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リアクション
「こんな場所で会うなんて奇遇ですね」
屋上への入口で留まっていたノアは、階段を上ってきた人物――優子達と顔を合せた。
「もしかして神楽崎さん達も、アレナさんのことを思ってこの場所に来たんですか?」
「……キミ達もそうなのか」
優子は苦笑しながら歩き、何もない屋上を見つめる。
「せっかくなので、一緒に日の出を見ませんか?」
ノアは優子に笑顔を向けて。
太陽が昇る方向にいるレンに手を振る。
「レンさんも超然としてないで、今年最初のお日様に向かって挨拶しましょう! サングラスも外してね!」
そうノアが大声で言うと、レンはノアに背を向け、彼方を見ながらサングラスを外した。
「アレナは光条兵器を取り出せるようになりたいと思っているようだが……。何か隠しているか、記憶障害か何かで忘れていることがあると思われる」
呼雪達と日が出る方向へと歩きながら、優子は語り始める。
「彼女がここにたどり着いて、意識を失うまでの間。何があったのか。ズィギル・ブラトリズが死んだ今、知っているのはアレナ自身だけだ」
アレナ自身も『封印』に関する知識はあるはずだ。
だから、自分の状況ももっと判っていいはずなのだが……。
「だが、彼女は問診の際、封印に関してはよく覚えていない、分からないと答えている」
今は何もない、彼女がいた場所。
ズィギルと接触したと聞いている場所を、優子はじっと眺めた。
「アレナは表面的には光条兵器を取り戻したいと思っているが、あの時の事やズィギルの事、肉体の自由を奪われていた時のことを、思い出さないよう無意識に記憶の一部を封じている。……んじゃないかと思う。心を護るため、自己防衛本能で。そしてそれも、精神が幼い理由なのかも、な」
白みかけた空を見ながら優子が呟く……。
「ゼスタの提案に乗るべき、なのだろうか――」
日が昇る方向に皆で並んだ途端。
太陽が、大地から姿を現す。
「ゼスタ様のお考えは、測りかねますが……」
少しずつ登っていく太陽をユニコルノはじっと眺める。
(私は……私自身は、何も生み出さなくても、人の未来を繋ぐ為に生きたい……)
「一番良い形って人によって違うと思うけどさ」
ヘルも日の出を見ながら、想いを語っていく。
「僕は……呼雪が自分の心に留めている事の為に、身を投げ出してしまうのは心配だけどやめて欲しいとは思わない」
その言葉に、呼雪がヘルに目を向けた。
「呼雪が呼雪じゃなきゃ、僕がここにいる意味ないし……」
言って、ヘルも呼雪に目を向けた。
「前も言ったけど、呼雪が幸せじゃないと僕も幸せになれないからねっ」
そして、呼雪の腕に自分の腕を絡めて身を寄せた。
呼雪はヘルの片方の手を握りしめると、自分のコートの中に突っ込んだ。
「少しは暖かいか?」
「うん♪」
ヘルは目をぎゅっと閉じて、嬉しそうな笑みを浮かべた。
それは、『幸せ』を意味する顔だった。
「明けましておめでとうございますッ! 今年一年宜しくお願いしますッ!!」
ノアが朝日を浴びながら、元気な声を上げた。
「おめでとう」
「おめでとうございます」
レンとメティスが穏やかな表情で言い。
呼雪、ヘル、ユニコルノ、そして優子も顔を合せて新年の挨拶をする。
それから、優子は携帯電話を取り出して。
「……今年もよろしく、アレナ」
アレナに電話をした。
優子の携帯電話から、『はい!』という明るい声が響いてきた。
太陽が半分くらい顔を出した頃。
「見つけましたわ」
レッサーワイバーンが近づいてきて、屋上に下りた。
乗っていたのは、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だ。
「お邪魔しちゃ悪かったかしら?」
亜璃珠がそう尋ねると、優子が首を左右に振った。
「それとも、魔女がお姫様を攫いに来るのを期待してました?」
言うと、亜璃珠は優子の腕をぐいっと掴んで引き寄せて。
自分の前に乗せた。
優子は抵抗しなかった。
それを了承と捉えて。
「しっかり掴まっててね、朝の空はとっても寒いんだから」
亜璃珠はレッサーワイバーンを飛び立たせる。
冷たい風が、2人の身体を冷やしていく。
落とさないように、亜璃珠は優子の身体を強く抱き留める。
