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はっぴーめりーくりすます。4

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リアクション



12


 三井 藍(みつい・あお)に出会ってから、三井 静(みつい・せい)は彼とずっと一緒にいた。彼が傍にいないと不安だったから、そうしてきた。
 隣にいるのが当たり前になった今、ふと静は思った。
 距離を変えたらどうなるのだろう。
 心理的にはいつもそばにいるつもりだが、実際、物理的な距離があったら?
 もしかしたら、今よりももっと適切な距離があるかもしれない。
 だから最近は、静がひとりで出かけ、後から藍が迎えに来る等、試行錯誤を繰り返していた。
「ふーん、それで今日はひとりなんだねー」
 静がつらつらと話すのを、フィルはクリスマスケーキのラッピングをしながら聞いていた。
 話が終わるのと同時くらいにラッピングが終わったので、静は聞こうかどうかを少し悩む。店は混んでいるようだし、立ち話なんかしたら迷惑かもしれない。
 口ごもっていたら、にこりと綺麗に笑われた。その微笑みはすべて見透かしているようで、無性にどきりとした。胸の辺りに置いていた手を握り締め、静は唾を飲み込んだ。
「あの……。フィルさんは、どうやってパティシエさんと恋人関係になったの? どう、関係は変わっていったの……?」
「一目惚れして、ずっと一緒にいたくなって、どうしようもなくなって一気に距離を詰めたよ」
「それは……すごいね」
 アグレッシブというか、なんというか。参考になったらと思って聞いてみたが、彼の取った行動は自分と随分かけ離れているようだ。
 静が繋ぐ言葉に悩んでいると、「それがさー」とフィルは明るく笑った。
「ものすごく裏目でさー。何この人こわい、って悲しくなるほど怯えられたよー」
「えっ……」
「まあそりゃそうだよねー。他人が恐怖の対象でしかない子に、好きだからって一気に距離詰めて。嫌われなかっただけ御の字だよね」
 とは言うものの、フィルの様子に後悔といった感情は見えない。そもそも今、確かふたりはいい関係だったはずだ。再び返答に迷った静に、フィルは「今は仲良しだけど」と食えない笑みを浮かべてみせる。
「どうして?」
「うん?」
「どうして、そうなれたの……?」
 一度離れてしまった距離が、できてしまった溝が、どうして埋まったの。
 静は、じっとフィルを見つめた。フィルは、いつもより少し真面目な顔をしていた。
「わかってもらいたくて、ずっと話をしていた。俺のこと知ってほしくて。きみの味方だよってわかってほしくて。ひたすら言葉を尽くしてた。そうしたら伝わったみたい」
「そう、なんだ」
「世の中言わなきゃわからないことばっかりだからねー。特に自分の気持ちなんかはね。伝えないと」
 自分以外の誰も、正確にわからないんだから。とフィルは謡うように呟いた。
「さ、そろそろ行きなー? 藍ちゃんがやきもきしちゃうよ」
 その言葉に、静ははっと顔を上げた。時計を見る。いつの間にか、かなりの時間が経っていた。
「長く引き止めちゃって、ごめんなさい。お話、ありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀をし、ケーキを持って店を出る。
 藍と待ち合わせした場所まで、歩いて十分もかからないだろう。
 急ぐ道すがら、静は言わなきゃわからない、ということを考えていた。


 中央公園にある時計台の傍で、藍は静を待っていた。
 約束した時間を少し過ぎても静はまだ来ない。無意識のうちに爪先で地面を叩いていたことに気付き、小さく息を吐いて止めた。
 最近静は藍と離れて行動をしたがる。
 今回はフィルの店へ行くだけだから、あまり心配はしていない。けれど、どうしても不安は不満は少しあった。
 静は、今日のように少し距離を置くことを『実験』と称して繰り返している。そのたびに藍は、不安と不満を蓄積していった。
 彼に、どういう意図があってやっているのかはわからない。また、彼の望みなら叶えてやりたいとは思う。だから今まで何も言わず付き合ってきた。だけど。
「物理的にも手の届く、傍にいるのが一番良いに決まってる」
 低く、呟いた。声は空気に溶けて消える。白い息と共に不満を吐き出すと、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。だけど、ほんの少しだけだ。次の瞬間には、すぐ、別の不満に上書きされてしまう程度の。
 静は、望んでいないのだろうか。
 傍にいることを、望まないのだろうか。
 違う。そんなはずはない。望んでいると、思う。
 傍に、いたかった。
 もっと近くに、静の近くに。
「…………」
 はたと気付く。
 もっとって、どこまでだろうか?
 考えていると、静がこちらへ急ぎ足で向かってくるのが見えた。静の前で考え事はしたくない。ふたりでいられる時は、ふたりで過ごすことだけを考えていたい。だから、藍は考えることをやめた。
「お待たせ。ごめんね、寒かった……?」
「大丈夫だ。静こそ寒くないか?」
「大丈夫。行こうか」
「ああ」
 隣に立ち、家までの道を並んで歩く。
 先ほどと違い、すぐ隣にいるにも関わらず、やはり、もっと近くにいたい、と思った。