シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

リアクション公開中!

人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~ 人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

リアクション

 
 13 休日の過ごし方。

 空京に、新しくデパートが出来たらしい。
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)は家の中をさっと見回して、足りないものの確認を済ませる。買い置きをしていた食料品や日用雑貨はだいぶ減ってきていた。そろそろ買いに行こうか、と決めて腰を上げ支度を始める。それに今は季節の変わり目だ。服屋がこぞってセールを始める時期である。ルーシェリアも女子の多くに漏れずお洒落することが好きなので、そのあたりも見ておきたい。
 ご機嫌な様子で出かける支度を整えた時、佐野 悠里(さの・ゆうり)がきょとんとルーシェリアの顔を見上げて言った。
「お母さん、どっか行くの?」
「はい〜、お買い物に行こうかな〜って思ってますぅ。ほら、空京に新しくデパートができたじゃないですかぁ」
「ああ。なんかテレビでもコマーシャルやってたね」
「そうです、そこですぅ。悠里ちゃんも、一緒に行きますかぁ?」
「うん。悠里も買い物したい。支度してくるね!」
 明るい声音で告げるが早いか、悠里は自室へ駆け戻っていく。ルーシェリアは微笑ましく思いながら、その背を見送るのだった。

 かさばるし重くなる物は後回しにしようと悠里と話し、ルーシェリアたちはB棟の五階へ向かっていた。B棟五階は若者向けの洋服を取り扱った店や可愛らしい雑貨屋が多くあり、ふたりにとって非常に魅力的だったのだ。
 エレベーターに乗っている時から悠里はそわそわしていて、それがルーシェリアにはすごく年相応に見えてとても愛らしく感じた。にこにこと微笑みながら頭を撫でると、「何?」と怪訝そうな顔をされたが気にしない。
「悠里ちゃんが可愛かったので〜」
「じゃ、可愛い悠里をもーっと可愛くさせるため、素敵なお洋服を着せてね? お母さんっ」
「おねだりも上手になりましたねぇ」
 苦笑してみせるが、連れてきた以上何か買ってあげるつもりでいた。それに、娘がこうして楽しそうにしているのはやっぱり嬉しい。
 エレベーターが五階についた。降りて、手近な店に入る。悠里は、撫でるようにさっと見てすぐ別の店に向かった。どうやら趣味が合わなかったらしい。
「お母さんも服見なよ? 悠里の買い物ばっかり優先しなくていいんだからねっ」
「見てますよぉ。ほらぁ、これとか可愛くて〜」
「あ、いいね。似合いそう」
 他愛のない会話を混ぜながら、お互いに気になった店に入り、嗜好が合致する店では捕まって、悩んで……としていると、不意に悠里が顔を上げた。そのまま視線を動かさなくなったので、どうしたのだろうとルーシェリアもそちらへ目を向けた。悠里は店の外を見ているようだが、何を見ているのかはわからない。
「どうかしましたかぁ?」
「あのね、クロエさんが見える」
「え?」
 クロエというと、ヴァイシャリーにある人形工房に住んでいる女の子のことだろうか? まさか、と思いつつ、ルーシェリアはもっと注意して見回してみた。すると、見つけた。トレードマークの赤いリボンを頭につけた、小さくて可愛い女の子。クロエの隣にはリンスもいて、さらにその隣には別の女の子もいる。
「クロエさーん!」
 悠里が、声を上げてクロエのもとへ走っていった。声に気付いて、クロエが顔を上げた。ぱっと表情が明るくなったことがわかる。あの子はああいう素直な反応が可愛いと思いつつ、ルーシェリアも一行に合流しようと店を出た。
 幸い、時間には余裕がある。もし、あちらの面々が許すなら喫茶店でお茶でもしようと思いながら。

              ⇔

 毎週土曜日は収録がない。レコーディングも一昨日終わらせ、大学の課題は昨日片付けた。
 つまり今日は、しなければならないことはひとつとしてない。休日だ。やりたいことをやりたいだけできる日。
 なので、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を誘って空京市内へと繰り出した。目的地は、開店したばかりのデパートだ。なんでも、「買えないものはない」ことが売りらしい。
「休日売ってないかしら」
「時間とかもあればいいですね」
「あはは。買いたい」
「ですね」
 他愛のない会話をしながら、支度を進める。髪型を変えると、普段のさゆみとは随分と印象が変わった。それはアデリーヌも同じだ。ぱっと見ただけでは『シニフィアン・メイデン』のふたりだとはバレないだろう。
 服装も大人しめのものを選び、家を出た。

