|
|
リアクション
1月1日。
新年。誰にだって特別な日。
新しい年の始まり。新しい一年が生まれる日。
けれど、この日は。新年、というだけでなく、彼女たちにとってこの1月1日にはもう一つの大事な意味があった。
それは二つの新しい命が生まれた日。
──空を覆う闇のヴェールが、するりとほどけ始めたような気がした。
「……あ」
ヴァイシャリーのホテルの窓から夜空を眺めていた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は、小さな声をあげた。
顔をもたげると、もぞりと掛け布団が動く。
「どうした?」
隣で寝ていたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は、妻にささやき声で訊き返した。
「もうすぐ夜が明けるみたい」
朱里もまたささやいて返す。
二人の間には、柔らかな金髪を持つ小さな小さな機晶姫の女の赤ちゃん──ユノが眠っていたからだ。何か夢を見ているのか、幸せそうな笑顔を浮かべている。
朱里とアインの視線は静かに自然に、ユノに向けられる。
「信じられる? 去年の今頃、私は病院の分娩室で、産みの苦しみの中にあった」
「当時のことは、今もよく覚えている。目の前で妻が苦しんでいるのに、自分はただ見守る事しかできない。代われるものなら代わってやりたい。どうか母子ともに無事でいてくれと願いながら。
ユノは……その苦痛を乗り越えて生まれてきてくれた娘だ」
「そんな中でも、ずっと傍にいて見守っていてくれた、あなた。そして夜明けと共に産声をあげた娘」
何もできないもどかしさや無力を感じていた自分を思い出しながら語るアインに、朱里は優しい笑顔を浮かべる。
「あれから一年。ユノは随分と成長した。身長も伸びて、歩き始めたり、おやつも食べるようになったり、ますます目が離せなくなって。
これからも更に成長して、新しい顔を見せてくれる。今年も、来年も、その後のずっと先も。そしてこの子と共に、親である私達も成長してゆくんだね」
アインは妻を愛おしく思いながら、布団から出た肩を凍えないようにそっと抱きしめる。
「ああ。この一年の間に、さまざまな喜びがあった。季節の移ろいと共に、成長してゆく娘の姿を見守る幸せ……これからの一年もきっと幸せに満ちているだろうな」
二人と、そしてユノの顔が、床の間接照明から、次第に明るくなってきた空に照らされていく。
やがて一筋の光が地平から差し込み──太陽が昇る。
去年のその時間に、ユノは生まれた。そしてアインもまた遥か昔の今日、この世に生を受けた。
「新しい一年が始まったね」
「この子はどんな風に成長してゆくのだろう」
「そうね、元気に育ってくれれば……」
朱里には次々と差し込む光の筋が、まるで彼女たち親子の新しい門出を祝っているように見えた。
彼女は祈る。これからもずっと、幸せな日々を送れますように、と。
そんな横顔を幸せそうに見つめるアインの願いも同じだ。今年もまた、家族が幸せでいられますように──と。
……しばらく二人はそうしていた。
この後、父娘の誕生祝いを兼ねて家族でヴァイシャリー観光を楽しむ予定が入っているのだが、勿論それもとても楽しみなのだけれど……。
こうして夫婦の時間をゆっくり過ごすということも、なかなかなくて。
(せっかくだからもう少しだけ、温かいベッドの中で、夫婦で『寝正月』もいいかな……)
朱里はアインに寄り添うと、その両腕を彼の首に回した。