シャンバラ教導団へ

百合園女学院

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本日、春のヒラニプラにて、

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本日、春のヒラニプラにて、

リアクション

 
VII 午後3
 
 書棚から、資料を探して戻ってきたシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は、向かい側の席で、気配に顔を上げた金元 ななな(かねもと・ななな)と目が合って微笑んだ。
 図書室でレポートをまとめるなななに付き合って、シャウラも自分の研究をまとめている。
 共同作業ではないが、同じ場所でやっているというだけで、ヤル気ゲージはぐんぐん上がるというものだ。
「終わりそう?」
「んん、もう少し。ゼーさんは何を調べてるの?」
「俺がやってるのは、ヒラニプラ山岳地帯の研究さ」
 パソコン画面をなななの方に向けて、シャウラは自分の研究を見せる。
「雪崩や落石から周辺集落を守るには災害の発生を高い精度で予測したいだろ。
 それに……機晶石を掘りました。そしたら山の形が変わって災害が起こりやすくなりました。では、困っちゃうよな。
 で、地質や地形なんかの調査結果と災害や気象の記録を纏めて、関連性とか調べたいわけ」
「ふんふん」
 なななは画面を見ながら話に聞き入る。
「まあ、こういうのって防災以外のキナ臭いことにも使われちゃうかもだけど……」
 その可能性は、軍隊である以上は考えられることだ。
「けど災害が予測できたら対策もたてやすいし、住民も安心な暮らしを……」
 ふんふんと聞いているなななの様子に、シャウラはふと我に返る。
「何かしゃべりすぎてるな。ゴメン」
 マジバナに恥ずかしくなった、とも言えずに、シャウラは軽く笑う。
「え? そんなコトないよ。聞くだけでゴメンね?
 面白いアドバイスできればいいんだけど」
 いや、ここでアドバイスが面白い必要は無いのだが。
「なななの方こそ、どんなレポート作ってるんだ?」
「んー、相対性宇宙理論て言ってね……」
 つん、となななはアホ毛に触れる。
「……え?」
「宇宙からの、電波発信から受信までのタイムラグをいかに早めるかっていう」
 ぽかんとしているシャウラに、なななはくすくす笑った。
「というのは冗談で、本当は情報科の課題で、
『暗号通信を、複数対象にいかに早く確実に届けられるか』
『またそれをクラッキングできるか』
 っていうのを、グループ単位で対戦中なの」
「え、それ、言っちゃっていいのか?」
「知らなかった?
 教授が面白がって、学内サイトにダービープログラム上げちゃってるんだよ。
 団長公認でトトカルチョされてるの。
 なななのグループ、大穴設定されちゃってるんだよ」
「大穴?」
 シャウラのパソコンを操作して、なななは学内サイトをシャウラに見せる。
 確かに、情報科授業内容でトトカルチョが行われていた。
 結構な人数が賭けに参加しているようだ。
「俺は勿論、なななに賭けるぜ!」
「わ、ありがとう! 儲かったら奢ってね!」
 それはなななにかかっているわけだが。
「よしっ、今日はもう終わり。鋭気を養おう!」
 なななは自分のパソコンの電源を落として立ち上がった。
「鋭気?」
「天気いいもん。ずーっと図書館にいたら勿体無いよね!」
 つまりデートしようということか。
 シャウラは勿論頷いて、自分もパソコンの電源を落とした。



 教導団カフェで、ブリーフィングを終えた小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)は一息ついていた。
「お疲れ。コーヒーでもどうだ」
 二人分のコーヒーを手に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が同じテーブルにつく。
「ありがとう」
 コーヒーを受け取って礼を言った小暮に、ダリルはいや、と言った。
「調子はどうだ? 健康診断しようか」
「教導団での定期健診は受けている」
 大丈夫だ、と答えて、小暮は微笑した。
「医者も適職だな」
「そうか?」
 得意なものは機械技術やハッキングという意識があるので、そう言われてもピンと来ないが、一応礼を言っておく。
「人より機械と話している方が楽しそうだとルカには言われるよ」
「そうなのか?」
 小暮は不思議そうに首を傾げた。
「人が好きだから、医者をやっているんじゃないのか。ゲーム感覚で診ているんじゃないのなら」
 少なくとも自分はそう思っていたのだが。
「小暮と話すのは楽しいと思うがな」
 ダリルは苦笑した。
「そういえば、どう思う?
 暫定処置でアトラス直轄領となった場所は、いつシャンバラに戻るのか。
 今のシャンバラと帝国の関係は」
「そうだな。
 勿論私見となるが、現在は帝国もシャンバラも国家神が不安定な状況にあるから、諸々が落ち着いた頃にその辺の話が進められるんじゃないだろうかと思っている」
 小暮の答えに、ダリルは頷く。
「ゴアドー=ニルヴァーナ間の警備にも不安が残るが」
「あそこは、シャンバラだけでなく、パラミタ中から注目を受けている部分でもあることも鑑みれば、現状で出来得る限りの警備状況だと自分は思う」
「そうだろうか」
 返答に、納得できない様子のダリルに、小暮は付け足した。
「しかし、常に世界の状況も不安定で、ニルヴァーナ大陸を取り巻く実際の状況は複雑だ。
 全ての問題はその上で起きており、そのために我々や他の契約者の活躍が必要とされていると考えるのが妥当ではないだろうか?」
「……確かに」
 そういう考え方もあるか、と思う。
「帝国、あるいは龍頭方面から襲撃を受けた場合の対処方法には、考えがあるか?」
「カナンを挟んでいるからな。
 やはり内海や南の雲海が重要なフィールドとなるだろう。
 イコンの生産量や性能も上がり、戦艦や機動要塞も多くなった。エリュシオンも空母を保有していることを考えると、海上戦、雲海上の空中戦が主になってくるのではないだろうか」
 例えば、と、小暮はテーブルの上のシュガーポットを取り上げて置く。
「これを空母だとするなら」
と言いながら、ポケットからコインを一枚取り出して、ダリル側に滑らせる。
「こう」
「そうしたら、我々はこう構えるわけだな」
 ダリルもコインを取り出して、別の方向から迎え撃つ。
「編成には、パワードスーツも重要になって来るだろうな」
 持っていたパソコンを起動させて、公開されているデータを見ながら、ダリルがコインの後ろにペンのキャップを立てる。
「これの開発状況でまた変わってくる」
 小暮は頷き、コインを並べて行く。
「エリュシオンは龍騎士達を抱えているから、空の戦力には困らないだろう」
 二人は手持ちの小物を使って簡易的なボードゲームを始め、自分の番になって手を考えている小暮の手元のカップが空になっているのを見て、ダリルは立ち上がった。
「もう一杯どうだ?」
「ああ、済まない」



