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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【カナン・1】


 東カナン首都アガデは今、きらきらと輝く透明な蜂の巣状のドームに覆われていた。
 今そこに、剣を突き立てようとしている男たちがいる。しかし魔法によって生み出された金剛石でできたドームは彼らの盛り上がった筋肉から執拗に繰り出される刃を受けつけず、剣の方こそ刃こぼれするだけだ。
「くそ……っ」
 悪態をつき、ひと息入れようと一歩後ろに下がった男は、自分のかかとが黒い影を踏んだのを見てぎくりと後ろを振り返る。そこにあったのはペガサスネーベルグランツにまたがったリネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)の姿だった。
 その後ろから次々と、守護竜デファイアントに乗った
ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)やペガサスナハトグランツフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)たちが降下してくる。
「おお、あなた方は」
「事情はハワリージュから聞いたわ。それで、どうなっているの?」
「は。今、部下たちに命じて地下の穴を広げさせているところです」リネンたちの視線が男の持つ剣に向いたのを見て、男は剣を持ち上げる。「これは偽装です。われわれが何もしていないと、敵はいろいろと勘繰るでしょうから。無駄なことをしていると思わせる方がいいのです」
「なるほど。それで、穴の方は?」
「残念ながら、馬やカタパルトなどを持ち込むほどにはまだ……。時間がかかるでしょう」
 男は穴のある方を見て、ため息をつく。
 ドームから出るためにハワリージュがとった行動は、金剛石の接した地面を掘り抜くことだった。たしかにこの方法は人1人ならばたいして時間もかからないが、それ以上の大きさの物をくぐらせるのは難しい。穴が目立って敵に発見されても困る。
「分かったわ」
 リネンはうなずき、ヘリワードたちの方を見た。
「ネーベルグランツとデファイアントは使えそうにないわね」
「まあオレのナハトグランツがいるから。
 頼むぜ、相棒」
 フェイミィはナハトグランツの首をたたいてさすると、騎獣格納の護符を取り出して中にナハトグランツを格納した。
「さあ行きましょう。ハワリージュの話では、もう特攻隊は城を出ているはずよ」
「ああ」
 教わった地下の抜け穴へ駆け足で向かう3人を見送ったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、同じく見送っている男に向き直る。
「心配しないで、というのは無理でしょうけど……大丈夫よ。なかにいる敵は、私たちにも浅からぬ因縁がある相手なの。あいつがどんな相手か分かっているわ。決してあいつの思うままにはさせない」
「は、はい。……どうかよろしくお願いします……!」
 リネンやリカインたちに続くように、穴の方へ走る契約者たちに向かい、男は頭を下げた。


「あ、フラル!」
 四つん這いになって、這うようにして穴をくぐった先で、ティエン・シア(てぃえん・しあ)はモグラの穴のようにもこっと膨らんだ地面からフラルが頭を出そうとしているのを見て、あわてて駆け寄った。
「だめだよ。向こうでおとなしくお留守番してなくちゃ」
 前足の爪で頭が出るくらいにはどうにか掘れたが、大きな体を出すのは難しいようで、ティエンに「めっ」と叱られたこともあり、フラルはキュウンと鳴きながら頭を引っ込めて戻っていく。
「ティエン? どこ行った」
 小型飛空艇エンシェントを物質化していた高柳 陣(たかやなぎ・じん)が、ティエンがいないことに気づいて周囲を見渡した。
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
「勝手にウロチョロすんな。どこに人形どもがいるか分からないんだぞ」
 駆け戻ってきたティエンをエンシェントの上に引っ張り上げる。その様子を見て、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が不服そうにぷくっとほおをふくらませた。
「ねえねえ陣、私は?」
「おまえは飛べるじゃねーか」
 ユピリアの身に着けたウイングアーマーを見る陣の目は冷たい。そしてユピリアもその程度はいつものことと、切り替えが早かった。
「ケチ!」とひと言言ったあと、くるっと背中を向ける。「それにしても、相手がよりによってイシドールとかいうムキムキおじさんだなんて……」
 妖怪の山の頂上でトゥリンらから聞いた君臨する者の話を思い出し、ユピリアは両ほおに手をあてる。
「美女を金剛石に変えてしまう能力……私、怖い」
 怖いと口にしているわりに、瞳は輝いていた。
「いや、おまえが狙われるわけないだろ」
「もう、陣ってば。ちゃーんと、二つ名に『可憐な乙女』ってある私なのよ。狙われないわけないじゃないっ。
 ああ、もしそうなってしまったら私、どうしましょう? どんなポーズが悲劇的かしら? 手の位置って意外と大事よね?」
 いそいそとポーズをとるユピリア。その口調といい、どう見ても狙ってほしいオーラ満々なのを見て、陣はあきれてため息をつく。そしてもう何も言えないというようにエンシェントの舵を切ると、さっさと飛んで行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ陣ーっ!」
 翼を広げ、ユピリアも急いであとを追う。
 ほかの者たちも続々と城のある北へ向かっており、その場に残ったのはセルマ・アリス(せるま・ありす)とシャオ(中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう))だけになった。
「みんな行ってるよ。俺たちも行こう」
 シャオの動こうとしない気配に、セルマはシャオを振り返る。しかしシャオが見つめている方角は西だった。ハワリージュから、恋人のオズトゥルクの話を聞いていたのだ。彼は西の兵舎へ向かい、連絡がとれなくなっているという……。
「シャオ?」
「えっ? あ、ええ……」
 どうしよう、向こうへ行きたいと言ってもいいのだろうか。きっとみんな、特攻隊の人たちを助けるべく向かっているに違いないのに……。
 セルマはそんな彼女の様子を横目に見つつ、小さなドラゴンの姿に変身していた魂の双龍グラーヴェと魂の双龍ガルモニを元の大きさに戻し、自分はガルモニへ騎乗する。
「さあ乗って。
 行き先、決まってるよね?」
 セルマにそう問われて。
 その瞬間に、シャオの心は決まっていた。
「……ええ。行くわ、オズのとこ!」
 言うと思った、とセルマはほほ笑む。
「じゃあ行こう!」