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本日、春のヒラニプラにて、

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本日、春のヒラニプラにて、

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II 一日の始まり
 
 
 パートナーのローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の質問に、剣の花嫁、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は少し首を傾げた。

「ジョー、今日の夕餉は何にする?」
「あの、朝一番の質問がそれなんですか?
 えーと、そうですね、でしたら、鴨を……。
 ローザ、私、鴨南蛮が食べたいです!」
 首を傾げつつも、エシクは律儀にそう答える。
「鴨南蛮……。また渋いチョイスを。
 分かったわ、じゃあ新鮮な材料を獲りに行きましょう」
「え?」
 ローザマリアは颯爽と、ウェットスーツの上から野戦用迷彩服を着込む。
 あれよあれよという間に、エシクも特殊部隊並のフル装備を着込まされた。
「え?」
「ヒラニプラ南部に、地元住民もよくハンティングする猟場があるのよ。
 利用料を払って、新鮮な鴨を貰って来ましょう」
「え?」



 非番の日ということで、予定を入れていたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は、電話を切って少し困った。
「ランチ予約しちゃってたし……今からキャンセルも時間変更も無理よね……。
 天使ちゃん達に頼もうかしら」
 独り言を言いながら歩き、パートナーの剣の花嫁、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)の部屋をそっと開ける。
「お寝坊天使ちゃん、もう起きたかしら〜」
 扉の向こうに広がる光景に、ニキータはズキュンと胸を撃ち抜かれた。

 レースやフリルのふんだんにあしらわれた部屋、ふわりとした天蓋つきの薄ピンクのベッドで、窓辺にとまった小鳥のさえずりに目を覚ました幼い少女が、目をこすりながら、もう片方の手を窓辺に差し向けている。
「ことりさん……おはよう」

「きゃあああっ可愛いっっ」
 飛び込んだニキータは、タマーラに抱きついてぐりぐりと頬擦りした。
「もうっ! 天使ちゃん絵になるわッ!!
 そのまま白い羽が生えて小鳥と一緒に飛び立っちゃいそう!!」
「…………」
 イラッ。
 タマーラは無言無反応で引く。
 窓辺を見れば、小鳥は逃げてしまっていた。
「そうそう、天使ちゃんにお願いがあって来たのよ。
 ごめんなさいね、あたし、用事入っちゃって」
 ニキータのお願いに、タマーラはこくりと頷いた。



 任務を終えて帰還して、休暇を取った、その日の朝。
(今日は何しよっかなあ……)
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、いつもの水着姿で部屋の中でだらだらしながら、ぼんやりと考え込んでいた。
 セレンフィリティは、休暇の使い方にいつも悩む。
(特にやることもないし、セレアナと一日いちゃいちゃしてようかしら)
 部屋に閉じこもって一日中愛し合って過ごす、というのも、有意義な一日ではあるが、そういえば前の休暇も同じように過ごしたような気がする、と思い出した。
 と、その恋人は、そんなだらけたセレンフィリティを横目に、出掛ける仕度をしている。
 いつもの水着姿ではなく、春物の私服だ。
「何処に行くの?」
「買い物よ」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の返答に、
「あたしも行く」
と起き上がると、自分も服を着る。
 暇だったし、何を買いに行くのかしら、と興味が沸いたのだ。

 セレアナの買い物とは、ドラッグストアで日用品の補充だった。
 けれど、それはそれで楽しい。
「ね、こっちのシャンプーとリンス、今使ってるのより質がいいのよ、こっちに替えましょうよ」
「こっちの方が高いじゃない」
「いいじゃない、髪は女の命よ〜」
 などと押し切られ、結局買うことにしたり、
「あら、何これ、お風呂に浮かべて血行を良くする? 入浴剤みたいなものかしら。
 見て見て、セレアナ、アヒルの形」
「買いません」
「えー」
 などとすげなく断られたりして、買い物を楽しむ。

 買い物が済み、店を出て、セレアナは空を見上げた。
「いい天気ね。少し歩きましょうか」
「いいわね」
 二人は腕を組んで、町を歩く。
 見かける店でセレンフィリティが無駄遣いしようとするのをセレアナが阻止しながら、目的もなく町をぶらついた。
(……ああ、平和だな……)
 セレンフィリティはふと思う。
 少なくとも、今この時だけは。
 自分達は教導団員で、いずれ戦場で戦死する日が来るかもしれない。
 その可能性は、いつも自分達の身近にあり、だからこそ、愛する人と一緒にいられる時はどうしても、過剰なくらいにベタベタしてしまう。
 それは悪いことだろうか?
「セレン?」
 突然抱き寄せられて、セレアナは訊ねる。
「……やっぱり、こうしている時間が一番好き……」
 耳元に囁かれ、セレアナは微笑んで、抱擁を受け入れた。


