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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

リアクション




征く者 1




 ユグドラシルの奥深くまで響き渡った轟音に、思わず足を止めた一同は、アールキングの幹の一部が崩落したと言う知らせに沸いた。
「この執拗な攻撃は、距離が近付いた以上に、ダメージの深さゆえの焦り……とうわけどすな」
 突入時より激しく、無差別になりつつある攻撃のもう一つの理由を悟って、キリアナは前方を睨みすえた。
 選帝の間まで、もう道半ばを過ぎたところまで来ている。だがここに来て、暴れ回る根に手を焼き、進撃が鈍ってきているのだ。表情を険しくするキリアナの肩を、レンが叩いた。
「落ち着け。アールキングは、個別の気配の見分けがつき辛いのだろう? 焦っている今なら尚更、だ」
 その言葉の意味するところを悟って、キリアナの目が不敵に輝く。
「……そうだな」
 呟くと共に剣を構え直したキリアナは、すうっと息を吸い込んで後方を振り返った。唯斗が後ろを追うその背は、最後尾まで歩を進めると、切っ先を正面へと突きつけて、ぎらりと眼光を鋭くした。
「――てめぇを剣の錆にしてやるぜ、アールキングッ……!」
 普段の言葉遣いをがらりと変えて、キリアナの剣が疾った。翻る剣先は、目で追える速度を越えて激突の瞬間が辛うじて判る程度だ。一撃一撃が針に糸を通すような正確さで、根の芯を裂いていく。それが、通路を縦横無尽に動きながらなのだから、驚異的だ。
「数だけで、殺れるとッ! 思うんじゃねえぞッ!」
 叫びと共に突き進む後ろでは、その背を狙う根を、唯斗が追うようにして斬撃を繰り出していた。表面を削っていく斬撃の軌道を魔術回路として発動する火術が、まるで火の尾のように唯斗の剣を辿って、細かな根を焼き落としていく。風のような一瞬で、後方一帯の根を一掃したキリアナは、首だけで振り返ると、ひゅ、っと帝国式の礼を取って剣を構えて見せた。それを見て、意図を得たりと、夏 狐月(しゃ・ふーゆえ)を構えた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)クコ・赤嶺(くこ・あかみね)が弾かれたように飛び出して行き、吹雪も負けじとその後に続きながらセルウスに向けて敬礼した。
「此処は任せて、先へ行かれるであります」
 言って、ドヤっと銃を 構える吹雪と同じく、猿渡 剛利(さわたり・たけとし)たちもその足を止めて、後方を振り返った。
「甲斐ちー?」
 鳴神 裁(なるかみ・さい)が首を傾げるのに、三船 甲斐(みふね・かい)はイコプラを展開し、エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)佐倉 薫(さくら・かおる)は合体して「俺達がここで注意を引く」と宣言してヘビーマシンピストルを構える剛利の傍へ並ぶ。
「裁よ、お前さんには殴る相手が居るんだろう?」
 その隣で、甲斐がにやりと裁に笑いかけた。
「此処は俺達に任せて、お前さん達は先を急ぎな」
「OK……そっちは任せた、ボクは先にいくよ、また後で会おう」
 頷いてハイタッチを行う裁達の後ろでは、まだ後ろ髪を引かれた様子のセルウスに「さて、「乙女の導きはここまでですわね」とノートも背を向けた。
「ここから先は、貴方自身の力で進み、掴み取るのですわ。これが貴方の皇帝としての第一歩なのですから」
 そういって見据えた後方では、キリアナの剣戟を受けて、警戒を強めたのだろう。アールキングの根がどんどん後方に向けて集まり始めているのが見える。その光景に目を細めて、洋が自身のパートナー達を振り返った。
「みと、エリス、洋孝! 我々はここで殿軍を務める」
 洋が言うのに、乃木坂 みと(のぎさか・みと)は肩を竦め、エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)も「基本的にはこうなりますね。以上」と、呆れたように息をついたがみとは直ぐに目を細めてフロンティアスタッフを構え直した。
「まあ、それもいいでしょう。どこでも洋様のいる場所こそが我が居場所。常在戦場ならば共に死するも甘美でしょうて」
 相変わらず無謀な、ある意味自身たちを捨て駒扱いとする作戦を聞いて、ため息をつきながらも、武器を取るみとの表情はどこか嬉しげでもある。
「そうなると教導団の一員として帝国皇帝陛下には無様な戦いは見せられませんねえ」
「帝国とシャンバラが手を取り合う。それこそ最良の未来。ゆえに賭けましょう。命というチップを。以上」
 対して、洋孝は彼女等よりは若干のんびりとした調子でセルウスに首を傾げて見せた。
「あー、皇帝陛下におかれましては、とっととケリ付けてくれませんかねえ。アンタが勝てば歴史は修正されるんだわ。新皇帝セルウス一世陛下」
 おどけたような物言いに、首を傾げるセルウスの背を、祥子が急がせるように押した。後ろ髪を引かれるように一瞬眉を寄せたセルウスは、ぶんぶんと首を振ると、殿に残る面々に手を振った。
「みんな、後でね……!!」
 言葉は拙くとも、込められた強い思いは伝わる。皆のうなずきを目に焼き付けるようにして踵を返し、仲間達と共に再び先へと駆け出した少年を、新たな皇帝を送り出すように、洋はその背中に敬礼を送った。

