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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 12 従順で素直なPETの変質

 たまに欲求に素直になると、これだ。雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は大きなため息をついて、前方で猛威を揮う兎の群れを睨みつけた。
 兎、と認識したものの、そいつを兎と言っていいのか定かではない。まず体毛が白や茶ではなく紫と赤のまだら模様という毒キノコを髣髴とさせる色合いだし、大きく開かれた目と口は突然変異というには化け物じみている。発達しすぎた牙も、肉食動物のような殺気も、愛玩動物には不要だ。
 総じて、全く、可愛くない。
「はー……ついてないわね」
 ぼそりと呟き、目の前の兎をアブソリュート・ゼロによって作り出した壁で隅へ隅へと追いやった。
 休みで、時間があって、話題になっている大型デパートに可愛いもの目当てで遊びに来て、結果は予想の正反対。まったく、この生物兵器にはどう落とし前をつけてもらおうか。
 物騒なことを考えながらも、リナリエッタは冷静に状況を見ていた。今追いやっている兎に襲われた人は、流血沙汰ではあるものの命に関わる怪我ではない。また、彼らに感染病じみた症状――たとえば、狂犬病や狂牛病にかかったかのような――が出ていないことから、病気ではなく凶暴化である可能性が高いと推測する。当たっているかはわからないが、今はどうでもいい。
 まずは、敵を確実に仕留めなければ。
 ディメンションサイトでフロアの構造を把握すると、この先に丁度良く袋小路があることに気付いた。このまま氷の壁で追い込んでしまおう。幸い兎の知能指数は高くないようで、今のところ迫る壁からただ奥に逃げることしかしていない。
 上手く壁際に追い詰めたら、フラワシの焔の力を用いて一気に焼き払った。肉の焦げる匂いに、顔を顰める。
 焼け焦げ、元の形を失した兎を見下ろしてもあまり感情は揺れなかった。残酷かもしれないけれど仕方ない。脅威は排除しなければ。冷徹な考えに徹し、同じ行動を繰り返す。
 袋小路がないなら氷壁で行き止まりを作り、追い詰め、焼き払う。
 何度もこの作戦を繰り返すと、残ったのは機動力も行動力もない固体だった。どちらも欠いているため、集団行動に向かなかった固体だ。そいつを同じ要領で追い込むと、今度は焼き払わずに生け捕りにしようと試みる。悪疫のフラワシの力を用いて弱体化させると動きはかなり遅くなり、普通に歩いて近付くこともできた。持っていた銃の柄で殴り、昏倒させて摘み上げる。
 兎の首筋に、針のようなものが刺さっていた。なんだこれは。眉を顰め、じっと見る。
 注射の針、というのが妥当だろうか。薬を打ち込み、凶暴化させた。有り得る。
 ならば、この針にサイコメトリをかけてみれば何かわかるかもしれない。とにかく、やってみるだけの価値はあるだろう。
 なんにせよ行動に移すのは少し落ち着ける場所に行ってからだ。決めて、リナリエッタは振り返る。歩き始めた直後、兎から逃げる人を見つけた。肉食獣の唸りに似た声を上げて追いかける兎を、無言のまま射殺する。
「無理に逃げて回ると余計に危ないわよ」
 忠告に、走っていた男の足が止まる。振り返る。目が合った。見覚えのある顔だった。
「……紡界さん?」
 声をかけてから、今の自分の状態に気付く。しまった、と思う。が、もう遅かった。紺侍はリナリエッタを見て面食らったような顔をしている。
 それもそうだろう。死の匂いに塗れたリナリエッタなど、この男はきっと想像もしたことがなかったはずだ。なんの躊躇いもなく敵を撃ち殺せる姿なんて、彼の――いや、リンスの周囲の人間には見せたことがなかったから。
