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リアクション
「とにかく今は聖少女を護衛するのが役目だ。それは後にしよう」
そう言ったのは、自らを“聖少女護衛部隊”と名付けた面々だった。こちらもエルミティに書いて貰った簡略な構造図のコピーを手に手に持っている。総勢18人の大所帯だ。ディル救出に向かった人数の方が更に多いのだが。
今回の作戦全体に加わった人数の多さを見越して、“聖少女護衛部隊”を本隊と決めたのは七尾 蒼也(ななお・そうや)だ。ここを本隊としたのは、各隊に携帯電話で連絡を頼み、情報を整理して必要な隊に繋ぐ、電話交換手のような立場を取ろうとしたからだが、これは上手くいかなかった。何しろ出発時期もばらばら、参加する学園もばらばら、おまけに救出も各個人で行おうとする者が多かったのである。
「ディルの救出ができたら早く帰るんだけどな。イルミンスールに不利益が及ばないように、パラ実生の仕業にして丸く収めてさ」
蒼也にとっては小さなちびがこんな物騒なところにいるのは本意ではない。ディルが危険を冒してまで逃げさせたこの子が奪い返されてしまっては本末転倒だ。
「なぁちび、くれぐれも無茶すんなよ」
「そう、そのちびという呼び名なんだけど、命名の経緯がちょっと酷いわね」
教導団の軍服をまとった長身の女性、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が顔をしかめる。彼女はイルミンスールを訪れていたときにたまたま事件に遭遇し、パートナーの セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)と共に護衛部隊に志願していた。
「新しい名前を付けてあげた方がいいとは思うのだけど、ちびっていうのを自分の名前にしたのなら、別の名前をすぐ付けるのはどうかと思うし……愛称ならどうかしら? ある程度成長したら、またあの校長には秘密で新しい名前を付ければいいわ」
彼女が提案したのはエルという名前だった。
「シンダール語で星、ヘブライ語で神。見た目にも合ってるじゃない。元服したらジャンヌ・エル・ブリュンヒルドって付けたいわね」
「エル……?」
ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が、めをぱちくりさせるちびに話しかける。
「シンダール語っていうのはエルフ語だよ! 人々を導く銀の星って素敵だよね」
「んー、確かに聖少女とか呼ぶのは可哀想だしな」
エル・ウィンド(える・うぃんど)が自分の名と同じ愛称だなぁと思いながら、エルちゃんて呼べば混同しないか、と一人納得する。
「よろしくね、エル。私はさっちゃんって呼ばれてたのよ」
「名前……愛称?」
祥子の挨拶に、ちびはエルと顔を見比べる。どうやら混乱している様子だ。更に周囲の顔をじゅんぐりと見ながら眉間に皺を寄せる。
「エルとエル……同じなの……? エルミティもエル……? エルってわたしのこと? 名前って……なに? ごめんなさい、わたし、ちびでいい……」
神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)がポーチから羊のぬいぐるみを取り出して、ちびにだっこさせる。
「エルちゃん、こちらはゆるスターのおかゆっていうの、女の子だよ」
「わたくしのゆるスターはおもちって言いますの。お嬢様が付けて下さったんですよ」
ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)も羊のぬいぐるみを取り出す。
羊と牛の中身は、連れてきたペットのゆるスター──今パラミタ上流階級で流行中の、ネズミである。
「あったかい……ふわふわ……牛と羊……おもちとおかゆ……おいしいの?」
「食べ物ではありませんわ、いえ、食べ物の名前ですけれど……」
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が説明する。
「ソレは、中にネズミが入っているのじゃよ。ゆるスターは着ぐるみを着たがるのじゃ。着ぐるみというのは、お洋服の種類じゃな。牛も羊も生き物で、食べるが、おもちとおかゆは料理の名前じゃのう。ちなみにゆるスターも美味いぞ。特に唐揚げなんか最高じゃ」
ゴブリンにはだが、とはファタは伏せる。聖少女(美少女)には服従する心づもりでやっては来たが、嘘吐きの性は押さえる気はない。
「からあげ……?」
「肉に衣と呼ばれる炭水化物で覆って、高温の油で揚げた料理の一種であります。ゆるスターも一度は食べてみたいでありますな」
ファタのパートナージェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)がよだれを垂らしそうな表情でおもちとおかゆを見つめる。
「やめい、馬鹿者。飼い主がおるではないか」
やりとりを見ていたナナ・ノルデン(なな・のるでん)はきょとんとした表情のちびに優しく笑いかけ、
「聖少女様には好きな食べ物はありますか? リンゴとかどうでしょう?」
「リンゴ好き……昨日、みんなと食べたの……」
「持ってきましたから、あとで食べましょうね」
「うん……」
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は「成長の記録」と表紙に書いてあるノートに、ちびと周囲の生徒たちとのやりとりを記録している。彼女が成長するきっかけは、今までも周りとのやりとりにあった。こうして書き留めていけば彼女の秘密が分かるかもしれないと思ってのことだった。
見ているだけではなく、ズィーベン自身もちびに、
「ねぇ、キミはこういう魔術は使えるの?」
と、指先に炎を揺らめかせてみせる。
「……魔法……よく分からない……火は……怖い。いっぱい死ぬから……」
ちびは和やかな表情から一転、怯えたように呟いて、それから少し黙った後に、ようやく目の前の扉を指さした。
「でも、行かないと……迎えに行かないと」
一同は気合いを入れ直し、扉を押し開いた。
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