 目の前にいるのは変身した『みくるちゃん』、それは十分わかってる。
 けど、その声で呼びかけられながら笑顔を向けられると、どうしても……思い出してしまうじゃないか。
 『みくるお姉さん』を思い出してしまうじゃないか。
 ダブるのだ。彼女の姿と『彼女』の姿が。
 比べてるわけじゃない。比べたいとも思わない。ただ、どうしても複雑な心境になってしまうのだ。
 これを危惧するあまり今夜の自分はずっと緊張しているのだと、八斗は知っていた。
 ――諦めよう。むしろ諦めなきゃ駄目だ。考え始めると色々思考がドツボにはまりこむから。
 今は諦めて慣れよう。
 タキシードもだんだん動きやすくなってきた。心だって……同じはずだ。
 
 ――綺麗。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はしばし、我を忘れそうになった。コートを脱いだセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、それはそれは、鮮やかで艶やかな出で立ちだったから。ただ美人というのではない、そこには気品すらただよう。
 目の覚めるようなグリーンのドレス、それが今宵のセレアナの装い。大きく背中が開いており、胸元についても大胆な切れ込みがある。レース飾りのようなものは少なめだが、それがかえって、彼女の姿形のよさを際だたせていた。
 対するセレンフィリティは、緋色のバラをイメージしたパーティドレスだ。セレアナのドレスに比べても遜色のない服なのだが、どうも自分には過ぎた衣装のような気がして仕方がなかった。
「じゃあ行こうね」
 セレアナの手を取って、エスコートするように歩きだしたセレンフィリティだが、入り口の受付でさっそくつまずくはめになった。
「……あ、招待状、どこだっけ」
 大人しくしていればそれなりに清楚なお嬢さんなのに、なんともあたふたしてしまって、
「ここよ」
 と、さっと招待状を出し、二人分の受付を颯爽とすませたセレアナに、結局エスコートされる格好となった。
 うぐぅ、なんて呟いてしまう。
 やはりこうした場はセレアナにこそ似つかわしい――セレンフィリティは思った。歩き方ひとつとっても、彼女は優雅で、しかも堂々としていて、まるでお姫様のようで……。
 そういえば、とセレンは我に返った。そもそセレアナは貴族階級の出身なのだった。こうした装いは板についていて当然ではないか。
 それに引き換え自分は――。
 悲惨な過去が頭に蘇りそうになって、セレンは慌てて頭を振った。
 駄目だ。思い出しちゃいけない。特に今は……。
「どうかした?」
 いつの間にかセレアナがしげしげと見ていた。
「な、なんでもない」
 と流して、セレンはパーティに意識を集中する。
 セレアナの目は節穴ではない。自分と比してセレスが己を卑下しているであろうことは想像がついた。
 そうやっていちいち気にせず、黙っていれば百点満点なのに。
 ――そうすれば、この上なく可憐なのに……。
 けれど非難する気はない。むしろ彼女を、抱きしめてあげたいとすらセレアナは考えていた。
 そんなところも含めて、セレアナはセレンのことを愛しているから。欠点は自分が補えばいい、とも思っている。

 そのセレンフィリティらの脇をかすめて、林田 樹(はやしだ・いつき)が会場入りした。
 紅のビスチェドレスに白のファー付きボレロ、ゴージャスな装いだが晴れの場ということもあり、かつまた、樹の容姿もあいまって実にぴったりだ。
 とりわけそのドレスの扇情的な胸元に、樹は緊張気味の面持ちだ。そんな彼女の腕は、緒方 章(おがた・あきら)の腕に絡んでいる。
「ジーナ、その…この衣装は派手ではなかったのか?」
 振り返って樹は、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に問うのだが、
「大丈夫なのですよう、樹様!」
 絶対に揺るぎのない自信を見せてジーナは請け負うのである。
「いや、でも……あ、アキラが、鼻血吹いて大変なんだが……」
「大変じゃない。大変じゃないぞ……」
 しかし、樹が見上げた章の顔は、まさしく大噴火状態である。せっかく彼も一張羅でキメているというのに、さっきから何やらしきりに、ハンカチで顔の真ん中を押さえているのだ。要するに、鼻血だ。
