百合園女学院

リアクション

第２章　『桃雪姫』午前の部

　若葉分校のホールに設けられたステージで、劇が行われようとしていた。
　企画者は分校の総長の神楽崎　優子（かぐらざき・ゆうこ）とされているが、実際は分校生徒会庶務のブラヌ・ラスダーとゆかいな７人の仲間達である。
「種もみ側も面白かったね。午後からは契約の泉の方、行ってみようねー！」
　喫茶店で購入したバナナジュースを手に、マリエッタ・シュヴァール（まりえった・しゅばーる）はわくわく開演を待っていた。
「そうね、でも羽目を外しすぎないようにしてくださいね」
　リンゴジュースを手に、水原　ゆかり（みずはら・ゆかり）がパートナーのマリエッタに微笑みかける。
　今日は２人でこの学園祭に訪れていた。
　今年で２５歳になるゆかりと、外見１４歳、実年齢も１０代のマリエッタでは少しペースが違っていて、マリエッタにゆかりは振り回される形で、会場を回っていた。
　この劇を見たいといったのも、マリエッタだ。
　ゆかりはちょっとこの劇にひっかかりを覚えていた。
「それにしても……なんだか怪しいんですよね」
　会場の前で「女の子募集！　姫を演ってくれる女の子熱烈大歓迎！　リードは全部俺達に任せてくれてオッケー！」と、パラ実生が執拗に女の子を勧誘していたことが気がかりだった。
「あ、始まる！」
　明かりが消えて、ホールの中が暗くなった。
　舞台に明かりがともり、劇が始まった――。

「鏡よ鏡よ、鏡さん、世界で一番美しいのはだあれ？」
　煌びやかなドレスを纏い、大きな鏡の前で言ったのはセレンフィリティ・シャーレット（せれんふぃりてぃ・しゃーれっと）だった。
（姫募集って言ってたのに、なんであたし妃なのー！　騙されたっ）
　セレンフィリティは内心腹を立てていたが、にじみ出る表情が意地悪妃として相応しいものだった。
『王妃様はお美しい、しかし森で暮らす桃雪姫はもっと美しい』
　鏡はそう言って、桃雪姫――セレアナ・ミアキス（せれあな・みあきす）の姿を映し出す。
　セレアナは、セレンフィリティのパートナーで恋人、だ。
　少し関係がぎくしゃくしてしまっているけれど、少しずつ持ち直している……ように思えてきたところだった。
「なんてこと！　確かに姫は綺麗だけれど、それは否定しないけれど、両方一番なのよ、あたしたちは！　いえいえ、姫を探しに行きましょう、そうしましょう」
　などと言い、セレンフィリティ王妃は、庭の林檎の木から林檎をもいで籠に入れて。
　魔女の服に着替えると、桃雪姫がこ・びと達と暮らす、森の中の小さな家へと向かった。
　そして。
「ああ、桃雪姫、どうしてあなたは桃雪姫なの」
　とか適当な台詞を言いつつ、桃雪姫に毒りんごを一つ手渡して帰っていった。
　以上で妃の出番終了なため、セレンフィリティは劇を舞台そでから見守ることにした。
「懐かしい林檎。お城の御庭に生っていた林檎みたい」
　セレアナは林檎を両手で包み込んで見つめた後、かぷりと、齧った……。
（ああ、セレン、あなたはどうしてセレンなの……って返せばよかったかしら）
　心の中ではそんなことを思いながら、セレアナは台本通り、その場に倒れた。
（どちらかが、王子をできたら……よかったのかも）
