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はっぴーめりーくりすます。4

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はっぴーめりーくりすます。4
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10


 クリスマスということで、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はたくさんの料理を作った。
 出かけているお嫁さんが帰ってきたときに、それらがテーブルに並んでいたらきっと喜ぶと思って。
 普段は野菜中心の食卓が、今日は様々なもので彩られている。
 自家製ハーブと香辛料を効かせた七面鳥とミートパイ、ブッシュドノエル。見栄えもするこれらは、クロエのところへ遊びに行くというマリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)にお土産として持たせてやることにした。
「道中で食べたりしないだろうな、あいつ」
 食べ物をバスケットの中に詰めながら、博季は呟く。さすがにそこまで食い意地は張っていないだろう。たぶん。きっと。
 気弱に繰り返した後、結論として「まあいいか」と息を吐いた。そうなったらそうなっただ。仕方がない。
「ねえパパ、リリー他に何か手伝える?」
 水出し紅茶を水筒に入れ終えたリリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)が、振り返って博季に問うた。彼女は朝から料理の手伝いをちょこちょことしてくれていて、それでだいぶ捗った。捗ったといっても精神面だ。娘と一緒に料理を作るというのは、なかなか充実する。とはいえ、リリーはまだ料理に慣れておらず手際も危なっかしいところがあるので、がっつり一緒だったわけではないが。
「大丈夫だよ。リリーが手伝ってくれたおかげでもう殆ど終わったから。ありがとう」
「えへへ。手伝えたかな?」
「うん、助かったよ」
「じゃあ後はママを待つだけかー。待つだけっていうのもつまらないよね……そうだ!」
 不意に、リリーは何かを思い立って立ち上がった。ぱたぱたと急ぎ足でキッチンを出て行く。ほどなくして戻ってきた彼女は、雑貨屋の袋を手にしていた。
「パパ、あのね。これね、雑貨屋さんのクリスマスセールで、可愛いなって思って買ったの」
「? 何?」
「じゃんっ」
 楽しそうにリリーが出してきた中身は、クリスマスカードだった。
「書いてみない?」
 という提案を受けてみたはいいものの、実際書くとなると何を書けばいいのか迷う。
 クロエやリンスなど、あまり会わない人へはぱっと思いつくが、マリアベルやリリー、最愛の妻とは頻繁に顔を合わせて会話をしているわけで、さて今更何を伝えればいいのか。
 考えた末、博季はペンを取って書き始めた。バスケットの中に、クロエ用とリンス用、マリアベル用の三枚を入れて、出かける支度の整ったマリアベルへと持たせてやる。
「つまみ食いするなよ」
「せんわ。失礼も大概にせんか」
 釘を刺し、玄関先で見送った。リビングに戻ると、リリーが博季をじっと見ていた。
「どうしたの、リリー?」
「ううん。クリスマスカード、いいなーって。リリーも欲しいなー?」
 小首を傾げてのおねだりを、素直に可愛いと思った。あるよ、と答えた瞬間、ぱっと表情が明るくなったのも可愛い。
「あるの!?」
「あるよ。リリーに書かないわけないでしょう?」
 ほら、とカードを差し出す。リリーは笑顔で受け取って、そわそわとした後でカードを開いた。
『いつも家族の暖かさを教えてくれて、ありがとう。今日という日が君の素敵な思い出であってくれますように。メリークリスマス』。
 カードには、そう書いた。目の前で読まれると、妙に気恥ずかしい。
 リリーはこれを読んで、どう思っているのだろう。そっと様子を伺うと、口の端を上げて、嬉しそうに笑っていた。
「……へへへー。えへー。えへへへへ」
「嬉しそうだね?」
「うん、すっごく嬉しい。ありがとうパパ、大事にするね。リリーの宝物が増えたよー」
 カードを胸に抱いて、リリーがソファの上を転がる。その最中も「えへへー」と笑っていた。そんなに喜んでもらえると、照れを越えて嬉しくなった。
「あ」
 ぴたりと、リリーの動きが止まった。ソファの上に身体を起こし、にこりと笑う。
「忘れてた。パパ、メリークリスマスっ」
「それはまだ早いよ。パーティが始まるのは、まだまだ先なんだから」
「あ、そっか。そっかー」
 博季の返答にリリーは納得したように頷いて、再びソファに寝転んだ。
「パーティ、楽しみだね」