◇ ◇ ◇


  九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、胸騒ぎを感じて、長曽禰中佐の部屋のドアをノックしていた。
 今日は非番と聞き、昨日の夜に夕食に誘ったのだが、送ったメールに返事がなかったのだ。
 もしや何かあったのだろうかと心配して駆けつけたのである。
 三度目のノックに返事がなかったらドアを蹴破ろうと思ったところで、「誰だ?」の声と共に、ドアが開いた。
 現れた長曽禰の様子を見て、ローズは安堵しなかった。
 様子がおかしい。
「どうしたんですか、長曽禰さん、具合悪そうじゃないですか!」
 医者モードのスイッチが入って、額に手を当てるが熱は無い。
 ぐい、と顔をひっぱって眼球を診、問答無用で口をあけてください、と喉を見たところで、呼吸の匂いに気付いた。
「……もしかして、お酒飲んでます?」
「まあな」
 半ば呆然と、ローズの言いなりになっていた長曽禰は、そこで苦笑して頷いた。
「……それは、早とちりしてすみません。
 あ、今肝臓に効く漢方を持っていますので、どうぞ。
 よろしかったら、一緒に呑まれていた方にも」
「ああ。悪いな」
 奴は受け取らない気がするがなあ、などと独りごちながら、受け取る。
「どれくらい呑んだんですか?」
「朝まで呑んでたが、量的には大したことないと思うがな」
「朝まで……。
 ……長曽禰さん、お酒もいいんですが、あまり無理はしないでください。
 個人差はありますが、日本人はアルコールを分解する酵素が……ってすみません。職業病ですね」
 苦笑しながら聞いている長曽禰の表情に、ローズは途中で我に返る。
「いや、心配をさせて済まなかった。
 メールくれたのに、悪かったな。色々話しこんでいたんで、気がついたの寝る直前で」
「いえ、そんな」
 ローズは首を横に振ったが、でも、と言った。
「……長曽禰さんがもしも病に倒れたら……私は命がけでそれを治しますけど……
 でも寂しいじゃないですか、もう一緒に何処かに行けなくなってしまったりするのは……
 いつまでも元気でいて欲しいんです。
 ま、まあ、とりあえずその漢方を飲めば大丈夫ですよ。
 それと、焼き鳥屋さんどうしましょうか? 本調子じゃないなら後日でも……」
 湿っぽい話になりそうだったので、ローズは慌てて話を変える。
 昨日誘った夕食に、改めて誘ってみた。
「そうだな。
 心配させたし、折角だから誘いに乗るか。別に体調は悪く無いしな。
 この後用事があるし、焼き鳥屋なら、また夜ってことでいいか?」
「はい」
 夕食の約束を交わすと、ローズは一旦、長曽禰と別れた。



 朝まで呑んで、午前中は寝ている、というのが長曽禰の今日の予定だったのだが、起こされたのでそのまま起きることにして、眠気覚ましに食堂にコーヒーを飲みに行く。

「……眠い、わね……」
 月摘 怜奈(るとう・れな)は、フラフラと食堂に向かって歩いていた。
 24時間稼動の教導団においても、朝食の時間にはもう遅い。
 恐らく空いているだろうから、コーヒーの一杯でも、と向かっているところ、同じように食堂に向かっている長曽禰の後姿を見つけた。
 丁度良かった、と思い、声をかける。
「長曽禰さん!」
 驚いたように振り返った長曽禰に、慌てて口を抑えた。
「あ、スイマセン、大声を出してしまって……その、おはようございます」
「おはよう。
 どうした? 眠そうだな」
「え?
 いえ、ちょっとその、昨日調べものをしていまして……長曽禰さんこそ」
「ああ、ちょっと寝不足かな。ま、これくらいよくあることだ」
 何でもなさそうに笑う長曽禰に、怜奈は頷く。
「私は色々と勉強していて……この年になって新しく始めるというのは大変ですけど。
 若い頃のようには行きませんね」
「年を言い訳にしてたら何もできないぞ。やり始めたなら頑張れ」
 長曽禰はふっと笑う。
「はい。
 あの、もしお時間があるようでしたら、少し教えていただけませんか?
 最近、技術系の勉強も始めているんです」
「教えるのは構わないが、午後は用事があるんだよな。今なら構わないぞ?」
「今から?」
「食堂ももう空いてるだろう。それでもいいか?」
「は、はい!」

「おや、あれは……」
 怜奈のパートナー、英霊の杉田 玄白(すぎた・げんぱく)が、会話している二人を見かけた。
「楽しそうですが特に怜奈、あれ、二人とも寝不足なんじゃないですかねえ……」
 苦笑しながら、玄白は二人に歩み寄る。
「寝不足で更に勉強会ですか?
 全く……お二人とも若くないんですから、無茶はしないでくださいよ」
「玄白、その言い方はちょっと」
 怜奈がたしなめると、玄白は苦笑する。長曽禰も苦笑していた。
「中佐、二日酔いならグレープフルーツジュースが効果的です。
 怜奈はコーヒーを飲みすぎないように」
 そんな風にアドバイスして、玄白は、さて、自分の調べ物に行きましょうかね、と去って行く。
「スイマセン……玄白が変なこと言って」
「いや」
 長曽禰は気にしていない様子だが、「俺はそんなに年寄りくさく見えるのかねえ」と苦笑している。
 何だか随分、年齢的な心配をされているような気がした。
 そういえば、以前誰かが、「生徒達から見れば、年上の私達なんてどうせ、皆まとめておじさんおばさんなのよね」と苦笑していたと思い出す。
 自分より若かった彼女は、その後の作戦で戦死してしまったが。
「あんな言い方をしていますけど……きっと長曽禰さんの体調を心配してるんですよ」
 長曽禰のことも、怜奈のことも。
 特に怜奈は、元々慢性的に寝付きが悪いのが、長曽禰の役に立ちたいと言って、ここのところ睡眠時間をおして勉強しているので、玄白は尚更心配なのだ。
「さて、じゃあ行くか?」
 食堂はすぐそこだ。
「はい」
 頷いて長曽禰の後に続き、食堂に到着した怜奈は真っ先に、二人分のコーヒーを取りに向かった。