「……元気がありませんわね。望めば誰とでも過ごせたものを、なんだか逃げるように巡回に出てたし。クリスマスの後から、かしら?」
「あー……うん」
優子は苦笑しているようだが、顔は見えない。
「あの後、ゼスタと喧嘩にでもなった? それとも……何か言われた?」
優子は何も答えない。
言えないのか、言いにくいことなのか。
亜璃珠は、無理に聞いたりはしなかった。
ただ、温泉に行った時に、彼の気持は概ね聞いてしまっていることを、伝えて。
「辛い事を言うかもしれないけれど、判断するのは優子さん自身だと思う。どう扱うかも」
抱き留めている優子の背に、語りかける。
「全員が全員納得してくれるわけじゃない、それで喜ぶ人も、悲しむ人もいるかもしれない」
だからこそ、自分は、優子自身が納得して周りに向き合える答を出せるように時間をかけているのだと。
「少なくとも私はその答を愛して受け入れる気でいますわ」
「……」
優子は片手で亜璃珠の腕を、もう片手でレッサーワイバーンを掴みながら、太陽を見ていた。
しばらくして、「口止めされていることなんだが、と」苦笑交じりの声でこう言った。
「ゼスタが、私に『お前と結婚してやってもいい』って言うんだ」
「……ん?」
「私の残りの人生分くらいの期間なら、気に食わない嫁がいても構わない。百合園を卒業した後は、ラズィーヤさんではなく、俺が後ろ盾になってやってもいい、と」
「彼がそんな言い方を?」
亜璃珠が尋ねると優子は軽く振り向いて真剣な表情で頷いた。嘘ではないようだ。
「ゼスタは、アレナのことが好きなようで……私がいなくなった後は、アレナの面倒を見てくれるそうだ。色々話を聞いていると、彼がアレナに対して本気であることは分かるんだが……」
「分かるんだが?」
「何か、おかしいんだよな。ゼスタは、アレナと会う前からアレナのことを調べていたみたいで。
アレナのことを何も知らないうちから好意を抱いてたっていうのなら、それは外見か、彼女の力に惚れていたってことだから。……アレナ・ミセファヌスという『人』を見てくれていないのなら、そういう人物に、任せることになっても、いいものかと……」
優子は再び振り向いて、亜璃珠に問う。
「亜璃珠はゼスタのことをどう思う? 信頼できる人物だと思うか?」
「優子さんが分からないのに、私がわかるわけないでしょ」
「うん……」
「で、その最低なプロポーズにはどう答えたの?」
つまりゼスタは、アレナと自分が結ばれる為に、優子と結婚してもいいと話したと言う事。
アレナを優子の所有物と見ており、優子と結婚することで自分のものにしようという考えだ。
「ふざけるな、と」
「そしたら?」
「悪い話じゃないはずだ、考えておけ、と」
(アレナには、優子さんが好きだと。優子さんにはアレナが好きだと話したってわけね。とんだ二枚舌ね)
「政略結婚も……場合によってはありかと思うが。結婚後も私のことを考えてくれない、愛してくれないような人物を愛せるかというと、難しい――というか、ゼスタは無理だ。奴のことはバカな弟としか思えんッ!」
力いっぱいそう言う優子。
……と、その時。
「かぐららぎ かぐりゃらぎ かぐらだぎ ゆーほー」
塔の中から、大きな声が響いてきた。
「スキラー スキラー ライスキラァァァーーー」
聞いたことのある声に、優子と亜璃珠は怪訝そうに塔に目を向ける。
「……酔っ払いが何か叫んでるみたいね」
「元旦の朝から、しょうがない奴だな。様子を見てみるか」
「うーん……」
亜璃珠は眉を顰める。
(神楽崎優子好きだーって聞こえたんだけど、気のせいかしら。国頭武尊の声に聞こえたんだけど、気のせいかしら!)
手綱を握りしめながら、どうしようかと亜璃珠は迷う……。
「まるはおろもらりかられりーから、つきらってくりー」
武尊は、初日の出に向って思い切り叫んでいた。
酒を飲んでいたら、叫びたくなってしまったのだ。
こんな日に、こんな場所に来る人なんているはずないし。
いたとしても、個室に乗り込んで文句を言う奴もいるわけねーだろうし。
大声コンテストのノリで、思い切り。
神楽崎優子との関係発展への願いを叫びまくっていた。
「ふぅ……ねむくらっれきられ」
叫び疲れて、武尊は睡魔に襲われる。
そして。
今年初めて見る夢に、優子が出てくることを期待しつつ、眠りに落ちて行った……。
「国頭、私達は既に友達以上の関係だろ」
夢の中で、武尊は優子のそんな優しい声を聞いた気がした。