 なお章の装いは、生成のハイネックに緑のウールジャケットを羽織るという貴公子風、ただし焦茶のカラーデニムで遊び心もしっかり示すというなかなかのもの。なお章の装いも、生成のハイネックに緑のウールジャケットを羽織るという貴公子風、ただし焦茶のカラーデニムで遊び心もしっかり示すというセンスあるものだった。
「……あっきー、それ久しぶりだなぁ……大丈夫か?」
 からかうようにウリウリと、肘にて新谷 衛(しんたに・まもる)がちょっかいを出してきた。そんな衛は、浅葱のパーカーにデニムのハーフパンツ、いたってカジュアルなスタイルだ。
「よせっての……あー、わかった。もう降参だ。大変だよ、大変。久々にバカラクリにやられたなぁ『身内テロ』……」
 セクシーすぎる樹の完成度に、海千山千(?)の章も完全陥落というわけだ。彼は血を逆流させるべく、斜め上を見るようなポーズで負けを認めた。
「バカも休み休み言いやがれでございます、バカ餅! バカ餅を喜ばせるために樹様のドレスを選んだわけではありませんっ!」
 べーっ、っと章に舌を出し、ジーナは樹の晴れ姿を再度眺め直して溜息した。
「はぁ……やはりお美しい……あ、柊の葉の飾りピンが曲がっております、直しますね……」
 ついでに、髪を結い上げるのが苦手という樹の髪も直す。なんとも色っぽい襟足ではないか。
「あ、ありがとう……」
 桜色に染まる樹の肌になにやら感極まったのか、
「樹様、御免くださいまし」
 と言うやジーナは、彼女を章からひっぺがしてずんずんとパーティの場に入っていった。樹のビスチェドレスに並んで、ジーナのセーラーカラーのワンピースが遠ざかっていく。
「ン? なんだあの落ち着かないバカラクリは……?」
 置いてけぼりの風になった章は、いそいそと鼻に詰め物して衛を見た。
「んあ? おにゃの子同士でピーチクパーチクやってるだけじゃね? ……気になんのか?」
 衛はいたって平然としつつ、ほれ、と章の手に何か握らせた。鉄分のサプリメントだ。鼻血の後は、忘れずに。
「いやいや、良かったなぁと思って。彼女に必要なのは、ああいう『アソビ』だと思うから、僕は」
「『あそび』? イベントなんかの遊びごとは、結構オレたち出かけてるんじゃね?」
 衛も留まるつもりはない。なにやら理由ありげに遠のいたジーナと樹はそのままにすることにして、給仕の盆からドリンクのグラスを受け取った。
「違うよ、人としての『遊び』の部分ってことさ。彼女は仕事一辺倒で、あんな時間を全く取らなかったみたいだから」
 章とて噴火は収まってきたらしい。やはり真っ赤な液体の入ったグラスを受け取ると、一息にサプリともども飲み干した。
「あ、そーゆー意味ね。たしかに。いっちーって、のんべんたらりと日々を過ごすようなことしてねぇもんな……暇してたら筋トレとかしてるくらいだし」
 クラッカーをポリポリ食べながら、おっと、と気づいたように衛は付け加える。
「って、あっきーの方が付き合い長いんだっけ?」
「ン? ……八年と二ヶ月、契約を断られ続けたのは五年ほどになるね」
「うっわ、長っ! ってか、それ、暗にオレに対して予防線張ってね?」
 このとき衛は、瞬間、針のように尖った視線となった。
 それに気づいているのか、いないのか、それとも気づかないふりをしているのか、
「当然、君に対して警戒心を解いたわけではないよ♪」
 世間話でもしているような口調で、朗らかに章は言葉を返したのである。
「あははー、読まれてら……」
「それじゃ、お姫様を迎えに上がるとしようかな」
 軽やかに手を振って、章は樹の元に向かいかけたが、おっと、と足を止めて衛を振り返った。
「……あ、今日は僕と樹ちゃんは先に帰ってお留守番組と『家族のクリスマス』するから、帰ってこなくても良いよ!」
「え? 帰ってこなくても良い?! それどーゆー意味……」
 どうも今宵は、章に一本取られてばかりの衛だ。泡を食って問い返す。
そっち系のああいう意味
 ふふふ、と屈託のない章である。さらに言った。
「何かの時のゴム製品でも渡しとく? ……あ、アホ鎧は『性別:女』だったっけ?」
「お、おう……って、そーだよ、オレ女になってたんじゃん! やっべーよ、オレ野郎としてヤった事はあるけど逆はないんだぁ!」
「本当にアホ。大声でなに言ってるんだよ……」
 まったく、と薄笑みを浮かべる章であった。
 さて一方、ジーナと樹はどうなっているかというと……。
「それにしても、来て早々何故私達はアキラ達と離れているのだ? ともに会場内を巡り、宴を楽しもうという約束ではなかったのか?」
 樹の問いが口火となっていた。
「え、ええっとですね、い、樹様にお伺いしたいことがありまして……」