 特定の欲しいものを求めるのではなく、適当に歩きながら気になった店に入り、眺め、たまに買う。デパートは広く、そうした方が楽しいと思った。実際、楽しんでいる。
「年相応の女の子になった気分」
 と言って笑うと、アデリーヌも頷いて、笑った。
 歩いていると、たまにじっとこちらを見ている人がいた。恐らくは、どこかで見た顔だと思っているのだろう。勘のいい人ならこんな変装は見破れるだろうと思っていたが、案の定だった。軽く手を振ってみると、その人は驚いたように連れの袖を引っ張っていた。
「なあ今、『シニフィアン・メイデン』の――」
 声を背に、さゆみはアデリーヌの手を引いて歩く。
「こら。今のは迂闊ですよ。何をしているんですか」
「んー? 気付いてくれたご褒美」
「騒がれたらどうするんですか」
「その時はその時。サインでもして、内緒よ、って約束させるしかないわね」
 さゆみが気楽に言うと、アデリーヌは軽く肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。
「うそうそ。もうしない」
「本当に?」
「ほんと。ふたりだけの時間、邪魔させないわよ」
 ――と、言ったはいいものの。
 予想外のことで、『ふたりだけの時間』は邪魔される羽目になる。
「……ここ、どこ?」
 それは、さゆみの絶望的なまでの方向感覚だった。
 フロアマップを見ると、B棟五階とある。つい先ほどまで、本館の六階にいたはずなのに。
「……うーん?」
「迷子ですか?」
「……うーん」
「本館、戻ります?」
「戻れる、かなあ。うーん」
 店舗情報を見ていると、このままB棟にいてもいい気がした。女性物の店ばかりだし、本館を制覇する、なんて意気込みもなかったわけだし。それに、迷子が自力で元の場所に戻ろうとすると、大抵ろくなことにはならない。
「このままB棟見て回ろうか。ほら、この……『ανρα』ってお店、気になるねって話してたじゃない? テナント入ってるわよ」
「本当ですね。では、行きましょうか」
 問題は、『ανρα』まで行けるかどうかだが、それは偶然がカバーしてくれた。
「あっ、さゆみおねぇちゃん!」
 偶然――クロエは、変装しているにも関わらず一発でさゆみとアデリーヌを見つけ、駆け寄ってきた。彼女の頭を撫でながら、後方にも目を向ける。リンスとピノがいた。珍しい組み合わせだ。
「三人でお買い物?」
「そう! わたしたち、これから『ανρα』へいくの。さゆみおねぇちゃんたちもおかいもの?」
「偶然ね。私たちもそこへ行こうと思っていたの。ご一緒していいかしら?」
「もちろん! おみせね、こっちよ!」
 クロエはにこにこと笑い、さゆみの手を握った。引っ張るようにして、先へ進む。
 なんとなくさゆみもアデリーヌの手を握ってみた。アデリーヌは、子供に笑いかけるようにさゆみに笑い、後をついてくる。
「これで目的地につけるわね」
「ええ。本館までの戻り方も訊けますし、無事デパートから出られそうですね?」
 アデリーヌが冗談めかして言ってきたが、なかなか笑えなかった。何せさゆみの方向音痴はかなり度が過ぎている。最悪、デパートから出られないことも有り得た。なので、表面上には出さないが、内心ではすごく安心していた。
「ついたわ!」
 クロエの声に顔を上げると、白とピンクを基調とした明るいお店が目の前にあった。微かに香水の匂いが香っている。女の子受けの良さそうな店だ。ピノが目を輝かせてお店に入っていったのを見ると、その感想は間違いなさそうである。
「このスカート可愛いな〜。ねえねえ、似合うかなっ?」
 ピノが、一着のスカートを広げて楽しそうな声で問う。
「とってもにあうとおもうわ。さゆみおねぇちゃんはどうおもう?」
「素敵よ。これを合わせたりすると可愛いんじゃないかしら?」
 と、さゆみは別のブラウスを手に取り、ピノに合わせてやった。うん、と頷く。見立て通り、可愛い。
「わあ、いいなあ。これ、買っちゃおうかなあ……」
「いいんじゃないかしら。よく似合ってるもの」
「……いってきまーすっ」
 即断即決。ピノがレジに向かうのを見てから、さゆみはクロエに向き直る。
「クロエちゃんには、そうね……」
「わたし? わたしはいいわ、さゆみおねぇちゃんたちのおかいものをしなくちゃ」
「気を遣ってくれてるの? いいのよ、私、自分を着飾るのも好きだけど、女の子を着飾ることも好きだから。こうしているのも楽しいもの。さ、これを合わせてみて? 鏡の前でね」
 促すと、クロエは躊躇いつつも鏡の前に立った。見る間に表情が変わる。この変化が、さゆみは好きだ。可愛い女の子によく似合う可愛い服を着せ、魅力を引き立たせる。それに気付いた少女が、驚き、嬉しそうにする。とても、満たされた気持ちになる。
「さ、次はアデリーヌよ?」
「私ですか?」
「結構です、なんて言わせないから」
「うーん」
「まあまあ。試着だけでもさ?」
 次から次へとコーディネイトし、自分でも好きな服を選び、買い。
 心行くまで買い物をした後、さゆみはクロエにB棟から出る方法を聞いた。連絡通路を渡り、通路のすぐ傍にあるエレベーターで一階に降りれば出口はすぐそこ、だそうだ。
 クロエの言う通りに歩くと、難なくデパートを出ることができた。ふと、デパートの入り口にパトカーや救急車が止まっていることが気になったが、デパートは人が多かったし喧嘩か何かがあったのだろう。そう判断して、足を止めずに帰途へついた。
 ――さゆみたちが地下であった騒動を知るのは、夜、騒動がニュースとなってからであった。

