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はっぴーめりーくりすます。4

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9


 話は数日前に遡る。
 クリスマスを目前に控えたある日、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)南西風 こち(やまじ・こち)へのクリスマスプレゼントである絵本を用意していた。
 サンタの存在を信じている純真な彼女へのプレゼントは、出会ってから欠かしたことがない。今年も喜んでくれるかしらと、選ぶのも楽しくなってきたところだ。
 そんなある日、唐突にこちが言った。
「こちは、サンタさんになります」
「……え?」


 さらに数時間、遡る。
 こちは、カレンダーを見ながら考え込んでいた。
 いいこにしていればサンタさんがプレゼントをくれるのよ。
 リナリエッタと出会って、初めてのクリスマスの前にこちはそう教えられた。それは本当にクリスマス目前のことで、こちは今からでも遅くないかと心配したが、言いつけ通りいいこにしていたらサンタさんは来てくれた。それから毎年、いいこでいようと努めるこちのところへサンタさんはプレゼントを届けに来てくれている。今年もいいこでいたつもりだ。だからきっと来てくれる。そのはずだ。
 だけど、と思う。
 工房にいる、こちの弟妹たちのところへ、サンタさんは行ってくれるのだろうか。
 プレゼントを、あげるのだろうか。
 物言わぬ弟妹たちは、きっといいこにしているはずだ。だけど、動けぬ存在であるからして、決め手に欠けるともいえる。
「ここは、こちたちがサンタさんにならないと、いけない」
 こちは、決意を口にした。その途端、そうしなければならないという使命感が沸いた。決意に胸が熱くなる。
 こちは、リビングへと急いだ。リビングの扉を開ける。リナリエッタが、きょとんとした顔でこちを見ていた。アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)も、こちを見ている。
 ひとつ息を吸って、こちは告げた。
「こちは、サンタさんになります」


「なるほどねえ。そういうことだったの」
 こちから思惑を聞かされたリナリエッタが大きく頷く。
「可愛いサンタの一行が、パーティにサプライズ登場っていいわよねえ」
 その図を思い浮かべてみる。クロエはきっと、素直に驚き、はしゃぐだろう。リンスは……あまり驚かないような気がする。いや、表情が動かないだけで、驚くのだろうか。驚かせたい。驚かせてみたい。
 ふと、前にミニスカサンタの衣装を買ったことを思い出した。あの衣装を着て工房へ行ってみようか。そうだ、そもそも私はセクシーキャラのはず。リンスの前ではうっかり素を出してしまって少女のようにはしゃいでしまっていたけれど、本当は違うのだ。たまにはこう、大人な面も見てもらわなければ。
「サンタの衣装があったはずだから、着てくるわ」
「さすがマスター。こちが提案することまで、予測済みだったのですね」
「ふふふ、当然よ」
 本当はただの偶然だけど、不敵に笑って肯定しておいた。
 部屋に戻り、衣装を着てみる。鏡に映った自分を見ると、なかなかいいじゃないかと思えた。大きく開いた胸元。下着が見えそうなほどに短い丈のスカート。並みの男性なら即悩殺できる自信がある。
「ねえねえ、これ、どう?」
 と、ふたりのもとへ戻ってみると――
「……!!」
 アドラマリアが、ひいっと息を呑んだ。あ、まずい。そう思ったが、遅かった。
「だ、だめですよそんなミニスカサンタ! どの絵本にサンタクロースは女性でミニスカートを履いているなんて描かれていますか! サンタクロースといえば、白いおひげと白い髪、貫禄のある身体つきとゆったりした長袖長ズボンと決まっています!」
 普段はおどおどびくびくと話すのに、こういう時のアドラマリアは饒舌だ。
「男性向けの本に出てくるサンタはミニスカ」
「い・け・ま・せ・ん! 忠実に再現するべきです! こち様、毛糸でおひげを作りましょう。私は精確なサンタのお洋服を作成します……!」
 反論なんてする余地もなかった。言い切ったアドラマリアは、さっと踵を返して自室に行ってしまった。ああなると駄目だ、彼女はきっとあっという間に服を作って戻ってくる。そして着せられる。間違いない。
 せめて、貫禄ある身体、まで再現されないことを祈るしかなかった。