 改まってジーナは、樹ににじりよったのである。
「ん? ……何だ?」
 なんだか妙な雰囲気だな、と思いつつも、樹はそう応えることしかできない。
 ジーナといえば、詰め寄るときこそ威勢が良かったが、だんだんと消え入りそうな声になって、
「あの、は、『初めての時』って、どうなさったんですか……樹様?」
 と、言って下を向いた。
「初めて? それは、何のことだ?」
「えっとそのあのう…バカ餅と、初めて、ごにょごにょごにょ……
 この『ごにょごにょ』部分はあまりの小声でよく聞こえなかった部分だ。樹はジーナの口元に耳を近づけ、もう一度と言った。そして、
「?!」
 瞬間湯沸かし器のように、突然、悟ったのである。
「それは、そのときのことはだな……章に聞いた方が良いんじゃ……」
 瞬間湯沸かし器になったのはジーナも同じだ。
「ちっ、違います樹様っ、そーじゃなくて!」
 大急ぎで否定して繰り出す。
「覚悟とか、そういったモノってあったのですか?」
 質問の主旨はそういうことですっ、と締めくくった。
「それは、心構えということか?」
 問い返しつつ、樹はシャンパングラスを取った。薄く色づいた泡を眺める。
 ジーナが首を、ぶんぶんと縦に振るのを見て樹はシャンパンを一口、含んだ。
「そ、そうだなぁ………何も、なかった……と言ったら、怒られるだろうか?
 私の気持ちを伝えるために、酒の力は少々借りたが。アキラを信じて身を任せたら、自然に事が進んだだけだ。だから、覚悟とか決意と言うのとは違うかもしれない。むしろ、そういったことはなかったような気がするなぁ……。ただ、『アキラなら信じられる』、そう思ったことだけは確かだ」
 ふっ、と樹は微笑した。それほど前のことではないはずなのに、遠い昔の記憶を語っているような気にもなる。
「ふ、ふぅん……そーなんですか……」
「ところで、こんなこと、訊いてどうする……? なにかアドバイスでもほしいのか?」
「やっ、あのそのそれは違うんです。ただ今後のために知識として入れておきた……」
 このとき、ジーナがちらりと衛を一瞥したのをとらえて、ああそうだったな、と言わんばかりの口調で樹は告げた。
「何だジーナ、マモルとそういう間柄にでもなりたいのか?」
 その直後、残ったシャンパンを喉に流し込む。
 炭酸混じりのアルコールが、樹の口を滑らかにしたらしい。樹は言った。
「私とアキラは先に宴から抜けようと思っている。家に待っている彼等と『家族団らん』をするつもりなのだ。
 だからジーナ、お前たちは適宜に帰宅して良いぞ……何なら、外泊しても構わん」
 おまけに、意味ありげに含み笑いをしたのである。
 ところがジーナにとっては笑い事ではない。きっ、と眼を怒らせて彼女は両の拳を握りしめたのである。
「樹様ぁ! 何を仰ってらっしゃるんですか、バカぁっ! そんなこと仰っていると、ワタシもお酒呑んじゃいますよ!」
 礼儀も何もあったものではない。ジーナは手近なグラスを取って、そこにシャンパンをざあっと流し込んだ。
「冗談だ、ジーナ、お前に呑まれては後が大変だ」
 さっとそのグラスを奪って、樹は子どもに言いきかせるようにゆっくりと述べた。
「さあ、あちらにジーナの好きそうな甘い物があるぞ……食べに行くか?」
「むー、そんな甘い物にはつられな……」
 と、いうのはタテマエ、すぐにジーナは眼をダイヤモンド調に輝かせることになったのである。
「きゃああ!! 美味しそうなムースが!」
 ここで、章と衛が加わったという次第だ。
「なんだか盛り上がってるみたいだけどねぇ……パートナー交替といかないか?」
 さてこの夜、これからどうなることやら。
 特に、ジーナと衛にとっては……。
 
「1 :こちらスネーク。イルミンスール魔法学校のクリスマスパーティへの潜入は無事終了した。現在はクリスマスツリーに到達している」
「……と」
 多比良 幽那(たひら・ゆうな)ははりきって記入を終えた。
 こちらはパーティ会場からいくらか離れた屋外。大きなクリスマスツリーの下だ。
 彼女は今、パーティドレス姿ながらスマートフォンで、一心不乱になにやら記入していたのだった。いや、今現在も画面に没頭し、反応を見ては書き込みを繰り返している。
 何に? それは、インターネット上の某掲示板。
 何を? それは、パーティ会場からの実況。
 リアルタイム書き込み! リアルタイム実況でお届け! これが幽那の楽しみ方だ。
 ちなみにスレッド名は【リア充】とある魔法学校の宴会模様【爆発しろ】だ!