「それじゃ皆、お疲れ様――!」
 無事に教導団美化活動を終え、散らばっていたメイド達を集合させて、朝霧は皆を労った。
「仕事は終わり!
 この後は、桜満開のヒラニプラ公園で花見兼宴会をするぜ!
 場所取りしてる俺のレッサーダイヤモンドドラゴンが目印だ!
 ハメ外し過ぎて掃除されない程度に、堅苦しいことは抜きで楽しもうぜ!」
 そうして、言われなくてもてきぱき手分けして料理や飲み物を準備して、改めて公園に集合したメイド達は花見を始める。
 通りかかった人をどんどん誘って、一緒に宴会を楽しんだ。

 無事に教導団内美化活動を終え、私服に着替えたメルヴィア・聆珈は、花見に参加した後、早々に抜け出した。
「今日はありがとな」
 抜けて行くメルヴィアに、垂が声を掛ける。
「一緒に仕事できて楽しかったぜ」
「……そうか」
 メルヴィアは頷いて、お疲れ、と言い残した。


「お、メルメルしょーさがおる」
 ヒラニプラ観光に来ていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、公園内を歩くメルヴィアの姿を見つけた。
 何かの作戦行動でなく、彼女と会えるのは珍しい。
「うん、折角やし、ちょっとからかって遊ぼかな」
 それに、彼女の本気も見たい。
「しょーさー」
 間延びした声に、ややあってメルヴィアは振り向いた。
 自分を呼ぶものと思わなかったが、声に聞き覚えがあった、という様子だ。
「おまえか」
「今日はオフかいな」
「まあな」
「じゃ、勝負せん? 戦闘訓練。
 メルメルしょーさの本気が見たいわ」
「メルメルと呼ぶな」
 メルヴィアは、眉を顰めて溜め息を吐く。
「私闘はしない。
 と言いたいところだが、それを引き受けることで借りを返せるのなら、付き合おう」
「何や、借りとかそういうんちゃうんやけど」
 ニルヴァーナで、メルヴィアが水晶化した時のことを言っているのだろう、貸しとか借りとか、そういう話ではないのだが。
 だが逆に、仮にメルヴィアが助ける側になった場合も、「任務だ」と礼を受け付けない気がする。
 性格なのだろう。
「しゃーない。ま、とりあえずそーいうことで。
 メルメルはんが勝ったら、クマさんチョコ一年分進呈するわ!」

 人気の無い場所に移って、二人は向かい合った。
「こちらから行くぞ」
 斬糸を繰り出すメルヴィアに、泰輔は式神を飛ばして撹乱しようとした。
 使役するゴールドエンブレムが跳ねて、メルヴィアの邪魔をするが、メルヴィアはすっぱりとそれを斬糸で二つに裂いた。
「うわ、通じてへんか!」
 泰輔はこの間に、あらかじめ用意しておいた切れにくい素材の細かい布くずや糸くずを撒き散らす。
 これが斬糸に絡み付けば、斬れにくくなるかと思ったが、ふわふわと舞う布切れの間を、空気を斬り裂くようにして、斬糸が伸びる。
 泰輔の手首と、首に巻きついた。
「ひえ」
「勝負あったな」
 糸は緩く巻きついているだけで、感触のみで痛みは無い。
 けれど、メルヴィアが指先に力を込めれば、すぐさま首と胴体が分かれてしまうのだろう。
 一瞬対処方法を考えたものの、泰輔はすぐに両手を挙げた。
「負けや」
 しゅる、と糸が離れて行く。
「あーあ、まあ、しゃーない。楽しかったわ」
「変な奴だな」
「クマさんチョコ365個は、後でちゃんと送っておくし」
 ぴく、とメルヴィアの表情が固まる。
 喜んでいるらしい。泰輔は笑った。
「ああせや。
 会う前にお好み焼きの食べ放題の店を見つけたんやけど、チャレンジする?」
「ほう」
 メルヴィアの目がキラリと光る。
「奢りか」
「う、まあ、しゃーないわな」
「勝負しても構わないぞ。多く食べた方が払う」
「いやいや、払わせていただきます」
 まあどんだけ食べても料金一緒やしな、と妥協した泰輔は、お好み焼き屋で、メルヴィアの体育会系の胃袋を目の当たりにすることになるのだった。