 と、いうわけで。
「「メリークリスマス!」」
 フェルトで作ったトナカイの角つき帽子と赤い付け鼻、毛皮に見立てた茶色いケープをつけ、トナカイに扮したこちはアドラマリアと手を取ってドアを開け、二重奏を奏でたのだった。
 すぐさまクロエが気付いた。目を輝かせてこちらへ駆けてくる。
「メリークリスマス! わぁ、こちおねぇちゃん、アドラマリアおねぇちゃん、トナカイさんなのね!」
「はい。サンタさんご一行、です」
「とってもすてき。でも、リナリエッタおねぇちゃんは?」
 クロエがきょろきょろと辺りを見回す。リナリエッタは、なぜか工房に入ろうとしないで、ドアの影に隠れていた。けれど、クロエの呼びかけにそっと顔を出した。
「メ、メリークリスマース……」
 祝いの声も、なんだか元気がないように思える。どうしてだろう、あんなに立派にサンタさんになっているというのに。
「わぁ、リナリエッタおねぇちゃん、サンタさんね! すごいわ、いまにもプレゼントをとどけにいきそう!」
 クロエだって賞賛している。衣装を作ったアドラマリアだって、自分の仕事に自信があるようで誇らしげだというのに。
「マスター?」
 もしかして、嫌だったのだろうか。こちが不安に思ってリナリエッタの顔を覗くと、リナリエッタはこちの顔をしばらく見つめた。それから、ふっと笑う。
「ま、これが本来のサンタの格好よね」
「?」
「メリークリスマス、クロエちゃん。幸せを届けに来たわよ」
「きゃー!」
 嬉しそうに笑い、クロエがリンスのところへと走っていった。瞬間、再びリナリエッタの表情が強張る。今日のリナリエッタは、いつにもまして百面相だ。
「ねぇリンス、サンタさんがきたわ!」
「え?」
「あっあのリンスさんっ、この格好は、その……!」
「サンタさんだね。いいんじゃない?」
「い……いいんです、か?」
「意外と似合う」
「似合う……!? えっ、ええ……?」
「子供受けもよさそうだし、俺は好き」
「! ……そ、そうですか。なら、うん……まあいいか」
 何やらぽそぽそと呟いている。そんな小声で言っていては、リンスに聞こえないと思うのだが。そもそもまだ玄関先だし。
 お邪魔しましょう、との意図を込め、リナリエッタの袖を引く。リナリエッタははっとした顔をして、こちの手を取って工房へ足を踏み入れた。


 雪の結晶のように白い金平糖を配ると、老若男女問わず喜んでもらえた。やっぱり今日、サンタになってよかったとこちは思う。弟妹たちの表情も、心なしか明るく見えた。
 こちが満足していると、後ろからケープを引っ張られた。なんだろうと振り返ると、クロエがにこにこしながら立っていた。片方の手を、後ろに回している。
「どうか、しましたか」
「えっとね。ふふふ」
「……?」
「これ、あげる!」
 隠れていた手が、そっとこちに向けられた。手には、青いリボンがある。
「こちおねぇちゃんににあうな、っておもったの。だから、あげる」
「え、でも。……え? なぜ、くれるのですか」
「? だから、こちおねぇちゃんににあうなっておもったからよ?」
「でも、こちはサンタさん、です」
「サンタさんはほかのサンタさんからプレゼントもらったらいけないの?」
「…………」
「……それとも、いらない?」
 クロエの心配そうな問いかけに、こちは慌てて首を振った。リボンを受け取り、胸に抱く。
「いります。……ありがとう、ございます」
「こちらこそよ! こんぺいとう、あまくておいしかったわ!」
 にっこりとクロエは笑い、恥ずかしそうにパーティの輪の中へ戻っていった。
 取り残されたこちは、手の中のリボンを見た。青に、黒のレースがついた、ゴシックな服装にも似合いそうなリボンだ。クロエが言うように、きっと、こちに似合うだろう。
「ありがとう、ございます」
 もう一度、お礼の言葉を呟いた。
 なんだか、むずがゆい気持ちだった。