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はっぴーめりーくりすます。4

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はっぴーめりーくりすます。4
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リアクション



4


 ドアを開けると、ぱぁん、と破裂音がした。
「ハッピーメリークリスマスなのでーす!」
 破裂音の正体はクラッカーで、リンスは、髪についたクラッカーの中身をつまむ。
「元気だね、オルフェリア」
「勿論なのですよー。冬なのです! クリスマスなのです! パーティなのでーす。元気にもなるのですよ!」
 どこまでもテンション高く、歌うようにオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)はそう言った。声に惹きつけられるように、クロエがひょこりと顔を出す。
「オルフェリアおねぇちゃん、メリークリスマス!」
「クロエちゃーん。ハッピーメリークリスマスです〜!」
 そして再び、クラッカーの音が響いた。クロエがきゃぁきゃぁと笑い、喜ぶ。反応につられるようにして、オルフェリアも笑った。
 ひとしきり笑ったのち、オルフェリアがはっと我に帰るような表情に変わった。次は何をするのだろう、とリンスが見守っていると、オルフェリアは持っていた鞄をテーブルに置いた。それから、ふっふっふ、と怪しげな笑声を零す。
「オルフェはこの日のために特訓と特訓と、あと特訓を詰んで挑んできたのですよ〜!」
 果たして、特訓以外には何をしたのだろう、と無粋なことを考えながらオルフェリアの手許に視線を向ける。彼女の手が、鞄を開けた。
「見てください! これが、オルフェが特別に気合を入れて作った……」
 そして、取り出されたのは。
「シャーベットなのでーす」
 ご機嫌な調子で、テーブルに並べていく。
 思わず、リンスは『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)に視線をやった。確か先日、工房でオルフェリアが料理を作ろうとした際、彼は断固として止めようとしていた。大丈夫なのか。彼女が作ったものは、いろいろな意味で、大丈夫なのか。
 アンノーンは、リンスと目が合うと頷いた。案ずるな。そう言っているようだった。手は打っている、と。
「これ、ぜんぶオルフェリアおねぇちゃんがつくったの?」
「いえいえ、さすがに全部じゃないのですよー。液はアンノーンが作ってくれました〜」
 なるほど、とリンスは頷く。それなら心配はいらないだろう。と思い至ってからふと気付く。ならばオルフェリアはなんの特訓をしたのだろうか。
「オルフェは、凍らせて削りました。とっても大変でしたー。お外で、寒いところで、一生懸命アイスピックを使って……」
 シャーベットとは、そんな仰々しい作り方のものだっただろうか。アンノーンを見たが、彼は無言だった。触れない方がいいかもしれない。
「それでですねー、お味もたくさんあるのですよー。えっと、レモンにイチゴ、みかんにチョコにミルクに……」
 並べたシャーベットを指差しながら、オルフェリアはフレーバーを口にしていく。その説明が、一番端のシャーベットでぴたりと止まった。
「あれ? こっちはなんでしたっけ?」
 そんな、不安を煽るようなことは言わないでほしい。
 シャーベットの色はチョコ味よりも黒っく、それが余計におどろおどろしく思える。とにかくたくさん持ってきたのですよー、と楽しげに言うオルフェリアに、礼のひとつも返せない程度にはいっぱいいっぱいだ。
 そこでさらに不安を煽ったのは、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)の低い笑い声だった。
「その真っ黒いのは我が作りました」
「……アインカノックが?」
「いつもいつも誰かに邪魔をされてしまい最後までやったことはありませんでしたが……料理も意外になんとかなるものですね。このように見た目もシャーベットっぽいですし」
 それは、邪魔ではなく制止だったのではないか、とリンスは思った。先日の、オルフェリアとアンノーンのやり取りのような。
 つまり、ミリオンも料理を作ることを止められてしまうような腕前なのでは、と。
「さあどうぞ、召し上がれ」
 ミリオンは言う。邪気の一切ない、いい笑顔だ。
「はぁいっ」
 ここで疑うことなくいったのは、クロエだった。クロエは、リンスが止める間もなくミリオン作のシャーベットを食べる。
「美味しいですか?」
「んー。わたしにはちょっと、にがいわ」
 やり取りを聞きながら、リンスはアンノーンに視線を向けた。あれは、いったいなんだったのか。
「そうですか……やはりイカスミ単品では無理がありますね」
「イカスミ? わたし、イカスミをたべたの?」
「ええ。料理の定番でしょう? ならばシャーベットにしても美味かと思い……なんですか。変な顔をしていますが」
「うぅん……えぇと、えっと……ミリオンおにぃちゃんって、どくとくのセンスをしているのね」
「褒め言葉ですか? ありがとうございます」
 再び、リンスはアンノーンを見た。アンノーンは、先ほどと同じように「案ずるな」というような目をしている。そこで、閃いた。
「俺もひとつもらうね」
「ほう。積極的ですね、馬の骨」
 関心したようなミリオンの声には答えず、食べてみる。味は、慣れ親しんだものだった。コーヒーだ。
「ねぇリンス、イカスミってこんなあじだった?」
 ぽそりと囁くクロエに、首を振って否定する。
「ううん。これ、コーヒーだ。アンノーンが摩り替えてくれたみたい」
 ミリオンには聞こえないように小声で返し、リンスはアンノーンに軽く頭を下げた。
「大丈夫だっただろう?」
「うん。助かった」
「ちょっとにがかったけど」
「ふむ。ならば、他の味のシャーベットを食べるといい。どれも甘い。それでも足りぬなら、余ったシャーベット液で作ったアイスキャンディーもある。それから、クリスマスなら、とブッシュ・ド・ノエルも作ってきた。あと、冷たいものばかりでは寒いだろうとシチューも作ってきてある。飲み物もあるぞ。ミルクティーとレモンティー、シナモンスティックも用意してある。それから、生クリームが苦手な者のためにチーズケーキも……」
 つらつらと淀みなく挙げられていく料理の数々に、きっとリンスはクロエとふたりして驚いた顔をしていたのだろう。アンノーンはふたりを見てはたと気付き、
「作りすぎただろうか?」
 顎に手を当て、思案気な顔で呟いた。
「まあ……みんなでわいわい食べられるし、いいんじゃない?」
「そうか。ではまた有事の際には作ってこよう」
「ありがとう。でもたぶん、もうすこし少なくても大丈夫だと思うよ」
 テーブルに並べられた品々を見て言うと、アンノーンは再び「作りすぎたな……」と呟いたのだった。