　目を閉じて王子を待ちながら、セレアナは思う。
　セレンフィリティと、少しずつ関係が修復されつつあった。
　言葉で伝え合うにはまだもどかしいものがあるけれども、それでも以前のように傷つけ合うようなことはなくなっていて。
（少しは２人で前にすすめたのかな……少しずつでもいいから、また２人で共に歩いて行こう）
　そんな風に、思っていた。
「姫、姫が倒れてるーっ！」
　駆け付けたこ・びとの１人、高原　瀬蓮（たかはら・せれん）が大声を上げた。
「ホントだ、大変、大変ー！」
　２人目のこ・びと小鳥遊　美羽（たかなし・みわ）は、姫の周りをばたばた走り回る。
「なんだってえー！」
「これはいったいどういうことだあー」
　続いて、小人……というには大きすぎる男８人がばらばらと舞台に出てきた。
　ブラヌと悪友７人だ。
「りんごか、りんごを食べてこんなことになったのか！」
「すぐにすぐに、吸いだしてやるぜぇ！」
「逆口移しだあー！」
　ブラヌと悪友がセレアナにぶちゅっと、ちゅーをしていく。
「練習だ、君も手伝え〜♪　んちゅぅ〜」
「えっ？」
　観客席がざわめく中、黒縁眼鏡の少年が瀬蓮の両肩を掴んで、唇を近づけてきた。
「練習練習♪」
　もう一人、リーゼントの少年が美羽に飛び掛かる。
「やっぱりそーゆーこと考えてたのねッ！」
　美羽は迫ってきた男を蹴り飛ばし。
「ええーい！」
　振り上げた足を、瀬蓮にキスしようとしていた黒縁眼鏡の少年の頭に落とした。
「ぎゃふん」
「ちゅーならいくらでも私がしてあげるわ。た・だ・し、てんちゅーだけどね！」
　飛び蹴り、回し蹴りで、美羽は瀬蓮と自分に迫る男達を舞台外へと蹴り飛ばしていく。
「やめて！　セレ……姫は渡さないっ」
　舞台そでからは、魔女の姿のままのセレンフィリティが乱入してきた。
　キスされるセレアナの姿に、セレンフィリティは嫉妬のような感情に、見舞われていた。
　そして、嫉妬に駆られる自分の感情に、改めて彼女のことを愛しているのだと悟った。
　セレアナにキスをした男、まだ群がっている男達を蹴散らして、彼女を自分のものにしようとした、その時――。
　セレンフィリティを突き飛ばして、倒れているセレアナに飛びついた者がいた。
　それは小人役の男性ではなくて、青いショートヘアの少女……マリエッタだった。
「く……う……っ」
　彼女は泣いていた。苦しげに泣きながら、未だ演技を続けているセレアナに、自らの唇を重ねて。
「あ……ああう……っ」
　嗚咽を漏らしながら、激しく長いキスをした。
「ん……っ、あ、なたは……」
　目を開けて、自分にキスをしていた相手を見て、セレアナは軽く震えた。
　それはかつて、行きずりの関係を持ってしまた相手。
　彼女のキスの激しさに。流れてきた思いの強さに、セレアナは震えた……。
「うっ、ううっ……」
　マリエッタは泣きながらセレアナを見つめて、次の瞬間、舞台から飛び下り、外へと飛び出していった。
「ま……待って！」
　観客席にいた女性、ゆかりが慌てて後を追っていく。
「…………」
　今起きたことが理解できず、セレンフィリティはただただ、茫然としていた。
　身を起こしたセレアナもセレンフィリティと目を合せることが出来ず、俯いていた。

