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若葉種もみ祭開催! ~パラ実分校学園祭~

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第9章 大切なら、死んでも落とすな!

 如月 和馬(きさらぎ・かずま)が企画したのは『キマク商店街一周嫁担ぎレース』だった。
 そして、話を持ちかけられて大いに乗り気になった商店街で働く者達が調子に乗って作ったコースは、商店街を出て種もみの塔〜若葉分校を巡り商店街に戻るという超遠距離コースだった。
「本当に大丈夫なのか?」
 和馬のパートナーとなったアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)が不安げな顔で言う。
 もともとレース参加に乗り気ではなかったアイリスは、この無茶なコースを理由に辞退しようとしていた。
 しかし、和馬の気持ちは変わらない。
「これはアイリスのためのレースでもあるんだぜ。パラ実校長となったあんたに、キマク商店街の活性化とふれ合いに一役買うのもいいんじゃねぇか?」
「……他の理由は?」
「恐竜騎士団の練度を知らしめる場として使わせてもらう。ほら、参加者の中にもいるだろ」
 和馬の言う通り、それらしき者達がちらほら見受けられた。
「長いコースの途中には恐竜が応援してくれるしな」
「……」
「そんな疑わしそうな目で見るなよ。襲うわけねぇだろ。恐竜騎士団が地域密着型のご当地騎士団として、シャンバラとエリュシオンの友好の架け橋になればいいと思わねぇか?」
「よくまあ都合の良いことばかりポンポンと出てくるな……。まあいい。一理ある。で、どうやってコースを攻略する?」
「どうせなら優勝目指そうぜ。それにはエストニア・スタイルだ」
 どんなものかわからず首を傾げるアイリスに、和馬は恐竜騎士団を指した。
 嫁役は夫役の後ろから首を挟むように脚を乗せ、走ってる最中に振り落とされないように腹のほうに腕を回す。
 夫役は両手が自由になるため走りやすいのだ。
 アイリスの冷たい視線がぐさぐさと和馬に突き刺さる。
「お姫様抱っこのように担ぐのもいいんだけどさ、それだとどうしてもスピードが落ちるんだよな」
 なおも絶対零度のようなアイリスに、和馬は熱心に説く。
「エストニア・スタイルは確かに奇抜な方法だが、地球の大会優勝者は代々この担ぎ方で勝利をものにしてるんだ。決して鍛え抜かれたアイリスの太腿に挟まれて至福の時を味わいたいなどという邪な気持ちはない! ましてや、それをやりたいがためにこの大会を企画しただなんて、間違っても思ってくれるなよ!」
 長い距離の果て、アイリスの太腿に挟まれて窒息するならそれも本望、とは口が裂けても言わない。
 が、そんな和馬の本心はアイリスには筒抜けだった。
 しかし、スタート地点の商店街は参加者と応援者が大勢集まり、滅多にない賑わいを見せている。
 どうしようもない煩悩が生んだ企画だったとしても、これは事実だ。
「わかったよ。エストニア・スタイルで優勝だな。途中で潰れるなよ。潰れたら引きずっていくからな」
 諦めたアイリスの手を取り、和馬は喜んだ。
「そう言ってくれると思ってたぜ!」
 ふと、アイリスは何かを握らされたことに気づく。
 手の中にあったのは、馬鹿には見えない【危険な水着】。
「いらん」
 アイリスは無表情に水着を押し返した。
「何でだ! コースには水たまりもあるし氷のリンクだってあるんだぞ」
「濡れてもいい服で来たから問題ない」
 取り付く島もなかった。
 その時、スピーカーから高原 瀬蓮(たかはら・せれん)の声が流れてきた。
「皆さん、嫁担ぎレースへようこそです! 解説の瀬蓮です。レースの様子は恐竜騎士団の方が中継してくれます。スクリーンを用意したから、観戦してくださいね。
 コースは長いですが、途中途中に水を用意してるので嫁役も夫役もそこでしっかり水分補給してくださいね。給水場では、嫁役を下ろすことができるよ。ついでに体もほぐしてね。制限時間はないけど、暗くなっちゃうと危険だしお客さんも帰っちゃうから、夫役の人はがんばってくださいね!」
 瀬蓮の声はほがらかだが、大変なレースであることは間違いなかった。
「そろそろスタートです! 準備はいいですか?」
 アイリスは和馬にまたがるように担がれた。
 背にアイリスの豊かな胸の弾力を感じ、幸せな気持ちになる和馬。
「よーい、スタート!」
 銃が鳴り、参加者がいっせいに走り出した。
 送られてくる映像を見ながら、瀬蓮はわたがしを食べた。
 和馬が商店街の屋台の引換券をたくさんくれたのだ。
 彼のお勧めは、焼きパラミタトウモロコシだったが、それには手を付けなかった。
「今のところ、トップはリーブラ夫妻です!」

