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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第1回/全5回)

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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第1回/全5回)

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第5章 キメラを探して

 研究所の一室、メイドが二人走っていた。
 手に持つのはトレイ。
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)である。
 研究施設にメイドとして潜入、各研究室にお茶を持って回って視察した上で、ディルの居場所やキメラ等について、研究員に聞いたり質問してみるつもりだった。
 煉瓦造りの建築物だから、もしここがお城ででもあれば、メイドがいても違和感がなかっただろう。しかしキメラが跋扈する研究所に、メイドは雇われていなかった。実際に垂はメイドなので偽っているわけではなかったのだが、その格好だけで不審者だと思われ、
「あのキメラ、何とか制御とかできねぇのかな。連れ出したいんだけどさ……」
「うーん、その前にやっつけないとだよね」
 二人はくるりと振り向くと、けしかけられたキメラと向き合った。虎の身体から得体の知れない何かの角やふさふさしたしっぽが飛び出ている、醜悪な合成獣だ。中央に向かい合わせの机が置かれた研究室の一室、いつまでも周りをぐるぐる回っていても一緒にバターになってしまうだけだ。
 垂はライゼから光条兵器を引き抜くと、ピシリと床の上でそれを打った。彼女の得物は帯状にしなる光の鞭だ。
「他にもいるんだろうからな、こいつはやっちゃって、別のを教導団に持ち帰るか」
「そうだね」
 資料を蹴散らしながら飛びかかってきた虎の前脚に鞭が絡まる。巨体が机の上に弾んで機械や資料をまき散らしながら、壁の書類棚に激突。間髪入れず再び飛びかかってくる虎の爪をかわしながら、もう一撃を叩き込む。
 肉の裂ける音を近くと遠くに聞いて、垂は腕を押さえて後ろにステップを踏んだ。慌ててライゼが垂の左腕に“ヒール”を唱える。
「だ、大丈夫!?」
「かすっただけさ……しっかし一人じゃちょっと厳しいかも」
 というのも、彼女は戦闘が得意ではない。ライゼもプリーストが本業だ。
「逃げよう」
「うん」
 二人は決め込んで、敵に背を向けた。部屋を飛び出し、廊下をひた走る。
 角を曲がろうとしたところで、人影が見えた。
「うわっ」
「きゃあ!」
 人影を認識して止まるには勢いがつきすぎていた。ぶつかっただけではすまず、体重の軽いライゼはしりもちをついてしまう。
「ご、ごめんなさい」
 ぶつかった相手の内の一人──ポニーテールの凛々しい女性が、ライゼの腕を支えて立ち上がらせる。そして彼女たちの後ろから追いかけてくる虎の姿を見て、あら、と目を輝かせた。
「丁度いいところに、キメラさんですね」
「動物好きも過ぎると危険ぞ。もし襲われたら、どうするのじゃ?」
「襲われたら? その時は、その時なのです」
 鷹野 栗(たかの・まろん)は肩をすくめるパートナーの羽入 綾香(はにゅう・あやか)にそう言って、垂たちを追い越して、迫ってくる虎に話しかけた。
「どうか、あなたの力を貸してもらいたい。このままでは新たな犠牲者が出てしまうのです。あなたの心に暖かいものがあることを、私は信じていますのですよ」
 彼女が両腕に抱えているのは生物の飼育書。イルミンスール生物部に所属し、動物が大好きで、魑魅魍魎だろうと分け隔てなく接するのが信条だ。そのうちモンスターまで飼うのではないかと言われていたが、実際キメラがいると聞いて友達になりにここまでやって来たのだから筋金入りである。
 虎のキメラはだが、栗の言葉など聞いていないように、彼女たちの手前で跳躍する。影が覆い被さり、白い腹が見えたかと思うと、栗のローブを引き裂いた……。