「勝利の凱歌を帝国臣民に聞かせろ! セルウス皇帝陛下! 万歳!」



「……っ、おい、大丈夫か?」
 そうしてセルウス達の背が通路の先へ消えるまで見送ったところで、がくんと膝を折ったキリアナを唯斗が支えた。いつかも、凄まじい剣戟の後で体力切れを起こした事を思い出して、唯斗は苦笑する。
「まったく、相変わらず無茶するな……」
「本当にね。ぶっ倒れる前に、ちゃんと休みなさいね、キリアナ君」
 キリアナの周囲を守るようにフィールドを張ったリカイン溜息を吐き出した。(それについてはシルフィスが「人のことが言えるのか」と言いたげに一瞬見ていたのは余談である)バトンタッチして、迫り来る根を霜月やノートが迎撃している間に、唯斗はぽんぽん、とぐったりとした様子のキリアナの肩を叩いた。
「キリアナ、もっと肩の力抜けよ? 俺達も居るんだしさ、というか、女の子なんだからもっと笑ってて下さい」
「…………おおきに」
 何故かなんとも言えない苦笑を浮かべたキリアナに「見事だな」と口にしたのはレンだ。プリンス・オブ・セイバーの再来という名に違わぬその強さに素直に感嘆し、同時に自身も煽られたかのように口元を軽く引き上げる。
「次は、こちらの番だ」
 そう言い、リカインたちの前へ立つと、パイロキネシス前回で視界を炎で埋た。その熱に炙られてかアールキングの根を僅かに怯んだように見えた。そこへ、自身の持つ超能力を全開させた。細かい目標を定めない大味な技ではあるが、狭い通路で区切られた空間では、効果は絶大だ。まるでレンを中心にした嵐のように衝撃波とサイコキネシスによって生まれる見えない暴力が通路を吹き荒れアールキングの根を一掃していく。その間で、味方側へのシルフィスの作り出したアブソリュート・ゼロの壁を荒れ狂う超能力に対する壁代わりに、逆サイドから襲う根には、クコの運転するバイクで縦横無尽に走る霜月の振るう狐月から放たれる、炎を纏った聖獣が走り抜けて根を焦がし、それをノートが叩き斬り、あるいは望のマスケット銃が撃ちぬいて阻む。それ以外の細かい根は、剛利の弾幕と、甲斐のイコプラがその接近を許さない。
 一斉の攻撃に対しても、接近を許さず、無傷でとはいかないまでも、負傷による脱落者も出ていない彼らの迎撃に苛立ってか、或いは危機感を抱いてか。膨れあがった殺気に、エメラダがびくりと反応して九十九閃を抜き放った。
「抜刀術――『青龍』!」
 渾身の力で放った刀の閃きが向かってきた根を抉り、直撃は避けた、が。冷気の刃に凍りついた場所ごと飲み込むようにして周囲の根が絡み合って巨大な蛇のごとく膨れ上がると、エメラダに襲い掛かってきた。
「……ッ!」
 受け流しきれない衝撃が襲い、とっさにスライム化して身を守ったが、根の蛇の直進は止まらない。寄り合った分強度が増したのか、回避と同時に斬りかかったノートの剣も、霜月の剣も、表面を抉りはしたがそのまま新たな根が覆っ低ってしまう。狭い通路で暴れ狂う巨大な蛇に、シルフィスの壁もリカインのフィールドも長くは持ちそうにない。
「……、あきまへん……っ」
 キリアナが剣を握り直したが、それを抑えるように「退がっていろ!」と声を上げたのは洋だ。皆が伏せるのを待って、蛇の正面へと飛び込むと、ラスターハンドガンを一斉に乱射させた。狭い通路内での隙間の無い弾幕に、怯みはしないものの蛇の動きが若干鈍る。そこへ、みとの炎術が側面を襲う。そして。
「今日のアルバトロスは危険がいっぱい〜っと」
 洋孝が言い終わるや否や。巧みに軌道を限定させられていた根の大蛇は、弾幕に紛れて洋孝の設置していた小型空中機雷群の中へと頭から突っ込んだ。瞬間、凄まじい爆音と衝撃波が、通路全体を揺さぶった。
「――……ッ」
 衝撃に吹っ飛ばされそうになるのを、伏せ、あるいは踏み止まって何とか堪えると、トドメとばかりにエリスがお見舞いしたミサイルが、大蛇を完全に粉砕したのだった。
「派手やなぁ」
 その残骸と、もうもうと通路に広がる爆撃の名残にキリアナは苦笑したが、のんびり構えている暇は無い。渾身の一撃を防がれたことで、躍起になったアールキングの根の猛攻はまだ止んでいないのだ。
「消耗戦となると、厳しいな」
 それらを迎撃しながら剛利が呟くのに、甲斐は不敵な表情を崩さないまま肩を竦めた。

「後は、あいつらが何とかするのを期待して待つしかねぇだろう」