 エストニア・スタイルで人ひとりを担いでいるにも関わらず、軽い足取りで走るのはティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)
 嫁役の祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は心配そうだ。
「楽しむことが第一って言ったのは私だけど、本当に大丈夫? 何なら交代するわよ」
「何てことありませんわ。さあ、水たまりが来ますわ。気をつけてくださいませね」
「ふふっ。頼もしいわね。でも、後半は交代しましょう」
 嫁役と夫役を交代してはいけない、というルールはなかった。おそらく、他のチームも交代する組がいくつか出るだろう。
 水たまりはおよそ10メートル。膝くらいまでの深さがある。
 ティセラはバシャバシャと水しぶきをあげて走った。
 祥子は間違って水にむせないよう、片手で口元を覆った。
 日差しが暑い中、水しぶきは冷たくて気持ちが良かった。
「咽てはいませんか?」
 ティセラが祥子を気遣う。
「大丈夫よ。次は障害物ね。しっかり掴まってるから、多少荒っぽく走っても平気よ」
 水たまりの次は三角コーンの乱立する障害物コースが待っている。
 祥子はティセラの体に回した両腕にしっかりと力をこめた。
 さすが十二星華と言うべきか、ティセラのフットワークは軽い。
 そこに、猛然と追いついてきたパラ実ペアがいた。
「障害物なんざ、こうだぁ!」
 と、三角コーンを蹴り上げる。
 直後、ゴインッと鈍い音がして夫役の彼はうずくまった。
 飛ばされた三角コーンの中には鉄の芯が地面から伸びている。
「真面目によけていてよかったわね」
「危ないところでしたわ」
 足をもつれさせることもなく障害物コースを抜け、まっすぐな道を走る。これからは荒野に出る。
「種もみの塔をまわって、若葉分校へ……でしたわね」
「そうよ。……あ」
 ふと、祥子は思い至った。
「どうかしましたの?」
「若葉分校は、一応百合園とのつながりも深いから顔を出そうと思っていたんだけど、そうなると種もみの様子も見ておかないとなあって思ってて。仮にも教師を目指すならね」
 種もみ学院開校時、百合園生を嫁にしようと姉妹校だの合併だので騒ぎになったため、祥子の中ではこの学院に対する印象が良くない。
 祥子の葛藤を知ったティセラが小さく笑う。
「種もみ生が何かやらかしていないか見に行くというのはどうですか? 百合園生や他校の女子生徒に無理強いしていたら止めませんと」
「それはもっともだわ」
「それに、百合園生もそれなりに護身術は身につけているでしょう。きっと大丈夫ですわ」
「ありがとう。ティセラ。今はレースに集中するわ」
 二人は荒野に飛び出した。

 レース開始から少しして、商店街は異様に盛り上がっていた。特に男性達が。
「グフフ……いい反応だよ、みんな」
 メルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)を担いで走るブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が不気味に笑う。
 その体をメルヴィアがピシャッと叩いた。
「何がおかしい!」
「うふふふ」
 メルヴィアはエストニア・スタイルで担がれているわけだが、ブルタにしがみつくことはせず腰のあたりに手をつき上体を起こしていた。
 そのため、ブルタが走ると彼女の大きなおっぱいが縦横無尽に揺れているのがはっきり見て取れるのだ。
 しかもメルヴィアは美人だ。男達にとってはまさに目の保養だった。
 これこそがブルタの狙いだった。優勝より大切なことだと思っている。
「いいじゃないか、何でもさ。優勝したらかわいい恐竜のぬいぐるみだよ」
「む……」
 メルヴィアはぬいぐるみが好きだ。
 レースの参加を決めたのも、この優勝賞品による。これはブルタが商店街の人達に頼み込んで用意してもらったものだ。
 もし二着以下だったとしても、メルヴィアなら引きずらないだろう。
「おい、もっと早く走れ。十二星華を追い抜くんだ」
「えー……。もうちょっとオジサン達に夢を見させてあげようよ」
 そしてヒンヌー教の奴らにおっぱいの素晴らしさを教えてやりたい……という続きは飲み込んだ。
 しかし、結局メルヴィアに怒鳴られるのだ。
「とっとと走れ、この駄馬!」
「そうだねぇ、そろそろ走ろうかな〜グフフッ」
「ぐずぐずするなよ」
 目が合ったわけでもないのに、圧倒するようなメルヴィアの視線に射抜かれたような冷たさがブルタの体に走った。
 常人ならすくみあがるようなそれも、ブルタにかかっては一種の快感になってしまう。
「ねぇ、レースが終わったらアイリスに会ってみたらどうかな。パラ実の校長の一人だよ、知ってるでしょ」
「会ってどうしろと?」
「教導団とは場所も近いし、国軍の指揮官としてトップと会っておくのは大事なことなんじゃないかな」
「……何かたくらんでいるのか?」
「人聞き悪いなあ。荒野には珍しい動物もいるでしょ。アイリスと仲良くなっておけば、部隊の役に立つ動物を紹介してもらえるかもしれないよ」
 メルヴィアの心が微塵も揺れなかったわけではないが、彼女ははっきりとした返事はしなかった。
 ブルタとしても即答を得られなくても問題はない。
 そして、やってきた水たまりでは、ブルタはわざと大きく飛沫をあげて走った。
 おかげでメルヴィアはびしょぬれになり、肌が陽の光を浴びて艶っぽく光る。長い髪が腕や胸元に張り付いているのがいっそうなまめかしい。
 観客からひやかすような歓声を受け、メルヴィアが再びブルタを叩いた。
「もっと機敏に動けるだろう、この汚豚が」
 うふっ、うふふふふ……と、ブルタはいやらしく笑った。