 リナリエッタは紺侍と目を合わせていられなくなって、すっと視線を外した。視線を下に向けたせいで、捕まえた兎が視界に入る。力なく揺れているそれを、捨ててしまいたい気持ちになった。そんなことをしても、今まで兎を殺してきたことに変わりはないのに。
「……今日」
 ぼそりと呟く。驚くほど低い声だった。自分が思っている以上に、自分は、この姿を見られたことに動揺しているようだ。
「今日会ったこと、リンスさんには内緒で」
 リナリエッタはそれだけ言うと、紺侍の横を通り過ぎた。彼が今やってきた方向へと足を向ける。紺侍は何も言わなかったが、あの男のことだ。察して口を噤んでくれるだろう。
「……あーあ。本当に、ついてない」
 低く呟いて、リナリエッタは手近にあった無人の店に入っていった。
 静まり返った店内の奥で、リナリエッタは床に兎を転がした。針のある場所に手をかざし、サイコメトリで読み取ろうと試みる。集中するにつれて目の前が薄暗くなっていく。ノイズのような雑音と共に、死にたくない、という声が聞こえた。兎が気絶する前に強く思ったことだろう。そこじゃない。その奥を、見せて。
 さらに集中する。雑音はだんだんと消えていった。狭窄した視界の――兎の見た世界の中、何かが見える。あれは、なんだろう。誰かがいる。よれよれの白衣を羽織った、若い男だ。兎の視点は低いため、男の表情は見えない。と思った瞬間、男がこちらを覗き込んだ。リナリエッタは思わず身震いする。男の目に、異様な光が宿っていたからだ。狂気としか表現できない、逸脱した表情。だらしなく緩んだ口元からは、不気味な笑い声が絶えず漏れている。
 映像と同時に、たくさんの兎の想いが頭に流れ込んできた。
 不安。
 恐怖。
 仲間を心配する気持ち。
 怖い。
 怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「……っ」
 思わずリナリエッタは兎から手を離した。サイコメトリを中断する。どきどきと、心臓が跳ねていた。兎の気持ちに近付きすぎたらしい。違う。もっと、別のところを見なければ。
 リナリエッタはもう一度兎に触れ、サイコメトリを再開する。
 白衣の男は注射器を持っていた。針の先から、薬液がぴゅっと飛び出す。それを見て、男は恍惚そうに笑った。怖い怖いと兎が叫ぶ。もちろん、声にはならない。逃げることもできないようだ。
 男は今度は兎を見、注射器を近付ける。嫌だ、という気持ちが膨れ上がって爆発した。かと思えば、急速にすべての感情が消えた。完全なる無。何もない。それにぞくりとした刹那、兎が言った。
 ――オハヨウ、パパ。
 変貌ぶりに、再び寒気が背中を撫でる。
 その一言の後、しばらくは何もなかった。眠ったのかもしれない。追っていくと、ペットショップに搬入された時の視界に変わった。
『本当に、千二百羽で合ってるんですか?』
『はい、大丈夫です。いやね、空京のとある小学校の子供たち全員に、教育の一環として一羽ずつ飼わせることになったんですよ。ですから、この数で』
『ああ、なるほど。素敵ですね。ではこちらにサインを』
『はい。ご苦労様でした』
『どうも〜。またお願いします!』
『ええ、また。…………ククッ』
 低い笑い声。足音が近付く。足音の主が、こちらを覗き込んだ。
『もうすぐ……もうすぐ、狂乱の宴が始まる。楽しみだなあ? なあ、お前たち。楽しみだ……ハハッ、ふ、ははははは!』
 ――パパ、パパ。
 タノシソウダネ。
 ボクタチモ、タノシイヨ。
 コワセバイインダネ?
 コロセバイインダネ?
 タベチャエッテイッテタヨネ。
 ウン。
 ワカッテルヨ。
 イッテキマス。
『さあ、行っておいで』
 ………………。
 …………。
 ……。
 その後の記憶や映像は、逃げ惑う人々を襲うものばかりだったので、リナリエッタは見ることを止めた。
 はあっ、と大きく息を吐く。
 あの男が。
 あの男が、黒幕か。
 今見た映像からするに、男は兎が放たれる直前までその場にいたことになる。
 とするとつまり、奴はまだここにいる?
「……捜さなきゃ」
 低く呟き、リナリエッタは駆け出した。