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【マスター合同シナリオ】百合園女学院合同忘年会!

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【マスター合同シナリオ】百合園女学院合同忘年会!

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「百合園女学院合同忘年会に参加しませんか?」
 初めに言葉を発したのは、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)であった。
 瀬島 壮太(せじま・そうた)が答えて曰く、
「忘年会なら鍋だよな。何鍋にする?」
 これに応じた黒崎 天音(くろさき・あまね)が語ったのは、かつての共闘であった。
「僕はカニ鍋がいいな。……蟹か……そういえば、シベリアのカニ美味しかったよね」
 だから──、

「いやー、流石シベリア。いい景色ですね。あっ、大きな蟹がかかってますよ!」
「いいかエメ、遭難するなよ! 全身白いから見分け付かねぇ……って、そもそも何でこんな時まで白スーツなんだよ!?
 おい、手伝えよお前! “火遁の術”で暖まってんじゃねぇ!!」
「別に暖まってるだけじゃ……船の氷を溶かしてるんだよ? やらないと沈むよ?」
「ああっ、見てくださいよこんなに蟹が!!」

 ──と、いう一幕が忘年会の直前、シベリアであったのは当然……
「……でもないよ。まさかあんな事になるなんて思わなかったんだよ」
 単に思い出して思いつきで言っただけの事なのに、と天音はちょっと遠い目をした。ぽかぽかのこたつの中はあの極寒と比べればまるで天国だ。
「楽しかったですよねぇ」
 狩りの最中もノリノリだったエメはにこにこしている。
「ん、今回もオーロラがとても綺麗だったよ。スリルもあったしね。……まぁでも……今度は空輸して貰った方がいいんじゃないかな?」
 そして天音の答えがそんな感じだったので、壮太は一人、こめかみに手を当てた。
(つ、ついてけねぇ、こいつらやっぱお坊ちゃまだ……。
 まさかカニ鍋食うためにまたカニ漁船に乗るハメになると思わなかったぜ。色々ハードすぎんだろ……)
 壮太はくじけそうになった。
 何故って、こたつでみかんで鍋なんだから、ここは庶民の出番であるはずなのに……。
 こたつは分らないが、みかんは大きく丸くて甘く、おせんべいも如才ない味わい。お茶は文句の付けようがない。ふと見た畳の縁がいかにも高級品という趣を漂わせている。
 慣れない百合園での友人の姿は心強いはずだったが、
 エメは普段通りの白い三つ揃いのスーツに白手袋姿。いかにも上品な貴族の御曹司と言った風。
 天音もこんな場でも全く動じることもなく、余裕があって寛いでいると言った風。
 鍋というのは、たまに奮発したいいお肉や、チラシの安売りチェックの上でたんまりと買い込んで、ビニール袋を両手に提げてお喋りしながら帰宅しつつの前哨戦という、日本の奥ゆかしい情緒の上にこそ成り立つのではないだろうか。
「……うん、何だ?」
 壮太は白い割烹着姿で天音にお茶のお替りを注いでいるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と目が合い、何となく彼の肩を親しげにぽんぽんと叩いた──ところで、
「わわわっ!?」
 足の先、何か軽くかまれたような感触。と、同時に何か柔らかいものに足首が捕えられ、ドンドンと叩かれる!
「な、なんだよこのこたつっ!」
 ばさっと布団をめくって覗きこめば、そこには彼の足先を両前足で抱え込んだふわふわ毛皮の白猫が。
 白猫はつぶらな蒼い瞳で壮太を見付けると、首を傾げて、
「にゃうーん?」
 そのかわいい物体は、エメのパートナーである丸きり白猫の機晶姫アレクス・イクス(あれくす・いくす)だった。一足先にこたつの中に入っていたのだ。
 壮太が軽くアレクスをいなせばアレクスはにゃう、と一声鳴いてこたつから飛び出すと、エメの膝に乗って「きゅるるる〜」と喉を鳴らした。
 壮太は軽い脱力感を覚えながら、灰色のカーディガンを下に着た白いロンTごとまくり上げ、ほわほわ雰囲気の一同に宣言する。
「……もういいや、鍋だ、鍋!
 エメも黒崎もいいとこの坊ちゃんだから、自分で鍋なんてやったことねえだろ、ほら菜箸貸せよ。ブルーズは味付け頼むな」