 いくつかの給水場を通過し、種もみの塔を通り過ぎ、またいくつかの給水場を経て若葉分校を駆け抜けた頃には、レース走者は半分以下になっていた。
 太陽も傾き始めている。
 休憩自由とはいえ、あまりに過酷なレースになっていた。
 このレースの元となる習慣があった地域では、求婚のために近隣の村から娘を連れ去ったのだとか。
 その話を聞いた風馬 弾(ふうま・だん)は、
(どんな経緯でそんな習慣が生まれたかは知らないけど、昔の人は大変だったんだよ)
 と、苦しい息の下でしみじみと思った。
 何にしろ、ゴールまであと少しだ。
 決意も新たに歯を食いしばる弾に、ペアにと誘われたアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は首にまわしていた腕に力いれて、少しでも彼の負担を減らそうとした。
 より密着してきたアゾートにハッとした弾は、息切れしながらも何とか笑みを見せる。
「だい、じょうぶ。絶対に、落としたりなんか、しないよ。何があっても、これは、絶対」
 弾はアゾートをエストニア・スタイルで運ぶのはあんまりだと思い、お姫様抱っこで走ることにした。
 始めのほうこそ、想いを寄せる女の子との密着至近距離に煩悩が刺激されっぱなしだったが、今となってはそんなものは汗と一緒に流れていっていた。
 弾の心にあるのは、アゾートとゴールすることのみ。
 そんな純粋な想いが通じたのか、アゾートははにかんだ笑みを返した。
 給水所に着くたびにアゾートがヒールをかけた。
 完全に回復することはないが、両腕のしびれはとれていった。
 がんばれよ、と最後の給水所のスタッフに送り出されてからどれくらい経っただろうか、かすむようにキマクが見えてきた。
「見えた!」
「うん。何だか、元気が、出てきたよ」
 二人の表情が明るくなる。
 自分達がどれくらいの順位なのかわからないが、それももう些細なことだ。
 弾が大地を踏みしめる音と二人の息遣いがすべてだった音に、商店街のざわめきが流れてきた。
 ざわめきはやがて声援に変わる。
「また一組がゴールしました! おめでとう!」
 マイクから聞こえてくる声は瀬蓮ではない。桃雪姫午後の部のために若葉分校に戻っていたからだ。
 そんなことをぼんやり思いながら、弾はアゾートを下ろした。
 とたんに、膝の力が抜ける。
「弾、ゴールだよ。やったよ! すごいよ!」
 ありがとう、とアゾートは弾の手を握る。
「あはは。もう腕がぷるぷるして、力入んないや……。でも、気分はいいんだ。あのね、アゾートさん」
 弾はゴールしたら伝えようと思っていた言葉を口にした。
「今日、ここまで辿り着いたように、これからも手を離さず大切にします。去年の今頃に知り合ってから、ずっと友人としてのお付き合いだったけど……これからは、恋人としてお付き合いしてください」
 まっすぐにアゾートを見て言い切ると、彼女も目をそらすことなく弾を見つめている。
 周りの観客達は、固唾を飲んで二人の結末を見守っていた。
 弾の手を握るアゾートの手に、そっと力がこもった。
「うん。それじゃあ、ボク達はこれから恋人同士だね。よろしくね」
「……!」
 夕日を受けて微笑む彼女に、弾の心臓が跳ねる。
 それから、アゾートはこてんと首を傾げて続けた。
「でも、恋人ってどういうことをしていくのか、いまいちわからないよ」
 弾は小さく吹き出した。
「僕と一緒に、見つけていこう」
 直後、ワッと歓声があがり、二人は観客達の祝福にもみくちゃにされたのだった。
 ちなみにこのレース、優勝したのはブルタとメルヴィアのペアだった。
 メルヴィアは自分好みのデザインの恐竜のぬいぐるみを手に入れ、ご満悦だ。
 一方ブルタも、彼なりにメルヴィアを堪能できて満足している。
 完走しても途中棄権しても、ペアの絆が深まったレースだった。