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リアクション
第4章 指し示す巫女
野戦機動車とバイクの一団は林に沿って道を進んでいる。まもなく、林が切れたところで視界が開ける。眼前に湖が広がっている。
「本当に、湖と沼ばっかり……」
野戦機動車の助手席で香取 翔子(かとり・しょうこ)は周りをきょろきょろ見ている。モン族のエリアは山岳地帯であるが、そこを抜けてラク族のエリアに入ると打って変わって湖沼地帯になっている。あちこちに小さな湖や沼が存在する。現在、一行はラクの街を抜けて郊外の館に向かっている。ラク族はラピトやモンと違い、代々明確な領主が存在する。その領主が郊外の館におり、今回の交渉はそこを舞台として行われるようだ。まもなく遠くにその館が見えてきた。しかしながらその姿はある意味、清新な雰囲気を与えるようなものであった。
「モン・サン・ミシェルみたいですね」
眼前には湖、その中央にぽつんと島の様に浮かんでいるのが目的の城館である。フランスにある有名な世界遺産、海の中に浮かぶ島が丸ごと教会になっているのがモン・サン・ミシェルであるが、その小型版の様な感じだ。
「城館は三つの湖に囲まれているようでござるが……」
運転している風間 光太郎(かざま・こうたろう)は城館の様子を見ている。まだ遠目でぼんやりとしか見えない。
「三つの湖……城館を中心にアン湖、キナ湖、シル湖の三つの隣接した湖に囲まれた島状地形になっているわ」
香取が答えると、風間はうんざりしたような声をあげた。
「なんか……湖水がねっとりしていそうでござる」
「だけど……どっちかと言えば、三つの湖に囲まれているというより、大きな一つの湖の中心に島があって、そこから細い陸道が三本、湖を区分けしているって方が正確よね」
いろいろ聞いた話から地形を考えるとそうなる。
「香取士官候補生……」
「は、はい」
後席の志賀がいきなり名前を呼んだので香取はちょっとびっくりした。
「もし、何らかの理由であの城館を攻めるとしましょう。どうしますか?」
志賀はいきなり物騒な事を言った。言われた香取は少し考える。
(陸道伝いに攻め込むと一気に攻められない……むしろ遮蔽物のないところで軍が細長く玉突きするから、城館に機関銃でもあれば大損害……。湖から船で……大型船は運び込めないから、ボートの群れ……城壁に阻まれる……油でも流されたら赤壁よね……)
そこまで考えて解った。この城館は思ったより堅固で攻略しがたい……。それを志賀は解らせるつもりなのだと。香取は顔を上げた。志賀は表情を変えずに言う。
「奇妙な地形などを見つけたらそこが戦場になったらどうなるか……。普段から考える様にしておいた方がいざと言うとき、慌てずに済みます」
一行はそのまま湖の外周を通り、陸道伝いに城館に向かった。陸道は車二台がすれ違うほどの幅しかなく、確かに一度に大勢で攻め込んだりは難しい。城館の前で用向きを伝えると、城門が開き、中へと招き入れられた。
その頃、一部のメンバーはラクの街にいた。あまり大勢でぞろぞろ交渉にいくのもおかしいので、一部の者は連絡などの支援のため、ここに滞在している。但し、あまり居心地は良くない。
「参ったわね」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は歩きながらため息をついた。宇都宮はとりあえずラク族の実態を調べようとしたのだが、まず突き当たったのは、ラク族の閉鎖性である。
「なんか……ラピト族とかとは大分違います」
セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)も小声で言う。ラピト族やモン族はよく言えば社交的で人なつっこいタイプが多いが、ラク族は打って変わって警戒心が強い感じだ。事実、一応行動の自由はあるようだが、視界の隅には必ずと言っていいほど警備の姿がある。その姿こそ、槍持ったラッコゆる族だったりするのはせめてもの愛嬌であろう。巻いて逃げることも可能であろうが、そうした場合、即座に教導団がおかしな行動をしている、と言うことになり、関係が一気に悪化する可能性が高い。通りを歩いていても周りからじろじろ見られている感じだ。確かに宇都宮達は見慣れない連中ではある。