 リンスがアイスキャンディーを食べていると、テーブルの端の方にぽつんと座っていたアンネ・アンネ ジャンク(あんねあんね・じゃんく)と目が合った。
「食べる?」
「いらない」
 短い返答に、ふうん、と返してアイスを食む。この子はひとりでいるけれど、ちゃんと楽しんでいるのかな。そう思っていると、きっ、と睨むような目で見られた。
「別に、見に来ただけだから」
「? 何が」
「赤い人が、なんとなく不穏な様子だったから」
「心配してくれたってこと?」
「いや、そうじゃなくて」
「? でも、来てくれたんだよね」
「そうだけど。でもそうじゃなくて、ほら、だって実際変なことしてたわけだし」
「うん。だから、心配してくれたんでしょ?」
「……人形師って、結構、デリカシーないよね」
「??」
 何か、まずいことを言ったのだろうか。謝ろうかとも思ったけれど、思い当たる節がない。理由もわからず謝るのは逆に良くないだろうと黙っていると、「まぁ」とジャンクが口を開いた。
「元気そうで、……良かった」
「ジャンクもね」
「僕は、元気。人形師は……寂しくなかった?」
「うん。そっちは?」
「僕は……、……僕がどうして寂しがるのさ。人形師がいなくても、寂しくない」
「? そういう意味だったの?」
「!? いやっ、あの……! 違、違う。そういう意味じゃない」
「そう」
「あっでも、えっとっ、全然寂しくないかっていうとそうでも……! ああもう違う! 違くて! 僕の話じゃなくて……」
「じゃあ、誰の?」
「あー! うるさいうるさい! こ、これあげるからもう喋らないで!」
 ごく普通に応対していたつもりだったが、ジャンクは真っ赤になってしまった。おまけに怒ったように声を上げ、何かを押し付けてくる。やはり自分にはデリカシーが欠けているのだろうか、と思いながら品物を受け取った。
「本?」
「……飛び出す絵本。迷ったけど、手作りでちゃんと作った」
 手作りでわざわざ、と拍子をめくる。主人公はクロエで、クリスマスの日の出来事のようだった。
「僕の願いが籠ってる」
 聞こえるか聞こえないかの小さな声で、ジャンクはそう言った。リンスは無言でページをめくる。
 クリスマスをわくわくして迎える『クロエ』。みんなと一緒に飾り付けをして、みんなと一緒に素敵なクリスマスを過ごす。
「色んな人が家に来て、幸せなクリスマスを過ごす、か。今日みたいだね」
「うん。……そういうの、いいなって……思ったから」
「俺も、いいなって思うよ。だから、来てくれてありがとう」
「……うん。どういたしまして」


 オルフェリアは、自分に何ができるかをずっと考えていた。工房でのパーティに参加するとなった日から、今日を楽しんでもらうには何ができるかと。
 そして出た答えはひとつだった。
「クリスマスといったら賛美歌かなぁってオルフェは思ったのですよー。だから、オルフェがお歌を歌いたいと思うですよー」
 讃美歌集を鞄から取り出すと、クロエが興味津々といった様子で覗き込んだ。
「クロエちゃんも一緒に歌いますかー?」
「いいの?」
「もちろんなのですよー。みんなで歌ったほうが、きっと楽しいのでーす。何を歌いますかー?」
 ぱらぱらと、ふたりで並んで歌集をめくる。
 もろびとこぞりて。
 ハレルヤ。
 サイレントナイト。
 この辺りがクリスマスの定番だろう。口ずさんでみると、クロエも一緒に歌を歌った。
「オルフェリアおねぇちゃん、おうたじょうずね! それに、たくさんしっているわ」
「小さい頃、よく教会で歌っていたのですよ。なので、こういう曲だったらよく知ってるのですよ〜」
 歌集には、慣れ親しんだ歌ばかりある。そしてどの歌にも、思い出があった。思い入れもあるし、歌い込んだ。だから、グレゴリオの聖歌隊にだって引けをとらない自信がある。
 好きな曲を、ひとつ選んだ。高らかに、歌い上げる。
 クリスマスなのだから、どんな人でも幸せであれ。
「リンス師匠の周りも、ずっとずっと幸せであれ〜なのでーす」
 歌の合間に願いを込めて、オルフェリアは歌い続けた。