 鍋と、すき焼き。庶民にはちょっぴり高価な食材で、庶民の贅沢忘年会ディナー。
 ……の、筈だよな。と、壮太は深く考えないことにして食材チェックを続けた。
 立派な竹籠に乗せられたカニが、わざわざシベリアに行ってきた戦利品であっても、だ(なお一部は天音が知人の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)に提供済みだった)。
「……んで、俺が持ってきたのはカニ鍋用の白菜だろ、絹豆腐、シメにご飯と生卵。エメはすき焼き用だったな」
「ええ。白菜、白葱、舞茸、松茸は香り付程度に少量で。……豚肉でごめんなさい、でも量があるしちょっといいお肉なんですよ」
 にっこり笑ったエメの真意に、壮太は気付くことなく素直に頷いた。
「ん? オレは肉が食えれば文句言わねえ、豚すきも美味えよな」
(壮太君は普通の金銭感覚の持ち主ですからね……)
 豚肉はイベリコ豚だったのだ。言わねばわかるまい──と思っていたが、案の定気付いていないようだ。
「あ、そういえば、取箸は絶対専用の使ってくださいね」
「……絶対? まぁいいけど、そのつもりだし」
「お願いしますね」
 潔癖なエメには同じ鍋を同じ箸でつつくという習慣はないのだった。

 こうして、鍋パーティが始まった。
 いや、お白洲であろうか。
 ブルーズ命名するところの鍋奉行・瀬島、別名・名奉行頭髪の金さんが取り仕切るお裁き(鍋捌き)の始まりである。
「カニは煮すぎると身がバラバラになってまずくなるから、先に白菜入れて煮とこうぜ」
 こたつの上に乗っけた卓上コンロとホットプレートはお白洲。
 まずは、カニ鍋に手をつける。土鍋の中で、丁度昆布を入れた水がふつふつと空気の泡を立て始めたところだった。
 壮太はさっと昆布を取り出すと、お裁きを待つ具材──適度に切った白菜の芯から入れ、それから白葱など野菜、カニを順に投入していった。
 その後、ホット部レートに油を敷き、豚肉を並べていった。さっと溶けてゆく透明の肉汁からふくよかな香りがたつ。そこに葱、茸の順で焼き目を付けて、ブルーズが味付けをした割り下を流し込んだ。焦げ目を残しつつも透き通った葱が甘い茶色に染まっていく。
 その後、ブルーズがどこか神妙な顔つきで宣言する。
「ここに、既に程よく煮えた蟹鍋があります」
 土鍋の蓋をあけると、ほわっと湯気が上がった後に、くつくつと美味しく煮える蟹鍋。紅白のぷりぷりの身が、瀬島奉行のお捌きで煮え過ぎもせずジューシーに仕上がっている。
「美味しそうですねぇ」
 エメが感嘆の言葉をあげるのを満足げに聞きながら、その間にも各自に箸や取り皿を用意する。
「おし。カニは熱くなってるから食う時気を付けろよ」
 壮太は野菜とカニをバランスよくそれぞれの椀に取り分けて、渡していきつつ、豚すきにも菜箸を動かしていく。
 エメには遅い時間に食べる習慣もなかったが、気を遣わせない程度に箸を動かす。
 それからも続く壮太の言葉に、天音はちょっと笑いつつ、鍋薀蓄を内心フムフムしながら聞いている。
 全員に行き渡ったのを確認したブルーズが、最後に自分の器に手をつける。
 そのつるんと殻が取れたカニを、あーんしようとしているのを、天音はじっと見つめた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………食べるか?」
「ふふふ、ありがと」
 微妙な顔をしたブルーズが器に入れてくれたそれを、天音は微笑を返して幸せそうに口にした。
 しばらくもくもくと食事を続けた後のこと。
「シメは雑炊な、雑炊。 あ、エメ、スキ焼きのほうもっと肉入れていいか?」
 そう壮太が言った時、天音は箸を置いって、
「ごちそうさま。腹7分目くらいにしておかないと、この後の年越しそばが入らなくなりそうだね。
 雑炊は、ちょっと時間空けてからにしようか? 三つ葉を散らして玉子でとじて、蟹身もたっぷり乗せて」
「いいな、そうしよう」
 そんな話をしながら最後何を残すか考えつつ壮太が食べて、アレクスの器に残ったくたくたの白菜やらをどんどんと入れていくと、エメがふうっと息を吐いて、
「去年もいろいろありましたね。そういえば黒崎君、原色の海凄く綺麗でしたね。今度壮太君も一緒に行きませんか?」
「今度はプライマリー・シーの新鮮な食材で鍋をするのも良いね」
 二人が以前訪れた場所の話をすると、鍋奉行は未知なる敵(オサカナ)の存在に心を躍らせるのであった。