「それにしても……ラッコとはな」
ジェシカ・アンヴィル(じぇしか・あんう゛ぃる)もややあきれ顔だ。ラク族は言うまでもなくシャンバラ人が多いが中にはラッコのゆる族が混じっている。
「ウサギ、モモンガときて遂にラッコか」
「まあ、解らないでもないわ」
宇都宮は湖岸沿いを見て言う。ラク族は概ね周辺の湖沼地帯に適応した感じで、漁業などを主に行っているようだ。ラクの街は大きな湖に隣接しており、湖の上では小舟による漁が行われている。割と盛況であるらしく湖岸では鎚音高く船の建造も行われている。前近代的ではあるもののラピトやモンに比べて工業化?の度合いは割と高いようだ。陸上の交通の便は悪そうだが、水運を利用しているのか市場に並ぶ品物は割と豊富である。
「潜在的な力は結構ありそうね」
「交易などそのものは力を入れている、ということであるな」
ラク族は生活を隠すつもりはないらしい。見たところ何かを隠しているような様子はない。宇都宮とアンヴィルはそう見て取った。
「子供に手を振ったら隠れちゃいました」
パウエルはやや憮然としている。よそ者には警戒しているらしい。
「宗教的なものはどうかしら?」
「見たところ、シャンバラの一般的な女王崇拝のようだが?」
怪しいドージェ信仰等は幸い?見受けられないが、どうやら周辺より女王信仰が強いようだ。いわゆるシャンバラ王国とそこに君臨する女王。古きシャンバラを懐かしむ気持ちが強い。
「あとは、このラク族が味方になった場合、どのようなメリットがあるか良く考えないとな」
「人口はずいぶんと多そうね」
宇都宮はラピトやモンに比べてラク族が様々な面でやや有力と言う感じを受けた。
その時である。
「ち、ちょっと!みんな隠れて!」
宇都宮は慌てて二人を建物の影に押し込むようにした。
「一体、どういう事だ。いきなり」
「あ、あれ見て……」
三人は建物の影から向こうを歩いていく人影を見る。十人ほどの一行である。一番先頭を歩いているのはひときわ背が高い人物であるが、かなり上等の服を着ている。一見して貴族か何かの様に見える。問題は後ろをくっついていく数人である。狼の姿をしたゆる族だ。城館の方へ向かっていく。
「あ、あれは……」
パウエルは絶句した。
「まず間違いない。ワイフェン族だ。ここに来ているのか?」
アンヴィルは視線を外すことができなかった。
一方、こっそりとラク族のエリアに潜入した連中がいる。ラク族はよそ者を警戒して所々に一種の関所を設けている。そんな中、息も絶え絶えな様子でたどり着いた者がいる。
「た、助けてくれたまえ……」
すがるようにしているのは四石 博士(しこく・ひろし)とメニエス・レイン(めにえす・れいん)、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)である。
「き、教導団はとんでもない連中よ……。連中はきっとこの地を占領するつもりだわ」
レインはラク族エリアに入った後こっそり離脱して妨害工作に入った。
(さあて、面白くなるといいわね……。くっくっく)
「吾輩は連中にひどい目に……」
その二人を見てラク族のラッコ兵達は顔を見合わせた。
「よそ者だ……」
「よそ者だな……」
「捕まえよう」
「そうだ、捕まえよう」
冷淡な反応に驚く三人。
「こ、このラッコども、貴様らごときがメニエス様の邪魔をするとは!」
フォーセットがそう言ったときである。
「ほ〜お。なるほどねえ?」
余裕綽々な声が後ろからかかった。ラッコ兵の後ろから一色 仁(いっしき・じん)とミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)、フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)、サーデヴァル・ジレスン(さーでばる・じれすん)が現れた。
「驚いたな、本当にいるとは」
ヴァンジヤードが感心しきりである。一色は交渉を妨害するべく、妨害工作を行う者がいると睨んで警戒していたのだ。レインがこそこそいなくなるのを不審に思い、先回りして手を打っていた。
「お前らの考えはお見通しだ、観念しろ!」
