校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
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24−16 ザンスカールにあるカフェ・ディオニウス。 この時間でも客の姿は多く、店は静かな賑わいを見せていた。フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)はその中を訪れると、カウンターの空いている席に座る。ステージの方ではジャズシンガーが歌声を披露していて、クリスマスの大人の夜を演出している。 「いらっしゃいませ。いつものでいい?」 「……ああ、うん。いつもので」 カウンターのシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)に声を掛けられてこくりと頷く。カップを出して準備をする彼女の青く綺麗なポニーテールを目で追いながら、フェイは心の準備をする。今日はただコーヒーを飲みに来たわけではない。シェリエを――彼女を、遊園地に誘いに来たのだ。 (クリスマスか……名無し野郎も綾耶も『りあじゅう』しにいって寂しい……) 2人だけではない。あの髭はどうだか知らないがやかまし野郎も『りあじゅう』な予定があって家に居ない。ひとりぼっちなのはフェイだけで、それは来たる明日も同様だった。 かといって、この季節一緒に過ごしてくれる相手は―― 誰かと過ごしたい。そう思った時に浮かんだのはシェリエの顔で。 「…………」 フェイは改めて店内全体に目を向ける。この客の多さは、クリスマス当日である明日も変わらないだろう。カフェが一段と忙しくなるだろうし、もしかしたらシェリエも『りあじゅう』な予定があるかもしれない。 (……あれ、それはなんだか悲しい気分に……) どうしてそんな気分になるのか解らないまま、1人で落ち込んで肩を落とす。カウンターの木目を数えかけたところで、目の前に温かそうなカップが置かれる。 「はい、お待たせ。ゆっくりしていってね」 「あ、シェリエ、明日……」 仕事に戻ろうとするシェリエを呼び止める。ダメ元で聞いてみよう、という位の気持ちである筈なのに、続きを言葉にするのに少し、勇気が要った。 「明日? 何?」 「い、忙しくなる前の時間だけでいいから、一緒に、遊園地に行ってくれる、かな?」 「遊園地?」 シェリエは一瞬店仕事の手を止めてから、そう間も置かずにOKした。 「いいわよ。……じゃあ、この時間なら空いてると思うから……」 そうして、2人は翌日の予定について話し合う。一方で、ステージで歌を歌っていた西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)は、店に集った客層を見て内心で小さく息を吐いた。 (こうしてお客さんを見ていると、恋人ばかり……) まあ、クリスマスイブだし、それもそうかと納得する。 (……素敵な時間よね) 恋人達の空気をそっと盛り上げるように、しっとりと歌を響かせていく。 (それにしても、こうしてるとあの子たちを思い出すわね。今頃、さぞかし幸せなんでしょうねぇ……) 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)とリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の幸せそうな顔を思い浮かべる。この前会った時も、2人は……特に博季は好きだという想いを伝え合っていた。 (もぅ、少し憎らしいわ) お手上げ感の含まれた拗ねたような心境を入り混じらせて、幽綺子は心中で少し唇を尖らせた。 ◇◇◇◇◇◇ クリスマスイブ――聖夜と呼ばれるその時間は、西暦の始まりの日の前夜であると同時に――恋人達が、愛を深め合う日でもある。 「……だよね、リンネさん」 「そうだね。でも、いつからそうなったんだろうねー?」 食卓で向かい合って、リンネは素朴な疑問というように首を傾げる。彼女が物心ついた時から日本を中心にしてそんな印象が広がっていて、シャンバラにも、どちらかといえばその風潮がある。リンネちゃん自由研究3、があったら第1項目になったかもしれない単純に感じる不思議だった。 といっても、今は自由研究の時間でもなくてここは図書館でもなくて。 「……だけど、やっぱりイブは2人で過ごしたいよね」 マイホームだから、リンネはほわんとした笑みを浮かべた。クリスマスは、大切な人とゆっくりと一緒に居られる時で。そして―― 「だって博季くんは、リンネちゃんの大切な人で、最も愛する人なんだからね!」 