「う、うう……っ、あ……あ……うう……」
　声を上げて苦しそうに、マリエッタは泣いていた。
　ホールから飛び出して川原へと走って。
　賑わっている方ではなく人気のない方へ走って。しゃがみこんで泣いていた。
「……マリエッタ」
　ゆかりはそっと声をかけたけれど、マリエッタは振り向かず。肩を振るわせて、嗚咽を漏らして泣いている。
（マリエッタの、あの目……）
　姫……セレアナが登場した時。マリエッタは突然ハッとして、硬直して。
　それから思い詰めたような深刻な空気を漂わせた。
　男達にキスをされるセレアナを見て、耐えきれなくなったのか。
　マリエッタはいきなり舞台へと駆け上ったのだ。
（あれは……お姫様を演じている子への愛情？）
　あの女性のことが、好きなのだろうか。
　こんなにも、苦しむほどに？
　２人の間に何があったのか知らないゆかりは、今はただ、側にいてあげることしか出来なかった。
　好きなだけ泣かせる以外はないと、側で静かに見守ることにした。

「予想外な展開だね……」
　屋台で買ったパンプキンドーナツを食べながら、美羽のパートナーのコハク・ソーロッド（こはく・そーろっど）は、瀬蓮のパートナーのアイリス・ブルーエアリアル（あいりす・ぶるーえありある）と共に、観客席から舞台を見ていた。
「まあ、瀬蓮が姫で、あんなことされそうになったら、僕も駆け付けただろうけどね」
　アイリスは余裕のある表情で舞台を見ていた。
　瀬蓮は小人役だし、美羽も一緒だから大丈夫だろうと。
「あ、ひとつ貰っていいか？」
「どうぞー。そういえば、舞台開始前に差し入れとして持っていったんだけど、どうしてかブラヌ達に全力で拒否されたんだよね、このドーナツ。美味しいのに」
　コハクは不思議そうに言いながら、アイリスにドーナツの入った箱を差し出す。
「甘い物苦手なんじゃないのか？」
　アイリスはパンプキンドーナツを美味しそうに食べる。
「そうかな。それじゃ、終わった後には甘くない野菜ドーナツを持っていこうかな」
　などと悪意なくブラヌと仲間達のトラウマをえぐる差入れを考えながら、コハクはのんびり舞台を見ていた。
　しばらく呆然としていた姫と王妃は、こ・びとな美羽と瀬蓮にに付き添われ、舞台そでへと退場していった。
　そして、瀬蓮が戻ってきたその時。
「ううっ、王子以外のキスで目を覚ました娘は、本当の姫ではなーい！」
「そう真の姫はここにいる！」
「姫ならば姫ならば！　寂しい俺達を平等に愛してくれるはず〜♪」
　起き上がったこ・びと達が、一斉に瀬蓮に向かってきた。
「まてこらっ、誘拐犯！」
　瀬蓮にちゅーしちょうとしていたブラヌの口に、おしゃぶりが突っ込まれる。
　ハイカラな着物姿の鳥丘　ヨル（とりおか・よる）だ。
「ちゅーが足りないようね、てんちゅースパークッ！」
「ふぎゃ」
「なーまーあーしぃぃぃぃ！」
「ぎょあーーーっ」
　美羽は連続蹴りでブラヌ以外のこ・びと達を場外へとドカバキ蹴り飛ばした。
「ブラヌ、絵的に美しくないよ」
　ヨルのキリッとした薔薇学生的な言葉に、ブラヌはおしゃぶりを加えたままふぐぐっと呻く。
「ボクは瀬蓮姫の従姉妹のヨルン。姫がこ・びと達に拉致られたって聞いて、探しにきたんだ」
「助けに来てくれたのね、ヨルン。小人さんたちが全然小人じゃなくて、困ってたの。瀬蓮とヨルンと、美……ミワンで小人演ろー」
　瀬蓮は小人役が身体の大きな男ばかりだから、劇がすこおし変なんだと思っていた。
「それは許さ……」
「はい、お休み！」
　割り込んで来ようとしたブラヌを、ヨルはヒプノシスで眠らせた。
「え、ええっと。ええっとぉ……。……た、大変！　大変なの！　姫の代わりに、こ・びと？さんの一人が倒れてしまいました〜」
　瀬蓮はアイリスが見ていることもあり、どうにか頑張って劇を続けようとする。
「……あ」
　しかし、王子役は特に決めてはおらず、こ・びと達は全員美羽に蹴り飛ばされて、はるか遠くに消えていた。
「王子様はどこですか？　姫じゃないけど眠っている人がいるよー」
　瀬蓮が観客席に呼びかけるが誰も舞台に上がっては来ない。
「んーと、外の人はとにかく、ブラヌは他の企画の仕事もあるみたいだし……」
　瀬蓮がどうしようかなと、足下に転がっているブラヌを見下ろす。
「そうか、眠らせておくわけにはいかないよね。でもボクのチューじゃ起きないだろうし、やっぱここはブラヌと契約してくれそうな女の子じゃないと」
　そう考えると、ヨルも観客席に呼びかける。
「この哀れなこびとさんを、眠りから覚ましてくれる女の子いませんかー？　契約者じゃない地球人がいいなー」
「……さ、終わったようだな」
「凄かったな、女の子同士の濃厚なキスシーン！」
「午後の部も楽しみだなー！」
　しかし、客達はぞろぞろと帰っていってしまった。
　まるでブラヌにはまっっったく興味がないというように。
「ううっ、なんだか本当に哀れね。可愛そうだから、川の中まで蹴り飛ばそうか」
　などと美羽がこつんこつんと足の先でブラヌを蹴る。
「さすがにそれは、哀れすぎるかな。自業自得なんだけど」
　はあーっと大きくため息をつくと、ヨルはしゃがみこんでブラヌをゆさゆさと激しく揺すって、起こすのだった。
「世話がやけるなあ」
「うーん……ひーめぇ……」
　寝ぼけて……それとも寝ぼけたフリか、ブラヌがヨルに両腕を絡めて迫ってきた。
「はいはい、朝ですよ、あさー！」
　と、ヨルはぺしぺしブラヌの頬を叩いて正気に戻したのだった。