十手を繰り出す岡っ引きのように、一色は警棒を突き出す。慌てて四石らは逃げ出す、これを追う一色とヴァンジヤード。続いて追いかけるラッコ兵。逃げた先は湖畔の方である。あまり逃げ道はない。次第に追っては増えていく。とにかく、人のいる方へ逃げて追っ手をまこうとする三人、桟橋で作業をしている人混みにそのまま突っ込んでいったが勢い余って飛び出してしまった。
後から追ってきた一色とアシュフォーヂ、ヴァンジヤード、ジレスンは立ち止まりその光景をあきれた様に見ている。
「どうします?」
「ま、引き上げるのが一苦労であろうな」
眼前では三人がウナギにまみれて溺れていた。ウナギの生け簀で網で引き上げるところに飛び込んだのだ。フォーセットは上半身がウナギに沈み、脚だけがばたばたしている。四石とレインはシンクロナイズで溺れている。
「うひょおおおお、吾輩の股間にウナギがぁぁぁぁ!」
「ひいぃぃぃっ、お尻に、お尻にウナギがあぁぁぁぁぁ!」
どうやって引き上げるか考えるヴァンジヤード。
「まあ、普通のウナギで良かったであろう……。八つ目ウナギなら今頃全身吸い付かれてスポンジみたいになって死んでる」
「なんか、それもいやですわ。早く引き上げましょう」
ウナギまみれの三人を嫌そうに見るアシュフォーヂ。
「やーれやれ、たまんないなあ」
ジレスンはフォーセットの脚を棒で引っかけて引き上げた。
「いやあ、どうも、お騒がせしてますう〜」
柄にもなく愛想を振りまく。下手に印象は悪くしたくない。
まもなく網から引き上がられた三人は、ラク族の取り調べの後、三人は嘘をついていることが判明して教導団に引き渡された。レインの証言は矛盾だらけだからだ。(レインが最初に入ってくるとき、顔を確認されているので、その後離脱して教導団の非を叫んでも信用されない)
三人は、本校経由で本国送還され、裁かれることとなった。
さて、志賀率いる交渉団一行は城館の一角にいた。一応扱いは丁寧であり、肝心の相手が出てくるまで時間をつぶしている状況だ。
「ところで参謀長、教導団と、ラク族との直接交渉はラピト族とモン族の頭越しのような印象を与えかねないと思われます。ここは教導団が裏方に徹するべきではないかと愚考しますが?」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は目の周りを黒ずませたまま言った。志賀にくっついているものだから、さんざんカレーライスに入れる玉葱を切らされて、涙腺がいかれている。
しかしながらジーベックの言葉には志賀のみならず、ロシェや香取も一斉にぐぐぐっと首をかしげた。
「ラピト族、モン族には話は付いてるけど?」
さらりと志賀は言った。
「はぇ?」
「大体、話が付いているから私達ここにいるんですよ?」
志賀はそもそもモン族との同盟があって初めてラク族と交渉できると言っている。ラク族の所へ堂々と行くならモン族を通らねばならないからだ。モン族に了解を得ているからこそ、一行はここにこうして存在している。
「頭ごなしで交渉するつもりならもっと早くこっそり交渉していますものね?」
香取は頷いている。
「ええ。頭ごなしのつもりがないからモン族との同盟までラク族には交渉を持ちかけなかったんですよ?それに、今の所は下交渉だと言ったでしょ?ラピトやモン族に出て来てもらうのは本交渉になってからです。逆に、今の所は難しいところは教導団が率先してやらねばならない状況です。でないと万一しくじった場合、却ってラピトやモン族に迷惑がかかります」
志賀は首を振ってそう言った。
「まあまあ、それでは拙者がラピト族に扮して……」
そう言って風間はウサギのかぶり物を取り出す。
「却下」
「はうっ!」
久しぶりの志賀の『却下』である。
「これから交渉する相手をだますような真似してどうするんですか?交渉ってのは九割は誠実でできているんですよ」
九割の誠実さが残り一割の駆け引きをカバーするのが交渉だ。安直にばれるやり方はマイナスでしかない。
そこに音を立てずに慌ててクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が駆け込んできた。
「大変です!どうもワイフェン族が入り込んでいるようです」
「ワイフェン族が!」
香取は驚いて立ち上がった。
「どうやら反対側の方にいるようです。先ほど回廊を歩いているのを見ました」