「シルフェ様、水無月様。ディル様は無事救出されたそうですわよ。救出隊の皆様と研究所の入り口にいるそうです」
 シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)は電話を切ると、にこにこと報告した。彼女の前にはシルフェノワール・ヴィント・ローレント(しるふぇのわーる・びんとろーれんと)、後ろには黒色の甲冑に身を包んだ鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が、パートナーの水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)をおぶっている。
 彼女たちは救出班の別働隊──“カレイドスコープ”と名付けたグループを組んでいる。と言っても、目的はディルの救出メインではなく、各人の目的もバラバラだった。
 シャーロットは研究所の探険が目的で、シルフェノワールはシャーロットの護衛、睡蓮と九頭切丸は内部の資料収集が目的だ。ディルの救出は二の次である。
 囮や聖少女たちがキメラ達の相手をしている頃、人気のない場所に回り、シルフェノワールが“ドラゴンアーツ”で窓枠を破り取ってそこから侵入。シャーロットの気持ちの赴くままにその辺を探険している。尤も、
「ですけど、見学だけというのも囮の方に申し訳ないですねぇ。面白そうな資料をもらってっていくですぅ」
「妾は社シャロの騎士ですわ、お好きなように。妾自身は賛成ですけど」
 シルフェノワールが賛同し、睡蓮は九頭切丸の上でおどおど頷く。
「そ、そうですね……今回は何も分かってないので、……色々と情報が必要だと思うんですぅ」
 何で背負われているかというと、それだけの体力がないからだ。両手で資料収集用のファイルケースを抱きしめている。
「ね、九頭切丸」
「……」
 九頭切丸は答えない。彼は滅多なことでは喋らないので、同意を求めた睡蓮自身も気にしていない。
 一行は時々出会うキメラを何とか屠りながら、資料を求めて彷徨った。
 ──とはいえ探索はうまくいっていなかった。手近にある資料はかなりの部分が先に訪れていた生徒達によって、焼かれてしまっていたし、機械も破壊されている。偶然の者もあるが、多くの生徒が資料や機械の破壊を進んで行っていたからだ。それにお宝につられてきたパラ実生も加わって、ピカピカしたものなども略奪もされている。
 囮の生徒によって穴がぼこぼこに開いている本館は全滅状態。研究棟の方も二階部分、開いている扉までは資料は全て燃やされていた。
「……なさそうですね……どうしましょう」
「探険を続ければいいですぅ」
 一行はあちこち開いている扉を巡りつつ、研究所内を練り歩いた。ホワイトロリータの少女が血と焦げで赤黒く染まった通路をうきうきと探険する様は、一種異様な光景だった。

 さてこの時、囮を勤めているカイル達は、本館部分の内壁をあらかた破壊して資料や機材、及び本館に集まったキメラと人間を破壊し尽くした後、研究棟に行っていた。囮の一員として暴れたメニエス・レイン(めにえす・れいん)は現在、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)に逆にカイル達と周囲を見晴らせつつ、壊れた壁から各部屋に入り、置いてある適当な紙を制服の内側に詰め込んでいる。ポケットはすぐに一杯になり、マントの内側もガサガサするが、カイル達は破壊に夢中なので気付くはずもない。
「彼らが来ましたよ」
「はーい」
 ミストラルに言われて、メニエスは作業を止め、仲間に怪しまれないよう適当な場所を剣で破壊し始める。仲間はそれを認めると、何の疑問もなく別の部屋に向かっていった。
「行っちゃいましたよ」
「じゃ、続けようか」
「ふふふ、楽しそうですね、メニエス様は」
 様と言われ、ミストラルはメニエスを主人と決めてはいるが、彼女に血を吸われたメニエスにとってはミストラルこそが吸血鬼として主人に当たるという、微妙な関係にある。
「興味があるのよ、ここで何が行われてるのかね」
「でもそろそろお終いにしないと、見付かりますよ」
 制服の内側に隠して持ち出せる紙の量などたかが知れている。
「そうね、戻ろうか」
 二人は、再び囮の中に紛れて破壊活動にいそしむことにした。

 同じようにカイル達と囮班に加わったが、侵入後は別行動を取っていた者もいる。
 春告 晶(はるつげ・あきら)永倉 七海(ながくら・ななみ)の二人は、研究員から服を奪って、研究員の振りをして廊下を歩いていた。なるべく見付からないような道を選んではみるが、研究所内は何にせよ混乱中だし、道なども分からないから正確な判断は付けられない。
 二人が探すのは資料がありそうな頑丈そうな扉。
 聖少女やキメラについての資料、遺跡から何か発見されていないか、等が分かれば、聖少女を守るために有効な手段が見付かるのではないかと思っての行動だ。
 それらしい部屋の扉を開けようとしたが、案の定、
「……鍵、かかってる……何か、あるかな……?」
 ドアノブに堅い手応えを感じて、晶は辺りを見回した。今度探すのは研究員だ。丁度一人のローブの男が、騒ぎの起こっている方へ駆けていくのが見える。おっとりした晶が声をかけ損なっているうちに、七海が追いついて呼び止める。
「忙しいとこごめん。ね、聖少女関連の資料ってどこだっけ?最近研究が重なってド忘れしちゃって」
「あとね……急遽…あそこにある……あの資料が…必要…に、なったんだけど、慌ててきたせい…で、鍵忘れたんだ…」
 研究員は、露骨に二人を眺め回した。
「うん、見ない顔だな……」
 晶はどう見ても10歳かそこらの少年、小学生にしか見えない。七海はもう少し年長だが、やはり中学生程度だ。研究員のローブは着ているものの、研究員というより普通の兄弟に見える。
 研究員は携帯を取り出すと、何処かにかけ始めた。
「怪しい二人組を発見。十代前半の姉弟。特徴は研究員のローブを着て──」
「うりゃっ!」
 七海はその口に拳をたたき込む。研究者は口から赤い放物線を描きながら、壁にぶつかり、動かなくなった。
「うーん、やりすぎちゃったかな」
「……他の……人、探そう……」
 二人は別の研究員を捜しに、歩いていった。