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リアクション
第2章 生体航空機材
山道をゴトゴトと進む一行がある。教導団航空科の面々である。モン族の砦関門をいち早く通過した後、そのままモン族の街をとおり、そこからさらに山奥に分け入っていく。バイクはまだしも車はかろうじて一台が通れるくらいの荒れた道である。
「どんどん、山奥に入っていくよぉ〜〜」
カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)はやや不安そうにサイドカーの側車から周りを見て言った。
「なんかどんどん人気のないところに行くな」
マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)はさらに険しい山に入っていく様子に眉をひそめた。
そこから峡谷をくぐるようにしてやや開けた所に出た。かなり広いが周りを渓谷に囲まれており、なにやら深い盆地を思わせる。やや空気がひんやりしているのは高度を上った証拠であろう。かなり山奥に入ってしまっている。
「良くいらっしゃいましたあ〜」
わらわらとモモンガゆる族達が出迎える。彼らはこの地方に住む狩猟民族?らしい。モン族との同盟に基づき、モン族側から航空部隊に加わってくれる面々だ。
「教導団の角田です。お世話になります」
角田 明弘(かどた あきひろ)は軽く頭を下げた。
「こちらこそお願いしますだあ、なにぶん、どつきあいなんぞやったことがありませんでのお。さっそくですが、御覧になりますかのお〜?」
「よろしくお願いします」
一行は早速、訓練の準備に入る。
そして、訓練を前にして、早瀬 咲希(はやせ・さき)、朝野 未沙(あさの・みさ)、朝野 未羅(あさの・みら)はまるでオブジェであるかのごとく固まっていた。
「これが……航空機材?」
呆然と呟く早瀬。彼女らは銀翼の航空機を想像していたであろう。しかし、目の前にあるのは銀色どころか鈍い黒色の翼である。
「どうですかのお〜〜」
上からゆる族モモンガパイロットが声を掛ける。彼女らの眼前にあるのは大きな翼を持った生物、『ワイヴァーン(飛龍)』であった。その姿はドラゴンに似ているがドラゴンと違い前足部分が翼になっている。また大きさも聞くところのドラゴンよりは大分小さい。しかし、スピードは速そうだ。そしてそのワイヴァーンには鞍が取り付けられており、モモンガパイロットが跨っている。彼らはワイヴァーンを狩猟に使っているこの辺の山岳部族である。早瀬は機械仕掛けの人形の様に首をゆっくりと回転させ、角田の方を振り向いた。
「これに……乗れと……?」
角田は腕を組んだまま大きく頷いた。朝野姉妹は真っ青になって角田に詰め寄る。
「聞いていないわ、聞いていないわ、こんなのってあり?」
「エンジンは?コクピットは?プロペラはどこぉ〜〜っ???」
錯乱したような様子で二人はうろうろ回り始めた。
「まあ、そう言うな。そう馬鹿にしたものではない。滑走路がほとんどいらないし、ホバリングもできる。V/STOL機と考えればなかなかのものだ。人工物が空を飛ぶとドラゴンに襲われる。現状で最善の選択と考えられるのだ」
「それは、まあそうでしょうが……。これをどのように使うおつもりですか?」
さすがのゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)もやや戸惑いを隠せないようだ。
「とりあえずは爆弾を抱えさせて急降下爆撃機に使うつもりだ」
「なるほど。確かにペイロードは通常の飛空艇に比べて格段に大きいですね」
「そう言うことだ。まずは操縦?を覚えてくれ」
やむなくパイロットスーツに身を包んだ早瀬と朝野未沙はそれぞれワイヴァーンによじ登った。現状は二人乗りで前に早瀬ら、後ろに教官役のモモンガパイロットが乗り、手綱を掴む。鞍に金具をつないで体を固定すると、教官役がかけ声と共に翼を羽ばたかせ上昇し始める。ある程度空に慣れた早瀬はともかく、朝野未沙は悲鳴を上げる。思ったより早く上昇していく。
「大丈夫でしょうか?」
やや不安げにレナ・ブランド(れな・ぶらんど)は空を見上げた。すでに早瀬らは点のようだ。
「腕のいい操縦手を頼んだ。時間はないが焦るつもりはない」
「それで、少佐。今後の訓練ですが?」
「おう、それだ」
フリンガーの声にすぐに角田は訓練計画の煮詰めに入る。
「第一段階は慣熟訓練だが、できるだけ早く平行して第二段階の訓練に入る」
あらかじめ想定された訓練項目がある。
訓練1:水平爆撃訓練、現状使用できるワイヴァーン十数機?で編隊を組み、一斉に砂袋(爆弾を模している)を投下し、目標周辺に均等にばらまけるようにする。
訓練2:急降下爆撃訓練、目標に対し、急降下爆撃で砂袋を命中させる。但し、目標周辺では十数人がアサルトライフルでペイント弾を撃ち対空砲火とする。対空砲火をよけながら命中させねばならない。現在の所、最も重視される訓練である。
訓練3:模擬空戦、アサルトライフル(ペイント弾搭載)を持って空中で撃ち合いを行う。
「結構難しいですね」
「今はともかく、いずれは対空砲火を想定しなければならない。やっておくにしくはない」
「とりあえず、使用できるのはワイヴァーン十数機?」