 メールアドレス欄はもじってあるが、邪魔な数字を除くとU-naXmasKillerと読めるような細工がしてある。
「そして会場の光景をチャリーン!」
 さっそく撮影してアップロードも完了だ。なおカメラ機能には、肖像権に配慮し人物には黒い目線が入るようなプログラムをしてある。
「あー……そんなことして、楽しいですか?」
 思わず織田 帰蝶(おだ・きちょう)が問うてしまった。問うてはならぬことを、ならぬことを。
「いいの!」
 と幽那は魂をスパークさせて言った。
「私の書き込み先では、全世界十数億の非リア充たちが、固唾を呑んでこのリア充祭の推移を眺めているんだから!」
「いや……眺めていないかと……」
「『それは、リア充のキチョっちゃんにはわからないことですね!』」
「えっ!?」
 帰蝶はギョッとして振り返った。
 そこには、キャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)が、お馴染みのあの扮装で立っているのであった。
「いきなり声をかけられたのにも驚きましたが、その……『キチョっちゃん』というのは……?」
「『ユーのブランニューな二人称。オーライ?』」
「あの……それに、普通の口調も予告なく猛烈に変化しますよね……アリス様は……」
「『『リア充は砕け散るといいよね!』と、言いました』」
「ええと、それってカギカッコの上にカギカッコ……? それはアリス様のお言葉なのかアリス様が創造されたキャラクターなのでしょうか……?」
 なんだかこんがらがってきた。
 それはそうとして、と帰蝶は幽那に眼を移す。
「あの……書き込み? 来てます?」
 来てないでしょう? というつもりだったのだが、こはいかに、
「来てるよ〜!」
 ほら、と幽那は帰蝶にスマートフォンの画面を突きつけたのだった。
 たしかに二つ、レスがついている。早い!
「2 :>>1
 潜入ごくろーさまー! 幽那ちゃん」
「3 :ガンガン実況して下さイ お祖母ちゃン」

「……」
 帰蝶は、顔を上げてアリスと、ハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)の姿を探した。
 アリスはクリスマスツリーの影に隠れるようにして、そしてハンナは、そのアリスの影に隠れるようにして、いずれもタブレットPCやスマートフォンの類を一生懸命操作している。
 それはそうとして書き込みは増えていく。
「4 :でもネ、リア充だからっテ、そんな嫌うことはないと思うヨ」
「5 :『……おっと。さっきのカギカッコなしね、『←これ。
 でもね、ユーは思い違いしてるね。彼らを爆殺しないと日本の夜明けは遠いぜよ。
 >>1さんはどう思う?」
「6 :えっと、1だけど。そうねー……スレッド名こそあれだけど、リア充な恋人たちも真面目に祝福したいとは思うなあ。私のパートナーでもね、一人、リア充な子がいるわけよ。彼女のことを思うと、祝ってあげたい、って思うもん。
 だけどこうしてクリスマスイブに独り身だと、我が身についても考えちゃうんだよね。恋人ほしいなあ、とか恋愛したい、とか可愛い女の子カモン、とか……」
「7 :幽那様……!」

 あれ、と幽那は顔を上げて見回した。
 なんだ。いつの間にか、四人が四人とも携帯端末で書き込みを開始しているではないか。そう、最新書き込み「幽那様……!」を行った帰蝶を含めて。
 コホン、と咳払いして、幽那はふたたび書き込みに没頭する。
「8 :それはそうとしてまだ始まったばかりで、誰についても実況できませーん。しょんぼり」
「9 :お祖母ちゃン、元気だしテ!」
「10 :そう、まだ夜は始まったばかりよ」
「11 :ではこの場を拝借しテ、しばシ、未来的な恋愛について語り合いましょウ。
 百合とか薔薇とか大歓迎!?」
「12 :いきなり趣味に走らないで〜」
「13 :ああもうなんかグダグダ……ではいきなりだけど挨拶! 
 メリークリスマス!」
「14 :メリークリスマス」
「15 :メリークリスマスでス」
「16 :メリークリスマス!」

こんな感じで実況は続くのである。メリークリスマス!