 そうして時間が過ぎ、わいわい雑炊を食べて。
 やがて花火の音がするので、見に行って。
 戻って来た時、エメがどこからか箱を取ってきた。
「私の実家では新年にガレット・デ・ロワでお祝いをする習慣があるんですよ」
 それは白いケーキ箱。中を開けると、金紙の可愛らしい王冠を被った円形のパイが出てきた。
「ガレット・デ・ロワ?」
「アーモンドパイです。ちょっとしたお楽しみがあるんですよ」
 ささっとエメはさくさくに焼けたパイの特徴的な模様にナイフを入れて人数分切り分けていく。彼は楽しげな様子でパートナーに問いかける。
「アル君、これは誰の分です?」
「天音のにゃう!」
 と、こたつにもぐりこんだアレクスが返事をするのに答えて、次々と配っていく。変なことするんだな、と思いながら壮太が訝しげに、目の前の皿を見つめた。
「ん? 何だこの随分ファンシーな菓子。……くれんの?」
「あ、と。食べる時に気を付けて。硬い物が入っているかもしれませんから。入っていたら、今年の王様ですよ」
 言い終わる前に壮太の大きな一口がパイをかじり──ガリっ、と思い切り噛んでしまった。
「ん、ん?」
 歯に挟まれた異物を取り出すと、それは中から星を抱えた白熊のフェーヴ(陶器でできた小さな人形)だった。
「どうやら瀬島が当たったみたいだね」
 微笑む天音に応えるように、エメがはい、と、当たった壮太に金紙の王冠を被せる。
「王様万歳。きっといい事ありますよ」
「へえ、今年の王様になれんのか、新年早々、悪い気はしねえな」
 楽しげなエメにちょっと照れたような笑顔を返した壮太だったが、
「王様が王妃様を選んで、キスという風習もあるんですけどね」とくすっとエメが呟いた言葉に、呆れ顔になる。
「この面子でどうやって選べっていうんだよ」
 肩をすくめた壮太だったが、どうせならやってみるかと考えたのだろうか。
「仕方ねえなあ、おいアレクスちょっと顔出せよ」
 引っかかれてもいいやとこたつ布団をめくり、嫌がるアレクスを中から強引に引っ張り出した。
「にゃうー」
 壮太がおでこにしようとするキスを、アレクスは前足を伸ばして押して、いやいやというように顔を背けた。
 その押し問答が面白くて、二人の間にくすくす笑いが広がった。
 やがて笑い声が収まったころ、誰からともなく口を開く。
「新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
「ああ、今年もよろしくな」「うむ。今年もよろしくな」「あけましておめでとう」
 アレクスは、こたつの中にまた潜り込んだかと思うと、中から引っ張り出した箱を咥えて、周りの皆に置いていった。
「お年玉にゃう。縁起物にゃうー」
 それは打出小槌のかたちをした最中だった。皮の中に金華糖や土人形(招き猫や鯛等)の縁起物入である。
「これ以上食えねーよ」
 食べるだけ食べた壮太は、片付けをちゃちゃっと済ませて、転がった。こたつの中、お腹いっぱいで心も満足だ。指先でその最中を摘まみ上げて、見上げる。
 こういう年越しもいいものだなと思っていると、天音が百合園の学生に、年越し蕎麦を盛ってくるよう頼んでいるのが聞こえてきた。