一行は西側にいる。おそらく対照になっているであろう東側。窓を開けて皆ひょこひょこひょこっと顔が上下に並んだ。さすがに見えない。
「まあ、連中も交渉に来てるんでしょう」
志賀は慌てずに言った。
「そうなんですか?」
「連中がモン族を急いで攻撃するのも物理的にラク族との交渉を妨害する意図が含まれていると考えるべきです。それだけラク族は精神的に影響力が大きいと言うことです」
その直後、呼び出しが来た。志賀はロシェと香取を連れて交渉に向かう。
そこそこ大きな一室に志賀達が案内されるとほぼ同時に相手側も現れた。年の頃なら二十代前半と思われる女性である。裾の長い淡い青色の衣装、長い髪を複雑に編み込んでいる。黒目がちな目は奥ゆかしさを感じる。
「教導団第3師団より参りました。志賀正行です」
「歓迎いたします。ラク領を預かるヤンナ・キュリスタです」
ロシェと香取も名乗った後、席に着いた。
「早速ですが……ご用件を伺いたいと思います」
「ありがとうございます。ご存じと思いますが私たちは現在、ラピトおよびモン族と共に東のワイフェン族と争っております。単刀直入に言って私たちと同盟を結んでいただけないか?と言うのが主旨です」
「なるほど。状況は解ります。私どももワイフェン族の動きには危惧を抱いている部分があります。武力に頼るのは正直好ましいとは思いません」
「なるほど」
「しかしながら、あなた方……というか地球の人々にも危惧があります」
「双方に危惧があると言うわけですね?」
「はい。現在の地球の方々のシャンバラにおける、いわゆる開発行為はいささか疑念があると言わざるを得ません。人がいないからと言って勝手に遺跡を掘り返したりするのは、祭る人がいなければ勝手に墓を掘り返してもいいと言っているがごとくです。一方的に所有権を主張する人もいるようですが、それを言うならシャンバラの権利はシャンバラの人間にこそあるのではないでしょうか?」
現在、教導団だけではない。各校が遺跡を掘り返したり分校を建てたりしてどんどん開発を進めている。それ全体の話である。
「遺跡から発掘された品物を地球の方々同士で奪い合っている所すらあります。で、あるならばワイフェン族が言うように地球人の唱えるシャンバラ古王国復活は、その利益を地球人に奪われるというのは信憑性があります。私達としてもそれを見逃すわけには参りません」
「なるほど、理としてはワイフェン族に傾いていると?」
「はい。できればシャンバラ人の手で古王国を復活させる……本当はシャンバラ人ならだれでもそう考えると思います」
誰だってできるなら自分の故国は自分で何とかしたい。それは当然のことだ。
「しかし、かといってワイフェン族に味方するのも問題とお考えですね?」
志賀は表情を変えずに言った。
「ええ、確かに現在のシャンバラが自力で王国復活が可能かと言えばそれはそれで難しいでしょう。正直に言えば、時間を掛けて自力で行いたいと言うのが本音ですが、それでは今の地球の方々とは時間的に相容れないでしょう」
「そう……ですね。シャンバラ自力での復興には数百年かかるでしょうね」
「それに、ワイフェン族の武断的傾向はすぐに侵略に結びつきかねないものです」
「まあ、まず武力ありき的ですからね」
「私は、地球の人々がやってきた以上、これを無視するわけには行かないと考えております。それもまた時代の流れですから、しかし、それが結果的に侵略であるならば断固戦う覚悟でおります」
「では。侵略でないならば、友好関係を築くのは可能であると」
「もちろんです。もし本当に手を携えることができるならそれに越したことはありません。しかし、現状はそれが明らかにはなっていません。今の所はどちらとも手を結ぶつもりはありません。もちろん、安易に中立を唱えるつもりはありません」
「お話は解りました。では再度意見をまとめてお話をしたいと思いますが」
「建設的なお話であればかまいません。私どもとしてもむやみに敵対するつもりはありません」
両者、一礼してこの場は分かれた。
「なかなか……うまくいきませんね」
「何、今回はまだ挨拶です。簡単にはまとまりませんよ。相手側の意図は大分わかりました。こちらとしては具体的条件をまとめていくことです。むしろ門前払い食らわなかったのは脈あり、僥倖ですよ」
残念そうな香取に志賀は平然と答えた。