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リアクション
時間が少し戻るが、実は警報装置を鳴らしたのは、警備員でも研究員ではなかった。警備室はこの時生徒によって制圧されており、鳴らすことはできなかったからだ。
そして警報装置は、通常の警報でもなかった。峰谷 恵(みねたに・けい)とエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が研究所に潜入した際、揺動と警備体制を狂わせるために、警報装置を優先的に破壊していったからである。銃声を録音したICレコーダーを自分たちの囮にして、別の場所の警報装置を探す。恵が雷術で機能を止めた上でエーファが殴り壊し、それを繰り返していった。
突然の銃声に、見事に警備員達は思うように動いてくれた。他の囮がいて判断力が正常でなかった部分もあったし、機械文明が入ってきているとはいっても、そうそう地球人のように機械に馴れている人間もいない。
同じように銃声で揺動しておいて中に入り込んだ二人は、スポンサーの情報を求めて駆けた。
恵の手には銃──エーファの光条兵器がある。
運悪く出会った警備員はエーファがメイスで殴り、恵が足を撃ち抜いて無力化する。
「ごめんなさい、痛いのは自分で何とかしてくださいね」
すれ違いざま、エーファが止血剤と包帯を投げる。
いくらか進んだ頃、当初の予定通り、研究員の姿を見付けた。
「静かに。手を上げて」
恵は正面から、研究員に光条兵器を突きつける。反撃に備え、一定の距離は保つ。
初老の男は、顔をこわばらせながらも素直に従う。今まで何十人もの同僚達の死体を見ていたからだった。恵はただの高校生にしか見えないが、その手に持つ光条兵器が彼女が地球からやって来た契約者であることを如実に語っている。
「ボク、聞きたいことがあるんだよね。ずばり、あなたたちのスポンサーって誰なのかな」
「スポンサーなど……」
「研究ってお金がかかるよね。こういうろくでもない研究には危ない組織がお金出してたりするよね?」
否定しようとした研究員に言葉を被せる。研究員は顔をしかめて、
「ろくでもないだと!」
非難するように言ったものの、
「そうですね、人を使った合成獣の研究なんて、真っ当なスポンサーなら聞いた瞬間援助打ち切りを検討するでしょうしね」
エーファが恵に同意して頷く。
「で、いるのかな、いないのかな。……いるんだよね?」
「いるとしたらどうする」
「校長に提出するけど?」
「その制服はイルミンスール……」
男が呟いたとき、警報装置の音が響いた。
「そうか、こうなってはもうこの研究所も終わりだな……」
「で、スポンサーは?」
「今日は所長と会議の予定だった。所長室にいるはずだ」
「そう、ありがと」
場所を聞き出すと、あっさり恵はエーファを伴って、所長室へと駆けだしていった。
所長室に真っ先に辿り着いたのは、カレン・クレスティアとジュレール・リーヴェンディだった。
最上階の所長室は窓こそないが、今までとはうってかわって明るい照明で室内が煌々と照らされていた。
──だから、はっきりと見えてしまったのだ。
金糸で縫い取ったローブの男がうつぶせに床に倒れているのを。
椅子に座っているスーツの男の首が、不自然な角度に曲がっているのを。
所長室に異常を見に行った他の研究員たちが、壁に叩き付けられて動かないのを。
そして、部屋の中央に、若い男がいびつな笑みを浮かべて、入り口を凝視して立ち尽くしているのを。
男の服は元は黒かったのだろうが、今では赤く染まってしまっている。彼の袖口からは血が滴っていた。
「これって……」
絶句するカレンとジュレールの横を、男はその表情を固定したまま、一気に駆け抜ける。
「ま、待って……ってわあっ!」
追いかけようとしたが、足が死体に取られて転んでしまう。
「ねぇ、今の誰? 凄い勢いだったわよぉ……あらら、これはひどいわね」
少し遅れて地下を探索していた面々が合流し、巫丞伊月とエレノア・レイロード、峰谷恵とエーファ・フトゥヌシエルの二組が、最後に島村幸、ガートナ・トライストル、ミューレリア・ラングウェイの三人が辿り着く。
「ボクらじゃないよ、さっきの男だと思う、多分だけどっ」
「止めたと思ったのに。これ警報なのかな」
軽が壁を見るよう促した。
その壁は、立派な樫の机とビロード張りの椅子をまたいだところにあった。
石壁に設置された四角い装置は硝子のカバーが上がっており、中央のボタンには血がべっとりとこびりついていた。ボタンから直下に向けて、こすれた血の跡が残っており、その下に、拳を握りしめた腕があった。拳は血に染まっており、そして、その拳の主である金糸のローブの男もまた──。
「所長とスポンサーみたいですね」
椅子の位置を確認して、ガートナが顔をしかめながらぽつりと言う。スポンサーについては後々追いつめようと思っていたのだが、思わぬところで出会ってしまったようだ。
殺害犯を追うかどうするか、一瞬迷う一同の耳に、警報音をつんざいて、階下から地響きのような咆吼が届いた。
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