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リアクション
──ヴァイシャリーの街中。
夜の凍えそうな空気の中、人のさざめきの中を歩く。
誰もが吐く息が白い。帽子を深くかぶり直す。手袋はちょっと指先が動かしにくい。
鼻の先がツンツンする。耳たぶが冷たくて、でも耳あてをしてしまって彼の声を聞き逃したくなかった。
「はいこれ、頼まれたヤツ。こっちはウマそうだったから」
「ありがとうございます」
露店から戻って来た山葉 涼司(やまは・りょうじ)が雑踏を割って現れた。
山葉 加夜(やまは・かや)の顔は、彼の姿を見つけると、ぱっと笑顔になる。
「寒いですからね」
「こいつのおかげでそうでもなかった。ありがとな」
笑顔で言う涼司。そのマフラーは彼女が巻いてあげたものだった。マフラーだけでなく、コートも帽子も。
「もう、涼司くんはじめは大げさだって言ってたじゃないですか?」
加夜はくすっと笑うと、ほかほかに湯気の立つ甘めのコーヒーと、パリパリのカルツォーネを受け取った。
「美味しそうですね」
一口飲むと甘さと一緒に、暖かさがじんわりと体中に広がる。腹ごしらえのカルツォーネをかじると、とろけたチーズが、サラミとトマトソースと一緒に口に入ってきて、火傷しそうだった。
二人は肩を並べて、<はばたき広場>の石畳の上を広場の中央へと向かって歩く。
年末、ヴァイシャリー中が厳かに過ごしたり、お祭り騒ぎをしたりというわけではないのだろうが、今年は様々な花火が上がるということで、街にはそこそこの人出があった。
あちこちに露天が並び、その間を人が行き交う。ささやき、呼び込み、賑わい、今日ばかりはと外出を許された子供が、星の形に窓をくり抜いたランタンを掲げて笑う声。
過ごし方は様々だったけれど皆の顔に笑顔がある。
「日本に居た頃、神社に行って年越したの思い出しますね。その時は友達と、でしたけど」
加夜はそんな景色を見ながら、懐かしそうに言った。
「凄く寒かったですけど楽しかったです」
二人は時計塔の側まで行くと、大運河の停留所から水上バスに乗った。
空の色を写した暗い川面に水上バスの明かりのコントラストが映える。露天の灯りや点された街灯の灯りが点々と街を飾り付けていた。
それらを見ながら、家に帰る人、同じように景色を楽しむ人達で水上バスの中は賑わって、明るいせいで声も大きくて、二人も次第にお祭り気分になってきた。
運河をひと通り見て回った二人は、時間前に時計塔に到着したが、日付が変わる瞬間を迎えようとする人々で時計塔前はすでにごった返している。
「10」
──誰からともなく時間を数え始めた。
「今年も終わりですね」
「ああ」
ひとつふたつの声は、やがて5人、6人、10人、30人。膨れ上がっていく。
「来年もいい年になるといいですね」
「きっとそうなるさ。そうしてみせる」
「8」
二人は顔を見合わせると、一緒にカウントダウンした。
「6、5」
「4、3、にー、いち……」
ゼロ、とひときわ大きい声がしたかと思うと、ぱぱぱぱーんと音がして、花火が上がった。
「わあっ」
夜空に咲いた火の花々に声歓が沸き上がる。
加夜も思わず笑顔になる。皆の笑顔。花火。そして、花火を見上げる涼司の顔に。
加夜は彼の腕を取ると、引っ張って、背伸びした。そして優しい笑顔で彼を見つめながら、
「涼司くん、今年も宜しくお願いします」
耳に囁くように伝えると、彼の身体をぎゅっと抱きしめる。
「ああ……今年もよろしくな」
涼司はそんな彼女に微笑すると、そっと腕を回して、加夜を抱きしめかえした。