              ⇔

「音穏さん音穏さん、新しいデパートができたんだってー、見に行こー」
 という軽い文句で誘い出せば、黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)はなんの疑いもなく頷いてくれた。大方、見物目的だと思ってくれたのだろう。願ったり叶ったりだと七刀 切(しちとう・きり)は裏でほくそえむ。
 本来の目的は――。

「服!? いらぬ!」
 切が手向けてきた服を見て、音穏は思い切り眉間に皺を寄せた。
 何かがおかしいと思っていた。だって、見に行こうと言ったわりに切はデパート内部をまじまじ見ようとはせず、訳知り顔でエレベーターに向かった。一階は見ないのか、と聞いても曖昧な返事でお茶を濁し、6と書かれたボタンを押した。一階どころか二階から五階まですっ飛ばし、六階についたかと思えば六階も無視して通路を渡り、違う棟へと向かったのだ。
 そして、ここが目的地であったと言わんばかりに一軒の店に入ると、「はい!」と笑顔で一着の服を手向けたのだった。
「いいじゃん、音穏さんに服買ってあげたいんだって」
「何故だ」
「音穏さんが自分の着る服に頓着してないから。自分で興味持たないならワイが! ってね?」
「いらん。我は今持っている服に不満はない。新しい服など必要としておらぬ」
「要る要らないの話じゃなくて〜」
「ならなんの話だ」
「買ってあげたいという話?」
「だから、要らん」
「ええー」
 切が不満そうに口を尖らせる。が、音穏に折れる気はなかった。数ヶ月前のクリスマスのことを思い出すと、余計に。
 クリスマスの日、切は貧乏で悪いか、と叫んでいた。確かに、七刀家の財政は逼迫している。そして、逼迫させている要因に、音穏は含まれている。その上我侭を言ってクロを飼わせてもらっているのだ。これ以上、迷惑はかけたくない。
 しかし切は音穏の心情に気付いているのかいないのか、懲りずに服を持ってきた。
「これは?」
「要らん」
「あれなんか似合うんじゃね?」
「要らん」
「ほらこれ可愛いよ?」
「要らん」
「ぐぬぬ……」
「要らん」
「今のはワイの呻き声!」
「要らん」
「……強敵めぇ」
 切が唸った。いくら唸ろうと無駄だ。
「我に買うくらいなら自分の服を買え」
「え、ワイってイケてない?」
「イケてない」
「ちょっと今揺れましたワイの気持ち」
「揺れろ。そのまま自分に必要な物だけ買って帰れ」
「いっかーん! ええいこうなったら最終手段!」
 追い詰められたらしき切が叫んだ。やめてほしい。ここはデパートで、しかも店内だ。
 他人の振りを始めたまさにその時、切は「カモン! リンスえもーん!」と叫んだ。右手には電話が握られている。工房へ掛けたのだろうか。掛けたところでどうするつもりだ。今から来いとでも言うのか。来るまでの間にデパートを出るぞ。
 そんなことを思っていたまさにその時、音穏の背後で「何?」という声がした。……何?
 平淡すぎるほど平淡な声には聞き覚えがあった。というか、あんな感情の薄い声の持ち主がそう何人もいてたまるかと思う。
 振り返ると、予想通りそこにはリンスの姿があった。仕込みか、と思い切を見るが、呼び出したと思しき切が「うわぁほんとにいた!」と一番驚いていたのでただの偶然なのだろう。
「何をしているのだ」
「買い物」
「それもそうか。阿呆な質問をしたな」
「ふたりも買い物?」
「ああ」
 会話の途中で気付く。リンスがひとりで空京くんだりまで来るとは思えない。ということはつまり、誰かしらがいるというわけで――。
「ねおんおねぇちゃん!」
 ほらいた!
 リンスの後ろにクロエがいた。クロエ、と声を掛けようとしたが、それより早く切が言った。
「なぁなぁクロエ! 音穏さんがなかなか服決まらないって言うから手伝ってあげてくんね?」
「なっ!?」
「いいわよ!」
 音穏の驚愕の声と、クロエの頷く声が重なった。
「違うんだクロエ、我は服など」
 説明しようとしてみたが、時既に遅し。クロエは音穏の手を掴み、「あのおみせいくね!」とリンスに言って店を出てしまった。
「あのね、さっきね、ねおんおねぇちゃんににあいそうなふくみつけたのよ。だからそこ、つれてくわ!」
 とまで言われてしまっては、もう何も言えないではなか。
「なあ、クロエ」
「なぁに?」
「……、……よろしく頼んだ」
 逃げ場はないと悟り覚悟を決めてそう言うと、クロエは満面の笑みで「わかったわ!」と頷いたのだった。