「リンネさん……」 2人で作った、クリスマスならではの豪華な食事を前にして、リンネと博季は頬を染めて笑い合う。 「僕にとっても、リンネさんはとても大切な人で、誰よりも可愛いお嫁さんです」 「ありがとう! じゃあ、ごはん食べよっか!」 「そうですね。あ、このお酒、開けてみましょう」 折角のクリスマスイブだからと用意した、ちょっと高級なワインを手に取り、コルク栓を抜いてグラスに注ぐ。口当たりがなめらかで、飲みやすい味だった。 「美味しいですね、リンネさん」 「…………」 笑いかけると、リンネは目をぱちくりしてワイングラスを見つめていた。ワインを飲むのは、彼女にとって人生初めてのことであり。お口に合わなかったかな? お酒の感じにびっくりしたかな? と、少し心配になる。 やがて、驚き覚めやらぬ様子でリンネは感想を声に乗せた。 「これが大人の味なんだー……。ぶどうジュースとは、全然違うね」 「リンネさん、アルコールは大丈夫? 変な感じとか……」 「んー? ……えー、とね」 もう一口飲んで、彼女は具合を確かめるような表情をする。 「まぁ、僕もそんなに強くないんですけど……」 「多分、大丈夫じゃないかな?」 そうして見守る苦笑する博季の前で、リンネはそう結論を出した。そして、料理も食べ始める――と思ったら、彼女は、自身が担当したその料理の一口目を博季の口へと持ってきた。求められるままに、口を開ける。 「はい、博季くん、あーん」 「あーん……」 「どう? 美味しくできたかな?」 「もぐもぐ……うん。すごく美味しいです。いくらでも食べられるくらい、美味しい」 不器用さが混じってはいるけれど、何よりもそこには愛が込もっていて、それが最高の調味料になっている。それに彼女は、結婚してから随分と料理が上手になった。 「良かったー。博季くんに教えてもらったおかげだねー」 安心した笑顔を浮かべ、リンネはもう一口ワインを飲む。それから、自分も食事を始めた。2人で食べて、食べさせあって、お互いの愛情が詰まった料理を味わっていく。幸せの中で夕食はあっという間になくなり、デザートとして2人で作ったクリスマスケーキをカットする。2人で試行錯誤しながら作ったケーキは、お店のより綺麗にとはいかなかったけれど充分過ぎるくらいに美味しかった。 「ちょっと大きくなりすぎたけど……、美味しいね」 「明日の朝もお昼もケーキだねー」 「あはは。でも、そういうのもいいですよね」 夜までに食べ切れなかったら、明後日の朝もケーキかもしれない。明日の夜は、シャンバラ宮殿の展望レストランに予約を入れているから。 ワインに続いてシャンパンを飲みながら、ケーキを食べる。 「今日は2人でお料理したり、2人でケーキ作ったり……。また1つ、思い出に残るクリスマスが過ごせて幸せだなぁ」 幸せを噛み締めながら、窓の外に目を移す。静かに降る雪は、明日には積もりそうな勢いだった。夫婦での大切なクリスマス、という日が白く染まる幸運を、博季は暖かく包まれた心で感謝した。 夕食を終え、リビングのソファーに座ってゆっくりと庭を眺める。飾りつけられたイルミネーションを受けて雪が輝き、きらきらと光りながら舞い落ちていく。 「綺麗だねー、博季くん……」 リンネは博季からもらったクリスマスプレゼントを抱きしめて、彼に寄り掛かりながらそれを見ていた。頬が火照り、何となくぽわんとした顔をしている。……飲みすぎたかもしれない。 「大丈夫? お水飲む? リンネさん」 「大丈夫だよー、気持ちいいよー」 彼女が抱えているのは、とある超有名ブランドのバッグだった。可愛いけどどこか上品で、何処にでも持っていけるような素敵なバッグ。受け取った時、リンネは心底から嬉しそうで。 『ありがとう博季くん! これ、来年の成人式に持っていくね』 目を細めた彼女の笑顔は、まだ脳裏に焼きついている。 「がんばって飾り付けて良かったなあ……明日のパレードも、どんななんだろう。楽しみだな」 レストランの後には、デスティニーランドのナイトパレードを見に行くことになっていて、それを想像しているのだろう。えへへー、と、リンネは笑う。夢心地の表情はとても可愛く……そして、とても眠そうだった。こくん、となる彼女に、博季は苦笑を向ける。 「……そろそろ、ベッドに入りましょうか」 寝室に入って電気を消して、まどろんでいるリンネの隣に横になる。優しく抱きしめると、彼女は「んー」とキスをしてきた。その彼女に応え、抱きしめたまま、博季は改めて窓の外を眺める。 「……お庭のイルミネーション、本当に綺麗に飾り付けられたなぁ……」 彼の腕の中では、リンネが小さな小さな、可愛らしい寝息を立てていた。