校長室
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第15章 バタバタな年明け 「はぁ〜……こんな疲れた年明けは初めてたぜ……」 1月3日。 参拝客の列に並びながら、 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は深くため息をついた。 秋からダークレッドホールの事件に振り回され、イコンで異世界に行き、12月に帰還してすぐ天御柱学院に留学して講義や訓練に励み、補習も受けて――気付けば年明け直前になっていた。 そんな慌ただしい年末年始だった。 「ふふ、おつかれさまでした」 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が優美に微笑む。 彼女は事件にも、イコン関係にも関わっていないため、忙しくしていたシリウス達の生活の世話以外の時間は、比較的自由に過ごせていた。 「しばらくはゆっくり……と言いたいところですが」 「そうは言ってられないんだよな」 「……気持ちはわかりますけれど」 リーブラは無理はしないでほしいと思いながらも、早く技術を自分のモノにしたいと励んでいるシリウスの思いも、百合園の皆を案じる気持ちもわかるから、無理やり休ませようとまでは考えなかった。 「それに……寂しいのですよね、シリウスも。大事な時期に皆と離れて」 先に進んだシリウスの背を見ながら、リーブラはシリウスには届かない小さな声で言った。 「んー……」 リーブラの小さな言葉に、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)がかるく眉を寄せながらシリウスを見る。 「僕としては暮れだの年明けだの言ってる時でも、心配とか寂しいとかそういう感情に振り回されてる場合でもないんだけどね……まぁ、あまり根を詰め過ぎても逆効果か」 ふうとため息をつき、サビクはリーブラと共にシリウスの後に続く。 今日1日くらい、シリウスの息抜きに付き合おうと。 「ヤマは越えたし、観光もいいだろ。オレ、正月の神社って初めてなんだよな〜!」 境内に入ってから、シリウスの表情が活き活きとしてきた。 順番が訪れると、意気揚々と賽銭箱に賽銭を入れて、鈴を鳴らして。 二礼二拍手して祈願を唱え、最後にまた深く一礼する。 「こうですね?」 シリウスに倣ってリーブラも祈願し、サビクは少し離れて2人を見守っていた。 「それからえーと、アレやってみたかったんだよな」 「アレ?」 周りを見回しながらのシリウスの言葉に、リーブラが首をかしげる。 「ほら、あの……シャーリー、じゃない、ホイップじゃない……メイドっぽい名前の……」 「?」 リーブラもサビクもシリウスが何を言いたいのか、わからなかった。 「あそうだ、アレだ、アレ!」 シリウスが指を指したのは、絵馬掛け所だった。 「そう、エマだ! 絵馬!」 気付いてすぐシリウスは、絵馬を貰いに駆けて行った。 「……相変わらず、不可解な思考回路だ」 「ふふ」 サビクとリーブラは顔を合せて笑う。 「去年は13もそうだし、色々失う事が多い年だったからな……今年は得る年にしたい、ってな……よし」 イコンのオルタナティヴ13は異世界から持ち帰る事が出来なかった。 後悔はしておらず、前向きな考えて現在シリウスは天学にいる。 「リーブラとサビクも書いた書いた!」 意外と達筆な字で『白百合団に名を残す!』と書き終えた後、シリウスはリーブラとサビクにも書くように勧める。 「絵馬、ねぇ。特に書くことはないよ」 「目標とかあるだろ?」 サビクの言葉にシリウスはそう言うが、サビクは首を左右に振る。 「ないよ。ボクは神(国家神)に仕える身であって、願いを叶えてもらうもんじゃない」 「そういうの関係ないって。これは日本の風習であって、本来絵馬ってのは……いや、よく知らねぇけど、意気込みとか書いておけばいいんだよ。リーブラは?」 「……そうですわね。百合園の皆が無事に日々を過ごせますように、と書いていただけますか?」 「うんまあ、そうだな」 「ええ、月並みですが、大事な事です」 シリウスはリーブラの願いも絵馬に書き記した。 「さて、あとはこれを掛けて……っと。ん?」 絵馬掛け所に目を向けたシリウスは、知り合いの姿に目を留めた。 「あけましておめでとう!」 すぐに絵馬を持って近づいて、満面の笑顔であいさつをする。 「あけましておめでとうございます、シリウスさん」 久しぶりに見た百合園生――白百合団の仲間である、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)だった。 「昨年は世話になったな。いい年末年始を過ごせてるか?」 「ええ、のんびり(筋トレをし)自室で(自主トレをしながら)過ごしていますわ。シリウスさん達は、どうお過ごしですか?」 「オレらはまあ……バタバタだな。白百合団の方はあれからどうだ?」 「特に変化はありませんわ。風見団長が退院されましたので、新学期から何か動きがあるとは思います」 「そうか……加われないのが悔しいぜ」 苦笑いをし、シリウスはイングリットの持つ絵馬に目を向けた。 「絵馬の願い事、何にした? ちょっと見せてくれよ!」 「え? あ、はい……」 イングリットは絵馬を掛けながら、シリウスに願い事を見せる。 彼女の絵馬には『極』と書かれていた。 「何を極めようとしているのかは、聞かなくてもわかるぜ……」 「ええ、高みを目指す、躍動の一年といたしますわ」 「ははは、でも、強いだけじゃ、駄目だってこと……あの事件で良く分かったよな」 「はい。精神ももっと、磨いていきますわ」 頷き合って、2人は隣に絵馬をかけた。 「ちょっと失礼」 「おっ、サビクも書いてくれたか……んん?」 サビクが手を伸ばし、シリウスの絵馬に文字を書いたが、何と書かれているのかは、シリウスには分からなかった。 「さ、行こう」 解読されるより早く、サビクはシリウスの腕を引っ張って歩き出す。 彼女は絵馬の隅の方に、シャンバラの文字で『大切な人へ、安寧を』と書いたのだった。 「では、わたくしは(修行に)戻りますわ」 「ああ、オレ達も明日からの準備に戻らねえとな」 「今年も共に励み合い、良い年にいたしましょう」 「うん、今年もよろしくな」 強い笑みで微笑み合って、手を振ってイングリットとシリウスは別れた。 「んー、仲間にも合えたし、いい気晴らしになったぜ!」 シリウスはぐいっと体を伸ばして、リーブラとサビクに笑顔を見せた。 それから、空京神社を――パラミタを離れて、忙しない生活へと戻っていく。