やや不満げなフリンガーである。
「そうだが?何かあるのか?」
「いえ、大型機があればいずれは部隊を空輸することで大きな戦力になるのではないかと思ったのですが」
空輸、もしくは空挺降下が可能であればこれは絶大な威力であるが現状では難しそうだ。
「すぐには無理だが、そう悲観したものではないぞ?」
フリンガーにとってその言葉は耳ダンボである。顔を上げた。
「上層部は航空部隊にはかなり期待をしている。模擬空戦は実の所、訓練というよりデータ取りの意味合いが強い」
「と、いいますと?」
「ワイヴァーンに機関銃が搭載できれば戦闘機として使える。そういったことが可能かどうかデータから検証して装備開発するのだ」
極論を言えばワイヴァーン数機でグライダーが曳航できれば人員輸送は考えられる。ドラゴンをかわす方法があれば夢物語ではない。フリンガーとしては少しずつ運用しながら方法を模索することとなるだろう。
「それじゃ、そのうち、装備がくるんですかぁ?」
横から朝野未羅が首を出す。
「第3師団の整備・開発計画での航空科の優先順位は高いぞ」
そうなれば整備が重要になってくる。未羅の出番は多いであろう。
「ただ、航空科は金食い虫だ。そのためには何よりも実績を上げなければならない」
「そうなると支援態勢も考えねばなりませんね」
ブランドは首をかしげるようにして言った。言うまでもないことだが、航空部隊をきちんと運用するには大がかりなバックアップが必要だ。ブランドや未羅はきちんと支援する態勢を作らねばならない。装備の整備はもちろんだが、とりあえず、爆弾(現状では樽に火薬を詰めたもの)などを素早く装着したり運んだりすることも重要である。それだけではない、整然と発着させるには誘導員も必要だし、状況を伝えるオペレーターもいる。ブランドはオペレーターや誘導員、朝野未羅は整備、運用員としての仕事もある。そちらも訓練せねばならない。
「あ〜すいませんが次を飛ばすので手伝ってくれませんかのお〜」
首に縄つけてワイヴァーンを引っ張ってきたモモンガ兵が声を掛けるのをすぐにブランドと朝野未羅は手伝い始めた。
「それはそうと、これらのワイヴァーンは?」
「ああ、ワシらはこれで狩りに使ったりしてましただ。野生と違ってきちんと扱えばおとなしいですだよ」
「見た目は怖そうですけどね」
ブランドはわずかに笑った。
上を飛んでいる早瀬と朝野未沙は強い風を正面から受けている。ヘルメットのバイザーを下げていなければ目も開けられない。
「首根っこを股でしっかり挟んでください。手綱はやや前気味に掴んで」
現状では二人乗り状態で、後ろのモモンガパイロットがいろいろ教えてくれる。
(両手で掴んでいるけど、手綱を操縦桿と考えれば思ったより近いわ……)
意外と早瀬は素早くコツを身につけつつある。
「じゃあ、急降下ですだあ」
「了解、行きます!」
早瀬は軽く腰をひねって一度手綱を引くと、軽く鐙を寄せてワイヴァーンの首筋を叩く。ワイヴァーンが首を下げると、操縦桿を前に倒したような感じになる。途端に地面に向かって真っ逆さまだ。ものすごい風圧と後ろに引っ張られる感じがする。後ろからは朝野も同じようにしているがさすがに早瀬には一日の長がある。
「フリーフォールより、こーわーいぃぃぃぃぃっ!!」
朝野が絶叫しつつついて来る。地上近くで踏ん張るようにして一気に手綱を引くと体が激しく揺さぶられ肩の上に数人が乗っかっているような重さを感じる。急上昇だ。潮が引くように重さが軽くなる。わずかに後ろを見るとかなり離れて朝野が上がってきている。さすがに慣れていないのかブラックアウトを起こしかけたようだ。後ろのパイロットが補足説明する。
「この子らは慣れればそれだけ、良く動いてくれますだ」
ワイヴァーンは激突しそうになったりすると当然、勝手に回避行動を取る。どれだけ危険な空中機動を行えるかはワイヴァーンがどれだけ乗り手を信頼するかにかかっている。
「うーんしょ、うーんしょ」
元気なかけ声はスポルコフだ。ロープを引っ張っている。その先ではランカスターがバーナーで空気を送り込んでいる。
「こらこら、何をしている?」
訓練場の隅っこでなにやら始めた二人を角田が見とがめた。
「熱気球であります」
「熱気球?」
「熱気球ならば輸送、観測、連絡に使えるかと思います」
ランカスターはいろいろ帆布の強度を試したりしながら試作機を作り上げたのだ。
「なるほど、考えは悪くない……が、一つ問題がある」
「と、言いますと?」
「空に気球が浮かぶ……。これをドラゴンが襲わないという保証、それは誰がした?」
「………………………………」
ちーーーーーーーん!ダウト!
「ドラゴンが襲う基準は現状では全く不明だ。発掘した飛空艇以外の人工飛行物体は現在までことごとく襲われている。気球は試していないが多分、90%以上の確率でドラゴンに襲われるぞ」
「襲われますか?」
「この渓谷内でささやかにやるなら何とかなるかもしれないが、見通しのきく戦場での運用は厳しいだろうな」
「えー、せっかく作ったのにぃ〜」
スポルコフも口を尖らせている。
「残念だが気球は危険すぎる。が、確かにもったいないとは俺も思う。どうだろう、気球ではなくバルーンは作れないか?」
「バルーンですか?」
「訓練用の空中標的が欲しかったところだ。多少上下に動かせたりすると、訓練で効果的に使える」