 一方、一足早く工房でのパーティを楽しみに来たマリアベルはというと。
「土産を預かってきたぞ。今年も豪華なものを作っておったからの、期待するがいい」
 と、自分が作ったわけでもないのに仰々しく言ってバスケットを開いたところだった。
「あら? ねぇ、マリアベルおねぇちゃん。これ、おてがみ、はいってる」
「む。手紙?」
 クロエの言葉に疑問符を浮かべ、バスケットの中身を覗き込む。キッチンで見た美味しそうな料理に紛れて、メッセージカードが三通ある。それぞれ表面に、『クロエさんへ』『リンスさんへ』『『マリアベルへ』と書かれている。
 そういえば、出かける前にリリーが何か騒いでいたなと思い出す。書くとかなんとか言っていた。これだったのかとひとり合点して、クロエにはクロエへの手紙を、リンスにはリンスへの手紙を渡した。
「何、これ」
「博季の奴からの土産とおまけじゃ」
「ふうん」
 突然渡されたにも関わらず、リンスは平然と手紙を受け取って、開いた。
「ご丁寧にどうもって伝えておいて」
「なんて書いてあったのじゃ」
「見る?」
「うむ」
 覗き込んだカードには、『寒い日が続きますが、お風邪など召されぬようご自愛下さい。メリークリスマス。貴方に素敵な思い出が出来ますように』と書かれていた。確かに、丁寧だ。よそ行きじゃの、と呟いてから、カードに二枚目があることに気付いた。
 『追伸……お土産を持たせましたが、もし道中で食べちゃってたらそいつ殴ってやってください』。
「……食べておらぬ」
「心配してないよ」
「失礼な奴じゃ、まったく」
 頬を膨らませてクロエの許へ戻ると、クロエも手紙を読んでいるところだった。
「なんじゃ、にこにこして」
「おてがみがうれしかったの」
「むう。クロエの手紙にはなんとあった?」
「みせないわよ? おてがみ、ほかのひとにみせるのってよくないとおもうもの」
「リンスは見せてくれたぞ」
「リンスはデリカシーがないのよ」
 辛辣なクロエの言葉に苦笑して、マリアベルは自分の分のメッセージカードを開く。
 目が点になった。
「…………」
「どうしたの?」
「いや……これはどういう意味じゃと思う? 嫌がらせか?」
「ええ? みるわよ?」
 カードには、ただ一言だけあった。
 血のような真っ赤な字で、『は ず れ』。
「…………」
「マリアベルおねぇちゃん、なかないで」
「な、泣いてなどおらぬわ! おらぬったらおらぬ」
「よしよし」
「ぐぬ……。……くそ、しかし博季め……あいつにはわらわの真の恐ろしさを味わわせてやらねばなるまいな……!」
「あ」
 マリアベルが暗い笑みを浮かべていると、メッセージカードを手に取ってまじまじと見ていたクロエが声を上げた。
「どうしたクロエ。作戦会議に付き合え」
「きっとそれ、ひつようないわ」
「何?」
「ほら」
 と、差し出されたカードを見る。端の方が、剥がれていた。
「……?」
 裏が、ある。
「あっちゃくしきだったのね。ほんとうのメッセージは、こっち」
 そこには、『節度と常識を弁えて楽しむように。食べすぎ注意。いい思い出作って来なさい。メリークリスマス』と書かれていた。
「……ふん。なんじゃあやつ。素直じゃないのー」
 ぽそりと言うと、クロエが笑った。
「どっちが」
「わらわは素直じゃ。びっくりするほど素直じゃぞ」
「そぉ?」
「そおじゃ。たとえば欲求なんかにはな、驚くほど真っ直ぐじゃぞ。というわけでクロエ、この……えっと、ぶっしゅどのえる? とかいうケーキは、我ら義兄弟のみでこっそり食うぞ」
「えっ、どういうこと?」
「うむ、これな、みなで食べるには小さいのじゃ。なので、我らのみで食べる」
「いいのかしら……」
「美味いぞ、これは」
「……うぅ」
「揺れておるな。おぬしも素直じゃて、かかか」
 高らかに笑い、フォークをケーキに刺した。一口分をすくってクロエの口許に運んでやると、一瞬の躊躇の後、口が開けられた。
 もぐもぐと咀嚼し、飲み込むのを見てからマリアベルは再び高く笑う。
「おぬしも悪よのぅ!」
「わたしだけ!?」
「わらわもじゃ! 共犯じゃ! かかか!」